「ふぅ」
あの日のことを思い出せば、今でもまだ心は冷え、ため息が口からこぼれ落ちる。
ただ、そんなことで落ち込んでいる場合じゃない、何とかしてベルンハルトとの距離を縮めようと、様々な手段を用いてきた。ベルンハルトにまとわりついてみたり、反対にそっけなくしてみたり。
食事も毎食、場所を変え品を変え、最大限努力したつもりだ。
そして、ついに食事を諦め、せめてお茶ならどうかと、誘ったのが数日前のこと。呆気なく玉砕したのだが。
最近ではお互いにムキになっているだけの気がしてならない。衝立でもして、一緒に食事をしてくれないだろうか。
(衝立……そうよ! 衝立! それなら、ベルンハルト様の仮面の下を見ることもないわ)
「うふふん。それなら、早速衝立を用意しなきゃ」
顔を隠すだけならば、カーテンの様に布でも良いだろうと、自分の引き出しに手をかける。
そこで見つけたのは、温室で一晩明かした日に手に入れた温かな毛布。それを誰かにかけてもらった日から、もう季節が二つ過ぎた。
あの日を思い出すように、リーゼロッテは久しぶりに毛布に触れる。
(この手触り、知ってる!)
リーゼロッテは衝立のことはすぐさま頭の隅に放り出して、触った毛布を取り出した。
そしてすぐに寝台へと上がり込む。寝台には数日前に入れてもらった毛布がある。掛け布団の中の毛布に手を入れ、その手触りに目を見張った。
温室で手に入れた毛布と同じ手触りのものがそこにある。
王城で使われているものとは、明らかに質の違う毛布。それがロイスナーの城に存在した。豪雪地帯のロイスナーだからこそ、シュレンタットのものよりも温かくて柔らかい。
そんな毛布を胸に抱きしめて、リーゼロッテにそれをかけてくれた人物を想像する。
温室で出会った、ベルンハルトだ。
ロイスナーの城にある毛布。
温室で微笑んだベルンハルト。
やはり、毛布をかけてくれたのはベルンハルトだろうか。それならば何故、そう打ち明けてはくれないのだろうか。
寝台の上に横になるも、一人で使うにはあまりにも大きい寝台は、毛布に包まれていても何となく寒々しい。
初めてここで眠りにつく日は、新しい寝台に、布団に、結婚してからの初めての夜に、緊張で眠れなかった。
そんな思いも二ヶ月も経てば薄れてきて、今では朝までぐっすりなのだが。未だにベルンハルトと過ごすことのない夜の時間がリーゼロッテは好きではない。
早く眠りについて、早く朝が来ないものかと、毎晩誰よりも先に灯りを消す。そして寂しさを感じるよりも先に、睡魔にその身を預けるのだ。
あの日、自ら頭の中で否定した可能性をもう一度呼び起こす。
バルタザールを連れて出て行ったベルンハルトが、もう一度温室に戻ってきてくれたこと。
木の根元で眠りこける自分に、優しくかけてくれた毛布。
愛されているなんて、そんなことを思える自信なんてない。でも、少しぐらい好意を持ってもらえているんじゃないか、せめて、この城に居ても良いと思えるだけの自信が欲しい。
誰にも愛された覚えの無いリーゼロッテは、そんな些細な自信すら、持ち合わせていなかった。
国王の命令だから、受け入れざるを得ない。
そんな風にベルンハルトが考えていたとしても、それを盾にこの城に居座るしかない。
リーゼロッテには、戻る道は残されていない。
今夜もまた、心の中でくすぶる寂しさに蓋をして、その寂しさごと優しく包み込んでくれる睡魔に身を委ねる。
ただし、今夜はあの毛布を胸に抱いて眠ろう。
空想の中だけでも、ベルンハルトに思われている自分を描こう。
温室の中で、バルタザールからかばってくれたあの優しさに存分に甘えよう。
目が覚めればまた、ロイスナーに居るための努力を重ねなければならない。
少しでもお互いにとって居心地の良い場所になるように。ベルンハルトに不快な思いをさせないように。仮面の奥のあの瞳に、嫌悪が広がらないように。
もしかしたら見当違いの努力かもしれない。既に無駄なことなのかもしれない。
それでも、リーゼロッテにそれをしない選択はない。
あの日のことを思い出せば、今でもまだ心は冷え、ため息が口からこぼれ落ちる。
ただ、そんなことで落ち込んでいる場合じゃない、何とかしてベルンハルトとの距離を縮めようと、様々な手段を用いてきた。ベルンハルトにまとわりついてみたり、反対にそっけなくしてみたり。
食事も毎食、場所を変え品を変え、最大限努力したつもりだ。
そして、ついに食事を諦め、せめてお茶ならどうかと、誘ったのが数日前のこと。呆気なく玉砕したのだが。
最近ではお互いにムキになっているだけの気がしてならない。衝立でもして、一緒に食事をしてくれないだろうか。
(衝立……そうよ! 衝立! それなら、ベルンハルト様の仮面の下を見ることもないわ)
「うふふん。それなら、早速衝立を用意しなきゃ」
顔を隠すだけならば、カーテンの様に布でも良いだろうと、自分の引き出しに手をかける。
そこで見つけたのは、温室で一晩明かした日に手に入れた温かな毛布。それを誰かにかけてもらった日から、もう季節が二つ過ぎた。
あの日を思い出すように、リーゼロッテは久しぶりに毛布に触れる。
(この手触り、知ってる!)
リーゼロッテは衝立のことはすぐさま頭の隅に放り出して、触った毛布を取り出した。
そしてすぐに寝台へと上がり込む。寝台には数日前に入れてもらった毛布がある。掛け布団の中の毛布に手を入れ、その手触りに目を見張った。
温室で手に入れた毛布と同じ手触りのものがそこにある。
王城で使われているものとは、明らかに質の違う毛布。それがロイスナーの城に存在した。豪雪地帯のロイスナーだからこそ、シュレンタットのものよりも温かくて柔らかい。
そんな毛布を胸に抱きしめて、リーゼロッテにそれをかけてくれた人物を想像する。
温室で出会った、ベルンハルトだ。
ロイスナーの城にある毛布。
温室で微笑んだベルンハルト。
やはり、毛布をかけてくれたのはベルンハルトだろうか。それならば何故、そう打ち明けてはくれないのだろうか。
寝台の上に横になるも、一人で使うにはあまりにも大きい寝台は、毛布に包まれていても何となく寒々しい。
初めてここで眠りにつく日は、新しい寝台に、布団に、結婚してからの初めての夜に、緊張で眠れなかった。
そんな思いも二ヶ月も経てば薄れてきて、今では朝までぐっすりなのだが。未だにベルンハルトと過ごすことのない夜の時間がリーゼロッテは好きではない。
早く眠りについて、早く朝が来ないものかと、毎晩誰よりも先に灯りを消す。そして寂しさを感じるよりも先に、睡魔にその身を預けるのだ。
あの日、自ら頭の中で否定した可能性をもう一度呼び起こす。
バルタザールを連れて出て行ったベルンハルトが、もう一度温室に戻ってきてくれたこと。
木の根元で眠りこける自分に、優しくかけてくれた毛布。
愛されているなんて、そんなことを思える自信なんてない。でも、少しぐらい好意を持ってもらえているんじゃないか、せめて、この城に居ても良いと思えるだけの自信が欲しい。
誰にも愛された覚えの無いリーゼロッテは、そんな些細な自信すら、持ち合わせていなかった。
国王の命令だから、受け入れざるを得ない。
そんな風にベルンハルトが考えていたとしても、それを盾にこの城に居座るしかない。
リーゼロッテには、戻る道は残されていない。
今夜もまた、心の中でくすぶる寂しさに蓋をして、その寂しさごと優しく包み込んでくれる睡魔に身を委ねる。
ただし、今夜はあの毛布を胸に抱いて眠ろう。
空想の中だけでも、ベルンハルトに思われている自分を描こう。
温室の中で、バルタザールからかばってくれたあの優しさに存分に甘えよう。
目が覚めればまた、ロイスナーに居るための努力を重ねなければならない。
少しでもお互いにとって居心地の良い場所になるように。ベルンハルトに不快な思いをさせないように。仮面の奥のあの瞳に、嫌悪が広がらないように。
もしかしたら見当違いの努力かもしれない。既に無駄なことなのかもしれない。
それでも、リーゼロッテにそれをしない選択はない。
