「と、討伐って? 何のこと?」
「やはり、何もお聞きになっていらっしゃいませんでしたか。薄々そんな予感はしていたんですよ。ただ、既に私は現役を退いた身、余計な世話はせぬものと思っておりましたが……」
リーゼロッテの私室から出るとすぐにヘルムートの案内で広間へと向かう。
その道すがら、ヘルムートが口のなかで何やら呟いてはいるが、リーゼロッテにはその言葉の意味が半分もわからない。
「ど、どういうこと? これから、何が起こるの?」
「奥様の戸惑いは当然のこと。それら全て、あの二人に説明させましょう」
「あの二人? 誰のこと?」
急ぎ足で広間へと向かいながら、話を続ければ、そろそろ息も上がってくる。
「わかりませんか? これから討伐へと向かう、本人たちですよ」
ヘルムートがそう言い終わり、たどり着いたのは広間の扉の前。
「こ、ここに、いらっしゃるの?」
「はい。まだ出発前のようです。間に合いました。さぁ、気になること全てをお聞きになると良い。奥様にはその権利があるのですから」
ヘルムートはそう言うと、リーゼロッテに見たことのない笑顔を向け、広間へと続く扉を大きく開け放った。
「お、奥様!」
扉の開く大きな音にいち早く反応したのはアルベルトだ。
「アルベルト、出発前に少し時間をもらいます」
「ち、父上……」
「えぇ?! ヘルムートさんってアルベルトさんの?!」
広間に着くと同時に始まった二人の会話に、すぐについていけなくなったのは、リーゼロッテだ。
二人が親子だなんて、想像もしていなかった。
「奥様、それは今大した問題ではありませんよ」
「え、そ、そうなの?」
大した問題ではないと言われても、既に何が大した問題で、何がそうではないのかわからない。
聞きたいこと全てと言われても、頭の中が混乱していて、何が聞きたかったのすらわからない。
「ベルンハルト様、まさか奥様に何も告げずに討伐に向かわれるおつもりでしたか?」
「ヘルムート……それは」
「それは? 何です?」
「ま、毎年のことだから、特に何かを言わなければならないなどと、お、思ってもいなかった」
ヘルムートに問い詰められ、つっかえながら答えるベルンハルトに、少々同情してしまう。
「ベルンハルト様にとっては毎年のことでも、奥様にとっては今年が初めてのことです。それぐらいのフォローはするべきです」
「す、すまない」
「謝るのは私にではありませんよ」
「気がつかず、申し訳ない」
ヘルムートに促され、リーゼロッテに頭を下げるベルンハルトは、まるで悪戯をこっぴどく叱られた幼な子のようで、リーゼロッテはその様をどのような顔をして見ていれば良いかもわからなかった。
「わ、わたくしは何とも思っておりません。と、討伐とは何を?」
「魔獣を。雪深くなった頃、食糧を求めて森から一斉に出てくる。ロイスナーを超えていけば、国全体に被害が出てしまうだろう。それを食い止めるのが私の仕事だ」
「ま、魔獣」
ベルンハルトの話を聞けば、途端にリーゼロッテの顔に不安が浮かぶ。
シュレンタットの国境沿い、一大領地であるロイスナーは隣に魔獣の住む森を持つ。その魔獣から国を守ることで、ロイエンタール家は辺境伯の地位を得ていると、わかっていたはずだ。
それでも、これまでの生活があまりにも平和で、その地位の意味に気づいていなかった。
「そのような顔をなさらなくとも。先程も話したように、毎年のこと。心配には及ばない。」
これからの討伐のことをリーゼロッテに話すベルンハルトはあの隙のない笑顔を見せ、安心感を与えてくれる。
「わかりました。ご無事をお祈りしております」
ベルンハルトの笑顔に応えようと、リーゼロッテも必死に気持ちを立て直す。
リーゼロッテがどれほど心配しようとも、どれだけ不安に感じようとも、それが仕事だと言われてしまえば、止めることなどできない。
それならば、リーゼロッテにできることは、笑顔で見送り、そして出迎えること。
自分の気持ちを折り畳んで、ベルンハルトに笑顔を見せた。
「奥様、それでよろしいのですか? 今ならば何だって聞いておけますよ?」
「ヘルムートさん。大丈夫です。またわからないことがあれば、お戻りになった後にお伺いします」
「そうですか。たしかに、その時間をゆっくり取られるのも良いかもしれませんね」
リーゼロッテには穏やかに話をするヘルムートが、ベルンハルトとアルベルトの二人の方へ向き直る。
「さて、私はそろそろ腹に据えかねているのですよ」
リーゼロッテが聞いたことのない声色に、部屋中の空気が凍りつきそうなぐらい冷え込んだ。
「去年までとは違い、今年は領主が留守の城ではありません。アルベルト、お前のするべき仕事は誰が代わりを務めるのです?」
「誰、とは?」
「執事長としての仕事です。代わりを任命しましたか?」
「し、しておりません」
「アルベルトはもう、ベルンハルト様の専属ではないのです。仕えるべき、ロイエンタール家の方が残られる。その城を離れるのですよ」
ヘルムートの言葉に、アルベルトの顔から血の気が引いていく。使用人の統括である自分が城を離れれば、リーゼロッテの世話がおざなりになる可能性に、やっと気がついたようだ。
「も、申し訳ありません」
「これ以上は戻ってからとします。ベルンハルト様」
アルベルトを恐怖で震え上がらせ、次にベルンハルトへと声をかける。
「やはり、何もお聞きになっていらっしゃいませんでしたか。薄々そんな予感はしていたんですよ。ただ、既に私は現役を退いた身、余計な世話はせぬものと思っておりましたが……」
リーゼロッテの私室から出るとすぐにヘルムートの案内で広間へと向かう。
その道すがら、ヘルムートが口のなかで何やら呟いてはいるが、リーゼロッテにはその言葉の意味が半分もわからない。
「ど、どういうこと? これから、何が起こるの?」
「奥様の戸惑いは当然のこと。それら全て、あの二人に説明させましょう」
「あの二人? 誰のこと?」
急ぎ足で広間へと向かいながら、話を続ければ、そろそろ息も上がってくる。
「わかりませんか? これから討伐へと向かう、本人たちですよ」
ヘルムートがそう言い終わり、たどり着いたのは広間の扉の前。
「こ、ここに、いらっしゃるの?」
「はい。まだ出発前のようです。間に合いました。さぁ、気になること全てをお聞きになると良い。奥様にはその権利があるのですから」
ヘルムートはそう言うと、リーゼロッテに見たことのない笑顔を向け、広間へと続く扉を大きく開け放った。
「お、奥様!」
扉の開く大きな音にいち早く反応したのはアルベルトだ。
「アルベルト、出発前に少し時間をもらいます」
「ち、父上……」
「えぇ?! ヘルムートさんってアルベルトさんの?!」
広間に着くと同時に始まった二人の会話に、すぐについていけなくなったのは、リーゼロッテだ。
二人が親子だなんて、想像もしていなかった。
「奥様、それは今大した問題ではありませんよ」
「え、そ、そうなの?」
大した問題ではないと言われても、既に何が大した問題で、何がそうではないのかわからない。
聞きたいこと全てと言われても、頭の中が混乱していて、何が聞きたかったのすらわからない。
「ベルンハルト様、まさか奥様に何も告げずに討伐に向かわれるおつもりでしたか?」
「ヘルムート……それは」
「それは? 何です?」
「ま、毎年のことだから、特に何かを言わなければならないなどと、お、思ってもいなかった」
ヘルムートに問い詰められ、つっかえながら答えるベルンハルトに、少々同情してしまう。
「ベルンハルト様にとっては毎年のことでも、奥様にとっては今年が初めてのことです。それぐらいのフォローはするべきです」
「す、すまない」
「謝るのは私にではありませんよ」
「気がつかず、申し訳ない」
ヘルムートに促され、リーゼロッテに頭を下げるベルンハルトは、まるで悪戯をこっぴどく叱られた幼な子のようで、リーゼロッテはその様をどのような顔をして見ていれば良いかもわからなかった。
「わ、わたくしは何とも思っておりません。と、討伐とは何を?」
「魔獣を。雪深くなった頃、食糧を求めて森から一斉に出てくる。ロイスナーを超えていけば、国全体に被害が出てしまうだろう。それを食い止めるのが私の仕事だ」
「ま、魔獣」
ベルンハルトの話を聞けば、途端にリーゼロッテの顔に不安が浮かぶ。
シュレンタットの国境沿い、一大領地であるロイスナーは隣に魔獣の住む森を持つ。その魔獣から国を守ることで、ロイエンタール家は辺境伯の地位を得ていると、わかっていたはずだ。
それでも、これまでの生活があまりにも平和で、その地位の意味に気づいていなかった。
「そのような顔をなさらなくとも。先程も話したように、毎年のこと。心配には及ばない。」
これからの討伐のことをリーゼロッテに話すベルンハルトはあの隙のない笑顔を見せ、安心感を与えてくれる。
「わかりました。ご無事をお祈りしております」
ベルンハルトの笑顔に応えようと、リーゼロッテも必死に気持ちを立て直す。
リーゼロッテがどれほど心配しようとも、どれだけ不安に感じようとも、それが仕事だと言われてしまえば、止めることなどできない。
それならば、リーゼロッテにできることは、笑顔で見送り、そして出迎えること。
自分の気持ちを折り畳んで、ベルンハルトに笑顔を見せた。
「奥様、それでよろしいのですか? 今ならば何だって聞いておけますよ?」
「ヘルムートさん。大丈夫です。またわからないことがあれば、お戻りになった後にお伺いします」
「そうですか。たしかに、その時間をゆっくり取られるのも良いかもしれませんね」
リーゼロッテには穏やかに話をするヘルムートが、ベルンハルトとアルベルトの二人の方へ向き直る。
「さて、私はそろそろ腹に据えかねているのですよ」
リーゼロッテが聞いたことのない声色に、部屋中の空気が凍りつきそうなぐらい冷え込んだ。
「去年までとは違い、今年は領主が留守の城ではありません。アルベルト、お前のするべき仕事は誰が代わりを務めるのです?」
「誰、とは?」
「執事長としての仕事です。代わりを任命しましたか?」
「し、しておりません」
「アルベルトはもう、ベルンハルト様の専属ではないのです。仕えるべき、ロイエンタール家の方が残られる。その城を離れるのですよ」
ヘルムートの言葉に、アルベルトの顔から血の気が引いていく。使用人の統括である自分が城を離れれば、リーゼロッテの世話がおざなりになる可能性に、やっと気がついたようだ。
「も、申し訳ありません」
「これ以上は戻ってからとします。ベルンハルト様」
アルベルトを恐怖で震え上がらせ、次にベルンハルトへと声をかける。
