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 注射器の筒の中に、音もなく黄色く濁った液体が溜まっていく。途中から赤い糸をひくように血が混じりだした。

 診察用のベッドに足を伸ばして、看護師に注射針を刺されていた。腫れた右膝にたまっていた組織液が抜かれていく。

「内出血してるのはよくないね」

 秀幸の膝に手を添えた速水医師が、整った眉をひそめて言う。白衣の襟元から英国ブランドのボタンダウンシャツの襟がのぞく。若々しいチェック柄だ。話すときにちょっとあごに手を添えるのがこの医師の癖だった。

「ヒアルロン酸注射と抗炎症剤、痛みどめで今シーズンはのりきれるかもしれないけど……」

 プロらしい淡々とした声が診察室に響く。

「わかってると思うけど、この短期間に膝に水が溜まるっていうのは、もうそうとう軟骨部分がすり減って半月板が傷んでるからね。根本的には、やはり手術を視野に入れないと」
「わかってます」

 秀幸には、自分の声がどこか他人のように聞こえた。

 大学のグラウンドからもっとも近い救急指定の外科病院だった。ここの速水医師がラグビー部のチームドクターだ。まだ三十代の若さだがこの病院のオーナー院長の息子で、落ち着いた物腰もどことなく余裕を感じさせる。

「皮肉なんだよね。精神力の強いアスリートほど痛みを我慢できてしまうから、体のほうは手遅れになりがちだ」

 君たちは手を抜くってことを知らないからなあ、と困ったように微笑んだ。