夏休みの真っ只中、僕は、夏くんがバイトをしているカフェに来ていた。
店内に漂うのは、コーヒーと甘いパンケーキの香り。
聞こえてくるのは、おしゃれな音楽……ではなく。
「改めて、久しぶり。夏くん」
「お久しぶりです。瑞稀先輩」
僕の背後の席にいる、夏くんと瑞稀先輩の会話だ。
今日は、夏くんと瑞稀先輩が、改めてちゃんと話をしようと決めた日だ。
僕は当然、ついていく気なんて全くなかったんだけど……。
昨日、夏くんから電話がかかってきて、一緒に来てほしいと頼まれたんだ。
当時のことを思い出してパニックになるのではないかという不安と、過去に好きだった人と一対一で話すことへの抵抗感から、僕のそばにいて安心したいし、安心させたいと言ってくれた。
でも、やっぱりこの状況、気まずいよね……⁉︎
もう来てしまったものは仕方がないけど……。
一応、瑞稀先輩にはバレないように、キャップとサングラスをして変装はしている。
僕がいることで、夏くんが落ち着いて話せるなら、僕としては本望だ。
「夏くん、その……今は、どこの高校に通ってるの?」
「……東高です。瑞稀先輩は、浜高ですよね、進学校の」
「東高も難しいじゃん。あの中学から行く人は、少なかったよね」
「……だから、東高にしました」
「っ……夏くん、中学のとき、あのとき、何もできなくて、本当に、ごめん……」
瑞稀先輩の表情は見えないけれど、声が震えてる。
きっと、これまでずっと、悩んで悩んで悩みまくって、苦しんできたんだろうな。
「夏くんに酷いこと言ったの、普段から俺をよく思ってなかった人たちなんだ。俺、地味で面白くないやつだったからさ」
「……先輩も、ああいうこと、いつも言われてたんですか」
「うん……」
しばらく、二人の間には沈黙が訪れた。
僕は、注文したアイスココアをちびちび飲みながら、どちらかが話し始めるのを待っていた。
「……夏くん、俺さ、」
先に口を開いたのは、瑞稀先輩だった。
「俺、あの頃、夏くんのこと、好きだったよ」
「っ……!」
「夏くんから告白してくれたとき、すごく、嬉しかった……ちゃんと、気持ちを言葉にして整理したくて、次の日に返事をするなんて言ってしまったこと……ずっと、後悔してた」
「……」
「多分、誰かが俺のこと見張ってたんだ。それで、夏くんも巻き込むことになったのに……俺、何も言い返せなくて、夏くんのこと、傷つけたよね」
「……確かに、ショックでした。でも、本当は、分かってました。先輩だって、苦しかったってこと」
そうだよね。
夏くんは、僕に過去を話してくれたときも、先輩のことを心の底から憎んでいるようには全然見えなかったから。
「……あのときの俺はまだ、俺や俺と同じところにいる人間を、堂々と人前で肯定できるほどの勇気がなかったんだ」
「……今は、肯定できるようになったんですか?」
「そう、だね。今は、恋することを、楽しめるようになった気がする」
「……素敵な人に、出会えたんですね」
「それは、夏くんも、でしょ?」
「……はい、そうですね。彼のおかげで、今、すごく幸せです」
思わず口に含んだアイスココアを噴き出しそうになった。
最後の一口で、盛大に失敗するところだった……。
「……瑞稀先輩。俺、あの頃、先輩のおかげで、学校に行くのが楽しくなった。先輩と話す時間が、本当に楽しかった。だから……本当に、ありがとうございました」
「……!夏くん……俺も、夏くんと話すの、毎日楽しみだったよ。こちらこそ、本当に……本当に、ありがとう」
僕がなんとかアイスココアを溢さずに飲み終わる頃、夏くんと瑞稀先輩の話も無事に終わったようだ。
二人とも声のトーンが明るくなっていて、僕も嬉しい。
「じゃあ、俺はこれで……夏くん、と、えっと……後ろの席の、」
「っ!」
肩がビクッと跳ねてしまった。
い、いつから、気づかれてたんだ……⁉︎
「……めぐみ、です。俺の彼氏です」
「ちょ、な、夏くん!」
パッと振り向くと、瑞稀先輩にぷはっと笑われた。
「ふふ、めぐみくんかぁ。夏くんと、めぐみくん。末永く、お幸せにね」
「……!は、はい!」
慌ててキャップとサングラスを外してぺこりとお辞儀をすると、瑞稀先輩は同じようにお辞儀をして、すぐに店を出ていった。
「な、夏くん、」
「めぐみ、ありがとう」
ふわり、夏くんに優しく抱きしめられる。
奥まった席とはいえ、他にもお客さんはいるから、もし見られちゃったら恥ずかしいけれど……
そんなことも今は気にしていられないほど、互いの存在を体で確かめ合いたかった。
「夏くん、話せて良かったね」
「めぐみがいてくれたから、話す勇気を出せたんだ。本当にありがとう」
「うん!夏くん、僕ね……」
「な、何?」
夏くんがちょっと不安そうな顔をしたところで、僕はメニュー冊子を広げて見せた。
「アップルパイ食べたい!」
「……!ふふ、いいね、食べようか。俺、バイトしてるからちょっと安くなるし」
夏くんの優しさに甘えて、この日はプリンとチョコケーキも頼んでしまった。
夏くんは瑞稀先輩と話す前より、さらに表情が柔らかくなったように見えた。
◇
◇
◇
夏休み、最後の週、ある日の午後三時。
宿題は余裕を持って終わらせたし、休み明けテストの勉強もそれなりに頑張っていると思う。
では、なぜ僕は今、こんなにも落ち着きがないのか。
その答えは、非常に分かりやすいものだ。
「お邪魔、します」
「どうぞ。ジュース入れるね」
答えは……夏くんと、お泊まりの日だから……!
一泊なのに、服装やスキンケア、メイクなどなど……色々考えていたら荷物が少し多くなってしまった。
「どうする?何か観るか、ゲームするか……」
夏くんの部屋に入って一息ついたところで、そう問いかけられる。
「うーん……」
僕がこうやって考えている最中にも、夏くんが僕の肩に手を回して髪や頬に触れてくるからむずむずする。
「あ、そうだ、僕、夏くんの髪の毛セットしてみたいなぁ」
「ふふ、めぐみがセットしてくれるの?」
「期待はしないでね?今日はお家デートだし、あとで一緒にお風呂入るから、セット上手くいかなくても許してくれるかなぁって」
夏くんの顔を見つめて「いいよ」って言ってくれるのを待っていたら、夏くんの顔が傾いて、近づいて、ちゅ、とキスをされた。
不意打ちのそれに、ぼわぼわっと顔が熱くなる。
「……一緒にお風呂入ってくれるの?」
「……へ?ぼ、僕、そんなこと言った?」
「うん、言ったよ」
「い、言ってない!」
「言ったよ」
「言ってないもん!」
その後、僕たちの言った言ってない論争はしばらく続いた。
論争の最中、どさくさに紛れてさらに二回くらいキスをされた気がする。
今日は初めてのお泊まりだから、という理由で、最後は夏くんが折れてくれたけど、既に二回目のお泊まりのことを想像してドキドキが止まらなくなってしまった……。
◇
◇
◇
「夏くん、何か手伝えることない?」
「大丈夫だよ。もうすぐ卵やるから見てて」
「うん!」
夏くんの髪をセットしたり、一緒にメイク動画を見たり、楽しく過ごしていたらあっという間に夜になって……
ただいま、夏くんはクッキング中!
カフェで習得したふわとろオムライスを作ってくれるんだ。
今は、チキンライスをお皿に盛り付けたところ。
そして、ついに、ふわとろ卵を作って乗せてくれるみたい……!
「バターを引いて、一気に流し込んで……」
夏くんがフライパンに卵を流し込むと、周りからすぐに固まり始めた。
「菜箸で何回も混ぜて……もうそろそろ」
夏くんはとろとろ卵の形を器用に整えて、
「……よし!」
「おぉ〜!」
ほかほかチキンライスの上に、見事に乗せてみせた。
「じゃ、めぐみ、真ん中をナイフで切って広げてみて」
「うん……!あ、せっかくだから、動画撮りたいな」
「ふふ、いいよ」
夏くんが動画を撮ってくれているのを確認してから、ナイフを持つ。
夏くんが作ってくれた最高のふわとろ卵を台無しにしないように、慎重に、慎重に……。
「……わぁ!できた!」
切り込みからまるでドレスのように綺麗に広がった卵を見て、思わず小さく飛び跳ねる。
「夏くん!ちゃんと撮れた⁉︎」
「んー?んー……」
「見せて!」
夏くんの持っているスマホの画面を覗き込んで、たった今撮ってもらった動画を再生すると……。
「なっ……ちょっと、なんで僕の顔撮ってるの!オムライス撮ってって言ったのに!」
「……可愛かったから」
「っ……」
もっと怒ってやろうと思っていたのに、「可愛い」の一言で黙ってしまう僕は、本当に夏くんに弱い。
静かになった僕を横目に、夏くんは手際良く二つ目のふわとろ卵の調理を始めた。
なんだか悔しかったから、真剣に卵の形を調整している夏くんの背中に、ぎゅーっと抱きついてみた。
「わ、めぐみ、どうしたの」
「二個目も上手くいきそう?」
「ふふ、めぐが邪魔するから焦げちゃうかもよ」
そんなことを言いながら、夏くんは二つ目の卵も綺麗に仕上げて盛り付けた。
今度こそオムライスを撮ってね!と念を押したら、さすがの夏くんも、今度はちゃんと卵を撮ってくれた。
◇
◇
◇
「美味しかったぁ〜」
洗い終わったお皿を拭きながら、夏くんのオムライスの感動的な美味しさを言葉にして噛み締める。
「良かった、練習した甲斐があったな」
「ねね、またお泊まりするとき、作ってくれる?」
「もちろん。めぐが好きなもの何でも練習して作るよ」
僕にだけ見せてくれるその微笑みに、胸がキュンとなって嬉しくなって、思わず夏くんにすり寄った。
「夏くん、大好き」
夏くんは分かりやすく照れていて、ちょっといい気分。
大好きなんて、何度言っても足りないのに、一回でもそんなに顔を赤くしてくれるんだなぁ。
「……めぐみ、お風呂、先に入っていいよ」
赤い顔の夏くんに言われたその言葉。
心臓にどぎゅんと突き上げるような感覚が走った。
僕の顔にも、一気に熱が集まってしまった。
「う、うん。じゃあ、お先に入らせてもらおうかな」
今日のために揃えたお泊まり用コスメと可愛いルームウェアを持って、浴室へ向かう。
夏くんのお家のお風呂は広くて綺麗で……。
毎日ここで、夏くんがお風呂に入っているんだなぁ、なんて想像をして、余計にドキドキして、入る前からのぼせそうだった。
◇
◇
◇
「めぐみ、こっちおいで」
夏くんは僕のあとにすぐにお風呂を済ませて、今はドライヤーを持って僕を迎えるように手を広げている。
濡れ髪の夏くんは色っぽくてドキドキするけど……
コクリと頷いて夏くんの脚の間に座って、大人しく髪を乾かしてもらう。
「めぐ、髪サラサラだね」
「そうかなぁ、夏くんの方がツヤサラで綺麗だよ」
夏くんに乾かしてもらった後は、今度は僕が乾かす番。
髪を乾かすなんて、一人だったら面倒くさいとすら思うことなのに、夏くんと一緒だとこんなにも楽しくて幸せなことなんだなぁ。
一つ一つ、当たり前のようなことも、好きな人とならかけがえのない時間になってしまう。
「乾かせたよっ」
「ん、ありがと」
そのまま夏くんの背中にぐでーんともたれかかってハグをする。
乾かしたばかりで温かい夏くんの髪の毛からは、爽やかで甘い優しいシャンプーの香りがする。
「ふふ、夏くん、いい匂い」
「今日はめぐみも同じ匂いだよ」
「へへ、そっかぁ。じゃあ一緒に住んだら、ずーっと同じ匂いだね」
「そうだねぇ……めぐ、ここおいで」
ベッドに腰掛けた夏くんは、自分の膝の上をぽんぽん、と叩いて僕を見つめてくる。
その視線が甘く刺さってキュンと心臓が痛んだ。
夏くんに甘えたい気持ちを解放したら、もう本当に溢れ出して止まらなくなりそうで、どこかでセーブしていたけど……。
こんな風に「おいで」なんて言われたら、我慢、できないよ。
「夏くん、甘えていい?」
「いいよ」
「脚大丈夫?重くない?」
「重くないよ」
「暑くない?」
「めぐ」
「ん、っ、」
後頭部を引き寄せられて、口づけされる。
夏くんの唇、柔らかくて、好き。
「なつ、くん、」
「……めぐみ、可愛いね」
「っ……」
心拍数が、上がるのが、分かる。
夏くんに撫でられる頬も、首筋も、鎖骨も、じんじんして熱いよ。
「リップ塗った?」
「うん……」
「あと、シャンプーじゃない、別のいい匂いもする」
「……夏くんに、ドキドキ、してほしくて、つけた」
「……ねぇ、めぐ、嫌だったら、言ってね」
「え、ぁ、っ、」
さっきよりも強く引き寄せられて、唇が重なって、
僕の舌に、夏くんの舌が触れて、思わずびくりと身体が反応する。
触れるだけじゃない、こんなに濃厚なキス、初めて。
思ってたより、息、できない。
「っ、なつ、んっ、」
名前を呼ぶ隙もない。
苦しい、のに、もっともっとって、思っちゃうよ。
クラクラする意識の中、夏くんの瞳に、まだ僕の知らない炎がゆらゆらするのを見た。
夏くん、余裕、なさそう。
夏くん、僕を、求めてくれてる。
嬉しい……。
「っはぁ、はぁ……っ!」
やっと酸素が入ってきた、なんて、思った次の瞬間には、
夏くんのベッドに、仰向けになってた。
動こうなんて思ってないけど、動けないだろうな。
夏くんの力、優しいのに、強くて。
「……めぐ、かわい」
「ん、っ、」
はむ、と食べるようにキスされる。
何度も何度も、ほっぺやおでこ、鼻にも。
「なつくん……」
「……なぁに」
手を伸ばして、夏くんの首に手を回した。
「すき。なつくん、すき」
「……おれも、すきだよ。めぐみが、すき」
ああ、夏くんが、愛おしそうに、僕を見てくれる。
永遠なんてなくても、この人生が終わるそのときまで、僕はこの人と、ずっと一緒にいたい。
恋って、好きって、愛してるって、
こんなに優しくて素敵な気持ちなんだって、
君と知れて、良かった。
「……めぐは、はじめて?」
「へ、ぁ、っ」
するりとシャツの中に夏くんの手が入ってくる。
お腹のあたりを指でなぞられて、くすぐったいような、むずむずするような感覚が身体の中に生まれる。
「っ、はじめて、だよ」
「俺も……ねぇ、めぐ、こっち見て」
じわじわとお腹の奥が熱くなるのを紛らわせたくて、思わず顔を逸らしていたら、夏くんにくい、と戻された。
「なつくん……」
「俺、めぐのこと、抱きたい」
「……!」
「無理には、絶対、しないし、まだ、全部は、しないから……優しく、するから……」
そんなの、知ってる。
夏くんが、僕を大切にしてくれることなんて、知ってる。
だから、夏くんのこと、好きなんだよ。
「……僕は、夏くんに、抱かれたいな」
「……!」
夏くんの熱を持った瞳がきらりと輝く。
赤い唇が近づいてくるのを見て、僕は目を閉じた―――。
◇
◇
◇
「ん……」
朝日に瞼を撫でられて、ゆっくりと目を開く。
「んー……っ!」
目の前にあった美しいお顔で、一瞬にして目が覚めた。
夏くん、朝日に照らされた寝顔も綺麗……。
ふと、掛け布団からはみ出した肩が目に入る。
夏くん、色白だなぁ……。
肩や鎖骨のあたりを見ていると、昨夜のことが徐々に明瞭に思い出されて、恥ずかしくて堪らなくなったから、そっと掛け布団を掛けておいた。
「……あれ、」
自分の胸のあたりに目をやると、なにやら赤い痕がある。
今年は暑すぎて蚊が少ないから、油断したかなぁ……
……って違う!違うっ……。
思い出してしまった。
『めぐ、っ、』
昨夜の夏くんの表情、声、体温、匂い。
そして、夏くんにこれをつけられたときの、鈍い痛み。
なんか、僕、変な声が出ちゃってた気がする……。
「うぁ〜……恥ずかしいぃ……」
「ん、めぐ、おはよ」
「っ!夏くん」
「ふふ、めぐの方が早起きだ」
夏くんと、迎える朝。
初めての、二人きりの朝。
「ふふ、なーつくんっ」
胸が温かいものでいっぱいになって、ぎゅうーっと夏くんを抱きしめた。
「なぁに、めぐ、甘えんぼだね」
「えへ」
「……めぐみ、」
「?」
「俺と付き合ってくれて、ありがとう」
「……!こちらこそ、ありがとう、夏くん」
大好きも、ありがとうも、いつも心の中にあって。
でもそれは、言葉にするまで、伝わらないから……。
「大好き、夏くん!」
「……俺も、大好き」
この先もずっと、伝え続けるよ。
君が君らしく、僕が僕らしく、
いつまでも、笑っていられるように。
◇
◇
◇
「いや〜めぐみと夏も、ついに一緒に住むのかぁ、親友として考え深いぜ……」
「みっくん、親みたいなこと言うね」
「あっ!この写真って、めぐみが高一のとき優秀賞取ったやつじゃん!」
「ふふ、そうだよ。リビングに飾りたいなって思ってたんだ」
「俺は、自分の写真飾ってあるの、ちょっと恥ずかしいんだけどね」
「夏くんだって、僕の写真飾ってる!」
「だって、これ、可愛いから」
「っ……!」
「はは、相変わらずラブラブだなぁ」
「みっくんだって、花音さんと一緒に住むんでしょ〜!」
「ふふ、湊斗の話も聞かせてよ」
「お、俺の話っ……長くなるけど、いい?」
「えっ、まさか、何か深刻な話が……⁉︎」
「それがさぁ……惚気話だけど、いい?」
「「いいよ!」」
店内に漂うのは、コーヒーと甘いパンケーキの香り。
聞こえてくるのは、おしゃれな音楽……ではなく。
「改めて、久しぶり。夏くん」
「お久しぶりです。瑞稀先輩」
僕の背後の席にいる、夏くんと瑞稀先輩の会話だ。
今日は、夏くんと瑞稀先輩が、改めてちゃんと話をしようと決めた日だ。
僕は当然、ついていく気なんて全くなかったんだけど……。
昨日、夏くんから電話がかかってきて、一緒に来てほしいと頼まれたんだ。
当時のことを思い出してパニックになるのではないかという不安と、過去に好きだった人と一対一で話すことへの抵抗感から、僕のそばにいて安心したいし、安心させたいと言ってくれた。
でも、やっぱりこの状況、気まずいよね……⁉︎
もう来てしまったものは仕方がないけど……。
一応、瑞稀先輩にはバレないように、キャップとサングラスをして変装はしている。
僕がいることで、夏くんが落ち着いて話せるなら、僕としては本望だ。
「夏くん、その……今は、どこの高校に通ってるの?」
「……東高です。瑞稀先輩は、浜高ですよね、進学校の」
「東高も難しいじゃん。あの中学から行く人は、少なかったよね」
「……だから、東高にしました」
「っ……夏くん、中学のとき、あのとき、何もできなくて、本当に、ごめん……」
瑞稀先輩の表情は見えないけれど、声が震えてる。
きっと、これまでずっと、悩んで悩んで悩みまくって、苦しんできたんだろうな。
「夏くんに酷いこと言ったの、普段から俺をよく思ってなかった人たちなんだ。俺、地味で面白くないやつだったからさ」
「……先輩も、ああいうこと、いつも言われてたんですか」
「うん……」
しばらく、二人の間には沈黙が訪れた。
僕は、注文したアイスココアをちびちび飲みながら、どちらかが話し始めるのを待っていた。
「……夏くん、俺さ、」
先に口を開いたのは、瑞稀先輩だった。
「俺、あの頃、夏くんのこと、好きだったよ」
「っ……!」
「夏くんから告白してくれたとき、すごく、嬉しかった……ちゃんと、気持ちを言葉にして整理したくて、次の日に返事をするなんて言ってしまったこと……ずっと、後悔してた」
「……」
「多分、誰かが俺のこと見張ってたんだ。それで、夏くんも巻き込むことになったのに……俺、何も言い返せなくて、夏くんのこと、傷つけたよね」
「……確かに、ショックでした。でも、本当は、分かってました。先輩だって、苦しかったってこと」
そうだよね。
夏くんは、僕に過去を話してくれたときも、先輩のことを心の底から憎んでいるようには全然見えなかったから。
「……あのときの俺はまだ、俺や俺と同じところにいる人間を、堂々と人前で肯定できるほどの勇気がなかったんだ」
「……今は、肯定できるようになったんですか?」
「そう、だね。今は、恋することを、楽しめるようになった気がする」
「……素敵な人に、出会えたんですね」
「それは、夏くんも、でしょ?」
「……はい、そうですね。彼のおかげで、今、すごく幸せです」
思わず口に含んだアイスココアを噴き出しそうになった。
最後の一口で、盛大に失敗するところだった……。
「……瑞稀先輩。俺、あの頃、先輩のおかげで、学校に行くのが楽しくなった。先輩と話す時間が、本当に楽しかった。だから……本当に、ありがとうございました」
「……!夏くん……俺も、夏くんと話すの、毎日楽しみだったよ。こちらこそ、本当に……本当に、ありがとう」
僕がなんとかアイスココアを溢さずに飲み終わる頃、夏くんと瑞稀先輩の話も無事に終わったようだ。
二人とも声のトーンが明るくなっていて、僕も嬉しい。
「じゃあ、俺はこれで……夏くん、と、えっと……後ろの席の、」
「っ!」
肩がビクッと跳ねてしまった。
い、いつから、気づかれてたんだ……⁉︎
「……めぐみ、です。俺の彼氏です」
「ちょ、な、夏くん!」
パッと振り向くと、瑞稀先輩にぷはっと笑われた。
「ふふ、めぐみくんかぁ。夏くんと、めぐみくん。末永く、お幸せにね」
「……!は、はい!」
慌ててキャップとサングラスを外してぺこりとお辞儀をすると、瑞稀先輩は同じようにお辞儀をして、すぐに店を出ていった。
「な、夏くん、」
「めぐみ、ありがとう」
ふわり、夏くんに優しく抱きしめられる。
奥まった席とはいえ、他にもお客さんはいるから、もし見られちゃったら恥ずかしいけれど……
そんなことも今は気にしていられないほど、互いの存在を体で確かめ合いたかった。
「夏くん、話せて良かったね」
「めぐみがいてくれたから、話す勇気を出せたんだ。本当にありがとう」
「うん!夏くん、僕ね……」
「な、何?」
夏くんがちょっと不安そうな顔をしたところで、僕はメニュー冊子を広げて見せた。
「アップルパイ食べたい!」
「……!ふふ、いいね、食べようか。俺、バイトしてるからちょっと安くなるし」
夏くんの優しさに甘えて、この日はプリンとチョコケーキも頼んでしまった。
夏くんは瑞稀先輩と話す前より、さらに表情が柔らかくなったように見えた。
◇
◇
◇
夏休み、最後の週、ある日の午後三時。
宿題は余裕を持って終わらせたし、休み明けテストの勉強もそれなりに頑張っていると思う。
では、なぜ僕は今、こんなにも落ち着きがないのか。
その答えは、非常に分かりやすいものだ。
「お邪魔、します」
「どうぞ。ジュース入れるね」
答えは……夏くんと、お泊まりの日だから……!
一泊なのに、服装やスキンケア、メイクなどなど……色々考えていたら荷物が少し多くなってしまった。
「どうする?何か観るか、ゲームするか……」
夏くんの部屋に入って一息ついたところで、そう問いかけられる。
「うーん……」
僕がこうやって考えている最中にも、夏くんが僕の肩に手を回して髪や頬に触れてくるからむずむずする。
「あ、そうだ、僕、夏くんの髪の毛セットしてみたいなぁ」
「ふふ、めぐみがセットしてくれるの?」
「期待はしないでね?今日はお家デートだし、あとで一緒にお風呂入るから、セット上手くいかなくても許してくれるかなぁって」
夏くんの顔を見つめて「いいよ」って言ってくれるのを待っていたら、夏くんの顔が傾いて、近づいて、ちゅ、とキスをされた。
不意打ちのそれに、ぼわぼわっと顔が熱くなる。
「……一緒にお風呂入ってくれるの?」
「……へ?ぼ、僕、そんなこと言った?」
「うん、言ったよ」
「い、言ってない!」
「言ったよ」
「言ってないもん!」
その後、僕たちの言った言ってない論争はしばらく続いた。
論争の最中、どさくさに紛れてさらに二回くらいキスをされた気がする。
今日は初めてのお泊まりだから、という理由で、最後は夏くんが折れてくれたけど、既に二回目のお泊まりのことを想像してドキドキが止まらなくなってしまった……。
◇
◇
◇
「夏くん、何か手伝えることない?」
「大丈夫だよ。もうすぐ卵やるから見てて」
「うん!」
夏くんの髪をセットしたり、一緒にメイク動画を見たり、楽しく過ごしていたらあっという間に夜になって……
ただいま、夏くんはクッキング中!
カフェで習得したふわとろオムライスを作ってくれるんだ。
今は、チキンライスをお皿に盛り付けたところ。
そして、ついに、ふわとろ卵を作って乗せてくれるみたい……!
「バターを引いて、一気に流し込んで……」
夏くんがフライパンに卵を流し込むと、周りからすぐに固まり始めた。
「菜箸で何回も混ぜて……もうそろそろ」
夏くんはとろとろ卵の形を器用に整えて、
「……よし!」
「おぉ〜!」
ほかほかチキンライスの上に、見事に乗せてみせた。
「じゃ、めぐみ、真ん中をナイフで切って広げてみて」
「うん……!あ、せっかくだから、動画撮りたいな」
「ふふ、いいよ」
夏くんが動画を撮ってくれているのを確認してから、ナイフを持つ。
夏くんが作ってくれた最高のふわとろ卵を台無しにしないように、慎重に、慎重に……。
「……わぁ!できた!」
切り込みからまるでドレスのように綺麗に広がった卵を見て、思わず小さく飛び跳ねる。
「夏くん!ちゃんと撮れた⁉︎」
「んー?んー……」
「見せて!」
夏くんの持っているスマホの画面を覗き込んで、たった今撮ってもらった動画を再生すると……。
「なっ……ちょっと、なんで僕の顔撮ってるの!オムライス撮ってって言ったのに!」
「……可愛かったから」
「っ……」
もっと怒ってやろうと思っていたのに、「可愛い」の一言で黙ってしまう僕は、本当に夏くんに弱い。
静かになった僕を横目に、夏くんは手際良く二つ目のふわとろ卵の調理を始めた。
なんだか悔しかったから、真剣に卵の形を調整している夏くんの背中に、ぎゅーっと抱きついてみた。
「わ、めぐみ、どうしたの」
「二個目も上手くいきそう?」
「ふふ、めぐが邪魔するから焦げちゃうかもよ」
そんなことを言いながら、夏くんは二つ目の卵も綺麗に仕上げて盛り付けた。
今度こそオムライスを撮ってね!と念を押したら、さすがの夏くんも、今度はちゃんと卵を撮ってくれた。
◇
◇
◇
「美味しかったぁ〜」
洗い終わったお皿を拭きながら、夏くんのオムライスの感動的な美味しさを言葉にして噛み締める。
「良かった、練習した甲斐があったな」
「ねね、またお泊まりするとき、作ってくれる?」
「もちろん。めぐが好きなもの何でも練習して作るよ」
僕にだけ見せてくれるその微笑みに、胸がキュンとなって嬉しくなって、思わず夏くんにすり寄った。
「夏くん、大好き」
夏くんは分かりやすく照れていて、ちょっといい気分。
大好きなんて、何度言っても足りないのに、一回でもそんなに顔を赤くしてくれるんだなぁ。
「……めぐみ、お風呂、先に入っていいよ」
赤い顔の夏くんに言われたその言葉。
心臓にどぎゅんと突き上げるような感覚が走った。
僕の顔にも、一気に熱が集まってしまった。
「う、うん。じゃあ、お先に入らせてもらおうかな」
今日のために揃えたお泊まり用コスメと可愛いルームウェアを持って、浴室へ向かう。
夏くんのお家のお風呂は広くて綺麗で……。
毎日ここで、夏くんがお風呂に入っているんだなぁ、なんて想像をして、余計にドキドキして、入る前からのぼせそうだった。
◇
◇
◇
「めぐみ、こっちおいで」
夏くんは僕のあとにすぐにお風呂を済ませて、今はドライヤーを持って僕を迎えるように手を広げている。
濡れ髪の夏くんは色っぽくてドキドキするけど……
コクリと頷いて夏くんの脚の間に座って、大人しく髪を乾かしてもらう。
「めぐ、髪サラサラだね」
「そうかなぁ、夏くんの方がツヤサラで綺麗だよ」
夏くんに乾かしてもらった後は、今度は僕が乾かす番。
髪を乾かすなんて、一人だったら面倒くさいとすら思うことなのに、夏くんと一緒だとこんなにも楽しくて幸せなことなんだなぁ。
一つ一つ、当たり前のようなことも、好きな人とならかけがえのない時間になってしまう。
「乾かせたよっ」
「ん、ありがと」
そのまま夏くんの背中にぐでーんともたれかかってハグをする。
乾かしたばかりで温かい夏くんの髪の毛からは、爽やかで甘い優しいシャンプーの香りがする。
「ふふ、夏くん、いい匂い」
「今日はめぐみも同じ匂いだよ」
「へへ、そっかぁ。じゃあ一緒に住んだら、ずーっと同じ匂いだね」
「そうだねぇ……めぐ、ここおいで」
ベッドに腰掛けた夏くんは、自分の膝の上をぽんぽん、と叩いて僕を見つめてくる。
その視線が甘く刺さってキュンと心臓が痛んだ。
夏くんに甘えたい気持ちを解放したら、もう本当に溢れ出して止まらなくなりそうで、どこかでセーブしていたけど……。
こんな風に「おいで」なんて言われたら、我慢、できないよ。
「夏くん、甘えていい?」
「いいよ」
「脚大丈夫?重くない?」
「重くないよ」
「暑くない?」
「めぐ」
「ん、っ、」
後頭部を引き寄せられて、口づけされる。
夏くんの唇、柔らかくて、好き。
「なつ、くん、」
「……めぐみ、可愛いね」
「っ……」
心拍数が、上がるのが、分かる。
夏くんに撫でられる頬も、首筋も、鎖骨も、じんじんして熱いよ。
「リップ塗った?」
「うん……」
「あと、シャンプーじゃない、別のいい匂いもする」
「……夏くんに、ドキドキ、してほしくて、つけた」
「……ねぇ、めぐ、嫌だったら、言ってね」
「え、ぁ、っ、」
さっきよりも強く引き寄せられて、唇が重なって、
僕の舌に、夏くんの舌が触れて、思わずびくりと身体が反応する。
触れるだけじゃない、こんなに濃厚なキス、初めて。
思ってたより、息、できない。
「っ、なつ、んっ、」
名前を呼ぶ隙もない。
苦しい、のに、もっともっとって、思っちゃうよ。
クラクラする意識の中、夏くんの瞳に、まだ僕の知らない炎がゆらゆらするのを見た。
夏くん、余裕、なさそう。
夏くん、僕を、求めてくれてる。
嬉しい……。
「っはぁ、はぁ……っ!」
やっと酸素が入ってきた、なんて、思った次の瞬間には、
夏くんのベッドに、仰向けになってた。
動こうなんて思ってないけど、動けないだろうな。
夏くんの力、優しいのに、強くて。
「……めぐ、かわい」
「ん、っ、」
はむ、と食べるようにキスされる。
何度も何度も、ほっぺやおでこ、鼻にも。
「なつくん……」
「……なぁに」
手を伸ばして、夏くんの首に手を回した。
「すき。なつくん、すき」
「……おれも、すきだよ。めぐみが、すき」
ああ、夏くんが、愛おしそうに、僕を見てくれる。
永遠なんてなくても、この人生が終わるそのときまで、僕はこの人と、ずっと一緒にいたい。
恋って、好きって、愛してるって、
こんなに優しくて素敵な気持ちなんだって、
君と知れて、良かった。
「……めぐは、はじめて?」
「へ、ぁ、っ」
するりとシャツの中に夏くんの手が入ってくる。
お腹のあたりを指でなぞられて、くすぐったいような、むずむずするような感覚が身体の中に生まれる。
「っ、はじめて、だよ」
「俺も……ねぇ、めぐ、こっち見て」
じわじわとお腹の奥が熱くなるのを紛らわせたくて、思わず顔を逸らしていたら、夏くんにくい、と戻された。
「なつくん……」
「俺、めぐのこと、抱きたい」
「……!」
「無理には、絶対、しないし、まだ、全部は、しないから……優しく、するから……」
そんなの、知ってる。
夏くんが、僕を大切にしてくれることなんて、知ってる。
だから、夏くんのこと、好きなんだよ。
「……僕は、夏くんに、抱かれたいな」
「……!」
夏くんの熱を持った瞳がきらりと輝く。
赤い唇が近づいてくるのを見て、僕は目を閉じた―――。
◇
◇
◇
「ん……」
朝日に瞼を撫でられて、ゆっくりと目を開く。
「んー……っ!」
目の前にあった美しいお顔で、一瞬にして目が覚めた。
夏くん、朝日に照らされた寝顔も綺麗……。
ふと、掛け布団からはみ出した肩が目に入る。
夏くん、色白だなぁ……。
肩や鎖骨のあたりを見ていると、昨夜のことが徐々に明瞭に思い出されて、恥ずかしくて堪らなくなったから、そっと掛け布団を掛けておいた。
「……あれ、」
自分の胸のあたりに目をやると、なにやら赤い痕がある。
今年は暑すぎて蚊が少ないから、油断したかなぁ……
……って違う!違うっ……。
思い出してしまった。
『めぐ、っ、』
昨夜の夏くんの表情、声、体温、匂い。
そして、夏くんにこれをつけられたときの、鈍い痛み。
なんか、僕、変な声が出ちゃってた気がする……。
「うぁ〜……恥ずかしいぃ……」
「ん、めぐ、おはよ」
「っ!夏くん」
「ふふ、めぐの方が早起きだ」
夏くんと、迎える朝。
初めての、二人きりの朝。
「ふふ、なーつくんっ」
胸が温かいものでいっぱいになって、ぎゅうーっと夏くんを抱きしめた。
「なぁに、めぐ、甘えんぼだね」
「えへ」
「……めぐみ、」
「?」
「俺と付き合ってくれて、ありがとう」
「……!こちらこそ、ありがとう、夏くん」
大好きも、ありがとうも、いつも心の中にあって。
でもそれは、言葉にするまで、伝わらないから……。
「大好き、夏くん!」
「……俺も、大好き」
この先もずっと、伝え続けるよ。
君が君らしく、僕が僕らしく、
いつまでも、笑っていられるように。
◇
◇
◇
「いや〜めぐみと夏も、ついに一緒に住むのかぁ、親友として考え深いぜ……」
「みっくん、親みたいなこと言うね」
「あっ!この写真って、めぐみが高一のとき優秀賞取ったやつじゃん!」
「ふふ、そうだよ。リビングに飾りたいなって思ってたんだ」
「俺は、自分の写真飾ってあるの、ちょっと恥ずかしいんだけどね」
「夏くんだって、僕の写真飾ってる!」
「だって、これ、可愛いから」
「っ……!」
「はは、相変わらずラブラブだなぁ」
「みっくんだって、花音さんと一緒に住むんでしょ〜!」
「ふふ、湊斗の話も聞かせてよ」
「お、俺の話っ……長くなるけど、いい?」
「えっ、まさか、何か深刻な話が……⁉︎」
「それがさぁ……惚気話だけど、いい?」
「「いいよ!」」



