両手をあげてマスクの両端の白いゴムひもに触れた。茅野の小さな顔はすっぽり秀幸の両手の間に入ってしまう。人差し指で耳の後ろをなぞるように、そっと耳からはずしていった。

 こわれものを扱うようなゆっくりとした動作は、まるで花嫁のベールを外す新郎のようだ。その間、聡明そうな瞳を見開いて、茅野は貪るように秀幸をみつめている。風にさらされた冷たい頬は、今まで触れたどんなものより繊細な感触だった。

 マスクを口元から離すと、唇の端に小さな青あざがあった。もっと惨いケガを想像していた秀幸は、おもわず安堵の息を吐いた。

「大丈夫そうだな」

 その意味がわかったのか、茅野は少しきまずそうに目を伏せた。長い睫が頬まで影をおとした。その顎を片手でぐい、と持ち上げる。

「口開け」
「え?」
「歯、折られたりしてないだろうな」

 茅野が素直に口を開ける。きれいな歯並びを見て、とりあえず手をはなした。茅野はおろおろと両手を胸の前で振った。

「ごめんね。マスクなんかして。おおげさだよね。でもさ、僕、小野寺くんに心配――」

 そこで、茅野はさぐるような上目使いになった。

「――させたかったから」

(……こいつ)

 茅野が初めて自分のほうから仕掛けてきた、そんな気がした。