君の色を教えて

 梅雨も明け、季節が本格的に夏へと移り変わる頃。
放課後、僕はみっくんのお家に遊びに来ていた。

「ほい、オレンジジュース」

「ありがとう、みっくん」

「お菓子も適当に持ってきたけど、まだまだあるからたくさん食べようぜ」

「ふふ、これ全部食べたら食べすぎだよ」

みっくんの持ってきてくれたポテトチップスを開けて、オレンジジュースを一口飲んだ。

「みっくん、せっかく部活が休みなのにごめんね。花音さんは大丈夫?」

「うん!花音は今日部活あるし、そこは気にすんなよ」

「うん、ありがとう」

今日は、僕の方から二人で話したいと頼んだ。
みっくんの部活の休みと、夏くんのカフェバイトが被ったから、今日しかないと思って。

「……みっくん、あのね、っ、」

喉の奥で言葉がつかえる。
みっくんにならもっと簡単に言えると思っていたのに、いざ話そうとすると、息が上手くできなくて苦しい。

「ん、見て、このポテトチップスめっちゃデカくね⁉︎」

「え、ほんとだ!」

「さて、めぐみくんよ、俺が食べていいのかい?」

「いいよ。これも大きいし」

「うわ、めぐみ、いつのまにそんなデカいやつを……!」

みっくんが持ってるのと並べて比べてみると、僕の方が少しだけ大きかった。

「くぅ……負けたぜ……」

「はい、あげる。どっちもみっくん食べていいよ」

「えっ⁉︎ ど、どうしためぐみ!中学のときからポテトチップスの大きいやつは、じゃんけんして決めてたのに……」

「もう、それは小学生のときの話でしょ……」

小学生のときから、みっくんは僕と一緒にいてくれてた。
僕の悩みや趣味嗜好を改まって話したことはなかったけど、僕が落ち込んでいるときは必ず気づいてくれた。
僕から何か話せば聞いてくれたけど、無理やり聞き出そうとしてきたことはない。
……僕の親友は、本当に優しい人なんだ。

「みっくん」

「んー?」

「僕、好きな人ができたかもしれない」

「おぉ!」

「その好きな人、男子なんだ」

「うんうん」

「……僕、っ、夏くんのことが好きなんだ」

言った。
言ってしまった。
初めて、この気持ちを口にした。
独り言でも言ったことなかったのに。

「めぐみ」

「っ!」

みっくんは、震えている僕の手を、自分の手で包み込んでくれた。
昔からずっと変わらない温かさが、不安や迷いを静かに溶かしてくれるように感じて、じわじわと視界がぼやけていく。

「話してくれてありがとなっ」

「っ、うん……」

「はは、なんだよもう、めぐみくんは泣き虫さんですなぁ」

「そうだよう、僕は昔から泣き虫だよう」

ポロポロ流れる涙が何の涙なのか、自分でもよく分からなかった。
だけど、胸の中で膨れ上がっていく言葉にできなかったものが、やっと今解放されたんだと思う。

「僕、こんなの、初めてで……恋なのかなって気づいて、どうしていいか分からなくて……これって、いけない感情なのかな、とか悩んじゃったんだ」

「……俺、なんとなくそうなんじゃないかって思ってたよ」

「えっ、そうなの⁉︎」

「でも、めぐみと夏の問題だし、俺がテンション上がりすぎて邪魔すんの嫌だったからさぁ。だけど、こんなに泣いちゃうまで悩んでたなら、もっと早くお節介しとけば良かったなぁ」

みっくんはそう言って、僕の頭をぽんぽんしてくれる。

「……なんか、今日のみっくん、お兄ちゃんみたい」

「いや、俺、妹いるからな!毎日お兄ちゃんだぜ」

「僕だって弟いるもん」

ぷくっと頬を膨らませてみても、みっくんは僕の頭をぽんぽんし続けた。
それが、本当は心地良かった。

「……俺はさ、めぐみが誰を好きになっても、その気持ち、すっげー大切にしたいなって思うよ」

「……!」

「そりゃ、どこの誰か分からんやつだったら、最初は警戒するけどさぁ。俺たちの友達の夏だろ?あの、超イケメンで優しい篠崎夏だろ?俺は応援したいよ」

「みっくん……」

「……もし、これから、めぐみを理解できない奴がいてもさ、それは、重ならない部分が偶然大きかっただけだから……って言っても、それでも辛いときはあると思うから、そんときは俺に全部言えよな!」

「っ……うん!」

みっくんの言葉を聞いて、僕の心は、爽やかな風が吹き抜けたみたいに驚くほど軽くなった。

未知の感情に気づくこと、それを受け入れること、それを抱えて生きていくこと。
どのステップも、きっとすんなりできてしまう人もいれば、踠いて苦しむ人もいる。
でも、どんな自分と向き合うことになっても、必ず味方でいてくれる人がいる。
その事実が、どれだけ僕の世界を照らすだろうか。
言葉では形容しきれない。







「あ、そろそろ帰らなきゃね」

「うん、いつの間にかこんな時間」

放課後、教室で机をくっつけて、夏くんと期末テストのお勉強。
テストは午前中だけだから、今日はお昼を一緒に食べて、そこからずっと自習していた。
ちなみに、みっくんは花音さんと、図書室へ勉強しに行った。

「疲れたぁ」

あくびをしながらそう溢すと、夏くんが頭を撫でてくれる。

「疲れたね」

「っ……」

最近、以前より、夏くんが僕に触れてくれる頻度が上がった気がする。
一緒に過ごせば過ごすほど、ちゃんとその分だけ。

「……明日はやっと最終日だぁ」

僕ら以外に教室に残っていないのをいいことに、何も考えてないようなふりをして、夏くんの肩に寄りかかる。
すると、夏くんは頭を寄せてくれる。

「……めぐみ、明日の放課後、どこか行こうか」

「うん、行きたい」

「前に言ってた、シフォンケーキが美味しいところとか」

「ふふ、覚えててくれたんだね」

「覚えてるよ、めぐみのことは、全部」

「……」

あぁ、ずっと、ずっと、この時間が続けばいいのに。
恋だということに拘らなければ、きっと、この関係が壊れる心配なんてないのに。
だけど、なんでかな……。
壊れてほしくないけど、変わってほしくないわけじゃないんだ。
やっぱり、僕は……。

「……ねぇ、夏くん」

「ん?」

「週末、バイトある?」

「土曜はあるけど、日曜は休みだよ。何かあるの?」

「実は、夏くんに頼みたいことがあって」

「?」

僕は鞄からスマホを取り出して、少し前に出会ったそのホームページを見せた。

「高校生、夏の、フォトコンテスト……?」

「うん。芸術系の専門学校と企業が一緒に主催してるらしくて。テーマは『夏』で、夏らしくて人が写っている写真なら、あとは何でもいいんだって」

「へぇ、楽しそうだね」

「僕、カメラが趣味だったけど、こういうのはまだ応募したことなくて……でも、これ見つけたとき、『夏くんを撮りたい』って強く思ったんだ」

「……!」

「夏に撮る、夏くんの写真。絶対に素敵だと思う!だから……もしよかったら、僕の写真のモデルになってくれませんか……?」

勇気を振り絞って、最後になるかもしれないお願いをした。
夏くんの顔を恐る恐る見上げると、

「もちろん、俺で良ければ」

僕のよく知っている、ひだまりのような笑顔で。

「……!」

「めぐみ、なんでそんな泣きそうな顔になるの」

当然のようにあっさりと、それを承諾してくれるから。
そりゃあ、泣きそうになるよ。

「ありがとう、夏くん」

「こちらこそ、大切なコンテストの被写体に選んでもらえて嬉しいよ。ありがとう」

夏くんはさらりと僕の髪を梳かす。
指先からも伝わるこの優しさを、ずっと覚えていたいと思った。







土曜日、駅の改札で、夏くんは先に待っていてくれた。

「夏くん!」

「めぐ、っ、その服って」

「あ、そうそう、夏くんが前に似合うって言ってくれたやつ!バイト代が貯まったから、思い切って買っちゃった」

「……やっぱり、似合うね」

「へへ、ありがとっ。夏くんも、すっごく似合ってる」

「ありがと、めぐみ」

コンテスト用の写真を撮るのなら、と、夏くんはコーデの案を三つも出してくれて、その中から僕に選ばせてくれたんだ。
今回はシンプルなモノクロトーンのコーデを選んだけれど、夏くんの綺麗なお顔も映えて、とても素敵だ。

「……で、今日は、本当に普通に遊ぶだけでいいの?」

「うん!撮りたい場所は決めたけど、いつも通り遊んで、自然な夏くんの表情を撮れたらいいなって」

「そっか。ふふ、ちょっと緊張するけど」

カシャ

「え、めぐみ、今撮った?」

「へへ」

少し照れくさそうに笑う夏くんの横顔、好きだなって思ったから。
この瞬間を切り取って、その想いも風の匂いも全部、閉じ込めておきたい。

「……今日、変な顔しか撮れなかったらごめん……」

「夏くんはどの瞬間もかっこいいよ」

「っ、そ、そうかな……」

「うん!」

恥ずかしそうに頬をかく夏くんに、さぁ行こうと言って歩き出そうとすると、

「待って、めぐみ」

「?」

手首を掴んで引き留められる。
そのときの夏くんの瞳は、とても不安そうに揺れているように見えたし、一方で、何か覚悟を決めたように鋭くも見えた。

「あの、さ……撮る前に、めぐみに話したいことがあるんだ……俺の、過去の話」

「……!」

「何も隠していない、ありのままの俺を……めぐみに撮ってほしいと思ったから」







僕たちは駅構内の涼しいカフェの、端っこの席に座った。
夏くんは注文したアイスティーを一口飲んだ後、ゆっくりとその口を開いた。

「……中学二年のとき、初めて好きな人ができた。同じ生活委員会の先輩だった。あのときの俺は、今よりもっと地味で、前髪は長いし、似合ってない眼鏡をかけていたし、肌荒れもひどくて……暗くて人見知りだった」

クラスになかなか馴染めない中でも、その先輩と話せる玄関掃除の時間だけが、夏くんにとって宝物だったという。

「先輩は真面目で穏やかで、こんな俺と楽しそうに話してくれる優しい人だった。俺は似合わない眼鏡も、先輩はよく似合ってて……かっこいいと思った」

夏くんはそれ以前から、女の子には恋愛的な興味が湧かなかったらしい。

「薄々気づいてはいたけど、俺はゲイで、先輩を好きになってしまった。だけど、最初は、その気持ちを伝えるつもりはなかったんだ……」

夏くんの気持ちが揺らいだのは、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、向こうからそういった好意を期待させるような発言を聞くようになったから。

「ちょうど、今くらいの時期かな。夏祭りに誘われたんだ。そのときには、俺も結構限界で……勢いで、告白しちゃったんだよ」

「……!」

「先輩はすごく驚いてて……一旦落ち着いてから、明日返事をしたいって言ってくれた。そこまでは良かった。先輩も、嫌だと思っている感じはしなかったし」

そこまで話すと、夏くんの表情が一気に苦しそうなものになった。
机の上でグラスに添えられた手が震えていたから、僕はその手をぎゅっと握った。

「っ……次の日、いつも通り玄関掃除に行くと、先輩と……その同級生たちが俺を待ってた。柄の悪い人たちだった。その集団が、俺にこう言ったんだ」

〝お前、こいつに告ったってマジ?〟

〝ゲイってやつ?うわマジなんだ、ウケる〟

「卑劣な言葉を浴びせられて、俺は息ができなかった。そんなとき、集団の一人が、先輩に問いかけたんだ」

〝お前、こんな年下ニキビ野郎と付き合うとか、ありえねぇよなぁ?〟

「俺は、ほんの一瞬だけ期待をしてしまった。誰よりも俺に優しくしてくれた先輩なら、もしかしたら、俺を庇ってくれるんじゃないか、って……」

でも、夏くんの期待は砕け散った。

「先輩は、俺から目を逸らして、何も言わなかった。何もだ。それを肯定と受け取った奴らは、爆笑して俺を散々馬鹿にして去った」

「……その後、先輩とは?」

「先輩からはあからさまに避けられるようになって、夏祭りの予定も白紙。玄関掃除の担当も勝手に外された。完全に、俺と先輩の関係は終わったんだ」

「……そうだったんだ」

こんなにも辛い過去、思い出すのも口にするのも嫌だっただろう。
夏くんの気持ちを想像するだけで、胸が酷く苦しい。

「そして、俺は決めた。かっこよくなって、俺を馬鹿にした奴らと、それを傍観した先輩を、絶対に見返してやるって」

「それで、メイクを?」

「うん。最初はスキンケアとコンタクト、散髪から始めたよ。姉さんに相談しながら地道にね。容姿がマシになる頃には、先輩たちは卒業しちゃったんだけど……中三になったら、タイミングよく背も一気に伸びてさ。周りの態度が徐々に変わっていくのが分かった」

中三の後半には、夏くんに言い寄ってくる女の子も随分増えたそうだ。
夏くんは、それが心底不快だった、と眉間に皺を寄せて呟いた。

「外見を変えることで、周りの態度を変えてやろうと思ったのは、俺なんだけどね……そんなわけで、俺がメイクを始めた理由は、他人への憎悪っていう、汚いものなんだ。俺は、そんなものを原動力にしてきた人間なんだ」

「……だから、メイクに関わることを仕事にしたくないの?」

「……!はは、めぐみ、鋭いなぁ。その通りだよ」

「……でもさ、夏くん。きっかけと、そこからの過程って、別のものなんじゃないかな」

僕は知っている。
夏くんがコスメを選ぶときの、楽しそうな表情を。
夏くんがリップを塗るときの、生き生きした瞳の輝きを。
夏くんがメイクを語るときの、よく弾んだ声を。

「夏くんは、メイクについて知るうちに、その魅力に気づいたんだよ。それに触れるきっかけが何だったとしても……夏くんは心の底からメイクを愛しているし、メイクに愛されていると、僕は思うよ」

「っ……!めぐみ……」

「夏くんは自分の好きを追求して、きらきら輝いてる。だから僕は……夏くんにどうしようもなく憧れているんだ」

夏くんの手を、そっと自分の頬に寄せた。
次第に温度の境界がぼやけていくのが、心地良かった。
目の前で瞳を潤ませる夏くんに、筆舌に尽くしがたいほど大きな愛おしさが生まれる。

「……めぐみは、俺の過去を知っても、俺を撮りたいって、そう思ってくれるんだね」

「夏くんがいいんだ。夏くんじゃなきゃ、ダメなんだよ」

「うん……ありがとう」

夏くんの涙が乾くまで、時間はかからなかった。
カフェの席を立つときの夏くんの瞳は、今までよりずっと明るく煌めいていた。







夏くんは最初こそ顔を赤くしたり、少しぎこちない表情をしたりしていたものの、徐々に緊張がほぐれてきたのか、いつもの自然な姿を撮らせてくれるようになった。

ひまわり畑を散歩する夏くん、
いちごのソフトクリームを持った夏くん、
風鈴に願い事を書いて吊るす夏くん、
ラムネをごくごくと飲んで喉を潤す夏くん、
冷やし中華を美味しそうに食べる夏くん、

シャッターを切るたび、好きの温度が上がる。
どんな夏くんも、胸が締め付けられるほどに好きだ。
……大好きだ。

「あっという間に夕方だね」

「うん……あの、俺、途中から写真のことあんまり意識してなかったんだけど、大丈夫そう?」

「ふふ、それがいいんだよ。いい写真、いっぱい撮れてるよ」

「そっか……」

電車の窓から、太陽が海岸線に近づくのが見える。
僕たちは、もうすぐ目的の駅に着く。

「……」

「……」

夏くんの肩に頭を寄せる。
夏くんもそれに応えるように、頭をこちらへ傾ける。

夏くんの手、触れそうで触れない距離。
電車の振動のせいで、触れ合ってしまえばいいのにな。
そんなことを考えていたら、到着を知らせる車内アナウンスが聞こえてきた。

「もう着くね」

そう言って立ち上がった瞬間、

「わっ、」

電車が大きく揺れて、バランスを崩した。

「めぐみ、」

触れ合うのは、手だけでも十分だったはずのに。
夏くんが体を支えてくれるから、欲張りになっちゃうじゃないか。

「あり、がと」

「うん……」

そんな目で僕を見つめないでほしい。
……嘘、ほんとはずっと見ていてほしい。

夏くんとの楽しいお出かけも、ここが最後の場所だ。







「夏くん!見て!ちょうど日が沈みそうだよ」

「すごい、綺麗だね」

よく晴れた淡い茜の空と、どこまでも続く広い海。
波の音と、風の音。それと、僕らの足音。
まるで、夏くんと僕、二人きりの世界に来てしまったみたいな静けさだ。

「夏くん、もう少し波の近くに行ってみてよ」

「いいよ」

僕から少しずつ遠ざかる夏くん。
打ち寄せる波と水平線に隠れ始めた夕日に、夏くんの美しさが優しく溶け込む。
レンズ越しでも、目が眩んでしまいそうなほどに綺麗だ。

砂に触れてみたり、ただ遠くを眺めてみたり。
海と調和する夏くんを、一枚一枚心を込めて写した。
どの瞬間も、この先ずっと忘れないように。

「……好きだな……」

風の音に攫われてしまうくらいの小さな声が零れた。
そのとき、
レンズの中の夏くんが、振り向いた。

「っ……!」

思わずシャッターを押してしまった後、僕はカメラを下げて、自分自身の瞳で夏くんを見た。

「夏、くん……」

夕日がちょうど海に飲み込まれてしまったように、僕は夏くんの瞳の熱に飲まれた。

「めぐみ」

声も、視線も、甘くて、熱くって、身体も心もじりじり灼かれてしまう。

夏くんが、一歩、また一歩と僕に近くなる。
ドクンドクンと心臓はうるさくなる。

「ぁ……」


「めぐみ、好きだよ」


触れる、柔らかい、唇が、優しく。


「っ……」


ほんの一瞬離れて、もう一度、重なる。
熱い、暑い、甘い、好き、大好き。
やけどしそうな温度の恋心がとくとく溢れ出す。


「……なつ、くん……」

「っ……」

今日もね、僕はね、夏くんと一緒に買ったリップを、つけてるんだよ。
僕の色、夏くんの色に、混ざったかもしれないね。


「夏くん、僕も、好きだよ。夏くんのことが、大好きだよ」


「……めぐみ……っ、」


夏くんが泣きそうな顔で微笑んで、勢いよく抱きしめてくれる。
あついのに、もっとあつくなりたくて、僕もぎゅーっと抱きしめた。
夏くんは、首筋に伝う汗すら綺麗だった。
夏くんは、汗をかいていてもいい匂いがした。
夏くんの体は、思っていたよりがっしりしていた。

「……僕も、今日、好きって伝えようと思ってたんだ。そしたら、先越されちゃった」

「そうなの……?嬉しい」

空が、海が、夜の色に移り変わっていく中、僕たちはしばらく抱きしめあっていた。
好きな人がいること、
好きな人に好きだと言えること、
その想いが通じ合うこと、
全部、奇跡のようだ。

「夏くん……僕たち、恋人ってことだよね?」

「うん……夢みたいだけど」

ゆっくりと体を離して夏くんを見つめる。
ああ、やっぱりかっこいいなぁ。好きだなぁ。

「へへ、そっかぁ、恋人、かぁ……ふふ」

「なに、その嬉しそうな顔、可愛い」

「っ、ん、」

だめだ、キスって、思っていたよりずっと、ドキドキして、ふわふわ倒れそうになる。
ついさっき僕のファーストキスは夏くんに奪われたばかりなのに、もう三回目。
キャパオーバーだよ、夏くん……。

「め、めぐみ、ごめん、大丈夫?」

足元がおぼつかない僕を、夏くんが咄嗟に支えてくれる。

「大丈夫じゃないよう……」

「えっ、」

「ドキドキして、クラクラするんだ」

「っ……!俺も、ドキドキしてるよ」

「ほんとう?そんな風に見えないや」

ちょっと口を尖らせてみたら、夏くんは僕の手を自分の胸に当てて、ふわりと微笑んだ。

「っ……すごい、速い」

「ね?俺も全然大丈夫じゃないよ」

夏くんの鼓動が僕の鼓動に負けないくらい速くて、ちゃんとドキドキしてる。
本当に、僕に、恋をしてくれているんだ。

「……結構、暗くなってきちゃったね。そろそろ駅に行こっか」

夏くんが、さらりと指を絡めて僕の手を握る。
深い眠りについたように穏やかな海に背を向けて、僕たちは歩き出す。

「……夏くん、また来ようね」

「うん。何度でも」

「……」

「……」

「……夏くん」

「……?なぁに」

「駅に、着く前にね、」

「……着く前に?」

「……もう一回、きす、してみたい」

「……めぐみ、」

七月、静かな海沿いの道。
僕らの夏が始まる―――。