※ ※ ※
その日、茅野は秀幸を待っていなかった。グラウンドから更衣室まで続く道の途中の水場に、マフラーに顔を半分埋めた育ちのよさそうな少年の姿はなかった。
あきらめたのか。それとも、こんなことを続けるのがもう虚しくなったのだろうか。
何か駆け引きをしている気分になっていたのは、自分だけだったのだろうか、と秀幸はなんともいえない寂しさを感じていた。
シャワーを浴びて着替えを終わらせ、建物の外に出る。
もう冬の陽はとっくに落ちて、あたりは暗くなっていた。四角いエナメルバッグを背中にまわして、更衣室を出た。登下校用のジャージの上下に内側にボアのついたベンチコートを羽織る。
「あ、いつもの」
誰かの声がして顔をあげた。
グラウンドの西側、二階建ての図書館の窓際に茅野が立っていた。遠目でも前髪が特徴的だ。今日は大きな白いマスクが顔半分を隠していた。
今日はあそこから見ていたのか。
そして秀幸の視線に気づくと、カーテンの陰にさっと身を隠した。宵闇に際立つマスクの白が一瞬、包帯のように見えた。顔の傷を隠している、と反射的に思った。

