二人が並んで座れば、やはりソファは少々窮屈で、少しでも気を抜けはその肩が、足が触れるだろう。
「あぁ! わたくしとしたことが、お茶を準備しておりませんでした。近くにどなたか居ればいいのですけど。頼んで参りますので、少しお待ちくださいね」
お互いのことを意識しすぎた窮屈な空間から抜け出そうと、リーゼロッテはお茶を言い訳にその場から立とうとした。
そして立ちあがろうとしたその手を何かに掴まれた。
「お、お茶など、なくて良い」
リーゼロッテの手を掴んだベルンハルトが、そう言いながらその手に力を込める。
その力に、立ち上がりかけた体をもう一度ソファの端へ寄せた。
二人の間には再びこぶし一つ分ほどの隙間。
そしてお互いの息づかいが聞こえるぐらいの沈黙が覆う。
ただ、先程ベルンハルトに掴まれた手は、いまだにその大きな手に握られたまま。
剣を握るその手は所々固くなっていて、骨ばった手に自分にはない雄々しさを感じる。
手を取ってくれたこと、握ったままでいてくれることが嬉しくて、しばらくその手を見つめていれば、突然ベルンハルトの手が視界から消えた。
「も、申し訳ない」
突然のことに驚いたリーゼロッテがベルンハルトの顔に視線を移せば、そこにはこれまで見たことがないぐらいに耳を赤くし俯いた頭が見える。
ベルンハルトの感情が伝播してきたのか、リーゼロッテの顔にも熱が上がる。
「い、いえ。大丈夫です」
かろうじて口にした言葉は、上擦ってしまい、ベルンハルトも不審に思っただろう。
二人の間を再び沈黙が襲った。
「こ、このように二人で並んで話をするのは、久しぶりだ」
上擦った声は少しばかり震えているようにも聞こえる。
ベルンハルトから醸し出される緊張感は、リーゼロッテだけでなく、この部屋全体を覆い尽くして、張り詰めた空気に息苦しささえ感じた。
「何か、ご用でしたか?」
レティシアから離れ二人きりで、この様に緊張してまで、リーゼロッテに伝えたいことは何なのだろうか。
隣に並んでいることや、掴まれた手に心が弾んでしまったのは自分だけかもしれない。
リーゼロッテはベルンハルトの口から紡ぎ出される言葉を受け取ろうと、先を促す。
もしそれがレティシアとの未来の話だとしても、ソファ並んで座った出来事と、握られた手にすがることができる。
その思い出が風化してしまう前に、決定的な未来を聞いておきたい。
「レ、レティシアは間もなく山へ帰るはずだ。そろそろ春が訪れるから。もう少しの間、我慢してもらいたい」
ベルンハルトの口からは、レティシアとの二人の未来ではなく、レティシアが帰路につく未来が語られる。
「レティシア様はお帰りになられるんですか?」
このままずっと城で暮らすのだろうと思い込んでいたリーゼロッテは、ベルンハルトの言葉に思わず声をあげた。
「あぁ。貴女には嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
「いえ。ベルンハルト様のせいではありませんから。それに、お世話になっている方でしょう?」
「それは、そうなのだが。それでも、貴女に我慢を強いるなどあってはいけなかった」
そう言って俯くベルンハルトの手を、リーゼロッテはそっと握った。
自分のせいでベルンハルトが俯いてしまうところを見たくなかった。
レティシアが城にいることで、嫌な気持ちを抱えていたのは間違いない。
それでも、それはベルンハルトを責める為ではなかったし、こんな風に落ち込ませるつもりなど、少しもなかった。
「わ、わたくしは大丈夫です。お気になさらないで下さい」
どのような言葉を紡ぎ出せば、ベルンハルトが上を向いてくれるかわからない。そもそも、リーゼロッテが嫌な思いをしたからといって、ベルンハルトが落ち込む理由などないはずだ。
ベルンハルトの隣はレティシアの場所で、リーゼロッテはその二人を見たくなくて邪魔したくなくて、ただそれだけだった。
「すまない」
頭を下げ続けるベルンハルトに、これ以上何を言うべきなのかはわからなかった。
それならばと、積み上がった聞きたいことを解消しようとリーゼロッテの口が開く。
「レティシア様は春になればお戻りになられるのですか?」
正直どうでもいいことだ。
レティシアがどこへ行こうと、リーゼロッテに関係はない。ベルンハルトが顔を上げてくれないだろうかと、大した意味のない会話を続ければ、気がまぎれるのではないかと、それぐらいのつもりだった。
「あぁ。今度の春は、龍族の長を決め直す時だそうだ。巣へ戻らねばならぬそうだ」
「そうですか。寂しくなりますね」
「さ、寂しい?! レティシアがいないと寂しいのか?」
「ベルンハルト様はお寂しくなられるでしょう?」
「寂しくなどないが」
(どうして? 想い人がいなくなれば、寂しくなるでしょうに)
「そうですか」
「私もその頃には王都に行かねばならぬ」
「王都……あ、挨拶ですか?」
「あぁ。また春の挨拶の時期だ」
先程までレティシアに捕らわれていたリーゼロッテの心に、今度は別の暗雲が立ち込める。
一年に一度、ベルンハルトでさえ無視できない王城での挨拶。ちょうど一年前に温室で出会ったベルンハルトも、そのために王城を訪れていたはずだ。
「春の挨拶は、行かずにはすまないのでしょうね」
リーゼロッテが独り言のように呟いたその声は、気がつけば空中に溶け込んでしまうぐらい小さいもの。
「行きたく、ないか?」
その声を聞き届けたベルンハルトの問いに、リーゼロッテは思わず体を硬くした。
「あぁ! わたくしとしたことが、お茶を準備しておりませんでした。近くにどなたか居ればいいのですけど。頼んで参りますので、少しお待ちくださいね」
お互いのことを意識しすぎた窮屈な空間から抜け出そうと、リーゼロッテはお茶を言い訳にその場から立とうとした。
そして立ちあがろうとしたその手を何かに掴まれた。
「お、お茶など、なくて良い」
リーゼロッテの手を掴んだベルンハルトが、そう言いながらその手に力を込める。
その力に、立ち上がりかけた体をもう一度ソファの端へ寄せた。
二人の間には再びこぶし一つ分ほどの隙間。
そしてお互いの息づかいが聞こえるぐらいの沈黙が覆う。
ただ、先程ベルンハルトに掴まれた手は、いまだにその大きな手に握られたまま。
剣を握るその手は所々固くなっていて、骨ばった手に自分にはない雄々しさを感じる。
手を取ってくれたこと、握ったままでいてくれることが嬉しくて、しばらくその手を見つめていれば、突然ベルンハルトの手が視界から消えた。
「も、申し訳ない」
突然のことに驚いたリーゼロッテがベルンハルトの顔に視線を移せば、そこにはこれまで見たことがないぐらいに耳を赤くし俯いた頭が見える。
ベルンハルトの感情が伝播してきたのか、リーゼロッテの顔にも熱が上がる。
「い、いえ。大丈夫です」
かろうじて口にした言葉は、上擦ってしまい、ベルンハルトも不審に思っただろう。
二人の間を再び沈黙が襲った。
「こ、このように二人で並んで話をするのは、久しぶりだ」
上擦った声は少しばかり震えているようにも聞こえる。
ベルンハルトから醸し出される緊張感は、リーゼロッテだけでなく、この部屋全体を覆い尽くして、張り詰めた空気に息苦しささえ感じた。
「何か、ご用でしたか?」
レティシアから離れ二人きりで、この様に緊張してまで、リーゼロッテに伝えたいことは何なのだろうか。
隣に並んでいることや、掴まれた手に心が弾んでしまったのは自分だけかもしれない。
リーゼロッテはベルンハルトの口から紡ぎ出される言葉を受け取ろうと、先を促す。
もしそれがレティシアとの未来の話だとしても、ソファ並んで座った出来事と、握られた手にすがることができる。
その思い出が風化してしまう前に、決定的な未来を聞いておきたい。
「レ、レティシアは間もなく山へ帰るはずだ。そろそろ春が訪れるから。もう少しの間、我慢してもらいたい」
ベルンハルトの口からは、レティシアとの二人の未来ではなく、レティシアが帰路につく未来が語られる。
「レティシア様はお帰りになられるんですか?」
このままずっと城で暮らすのだろうと思い込んでいたリーゼロッテは、ベルンハルトの言葉に思わず声をあげた。
「あぁ。貴女には嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
「いえ。ベルンハルト様のせいではありませんから。それに、お世話になっている方でしょう?」
「それは、そうなのだが。それでも、貴女に我慢を強いるなどあってはいけなかった」
そう言って俯くベルンハルトの手を、リーゼロッテはそっと握った。
自分のせいでベルンハルトが俯いてしまうところを見たくなかった。
レティシアが城にいることで、嫌な気持ちを抱えていたのは間違いない。
それでも、それはベルンハルトを責める為ではなかったし、こんな風に落ち込ませるつもりなど、少しもなかった。
「わ、わたくしは大丈夫です。お気になさらないで下さい」
どのような言葉を紡ぎ出せば、ベルンハルトが上を向いてくれるかわからない。そもそも、リーゼロッテが嫌な思いをしたからといって、ベルンハルトが落ち込む理由などないはずだ。
ベルンハルトの隣はレティシアの場所で、リーゼロッテはその二人を見たくなくて邪魔したくなくて、ただそれだけだった。
「すまない」
頭を下げ続けるベルンハルトに、これ以上何を言うべきなのかはわからなかった。
それならばと、積み上がった聞きたいことを解消しようとリーゼロッテの口が開く。
「レティシア様は春になればお戻りになられるのですか?」
正直どうでもいいことだ。
レティシアがどこへ行こうと、リーゼロッテに関係はない。ベルンハルトが顔を上げてくれないだろうかと、大した意味のない会話を続ければ、気がまぎれるのではないかと、それぐらいのつもりだった。
「あぁ。今度の春は、龍族の長を決め直す時だそうだ。巣へ戻らねばならぬそうだ」
「そうですか。寂しくなりますね」
「さ、寂しい?! レティシアがいないと寂しいのか?」
「ベルンハルト様はお寂しくなられるでしょう?」
「寂しくなどないが」
(どうして? 想い人がいなくなれば、寂しくなるでしょうに)
「そうですか」
「私もその頃には王都に行かねばならぬ」
「王都……あ、挨拶ですか?」
「あぁ。また春の挨拶の時期だ」
先程までレティシアに捕らわれていたリーゼロッテの心に、今度は別の暗雲が立ち込める。
一年に一度、ベルンハルトでさえ無視できない王城での挨拶。ちょうど一年前に温室で出会ったベルンハルトも、そのために王城を訪れていたはずだ。
「春の挨拶は、行かずにはすまないのでしょうね」
リーゼロッテが独り言のように呟いたその声は、気がつけば空中に溶け込んでしまうぐらい小さいもの。
「行きたく、ないか?」
その声を聞き届けたベルンハルトの問いに、リーゼロッテは思わず体を硬くした。
