レティシアが広場から飛び上がれば、次の瞬間には若草色の綺麗な龍の体が、吹雪の中に姿を現した。
 レティシアの性格はどうであれ、その姿は美しい。白銀の雪景色の中に浮かび上がる鮮やかな緑色。
 あんな性格でなければ、もしかしたら惹かれていたかもしれないと、ベルンハルトは眩しそうに目を細めた。
 もちろんレティシアに言えば、それを盾に迫られるだろうから、誰にも言えやしない。
 レティシアを先頭に、魔獣が出たと報告のあった方角へと飛び立てば、どこからともなく何頭、何十頭もの龍が寄って来る。

「レティシア、今年はこんなに連れてきてくれたのか?」

「えぇ。ちょっと変な感じがするの。気をつけて」

 レティシアはそう言うと、スイっと右に大きく旋回しながら、高度を落とした。
 それに連れられていく様に、寄ってきた龍の半分ほどが付き従う。

「クラウス、私たちは行かなくて良いのか?」

「レティシア様が魔獣を追ってきてくださいます。それを待って、攻撃します」

 クラウスとレティシアの間では既に戦略が練られているようで、ベルンハルトが口を挟む隙はない。
 高度を落としたレティシアの行き先を探そうとするが、吹雪のせいでそれも見えず、どうしたものかとため息を吐く。
 息を吐き切る直前、クラウスが突然降下を始めた。

「風を起こしてくれますか? 僕が火を吐きます。それで奴らを包み込んでくれれば、今日の分は終わるでしょう」

 クラウスが降り立ったのは辺りを木々に囲まれた場所。今回の策の為に用意されたような場所は、その部分だけ木がなく、半月状に開かれていた。
 レティシアが魔獣を追って、森の一本道を行った先に、クラウスが待ち受ける。
 クラウスは銀大狼を自らの鼻先まで引きつけて、口から炎を吹いた。
 
 ベルンハルトはクラウスの吐いた炎に向かって風を起こす。
 炎は風を受けて、まるで蛇がとぐろを巻く様に銀大狼を取り囲んだ。炎は燃やすものを見つけると、更にその威力を増し、大炎となっていく。
 その炎の中から、獣の肉が焼ける臭いがベルンハルトの鼻を突いた。独特の臭いに顔をしかめるが、それもすぐさま消えゆく。
 炎に焼かれた銀大狼が、次々に命を落とし、魔力石へとその体を変えていったからだ。
 
 魔力石はまるで意思を持った様に、炎の中から飛び出し、周りの深い雪の中にその身を隠す。ほのかな明かりをまとった魔力石は雪の中に溶け込んでしまうのか、すぐに見つけることができなくなった。
 それはまるで、人間に捕まってたまるかと、魔獣の最期の抵抗にも感じられる。
 飛び出してきた魔力石を運良くアルベルトが掴みとれば、次々に大きい布袋に放り込んでいく。
 ロイスナーが多くの魔力石を所有しているのは、ベルンハルトによる魔獣討伐のせいだ。

「ベルンハルト、流石ね。あんなに華麗に風を操るなんて」

 レティシアが龍の姿から人の姿へとその身を変え、手元にいくつかの魔力石を握りしめながら、ベルンハルトに近付く。

「いや。クラウスの炎と、こんな場所を用意してくれたからだ」

 クラウスの背からベルンハルトとアルベルトが地面へと降りると、クラウスもまたその姿を人へと変えた。

「いいところでしょ。前に散歩してて見つけたの」

「あぁ。おかげで簡単に銀大狼を始末できた」

「うふふ。ベルンハルトに褒めてもらえると嬉しくなっちゃう。はい、これもプレゼント」

 レティシアが握りしめていた魔力石は他のものより大きく、銀大狼の中でも魔力の強い者から出てきたものだとわかる。

「魔力石はアルベルトに……」

「いやよ。これは私からベルンハルトへの贈りものなの。あんな布袋に入れて、他のものと一緒にしないで」

「わかった。ありがたくもらっておく」

 ベルンハルトがレティシアから受け取った魔力石を、自分の腰につけた布袋に入れれば、それらは元から中に入っていた魔力石とぶつかり、透きとおるような音を奏でた。

「あら? 魔力石、持ち歩いているのね」

「ん? あぁ。使うことはないがな。毎年レティシアがくれるから、溜まっていく」

「えぇ? あんなもの使ってしまえば良いじゃない」

「使ってって……今、『他のものと一緒にするな』と言ったではないか」

「えぇ。だから、ベルンハルトがベルンハルトの為に使うのよ。人間の世界ではそれが高く売れるんでしょ? 好きなものを手に入れれば良いわ」

 人間の間ではあれ程価値のある魔力石も、龍の間ではただ死んだ後に残る遺物。
 そこら辺に転がっている石のような存在価値なのだろう。レティシアの、何の価値を見いだせないといった言いぶりに、ベルンハルトの口元にも笑みが浮かぶ。

「私が、私のために?」

「そうよ。初代だってそうしていたはずだもの」

 レティシアの口から語られるのは初代ロイエンタール家当主の話。
 若き日のレティシアが夢中になったという、ベルンハルトの遠い先祖は大層な色男だったようだ。
 既に百年以上前の彼への想いを、今でも色褪せぬ恋心の様に語るその様を、ベルンハルト達は穏やかに見つめていた。