夏くんと、恋人になった。
その日の夜に、二人でみっくんにLINEで報告した。
みっくんはスタンプを何個も送ってきて、ちょっと通知がうるさかったけど、それだけ喜んでくれているのだと伝わってきた。
数日後、夏くんと三人でファミレスに行って、みっくんには思う存分好きなものを食べてもらった。
「こんなにお礼?っていうか、色々してくれるのは嬉しいけどさ、これからも、その、俺と仲良くしてくれるのが、一番嬉しいっていうか……その……仲良くしてくれぇ!」
みっくんはうるうるした目でそう言っていた。
こちらこそ仲良くしてください、なんて、改めて言うのは恥ずかしいけど、なんだか幸せな気持ちになった。
「そういえば、八月の最初の土日、夏祭りあるよな。俺と花音で行こうって言ってたんだけど、めぐみと夏も来るなら教えて!」
みっくんの発言で、ふと気づく。
「夏くんって誕生日……八月一日?結構前に言ってた……」
「うん」
「もうすぐじゃん!待ってよ!ねぇ、夏くん、何がほしい?」
「ふはっ、めぐみ焦りすぎだろ、夏がビックリしてるぞ」
「ご、ごめんよ……」
ここ最近はずっと、夏くんと恋人になったという出来事で頭がいっぱいで、もうすぐ七月が終わろうとしていることを完全に忘れていた。
恋人の誕生日って、すっごく大事なイベントじゃないか!
って言っても、今から何を準備できるだろう?
家族や友達の誕生日を祝うのと、同じような感じでいいのかなぁ……。
「めぐみが元気でいてくれたら、俺は十分だよ」
「いやいや!夏くん!十分だよ……じゃないよ!」
「ははっ、めぐみも夏も面白いなぁ」
「みっくんも何か言ってよ!僕、恋人なのに、このままじゃ何もできない……!」
身を乗り出してテーブルの向かいに座るみっくんに助けを求めると、みっくんはニヤニヤしながら口を開いた。
「そうだなぁ……夏、めぐみにしてほしいこととかないの?」
「えっ」
「プレゼントにも色々あるだろ?物を買うんじゃなくて、何かお願いを聞いてあげるのもいいかなって」
夏くんの方をチラリと見ると、顎に手を当ててうーんと唸っている。
夏くんが、僕にしてほしいことを、真剣に考えている。
ただそれだけで、胸のあたりがキュンキュンと騒ぐ。
どんなお願いをされるのかちょっと怖い気持ちもあるけど、してほしいことが何もなかったらそれはそれでショックかも……。
「……浴衣」
「「え?」」
「めぐみの浴衣姿、見たいな」
夏くんは頬を赤く染めながらそう言ってくれた。
みっくんはニッコニコの笑顔で親指を立てる。
「おお!いいね!さっき言った夏祭りもあるし、ちょうどいいな」
「そ、そんなので、いいの……?」
「うん。それがいいんだ」
◇
◇
◇
その日の僕は、朝からソワソワソワソワしていた。
「兄ちゃん、なんか今日、ずっと動きがうるさい!」
「っ!そ、そんなこと……あるかも」
弟のあおいから、文句を言われてしまうほどだ。
でも、仕方ないじゃないか。
「ふふ、お兄ちゃんはねぇ、デートだからねぇ」
「か、母さん⁉︎ なんで知ってるの⁉︎」
「あら、そんなの見てたら分かるけど?」
夏くんと付き合っていることは、少し前に家族みんなに話した。
家族に話すのが少しも怖くなかったといえば嘘になるけど、父さんも母さんもあおいも、きっと僕のことを受け止めてくれるという根拠のない安心感があって。
実際、みんな当然のように喜んで祝ってくれたから、久しぶりに家族の前でわんわん泣いてしまった。
「……そろそろ、準備しなきゃ」
夏くんとの夏祭りデートが決まってから、僕は慌てて浴衣を買った。
レンタルも考えたけど、返さなきゃいけないと思うと、なんとなく落ち着かないし……
何より、夏くんへの誕生日プレゼントとして着るのだから、ちゃんと買いたかったんだ。
……あと、多分僕はもう背が伸びないから、買ったらしばらく着れる……いや、い、意外と伸びるかもしれないけどね!
「めぐみー?手伝おうか?」
スマホで浴衣の着方を調べ格闘していると、見かねた母さんが声をかけてくれた。
本当は全部自分でやりたかったけど、さっきからずっと同じところで止まっているから、潔く母さんを頼ることにした。
「よし、いいんじゃない?」
「おお……!母さん、ありがとう!」
「どういたしまして。メイクはこれからするの?」
「うん!」
夏くんに出会って、堂々とメイクを楽しめるようになったから、今は迷わず首を縦に振れる。
母さんも、そんな僕を見て、すごく嬉しそうだった。
◇
◇
◇
待ち合わせの時刻になった。
今日は、僕の最寄駅で会うことになっている。
最初は、夏くんが僕の家まで迎えに来るだなんて言うから、そりゃあもう必死に断ったけど、結局最寄駅までは来てくれることになってしまった。
暗くなっていく時間帯に一人だと心配だから、という理由らしい。
申し訳ない気持ちと、恋人として大切にされているのが嬉しい気持ちと、夏くんは一人で歩いてもいいのかと抗議したい気持ちと、色々な感情が混ざり合って、なんだか胸がいっぱいになった。
「っ……!」
駅に着くと、夏くんが先に待っていた。
実は、今日は夏くんも浴衣を着てくれている。
僕とお揃いにしたいと言ってくれて……。
「……!めぐみ!」
「な、夏くん!待たせてごめんね」
夏くんの浴衣姿に見惚れていたら、パチっと目が合ってしまって、心臓がばびゅんと飛び跳ねた。
「ぁ、あの、夏くん、かっこよすぎるよ……」
「めぐみこそ、すごく似合ってる……今すぐに抱きしめたいくらい、可愛い」
「っ!」
周りに聞こえないようにと、夏くんが耳元で静かに囁く声が、全身をぞわぞわと熱くさせる。
僕だって、本当は、ぎゅってしたいもん。
そんなこと言うのは恥ずかしいから、じいっと瞳で訴えたら、ほっぺをむにぃと摘まれた。
「……その目、可愛いから、だめ」
その後、頭をぽんぽんされて、なんだか丸く収められた気がする。
……ほっぺも、頭も、キュンとしたからいいけどさぁ。
「電車、割と混んでるね」
「いつもに比べたらすごいね……まあ、夏祭りだもんね」
夏祭りの会場に近づくにつれて、電車に乗る人は増えていく。
僕は扉と夏くんに挟まれて、ぎゅうっと押しつぶされていく。
「っ……めぐ、大丈夫?」
「うん……」
ほんとは大丈夫じゃない。
夏くんと体が密着してて、すごくいい匂いがして、心臓の鼓動がドクドクドクドク速くなってる。
「……」
夏くんの首筋、すうっと綺麗。
夏くんの唇、ぷるるんって赤い。
夏くんのまつ毛、長くてつやつや。
「……?」
「っ!」
じろじろ見ているのを夏くんに気づかれたから、パッと目線を逸らしたら、
「!」
つん、とほっぺをつつかれた。
再び目が合うと、満足気に微笑まれた。
夏くんの僕を見るときの表情が、日に日に甘くなっていって、困る。
◇
◇
◇
会場に着いた僕らがまず足を止めたのは、射的の屋台。
景品の中にある可愛い猫のポーチが欲しいなぁと思っていたら、夏くんに「めぐみ、あれ欲しいでしょ?」と言われて、かなりドキリとした。
夏くんは何が欲しいの、と聞いてみると、色違いの同じポーチが欲しいだなんて、嬉しいことを言ってくれる。
「じゃあ、俺からやるね」
「うん……!」
夏くんがコルク銃を構える。
集中している横顔は、この蒸し暑さなど微塵も感じさせないほどに爽やかだ。
「……」
「……」
夏くんが引き金を引いて、
「わっ!」
バン!とコルクが当たったのは……
「やった!めぐみ、取れたよ!」
「す、すごい!ありがとう!」
僕の欲しかった白猫のポーチ!
夏くんは見事、一発でそれを仕留めてしまった。
これには店主のおじさんもかなり驚いた様子で拍手をしていた。
「次は、僕が黒猫の方を取るんだ……!」
深呼吸をして、銃を構える。
夏くんとお揃いにするんだ……!
夏くんの誕生日祝いにもなるし、ここは絶対に……!
「……」
「……」
ターゲットに狙いを定めて、
「っ!」
バン!と放ったコルクは……
「残念、参加賞で飴をあげるよ」
「もう!なんでだよう!」
見事に景品と景品の間をすり抜けて転がった。
「ふふ、めぐ、飴もいいじゃん」
「そりゃあ、飴は美味しいけどさぁ……これじゃ、どっちが誕生日か分かんないよ」
せめて飴の味は夏くんが選んでよ、と言うと、飴がたくさん入った袋からオレンジ味を取っていた。
「はぁ、黒猫のポーチ……」
「めぐみ、あーん」
「え?っ、」
僕は馬鹿だと思う。
夏くんの声で「あーん」と言われて、何も考えず反射的に口を開けていた。
そして、まんまと飴を口に放り込まれてしまった。
「美味しい?めぐみオレンジ味好きだよね?」
「これはぁ、夏くんが食べないと……」
色違いのポーチは取れず、参加賞の飴も自分で食べてしまい、いよいよ悔し涙を流しそうになっていたとき、
「あっ!めぐみと夏じゃん!」
よく知っている声が聞こえた。
「みっくん!と、花音さん!」
振り向くと、浴衣姿のみっくんと花音さんが手を繋いで立っていた。
みっくんの腕には、おそらく焼きそばが入ったビニール袋が提げられている。
花音さんも片手にかき氷を持っていて、これから二人でもぐもぐタイムみたい。
「いやぁ、ちょうど連絡しようか迷っててさ。こんな偶然会えるなんてラッキー!」
「みっくんも花音さんも浴衣着たんだね!」
「へへ、せっかくだから。ところで、めぐみたちは射的やってたの?」
「うん。夏くんがこれ取ってくれたんだけど、色違いのやつは僕が下手なせいで取れなくてさぁ」
みっくんに慰めてもらおうと例の白猫ポーチを見せると、みっくんは「あっ!」と何やら大きな声を出す。
「それ!黒猫のやつ、さっき花音が取ったよ!」
「えっ⁉︎」
花音さんが提げていた袋から取り出したのは、なんと、本当の本当に、僕が夏くんのために取りたかったもの。
恋焦がれていた黒猫のポーチだ。
「夏くん、めぐみくん、これあげるよ」
「ええっ、そ、それは悪いよ」
花音さんは、自分は似たようなポーチを持っているから、とニコニコ笑顔で僕たちにそれを差し出してくれる。
みっくんはそんな花音さんに見惚れて、ニヤニヤが抑えきれていない。
「本当に、いいの……?」
「うん!全然高いものじゃないし、よかったらもらって」
夏くんと目を見合わせてから、花音さんに深いお辞儀をする。
「「ありがとう……」」
みっくんが好きになった子は、みっくんのように優しくて素敵な子なのだと、改めて実感する。
何かお礼に買おうかと考えている途中で、「かき氷が溶けちゃうから、またな」と、みっくんが花音さんの手を引いて人混みに消えてしまった。
「あっという間に行っちゃった……」
「また、改めてお礼しよっか」
嬉しいサプライズでお揃いのポーチを手に入れた僕らは、食べ物の屋台を色々回ることにした。
焼きそば、フライドポテト、たい焼き、わたあめ、そして冷たいかき氷も忘れずに。
ちょっと買いすぎたかなぁと思ったけれど、二人で食べたら意外とすぐになくなって、ちょうど花火が始まる頃には食べ終わることができた。
「夏くん、花火どこで見る?」
「んー……」
夏くんは僕が持っているジュースのストローをちゅう、と吸って何かを考えている様子。
「……俺、人が少ないところがいいな。めぐみは?」
「いいね、僕も夏くんとゆったり落ち着いて見たい」
「じゃあ、さ、ちょっと歩くけど向こうの方行ってみよう」
「う、うん!」
夏くんはスマートだ。
こうやって、自然と恋人繋ぎというやつをしてしまうのだから。
指を絡めてぎゅっとすると、夏くんの手の大きさや体温がよく伝わってくるから、僕はこの手の繋ぎ方が好きだ。
……まだまだ、このドキドキには慣れないけど。
「この辺空いてるね。ちょっと傾斜あるから、足元気をつけて」
「っ、うん」
屋台があるエリアから少し離れた場所は、だいぶ人が少なくて静かだから、夏くんの声がよく聞こえる。
夏くんは僕をお姫様か何かと勘違いしてるかのように、優しく手を取って転ばないようにリードしてくれる。
「ここ座ろっか」
夏くんは空いていたベンチに気づいて、僕を座らせてくれてから、隣に来てくれた。
夏くんが腰掛けるとき、ぶわりと夏くんの香りが降りかかってきて、そのときめきと甘さに酔いそうになる。
夏くんの匂いに包まれると、もっともっと夏くんに甘えたくなってしまうから、ほどほどにしてほしいのに。
「……花火、もうすぐかな」
「うん……」
ベンチに置いていた手。
指先に、夏くんの指先が触れる。
それだけじゃ足りないから手を重ねたら、まるでそれを合図にしたかのように、
「「わっ」」
夜空に、大きな花が咲いた。
「綺麗……」
花火を見るのは、昔から人並みに好きだったと思う。
でも、今年の花火は……好きな人と見る花火は、生まれて初めてだからかな。
なんだか、夢の世界にいるのかと思うほど、美しい。
「……夏くん」
「ん?」
「夏くんは、いつから僕のこと好きだったの?」
「……多分、結構前。好きにならないようにしなきゃって、いつからか思ってた。それって、もう、好きなのにね」
「……そっかぁ……」
「めぐみは?」
「僕は、恋って気づいたのは遅かったけど……出会った瞬間から、夏くんのことばかり見てたなぁ」
これまでも、これからも、僕はずっとずっと夏くんを見つめている。
これからは、もっと、触れたいし、触れてほしいけど。
「めぐ」
「?っ、ん、」
大きな花火が夜空を照らすとき、夏くんに優しい口づけをされる。
さっき、わたがし食べたからかな、ちょっと、甘い。
「きゅ、急にされたら、びっくりするよう……」
「……したくなかった?」
夏くんがいじわるっぽく微笑んだ。
じわじわ顔が熱くなって、どうにもならない胸のうずうずを誤魔化すように、夏くんにピタリとくっついた。
今夜は暑さが控えめだから、きっとこっちの方がいい。
くっついて、夏くんも、僕と同じくらい熱くなればいいんだ。
「……夏くん、あつい?」
「……まだまだ、涼しいかも」
「……嘘つきだぁ」
花火が終わっても、僕らはしばらくベンチに座ったまま、くっついていた。
「……帰りたくないなぁ」
「俺も。めぐみのこと、連れて帰りたい」
夏くんが頭を撫でてくれて、そのまま、ほっぺもむにむにされた。
「……今度、お泊まりしようよ。そしたら、もっともっと長く一緒にいられる」
「いいの?」
「え?なんで?」
「いや……っ、そういえば、夏休みの最後の週、親がコンサートついでに旅行に行くんだ。そのとき、うち来る?」
「……!行きたい!」
思わず食い気味に返事をしたら、夏くんの顔との距離がものすごく近くなってしまった。
「っ、ぁ、」
僕が距離を取る前に、夏くんはちゅ、とキスをしてきた。
「じゃ、決まりね」
◇
◇
◇
お泊まりの約束をしたおかげで、なんとか帰路に着く覚悟を決めることができた僕たち。
同じように駅に向かう人の流れよりは、いくらかスローペースだけど。
夏くんは、人がたくさんいても手を繋いでくれる。
過去の経験から、僕たちのような関係に理解のない人が一定数いることは、痛いほど知っているはずなのに。
見上げる横顔は穏やかで温かくて、すごく嬉しそうなんだ。
僕がメイクを楽しめるようになったみたいに、夏くんも恋を楽しめるようになっていたらいいな。
「あの、すみません」
突然、僕たちの背中に、知らない人の声がぶつかった。
「はい……?」
振り向くと、僕らと同じくらいの歳に見える男性が立っていた。
何か落とし物拾ってくれたのかな?なんていう単純な考えは、すぐに飛んでいった。
「っ!やっぱり、篠崎、夏くん、だよね?」
「……!瑞稀先輩……?」
その会話と夏くんの表情で、一瞬にして繋がった。
『……中学二年のとき、初めて好きな人ができた』
この人は、夏くんの、初恋の人だ。
「どう、して、」
「高校の友達が、こっちの方に住んでて……夏くん、今は、このあたりの高校に通ってるの?」
「……なんで、今更」
「っ、俺、ずっと、夏くんと……ちゃんと、話したかったんだ。だけど、全然、高校もどこに行ったか、分からなかったから……」
「……もう、あのときのことは、気にしてないので」
こんな夏くんの顔も、声も、初めてだ。
きっと、この先輩を好きだった気持ちも、その想いを裏切られたようで悲しかった気持ちも、怒りたい気持ちも、何もかも夏くんの中で混ざり合っている。
繋いだ手に、ぐっと力が入っていて、必死にぐちゃぐちゃな感情と闘っているのが分かる。
「今更……確かに、そうだと思う。だけど、あの日のこと、本当はずっと謝りたかった……もう、二度と会えないかもしれないと思ってたんだ……どうか、一度でいいから、俺に話す時間を、もらえないかな?」
「っ……」
「夏くん……」
そっと肩に手を置くと、夏くんはハッとしたように僕を見る。
その瞳は、こんなときでも僕のことを一番に心配してくれているように見えた。
「め、ぐ」
「大丈夫だよ、大丈夫。ずっと、一緒にいるからね」
「っ、めぐみ……」
夏くんは唇を噛んで、やがてもう一度、瑞稀先輩に向き合って決心したようだ。
「……分かりました。話しましょう」
「……!ありがとう……」
瑞稀先輩は、泣いていた。
恋人の初恋の人なんて、それが自分じゃない限り、きっと嫉妬しないなんてことは不可能だと思う。
でも……嫉妬はしても、受け入れられないわけじゃない。
理解したいとも思う。
だって、この人は、いや、この人も……夏くんと同じ、たくさん傷ついてきた顔をしてるから。
きっと、この再会は、
夏くんが、今よりもっと、ずっと……
笑顔で生きていくためのものだと思う。
その日の夜に、二人でみっくんにLINEで報告した。
みっくんはスタンプを何個も送ってきて、ちょっと通知がうるさかったけど、それだけ喜んでくれているのだと伝わってきた。
数日後、夏くんと三人でファミレスに行って、みっくんには思う存分好きなものを食べてもらった。
「こんなにお礼?っていうか、色々してくれるのは嬉しいけどさ、これからも、その、俺と仲良くしてくれるのが、一番嬉しいっていうか……その……仲良くしてくれぇ!」
みっくんはうるうるした目でそう言っていた。
こちらこそ仲良くしてください、なんて、改めて言うのは恥ずかしいけど、なんだか幸せな気持ちになった。
「そういえば、八月の最初の土日、夏祭りあるよな。俺と花音で行こうって言ってたんだけど、めぐみと夏も来るなら教えて!」
みっくんの発言で、ふと気づく。
「夏くんって誕生日……八月一日?結構前に言ってた……」
「うん」
「もうすぐじゃん!待ってよ!ねぇ、夏くん、何がほしい?」
「ふはっ、めぐみ焦りすぎだろ、夏がビックリしてるぞ」
「ご、ごめんよ……」
ここ最近はずっと、夏くんと恋人になったという出来事で頭がいっぱいで、もうすぐ七月が終わろうとしていることを完全に忘れていた。
恋人の誕生日って、すっごく大事なイベントじゃないか!
って言っても、今から何を準備できるだろう?
家族や友達の誕生日を祝うのと、同じような感じでいいのかなぁ……。
「めぐみが元気でいてくれたら、俺は十分だよ」
「いやいや!夏くん!十分だよ……じゃないよ!」
「ははっ、めぐみも夏も面白いなぁ」
「みっくんも何か言ってよ!僕、恋人なのに、このままじゃ何もできない……!」
身を乗り出してテーブルの向かいに座るみっくんに助けを求めると、みっくんはニヤニヤしながら口を開いた。
「そうだなぁ……夏、めぐみにしてほしいこととかないの?」
「えっ」
「プレゼントにも色々あるだろ?物を買うんじゃなくて、何かお願いを聞いてあげるのもいいかなって」
夏くんの方をチラリと見ると、顎に手を当ててうーんと唸っている。
夏くんが、僕にしてほしいことを、真剣に考えている。
ただそれだけで、胸のあたりがキュンキュンと騒ぐ。
どんなお願いをされるのかちょっと怖い気持ちもあるけど、してほしいことが何もなかったらそれはそれでショックかも……。
「……浴衣」
「「え?」」
「めぐみの浴衣姿、見たいな」
夏くんは頬を赤く染めながらそう言ってくれた。
みっくんはニッコニコの笑顔で親指を立てる。
「おお!いいね!さっき言った夏祭りもあるし、ちょうどいいな」
「そ、そんなので、いいの……?」
「うん。それがいいんだ」
◇
◇
◇
その日の僕は、朝からソワソワソワソワしていた。
「兄ちゃん、なんか今日、ずっと動きがうるさい!」
「っ!そ、そんなこと……あるかも」
弟のあおいから、文句を言われてしまうほどだ。
でも、仕方ないじゃないか。
「ふふ、お兄ちゃんはねぇ、デートだからねぇ」
「か、母さん⁉︎ なんで知ってるの⁉︎」
「あら、そんなの見てたら分かるけど?」
夏くんと付き合っていることは、少し前に家族みんなに話した。
家族に話すのが少しも怖くなかったといえば嘘になるけど、父さんも母さんもあおいも、きっと僕のことを受け止めてくれるという根拠のない安心感があって。
実際、みんな当然のように喜んで祝ってくれたから、久しぶりに家族の前でわんわん泣いてしまった。
「……そろそろ、準備しなきゃ」
夏くんとの夏祭りデートが決まってから、僕は慌てて浴衣を買った。
レンタルも考えたけど、返さなきゃいけないと思うと、なんとなく落ち着かないし……
何より、夏くんへの誕生日プレゼントとして着るのだから、ちゃんと買いたかったんだ。
……あと、多分僕はもう背が伸びないから、買ったらしばらく着れる……いや、い、意外と伸びるかもしれないけどね!
「めぐみー?手伝おうか?」
スマホで浴衣の着方を調べ格闘していると、見かねた母さんが声をかけてくれた。
本当は全部自分でやりたかったけど、さっきからずっと同じところで止まっているから、潔く母さんを頼ることにした。
「よし、いいんじゃない?」
「おお……!母さん、ありがとう!」
「どういたしまして。メイクはこれからするの?」
「うん!」
夏くんに出会って、堂々とメイクを楽しめるようになったから、今は迷わず首を縦に振れる。
母さんも、そんな僕を見て、すごく嬉しそうだった。
◇
◇
◇
待ち合わせの時刻になった。
今日は、僕の最寄駅で会うことになっている。
最初は、夏くんが僕の家まで迎えに来るだなんて言うから、そりゃあもう必死に断ったけど、結局最寄駅までは来てくれることになってしまった。
暗くなっていく時間帯に一人だと心配だから、という理由らしい。
申し訳ない気持ちと、恋人として大切にされているのが嬉しい気持ちと、夏くんは一人で歩いてもいいのかと抗議したい気持ちと、色々な感情が混ざり合って、なんだか胸がいっぱいになった。
「っ……!」
駅に着くと、夏くんが先に待っていた。
実は、今日は夏くんも浴衣を着てくれている。
僕とお揃いにしたいと言ってくれて……。
「……!めぐみ!」
「な、夏くん!待たせてごめんね」
夏くんの浴衣姿に見惚れていたら、パチっと目が合ってしまって、心臓がばびゅんと飛び跳ねた。
「ぁ、あの、夏くん、かっこよすぎるよ……」
「めぐみこそ、すごく似合ってる……今すぐに抱きしめたいくらい、可愛い」
「っ!」
周りに聞こえないようにと、夏くんが耳元で静かに囁く声が、全身をぞわぞわと熱くさせる。
僕だって、本当は、ぎゅってしたいもん。
そんなこと言うのは恥ずかしいから、じいっと瞳で訴えたら、ほっぺをむにぃと摘まれた。
「……その目、可愛いから、だめ」
その後、頭をぽんぽんされて、なんだか丸く収められた気がする。
……ほっぺも、頭も、キュンとしたからいいけどさぁ。
「電車、割と混んでるね」
「いつもに比べたらすごいね……まあ、夏祭りだもんね」
夏祭りの会場に近づくにつれて、電車に乗る人は増えていく。
僕は扉と夏くんに挟まれて、ぎゅうっと押しつぶされていく。
「っ……めぐ、大丈夫?」
「うん……」
ほんとは大丈夫じゃない。
夏くんと体が密着してて、すごくいい匂いがして、心臓の鼓動がドクドクドクドク速くなってる。
「……」
夏くんの首筋、すうっと綺麗。
夏くんの唇、ぷるるんって赤い。
夏くんのまつ毛、長くてつやつや。
「……?」
「っ!」
じろじろ見ているのを夏くんに気づかれたから、パッと目線を逸らしたら、
「!」
つん、とほっぺをつつかれた。
再び目が合うと、満足気に微笑まれた。
夏くんの僕を見るときの表情が、日に日に甘くなっていって、困る。
◇
◇
◇
会場に着いた僕らがまず足を止めたのは、射的の屋台。
景品の中にある可愛い猫のポーチが欲しいなぁと思っていたら、夏くんに「めぐみ、あれ欲しいでしょ?」と言われて、かなりドキリとした。
夏くんは何が欲しいの、と聞いてみると、色違いの同じポーチが欲しいだなんて、嬉しいことを言ってくれる。
「じゃあ、俺からやるね」
「うん……!」
夏くんがコルク銃を構える。
集中している横顔は、この蒸し暑さなど微塵も感じさせないほどに爽やかだ。
「……」
「……」
夏くんが引き金を引いて、
「わっ!」
バン!とコルクが当たったのは……
「やった!めぐみ、取れたよ!」
「す、すごい!ありがとう!」
僕の欲しかった白猫のポーチ!
夏くんは見事、一発でそれを仕留めてしまった。
これには店主のおじさんもかなり驚いた様子で拍手をしていた。
「次は、僕が黒猫の方を取るんだ……!」
深呼吸をして、銃を構える。
夏くんとお揃いにするんだ……!
夏くんの誕生日祝いにもなるし、ここは絶対に……!
「……」
「……」
ターゲットに狙いを定めて、
「っ!」
バン!と放ったコルクは……
「残念、参加賞で飴をあげるよ」
「もう!なんでだよう!」
見事に景品と景品の間をすり抜けて転がった。
「ふふ、めぐ、飴もいいじゃん」
「そりゃあ、飴は美味しいけどさぁ……これじゃ、どっちが誕生日か分かんないよ」
せめて飴の味は夏くんが選んでよ、と言うと、飴がたくさん入った袋からオレンジ味を取っていた。
「はぁ、黒猫のポーチ……」
「めぐみ、あーん」
「え?っ、」
僕は馬鹿だと思う。
夏くんの声で「あーん」と言われて、何も考えず反射的に口を開けていた。
そして、まんまと飴を口に放り込まれてしまった。
「美味しい?めぐみオレンジ味好きだよね?」
「これはぁ、夏くんが食べないと……」
色違いのポーチは取れず、参加賞の飴も自分で食べてしまい、いよいよ悔し涙を流しそうになっていたとき、
「あっ!めぐみと夏じゃん!」
よく知っている声が聞こえた。
「みっくん!と、花音さん!」
振り向くと、浴衣姿のみっくんと花音さんが手を繋いで立っていた。
みっくんの腕には、おそらく焼きそばが入ったビニール袋が提げられている。
花音さんも片手にかき氷を持っていて、これから二人でもぐもぐタイムみたい。
「いやぁ、ちょうど連絡しようか迷っててさ。こんな偶然会えるなんてラッキー!」
「みっくんも花音さんも浴衣着たんだね!」
「へへ、せっかくだから。ところで、めぐみたちは射的やってたの?」
「うん。夏くんがこれ取ってくれたんだけど、色違いのやつは僕が下手なせいで取れなくてさぁ」
みっくんに慰めてもらおうと例の白猫ポーチを見せると、みっくんは「あっ!」と何やら大きな声を出す。
「それ!黒猫のやつ、さっき花音が取ったよ!」
「えっ⁉︎」
花音さんが提げていた袋から取り出したのは、なんと、本当の本当に、僕が夏くんのために取りたかったもの。
恋焦がれていた黒猫のポーチだ。
「夏くん、めぐみくん、これあげるよ」
「ええっ、そ、それは悪いよ」
花音さんは、自分は似たようなポーチを持っているから、とニコニコ笑顔で僕たちにそれを差し出してくれる。
みっくんはそんな花音さんに見惚れて、ニヤニヤが抑えきれていない。
「本当に、いいの……?」
「うん!全然高いものじゃないし、よかったらもらって」
夏くんと目を見合わせてから、花音さんに深いお辞儀をする。
「「ありがとう……」」
みっくんが好きになった子は、みっくんのように優しくて素敵な子なのだと、改めて実感する。
何かお礼に買おうかと考えている途中で、「かき氷が溶けちゃうから、またな」と、みっくんが花音さんの手を引いて人混みに消えてしまった。
「あっという間に行っちゃった……」
「また、改めてお礼しよっか」
嬉しいサプライズでお揃いのポーチを手に入れた僕らは、食べ物の屋台を色々回ることにした。
焼きそば、フライドポテト、たい焼き、わたあめ、そして冷たいかき氷も忘れずに。
ちょっと買いすぎたかなぁと思ったけれど、二人で食べたら意外とすぐになくなって、ちょうど花火が始まる頃には食べ終わることができた。
「夏くん、花火どこで見る?」
「んー……」
夏くんは僕が持っているジュースのストローをちゅう、と吸って何かを考えている様子。
「……俺、人が少ないところがいいな。めぐみは?」
「いいね、僕も夏くんとゆったり落ち着いて見たい」
「じゃあ、さ、ちょっと歩くけど向こうの方行ってみよう」
「う、うん!」
夏くんはスマートだ。
こうやって、自然と恋人繋ぎというやつをしてしまうのだから。
指を絡めてぎゅっとすると、夏くんの手の大きさや体温がよく伝わってくるから、僕はこの手の繋ぎ方が好きだ。
……まだまだ、このドキドキには慣れないけど。
「この辺空いてるね。ちょっと傾斜あるから、足元気をつけて」
「っ、うん」
屋台があるエリアから少し離れた場所は、だいぶ人が少なくて静かだから、夏くんの声がよく聞こえる。
夏くんは僕をお姫様か何かと勘違いしてるかのように、優しく手を取って転ばないようにリードしてくれる。
「ここ座ろっか」
夏くんは空いていたベンチに気づいて、僕を座らせてくれてから、隣に来てくれた。
夏くんが腰掛けるとき、ぶわりと夏くんの香りが降りかかってきて、そのときめきと甘さに酔いそうになる。
夏くんの匂いに包まれると、もっともっと夏くんに甘えたくなってしまうから、ほどほどにしてほしいのに。
「……花火、もうすぐかな」
「うん……」
ベンチに置いていた手。
指先に、夏くんの指先が触れる。
それだけじゃ足りないから手を重ねたら、まるでそれを合図にしたかのように、
「「わっ」」
夜空に、大きな花が咲いた。
「綺麗……」
花火を見るのは、昔から人並みに好きだったと思う。
でも、今年の花火は……好きな人と見る花火は、生まれて初めてだからかな。
なんだか、夢の世界にいるのかと思うほど、美しい。
「……夏くん」
「ん?」
「夏くんは、いつから僕のこと好きだったの?」
「……多分、結構前。好きにならないようにしなきゃって、いつからか思ってた。それって、もう、好きなのにね」
「……そっかぁ……」
「めぐみは?」
「僕は、恋って気づいたのは遅かったけど……出会った瞬間から、夏くんのことばかり見てたなぁ」
これまでも、これからも、僕はずっとずっと夏くんを見つめている。
これからは、もっと、触れたいし、触れてほしいけど。
「めぐ」
「?っ、ん、」
大きな花火が夜空を照らすとき、夏くんに優しい口づけをされる。
さっき、わたがし食べたからかな、ちょっと、甘い。
「きゅ、急にされたら、びっくりするよう……」
「……したくなかった?」
夏くんがいじわるっぽく微笑んだ。
じわじわ顔が熱くなって、どうにもならない胸のうずうずを誤魔化すように、夏くんにピタリとくっついた。
今夜は暑さが控えめだから、きっとこっちの方がいい。
くっついて、夏くんも、僕と同じくらい熱くなればいいんだ。
「……夏くん、あつい?」
「……まだまだ、涼しいかも」
「……嘘つきだぁ」
花火が終わっても、僕らはしばらくベンチに座ったまま、くっついていた。
「……帰りたくないなぁ」
「俺も。めぐみのこと、連れて帰りたい」
夏くんが頭を撫でてくれて、そのまま、ほっぺもむにむにされた。
「……今度、お泊まりしようよ。そしたら、もっともっと長く一緒にいられる」
「いいの?」
「え?なんで?」
「いや……っ、そういえば、夏休みの最後の週、親がコンサートついでに旅行に行くんだ。そのとき、うち来る?」
「……!行きたい!」
思わず食い気味に返事をしたら、夏くんの顔との距離がものすごく近くなってしまった。
「っ、ぁ、」
僕が距離を取る前に、夏くんはちゅ、とキスをしてきた。
「じゃ、決まりね」
◇
◇
◇
お泊まりの約束をしたおかげで、なんとか帰路に着く覚悟を決めることができた僕たち。
同じように駅に向かう人の流れよりは、いくらかスローペースだけど。
夏くんは、人がたくさんいても手を繋いでくれる。
過去の経験から、僕たちのような関係に理解のない人が一定数いることは、痛いほど知っているはずなのに。
見上げる横顔は穏やかで温かくて、すごく嬉しそうなんだ。
僕がメイクを楽しめるようになったみたいに、夏くんも恋を楽しめるようになっていたらいいな。
「あの、すみません」
突然、僕たちの背中に、知らない人の声がぶつかった。
「はい……?」
振り向くと、僕らと同じくらいの歳に見える男性が立っていた。
何か落とし物拾ってくれたのかな?なんていう単純な考えは、すぐに飛んでいった。
「っ!やっぱり、篠崎、夏くん、だよね?」
「……!瑞稀先輩……?」
その会話と夏くんの表情で、一瞬にして繋がった。
『……中学二年のとき、初めて好きな人ができた』
この人は、夏くんの、初恋の人だ。
「どう、して、」
「高校の友達が、こっちの方に住んでて……夏くん、今は、このあたりの高校に通ってるの?」
「……なんで、今更」
「っ、俺、ずっと、夏くんと……ちゃんと、話したかったんだ。だけど、全然、高校もどこに行ったか、分からなかったから……」
「……もう、あのときのことは、気にしてないので」
こんな夏くんの顔も、声も、初めてだ。
きっと、この先輩を好きだった気持ちも、その想いを裏切られたようで悲しかった気持ちも、怒りたい気持ちも、何もかも夏くんの中で混ざり合っている。
繋いだ手に、ぐっと力が入っていて、必死にぐちゃぐちゃな感情と闘っているのが分かる。
「今更……確かに、そうだと思う。だけど、あの日のこと、本当はずっと謝りたかった……もう、二度と会えないかもしれないと思ってたんだ……どうか、一度でいいから、俺に話す時間を、もらえないかな?」
「っ……」
「夏くん……」
そっと肩に手を置くと、夏くんはハッとしたように僕を見る。
その瞳は、こんなときでも僕のことを一番に心配してくれているように見えた。
「め、ぐ」
「大丈夫だよ、大丈夫。ずっと、一緒にいるからね」
「っ、めぐみ……」
夏くんは唇を噛んで、やがてもう一度、瑞稀先輩に向き合って決心したようだ。
「……分かりました。話しましょう」
「……!ありがとう……」
瑞稀先輩は、泣いていた。
恋人の初恋の人なんて、それが自分じゃない限り、きっと嫉妬しないなんてことは不可能だと思う。
でも……嫉妬はしても、受け入れられないわけじゃない。
理解したいとも思う。
だって、この人は、いや、この人も……夏くんと同じ、たくさん傷ついてきた顔をしてるから。
きっと、この再会は、
夏くんが、今よりもっと、ずっと……
笑顔で生きていくためのものだと思う。



