「厳密には、人間は二人、ということです」
「それって」
「奥様も聞いたことがあるでしょう?ロイエンタール家の伝説を」
「まさか、本当に龍を?」
ヘルムートが肯定を示すようにゆっくり頷く。
龍を率いることができるというのは、ただの伝説や作り話ではないようだ。
「ですから、人間は二人、なんです」
「それでも、お二人でというのは、危険ではないの?」
「当初は反対していたのですよ。それでも、それがベルンハルト様のご意向ですから」
「ア、アルベルトさんも、強くいらっしゃるの?」
「ロイスナーには、ベルンハルト様よりも強い者はおりません」
ヘルムートはため息交じりにそうつぶやいた。
「それは、龍を率いることができるから?」
「いいえ。それだけではありません。魔力も、剣技もどれをとっても誰もかなわないのです。自分よりも弱い者が同行すれば、その者をかばって戦われる。足手まといになるだけなんです」
そう続けるヘルムートの声は、悔しさと、苦々しさが入り組んだ、喉の奥に引っかかったような音。
ところどころに入る歯ぎしりの音が、その心情を一層強く表した。
「それではアルベルトさんは?」
「アルベルトは何かあった時、癒しの為に同行しております。戦闘自体には参加していないでしょう」
「そんな……」
リーゼロッテは目の前が真っ暗になってしまうかと思った。
まさか、そんな危険な場所に送り出してしまったなどと、思いもしなかった。あの笑顔に、落ち着き払ったあの声に、ごまかされた様な気さえしてくる。
「この城では、この領地では、ベルンハルト様の決定は絶対です。使用人の立場では、異見を唱えることさえできません」
ヘルムートの言葉はもっともだ。
領主であるベルンハルトに本気で抵抗しようものなら、直ちに追い出されてしまうだろう。
ベルンハルトがそうするかどうかの問題じゃなく、領地においては当然の決まり。反対できる者がいないというのは、仕方ないことなのだ。
「ロイスナーには、他に戦える方はいないの?」
「わずかではありますが騎士もおります。ただ、魔獣の討伐では役にたちません」
「い、いないわけではないのね」
リーゼロッテの顔にわずかばかりの安堵が浮かぶ。いつでもベルンハルト一人が戦いに出るわけではないということだ。
「他領の人間相手に龍は向かわせません。ですが、ベルンハルト様に刃を向ける愚か者もおりません」
ロイエンタール家の強すぎる魔力を憂いて、バルタザールがリーゼロッテとの結婚を命じたというのは、真実なのかもしれない。
婚約披露の時に、リーゼロッテの耳に届いた不快な噂。
バルタザールやエーリックよりも強いであろう魔力。そこへ嫁いだのは魔力のないリーゼロッテ。リーゼロッテとの結婚は、今後ベルンハルトを、ロイスナーを不幸にするものなのだろうか。
リーゼロッテはもう、何も言うことができなかった。
「ちょ、ちょっと頭の整理をする時間を頂戴。また、何かあれば尋ねるから」
そう言ったリーゼロッテの指先は冷え切って、全身から血の気が引いていくのを感じた。
暖炉の火は赤々と燃えているのに、ヘルムートは温かなお茶を淹れてくれたはずなのに、自分の中から沸き上がった想像したくもない現状に、凍えてしまいそうになる。足の先に力が入らない。
おぼつかない足取りで、リーゼロッテは談話室を後にしようとした。
「奥様、大丈夫ですか?」
ヘルムートに付き添われる形で、私室へと戻る。
暖炉に再び火を入れてもらい、その前に置かれた一人掛けの椅子へと腰を下ろす。いつものソファは暖炉から離れているからと、冬の間の為に用意されたもの。
その椅子へリーゼロッテが座るのを見届けたヘルムートが部屋を出ていこうとした。
その背中に向かって、リーゼロッテはまた一つ疑問をぶつける。
「ベルンハルト様は、わたくしが魔法を使えないとご存じなかったのかしら?」
この国中の誰もが知っているであろう事実を知らないわけがない。
それでも、そうでなければこの結婚を承諾するはずがない。
「いいえ。ベルンハルト様は全て、ご承知です。そのうえで奥様との結婚をお受けになられた」
「どうして?!」
「私ではベルンハルト様の真意は読めません。ただ、この城の者はこの結婚が良かったと、皆そう思っておりますよ」
「なぜ?!」
「奥様だからです。ベルンハルト様のことを怖がらずに、近寄ろうとしてくださる。それだけで十分なんです」
「そんな……」
「また何かあればお呼びください」
「それって」
「奥様も聞いたことがあるでしょう?ロイエンタール家の伝説を」
「まさか、本当に龍を?」
ヘルムートが肯定を示すようにゆっくり頷く。
龍を率いることができるというのは、ただの伝説や作り話ではないようだ。
「ですから、人間は二人、なんです」
「それでも、お二人でというのは、危険ではないの?」
「当初は反対していたのですよ。それでも、それがベルンハルト様のご意向ですから」
「ア、アルベルトさんも、強くいらっしゃるの?」
「ロイスナーには、ベルンハルト様よりも強い者はおりません」
ヘルムートはため息交じりにそうつぶやいた。
「それは、龍を率いることができるから?」
「いいえ。それだけではありません。魔力も、剣技もどれをとっても誰もかなわないのです。自分よりも弱い者が同行すれば、その者をかばって戦われる。足手まといになるだけなんです」
そう続けるヘルムートの声は、悔しさと、苦々しさが入り組んだ、喉の奥に引っかかったような音。
ところどころに入る歯ぎしりの音が、その心情を一層強く表した。
「それではアルベルトさんは?」
「アルベルトは何かあった時、癒しの為に同行しております。戦闘自体には参加していないでしょう」
「そんな……」
リーゼロッテは目の前が真っ暗になってしまうかと思った。
まさか、そんな危険な場所に送り出してしまったなどと、思いもしなかった。あの笑顔に、落ち着き払ったあの声に、ごまかされた様な気さえしてくる。
「この城では、この領地では、ベルンハルト様の決定は絶対です。使用人の立場では、異見を唱えることさえできません」
ヘルムートの言葉はもっともだ。
領主であるベルンハルトに本気で抵抗しようものなら、直ちに追い出されてしまうだろう。
ベルンハルトがそうするかどうかの問題じゃなく、領地においては当然の決まり。反対できる者がいないというのは、仕方ないことなのだ。
「ロイスナーには、他に戦える方はいないの?」
「わずかではありますが騎士もおります。ただ、魔獣の討伐では役にたちません」
「い、いないわけではないのね」
リーゼロッテの顔にわずかばかりの安堵が浮かぶ。いつでもベルンハルト一人が戦いに出るわけではないということだ。
「他領の人間相手に龍は向かわせません。ですが、ベルンハルト様に刃を向ける愚か者もおりません」
ロイエンタール家の強すぎる魔力を憂いて、バルタザールがリーゼロッテとの結婚を命じたというのは、真実なのかもしれない。
婚約披露の時に、リーゼロッテの耳に届いた不快な噂。
バルタザールやエーリックよりも強いであろう魔力。そこへ嫁いだのは魔力のないリーゼロッテ。リーゼロッテとの結婚は、今後ベルンハルトを、ロイスナーを不幸にするものなのだろうか。
リーゼロッテはもう、何も言うことができなかった。
「ちょ、ちょっと頭の整理をする時間を頂戴。また、何かあれば尋ねるから」
そう言ったリーゼロッテの指先は冷え切って、全身から血の気が引いていくのを感じた。
暖炉の火は赤々と燃えているのに、ヘルムートは温かなお茶を淹れてくれたはずなのに、自分の中から沸き上がった想像したくもない現状に、凍えてしまいそうになる。足の先に力が入らない。
おぼつかない足取りで、リーゼロッテは談話室を後にしようとした。
「奥様、大丈夫ですか?」
ヘルムートに付き添われる形で、私室へと戻る。
暖炉に再び火を入れてもらい、その前に置かれた一人掛けの椅子へと腰を下ろす。いつものソファは暖炉から離れているからと、冬の間の為に用意されたもの。
その椅子へリーゼロッテが座るのを見届けたヘルムートが部屋を出ていこうとした。
その背中に向かって、リーゼロッテはまた一つ疑問をぶつける。
「ベルンハルト様は、わたくしが魔法を使えないとご存じなかったのかしら?」
この国中の誰もが知っているであろう事実を知らないわけがない。
それでも、そうでなければこの結婚を承諾するはずがない。
「いいえ。ベルンハルト様は全て、ご承知です。そのうえで奥様との結婚をお受けになられた」
「どうして?!」
「私ではベルンハルト様の真意は読めません。ただ、この城の者はこの結婚が良かったと、皆そう思っておりますよ」
「なぜ?!」
「奥様だからです。ベルンハルト様のことを怖がらずに、近寄ろうとしてくださる。それだけで十分なんです」
「そんな……」
「また何かあればお呼びください」
