今もスーツの胸まわりは見事に張り、腰もきゅっと引き締まって現役と変わらない体型を維持している。

 本当はまだ現役に未練があるのだろうか、と時々秀幸は思う。たとえ満身創痍でも、まだラグビーの世界でやり残したことがあるのだろうか。そしてそれをみずから否定するかのように、曽我はゆうゆうと煙を吐くのだ。

「あの人、また過去の栄光にひたりに来てる。いいかげん、カッコ悪いんだよ」

 そんな陰口も聞いたことがある。

 それでもあの狂犬のような葛城がコロっとなついたのは、昨年腰を痛めて試合に出られなかった間、ひたすらここで曽我に弱音を聞いてもらったからだろう。

 活躍中のチームメイトにはみじめで聞かせられない。それでいて、レギュラー以下の選手に甘えることもできない。曽我はそんな行き場のないいらだちや弱音をさりげなく受けとめ、さらりと聞き流してくれる、ここでは唯一の大人だった。

 今時、特殊なタテ社会。排他的で閉塞感ただよう密な人間関係。部員たちはここで生活し、大学の授業も一緒にとり、夜遅くまで一緒に練習する。

 ここにいる部員たちは、秀幸もふくめ強豪校で練習につぐ練習の日々を過ごしてきた。中学や高校からすでに寮生活という者も少なくない。

 異性どころか部外者との接触も、遊んだ経験もほとんどない。世間知らずで、厳しい上下関係にまったく疑問を持たない。そして忍耐力は人一倍鍛えられている。世の企業が体育会系の学生を雇いたがる理由もよくわかるというものだ。そしてそんな組織第一の人間の倫理観は、ひどく危うい。

 この寮でも過去にいろいろな事件があったらしい。秀幸は一年の頃、同室の四年生からそっと教えてもらった。