「相変わらず、すごい荷物だな」
「うん。ミニ六法全書とか判例集とか。あ、あと、これ」

 一冊の本を取りだした。抹茶色の布で装丁された古そうな本だ。

 茅野はその表紙を愛しげになでた。

「これね、本校舎の図書館でみつけたんだ。室生犀星が、北原白秋や森茉莉、そのほかにも当時の詩人、文筆家と交換した書簡がおさめられててすごく面白いんだ。ずっと前に絶版になってて、もう読めないんじゃないかって思ってたんだ」

 頬を紅潮させてまくしたてる。近代詩人の話をする時、茅野は子供が遊びに夢中になっているような顔になる。

「やっぱり、文学部に進むべきだったんじゃないのか」

 口に出してしまってから、しまった、と思った。茅野がとたんに口をつぐんだ細い喉が、こくっと鳴る。

「でも、もう、それは決着がついたことだし……」

 高校時代、大学の文学部への進学を希望した茅野は、家族、とくに兄の強い反対を受けて、それを断念していた。司法試験を受けて家業の弁護士事務所を支えるため、法学部に進学したのだ。

「僕は、いいんだ。今まで末っ子で甘やかされてきたし。せめてみんなの期待に応えるよ」

 あきらめた顔で言うと、そこでまた、ごくん、と茅野は喉を鳴らした。自分の家のことを話しだすと、やたらと唾を飲みこむのが彼の癖だ。

 グラウンドを見下ろしていると、秋の風がどこからともなくキンモクセイの香りを運んでくる。うつむいた茅野は、そのまま秀幸の肩に寄りかかってきた。上半身を横向きにかたむけて肩の上に頬をのせる。

「……小野寺、いい匂いがするね」