茅野は、ごめん、とか、ありがとう、とか、あわてて言いかけたようだったが聞いてはやらなかった。

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 あの日、茅野と兄の争いに柄にもなく関わってしまったのは、自分がすっかり気が大きくなっていたからだ、と秀幸はあとになって思った。

 ラグビー部は地区大会で優勝したばかり。三年連続の花園出場を決めていた。秀幸はすでに主力選手として校外まで名前が知られていて、周囲の注目を浴びるようになっていた。

 秀幸はいわゆる「不良」ではない。そういうものに憧れたこともない。でも幼い頃から、友達の喧嘩を止めようと仲裁に入った結果、なぜか結果的に秀幸が一番悪いことにされるような理不尽を何度も味わってきた。夜になって、親が菓子折を持って相手の親に頭を下げにいくのを、見送るのがつらかった。

 言葉が足りない。目つきが悪い。手が早い。周囲の大人たちは、秀幸の辛抱が足りないのだといつも叱った。

 地元でラグビーのクラブチームに誘われたのは小学校高学年の時だった。秀幸はすぐにのめりこんだ。

 複雑なルールを覚えることも、楕円球の扱いも、慣れるまでは苦労したが、仲間と力いっぱいぶつかり合える爽快感はそれを軽く超えていた。

 走って。地を蹴って。ヘッドキャップをかぶった耳元で風がうなるほどのスピードをつけて。その先にはいつも、この体が骨ごとバラバラになりそうなくらいおもいきりぶち当たれる何かが待っていた。ゲームの勝敗はわからなくても、その事実だけはいつも変わらなかった。

 クラブチームのコーチの推薦で、中学から今の学校に進学した。学力では到底入ることのできない上位校だった。授業内容はほとんと頭に入らない。それでもいいのだ。大学にだってラグビーで入れる。おそらく就職も。