さっき、男のカフスが当たった跡が、白い頬に赤く刻まれている。

 全然大丈夫には見えないが、もうこのあたりが潮時なのだろうと秀幸も思った。ヒーローぶっている自分が、自分でも鼻持ちならなくなってきた。

 男の右手をはなしてやった。男はしびれる右手を何度か握ったり開いたりしたあと、上着の襟元を軽く整えると、逃げるようにそそくさと廊下を歩いていった。

「先に車に行ってるからな」

 いまいましげな口調で生徒に言い残した。

 スリッパの音が廊下を遠ざかっていく。

「なにあれ、お前の父親? じゃねえよな。若すぎる」

 いまだ座りこんだままの生徒に声をかけた。

 赤くうるんではいたが、さっきの男とよく似た怜悧な目をしていた。行儀良さそうに前髪を切り揃えているのが高校生にしては幼く見える。秀幸と同学年だ。校内のどこかで見覚えがあった。

「兄なんだ。じ、十歳離れてて」

 廊下の壁に手をついてよろよろ立ちあがった。兄の残していったカフスボタンを拾う。赤くなった頬はさっきより腫れてきたようだった。細い喉が、ごくん、と鳴った。口の中を切っているのだろう。口腔をケガすると、驚くほど唾がわくものだ。

「三者面談に親来ないの?」

 秀幸の問いに生徒は黙った。