「あ、ありがとう、ございます」
リーゼロッテの言葉に、ヘルムートの顔に安堵の色が広がる。その顔を見れば、リーゼロッテの中にも温かなものが広がっていくのがわかる。
(ベルンハルト様は、本当に慕われているんだわ)
王城の広間で目にした侮蔑の視線、耳を汚した嘲笑の声、そのどちらもこの城で感じることはない。
それはきっと、ベルンハルト自身が皆に好かれている証拠だろう。
そしてその気持ちがリーゼロッテへの扱いに繋がっている。
そんな居心地の良いこの城で、ベルンハルトが仮面を外さない違和感は拭えないけれど、ヘルムートの話す『以前』に戻さないことを望むなら。
(わたくしが努力する理由は十分にある)
「わたくしは、これまでと何も変わらない態度でいれば良いのよね?」
「はい。そうして、いただければ」
「いいわ。そういうの、得意だもの」
心を隠して、本音を伏せて。
王都でだってやり続けていたこと。ここでできないはずがない。
「ベルンハルト様が、わたくしをお嫌いになるまで、でいいかしら?」
「嫌うなど……」
「そう? 好いてもいない相手に言い寄られるのって、良い気持ちはしないわ。そのうち、嫌になってしまわれるかもしれないもの」
「そんな未来、考えられませんね」
「あら? 言い切ってしまわれる?」
「ええ。断言しますよ」
ヘルムートの自信のある顔に、リーゼロッテのいたずら心が頭を覗かせる。
「そしたら、そんな未来がやってきたら、ヘルムートさんは、わたくしのお友達になってくださいませね」
「ふ、あり得ませんね。私は今後も庭師でおりますよ」
「お約束ね。ヘルムートさんがお友達になってくだされば、ベルンハルト様に嫌われても、ここに居られる気がするわ」
リーゼロッテの口からわずかに漏れる本音。
ベルンハルトに嫌われ、皆に疎まれたとしても、友人のフリをしてくれる人が居れば耐えられる。
それが元執事長のヘルムートであれば、こんなに心強いものはない。
(フリでいいの。わたくしもフリをするのだから)
「私が奥様の友人になることはないでしょうけど、もしその様なことが起これば、その時は精一杯友人を務めます」
「ふふ。よろしくお願いしますね」
ヘルムートと笑い合うこの場の空気は、何とも寒々しいが、リーゼロッテはそれに気づかないようにした。
皆が心の内で何を考えていようとも、それが耳に入らなければ、目に映らなければ、それはリーゼロッテの知るところではない。そんな人の内側を疑ったところで、何も良いことは待っていない。
それならば、敢えて覗こうなどとしなければ良い。
「それではそろそろ、私は仕事に戻ります。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
ヘルムートがそう言って部屋から出て、すぐのことだ。
突然大きな音が部屋中に響き渡る。
「っ?! 何? なに?!」
その音に心臓をビクつかせられながら、リーゼロッテは音の正体を探る。
辺りを見回せば、窓が開いているのが見えた。
「な、なぁんだ。窓が開いちゃったのね」
気持ちを落ち着かせようと、独り言を口にしながら、窓を閉めようとバルコニーへ出ていく。
外側に開いた窓枠に手をかけ、血の気が引いていくのがわかった。窓は外開きなのに、何故勝手に開いたのか。
「きゃああっ!」
リーゼロッテは恐る恐る後ろを振り返ると、すぐに叫び声を上げた。
見知らぬ女性がベッドに寝そべっていたからだ。
「奥様! どうしました?!」
先程出ていったヘルムートも、リーゼロッテの叫び声を聞いて、すぐに部屋に戻ってきた。
他にも叫び声を聞きつけたであろう、何人かの足音が廊下から聞こえてくる。
「ヘルムートさん! 不審者です!」
リーゼロッテはヘルムートに女性の存在を伝えようとした。
その時である。
「あらぁ? 不審者とは、心外ねぇ」
ベッドに寝そべったままの女性の口から、緊迫した空気を壊すような、ゆったりとした声が聞こえた。
リーゼロッテがその声に反応するように女性を見れば、女性は更に口を開く。
「はじめまして。貴女がベルンハルトの結婚相手? 私、レティシアっていうの。よろしくね。リーゼロッテ王女様」
レティシアの挑発するような口ぶりに、リーゼロッテの顔が不快そうに歪む。
王女として、心情を顔に出さない様教育を受けてきたリーゼロッテにしては珍しいことだろう。
ただ、今のリーゼロッテにとって、自分以外には誰も横になったことのないベッドに寝そべられるというのは、苦痛以外の何ものでもなかった。
「レティシア様」
ヘルムートが部屋の入り口でレティシアの名前を呼べば、レティシアもそちらに視線を移す。
「あら、ヘルムート。貴方、庭師になったのではなかったかしら?」
「アルベルトがいませんから、今だけ戻っているだけです」
「あぁ。今年は代理が必要なのね。ご苦労様」
「いえ。ところでベルンハルト様は?」
「もう戻って来るわ。私もしばらくこちらにお邪魔することにしたの。よろしくね」
レティシアの小馬鹿にした様な態度と、それとは対照的に固まったままのヘルムート。
ベルンハルトのことを呼び捨てで呼ぶ彼女は一体誰なのか。
リーセロッテは、ベルンハルトにこれだけは確認しなければと、強く心に誓った。
リーゼロッテの言葉に、ヘルムートの顔に安堵の色が広がる。その顔を見れば、リーゼロッテの中にも温かなものが広がっていくのがわかる。
(ベルンハルト様は、本当に慕われているんだわ)
王城の広間で目にした侮蔑の視線、耳を汚した嘲笑の声、そのどちらもこの城で感じることはない。
それはきっと、ベルンハルト自身が皆に好かれている証拠だろう。
そしてその気持ちがリーゼロッテへの扱いに繋がっている。
そんな居心地の良いこの城で、ベルンハルトが仮面を外さない違和感は拭えないけれど、ヘルムートの話す『以前』に戻さないことを望むなら。
(わたくしが努力する理由は十分にある)
「わたくしは、これまでと何も変わらない態度でいれば良いのよね?」
「はい。そうして、いただければ」
「いいわ。そういうの、得意だもの」
心を隠して、本音を伏せて。
王都でだってやり続けていたこと。ここでできないはずがない。
「ベルンハルト様が、わたくしをお嫌いになるまで、でいいかしら?」
「嫌うなど……」
「そう? 好いてもいない相手に言い寄られるのって、良い気持ちはしないわ。そのうち、嫌になってしまわれるかもしれないもの」
「そんな未来、考えられませんね」
「あら? 言い切ってしまわれる?」
「ええ。断言しますよ」
ヘルムートの自信のある顔に、リーゼロッテのいたずら心が頭を覗かせる。
「そしたら、そんな未来がやってきたら、ヘルムートさんは、わたくしのお友達になってくださいませね」
「ふ、あり得ませんね。私は今後も庭師でおりますよ」
「お約束ね。ヘルムートさんがお友達になってくだされば、ベルンハルト様に嫌われても、ここに居られる気がするわ」
リーゼロッテの口からわずかに漏れる本音。
ベルンハルトに嫌われ、皆に疎まれたとしても、友人のフリをしてくれる人が居れば耐えられる。
それが元執事長のヘルムートであれば、こんなに心強いものはない。
(フリでいいの。わたくしもフリをするのだから)
「私が奥様の友人になることはないでしょうけど、もしその様なことが起これば、その時は精一杯友人を務めます」
「ふふ。よろしくお願いしますね」
ヘルムートと笑い合うこの場の空気は、何とも寒々しいが、リーゼロッテはそれに気づかないようにした。
皆が心の内で何を考えていようとも、それが耳に入らなければ、目に映らなければ、それはリーゼロッテの知るところではない。そんな人の内側を疑ったところで、何も良いことは待っていない。
それならば、敢えて覗こうなどとしなければ良い。
「それではそろそろ、私は仕事に戻ります。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
ヘルムートがそう言って部屋から出て、すぐのことだ。
突然大きな音が部屋中に響き渡る。
「っ?! 何? なに?!」
その音に心臓をビクつかせられながら、リーゼロッテは音の正体を探る。
辺りを見回せば、窓が開いているのが見えた。
「な、なぁんだ。窓が開いちゃったのね」
気持ちを落ち着かせようと、独り言を口にしながら、窓を閉めようとバルコニーへ出ていく。
外側に開いた窓枠に手をかけ、血の気が引いていくのがわかった。窓は外開きなのに、何故勝手に開いたのか。
「きゃああっ!」
リーゼロッテは恐る恐る後ろを振り返ると、すぐに叫び声を上げた。
見知らぬ女性がベッドに寝そべっていたからだ。
「奥様! どうしました?!」
先程出ていったヘルムートも、リーゼロッテの叫び声を聞いて、すぐに部屋に戻ってきた。
他にも叫び声を聞きつけたであろう、何人かの足音が廊下から聞こえてくる。
「ヘルムートさん! 不審者です!」
リーゼロッテはヘルムートに女性の存在を伝えようとした。
その時である。
「あらぁ? 不審者とは、心外ねぇ」
ベッドに寝そべったままの女性の口から、緊迫した空気を壊すような、ゆったりとした声が聞こえた。
リーゼロッテがその声に反応するように女性を見れば、女性は更に口を開く。
「はじめまして。貴女がベルンハルトの結婚相手? 私、レティシアっていうの。よろしくね。リーゼロッテ王女様」
レティシアの挑発するような口ぶりに、リーゼロッテの顔が不快そうに歪む。
王女として、心情を顔に出さない様教育を受けてきたリーゼロッテにしては珍しいことだろう。
ただ、今のリーゼロッテにとって、自分以外には誰も横になったことのないベッドに寝そべられるというのは、苦痛以外の何ものでもなかった。
「レティシア様」
ヘルムートが部屋の入り口でレティシアの名前を呼べば、レティシアもそちらに視線を移す。
「あら、ヘルムート。貴方、庭師になったのではなかったかしら?」
「アルベルトがいませんから、今だけ戻っているだけです」
「あぁ。今年は代理が必要なのね。ご苦労様」
「いえ。ところでベルンハルト様は?」
「もう戻って来るわ。私もしばらくこちらにお邪魔することにしたの。よろしくね」
レティシアの小馬鹿にした様な態度と、それとは対照的に固まったままのヘルムート。
ベルンハルトのことを呼び捨てで呼ぶ彼女は一体誰なのか。
リーセロッテは、ベルンハルトにこれだけは確認しなければと、強く心に誓った。
