「今日も寒そう」
窓から見える景色は日に日に冬の色を濃くしていき、空には銀灰色の雪雲が幾重にも重なり、手を伸ばした自分の掌が見づらいほどの雪が舞う。
あれほど綺麗に整えられていた庭も、今では分厚い雪に覆い隠され、降りていくことなどできない。
ヘルムートの助言を受けて、ベルンハルトとの距離を縮めようとしていた日々は、雪で閉ざされ、霞がかっていく思い出の様だ。
(わたくし一人では、何も思いつかない)
凍えさせる程の寒さと色の消えた景色は、リーゼロッテの心をも縮こませ、今日も暖炉の前で時間が過ぎるのを待つだけ。
暖炉の前の特等席で、燃えゆく薪を見つめていれば、炎と薪が奏でる子守唄にいつしか夢の世界へと誘われてしまう。
リーゼロッテのことを夢の世界から引き戻したのは、扉をノックする音。夢と現の狭間を行き来するリーゼロッテから何とか返事を引き出そうと、間を開けて何度も鳴らされる扉。
「はい」
次第にはっきりしてくる視界と音にようやく返事ができた。
「奥様。薪の補充に参りました」
「どうぞ」
心なしかリーゼロッテの声が弾んでしまうのも仕方ない。
その声の主は会いたかった相談相手。庭以外の生息場所がわからない、ヘルムートだったからだ。
「失礼します」
「ヘルムートさん。城内でお会いするの、珍しいですね」
「いつもは庭が仕事場ですから。この雪では仕事が無くなってしまい、城の中を仕事を探して放浪しております」
「うふふ。またそのような冗談を。お仕事、色々お持ちのはずだわ。雪が無くたって、お庭にいらっしゃらない日も多いじゃない」
「雑用が多いのです。私は便利屋ですから、皆にこき使われるんです」
「まぁ。それではここで休憩なさったら?」
「いいえ。そういうわけには参りません。働かざる者食うべからず、です。探せば仕事など山ほどありますから」
「そうよね。わたくしも何か探さなければいけないわね。ついうとうとしてしまって、暖炉の火も消えてしまったわ」
いつの間にか火が消えた暖炉には、燃え尽きた薪が灰となって積もっていた。
「申し訳ありません。一足、遅かったようです。今、火をつけますね」
ヘルムートはそう言うと暖炉の前に屈み込み、新しい薪を組み上げ、火をつけた。
ヘルムートの腰に括り付けられた布袋から、魔力石がいくつか転がり落ちたのは、屈んだ弾みで袋の口が弛んでしまったからだろう。
「ヘルムートさんは、魔力石をお使いになるの?」
リーゼロッテは転がり出た魔力石を拾い上げる。
「失礼しました。落ちてしまいましたか」
「わたくしには縁のないものですから、こんなにじっくり見るのも初めてなの」
「国立学院では?」
「使い方は習ったわ。でもね、そもそも何の魔法も使えないもの。増幅するにしても元がなければ、ただの石よ」
リーゼロッテの言葉にヘルムートが言葉を詰まらせてしまったのも無理はない。
どんな慰めだって意味をなさない。この国において魔法が使えないことの異質さを、その扱われ方を知っているからこそだ。
「あぁ。お気になさらないで。使えれば、とは思ってはいても、どうしようもないことぐらい分かっているわ。今更何とも思わないもの。それにね」
「それに?」
「この城の方は何も仰らずにいて下さるもの。誰もわたくしのことを罵ったりしないわ。蔑んだ視線だって感じることもないし。もちろん陰で何て言われていたとしても、わたくしが気づかなければ無かったことになるの。わたくし、本当に皆様に感謝しているのよ」
「そうですか」
「えぇ。それで? ヘルムートさんは魔力石が必要なの?」
「私はさほど魔力が多くはありませんから。度々お世話になっておりますよ」
魔力石は使う者の魔力を増幅させることができる。それは威力であったり、回数であったり、時間であったりだ。
使用人達が広い城を維持するのに使っていたとしても変ではない。
「そうだったのね」
「この城でずっと使わずにいられるのはベルンハルト様ぐらいでしょうか。アルベルトも普段は使わずにいられます」
「魔力の強い方が減っているというのは、本当でしたの」
「減ってきているかもしれません。私が幼い頃はもう少し、金髪の者が多かったようにも思います」
「それにしても、魔力石ってかなり貴重なものよね。アルベルトさんとベルンハルト様以外が使うって、そんなにたくさんお持ちなの?」
王城の使用人の中でも重要な仕事に就いている者以外は持っていなかったはずだ。
使いすぎて割れてしまえばそれまでの魔力石を、人数が少ないとはいえ使用人のほとんどが使っているというのは、信じられない。
「貴重なものではありますが、この城には思いの外たくさんありますよ」
「何故?」
「それは、もう間もなくわかります」
ヘルムートのその言葉が合図になった様に、城中に高らかに鐘の音が鳴り響いた。リーゼロッテがロイスナーに来て三ヶ月、一度も聞いたことのない鐘の音。
何事かと視線を泳がせれば、ヘルムートが穏やかに笑って告げる。
「ちょうど良いタイミングです。私がいる時で良かった。奥様、ご一緒に来ていただけますか? ベルンハルト様が討伐に向かわれます」
窓から見える景色は日に日に冬の色を濃くしていき、空には銀灰色の雪雲が幾重にも重なり、手を伸ばした自分の掌が見づらいほどの雪が舞う。
あれほど綺麗に整えられていた庭も、今では分厚い雪に覆い隠され、降りていくことなどできない。
ヘルムートの助言を受けて、ベルンハルトとの距離を縮めようとしていた日々は、雪で閉ざされ、霞がかっていく思い出の様だ。
(わたくし一人では、何も思いつかない)
凍えさせる程の寒さと色の消えた景色は、リーゼロッテの心をも縮こませ、今日も暖炉の前で時間が過ぎるのを待つだけ。
暖炉の前の特等席で、燃えゆく薪を見つめていれば、炎と薪が奏でる子守唄にいつしか夢の世界へと誘われてしまう。
リーゼロッテのことを夢の世界から引き戻したのは、扉をノックする音。夢と現の狭間を行き来するリーゼロッテから何とか返事を引き出そうと、間を開けて何度も鳴らされる扉。
「はい」
次第にはっきりしてくる視界と音にようやく返事ができた。
「奥様。薪の補充に参りました」
「どうぞ」
心なしかリーゼロッテの声が弾んでしまうのも仕方ない。
その声の主は会いたかった相談相手。庭以外の生息場所がわからない、ヘルムートだったからだ。
「失礼します」
「ヘルムートさん。城内でお会いするの、珍しいですね」
「いつもは庭が仕事場ですから。この雪では仕事が無くなってしまい、城の中を仕事を探して放浪しております」
「うふふ。またそのような冗談を。お仕事、色々お持ちのはずだわ。雪が無くたって、お庭にいらっしゃらない日も多いじゃない」
「雑用が多いのです。私は便利屋ですから、皆にこき使われるんです」
「まぁ。それではここで休憩なさったら?」
「いいえ。そういうわけには参りません。働かざる者食うべからず、です。探せば仕事など山ほどありますから」
「そうよね。わたくしも何か探さなければいけないわね。ついうとうとしてしまって、暖炉の火も消えてしまったわ」
いつの間にか火が消えた暖炉には、燃え尽きた薪が灰となって積もっていた。
「申し訳ありません。一足、遅かったようです。今、火をつけますね」
ヘルムートはそう言うと暖炉の前に屈み込み、新しい薪を組み上げ、火をつけた。
ヘルムートの腰に括り付けられた布袋から、魔力石がいくつか転がり落ちたのは、屈んだ弾みで袋の口が弛んでしまったからだろう。
「ヘルムートさんは、魔力石をお使いになるの?」
リーゼロッテは転がり出た魔力石を拾い上げる。
「失礼しました。落ちてしまいましたか」
「わたくしには縁のないものですから、こんなにじっくり見るのも初めてなの」
「国立学院では?」
「使い方は習ったわ。でもね、そもそも何の魔法も使えないもの。増幅するにしても元がなければ、ただの石よ」
リーゼロッテの言葉にヘルムートが言葉を詰まらせてしまったのも無理はない。
どんな慰めだって意味をなさない。この国において魔法が使えないことの異質さを、その扱われ方を知っているからこそだ。
「あぁ。お気になさらないで。使えれば、とは思ってはいても、どうしようもないことぐらい分かっているわ。今更何とも思わないもの。それにね」
「それに?」
「この城の方は何も仰らずにいて下さるもの。誰もわたくしのことを罵ったりしないわ。蔑んだ視線だって感じることもないし。もちろん陰で何て言われていたとしても、わたくしが気づかなければ無かったことになるの。わたくし、本当に皆様に感謝しているのよ」
「そうですか」
「えぇ。それで? ヘルムートさんは魔力石が必要なの?」
「私はさほど魔力が多くはありませんから。度々お世話になっておりますよ」
魔力石は使う者の魔力を増幅させることができる。それは威力であったり、回数であったり、時間であったりだ。
使用人達が広い城を維持するのに使っていたとしても変ではない。
「そうだったのね」
「この城でずっと使わずにいられるのはベルンハルト様ぐらいでしょうか。アルベルトも普段は使わずにいられます」
「魔力の強い方が減っているというのは、本当でしたの」
「減ってきているかもしれません。私が幼い頃はもう少し、金髪の者が多かったようにも思います」
「それにしても、魔力石ってかなり貴重なものよね。アルベルトさんとベルンハルト様以外が使うって、そんなにたくさんお持ちなの?」
王城の使用人の中でも重要な仕事に就いている者以外は持っていなかったはずだ。
使いすぎて割れてしまえばそれまでの魔力石を、人数が少ないとはいえ使用人のほとんどが使っているというのは、信じられない。
「貴重なものではありますが、この城には思いの外たくさんありますよ」
「何故?」
「それは、もう間もなくわかります」
ヘルムートのその言葉が合図になった様に、城中に高らかに鐘の音が鳴り響いた。リーゼロッテがロイスナーに来て三ヶ月、一度も聞いたことのない鐘の音。
何事かと視線を泳がせれば、ヘルムートが穏やかに笑って告げる。
「ちょうど良いタイミングです。私がいる時で良かった。奥様、ご一緒に来ていただけますか? ベルンハルト様が討伐に向かわれます」
