「日葵の声が聞けただけで十分だ」
蓮は儚げに笑うと、マンションを出ていこうとした。
寂しいけど、我慢しなければいけない。私たちはもう他人だから。
服の裾を強く握る。何も言えない私が惨めだった。大嫌いだった。
蓮と一緒なら何もできると思っていた。姫と一緒なら何もできると思っていた。
だけど、できなかった。私は何一つできなかった。
自信を持つことも、強くなることも、自虐的なのをやめるのも、できなかった。
「いい加減にしてよ‼」
階段から叫んだ姫の声が聞こえた。
「いい加減にして。これ以上、日葵ちゃんを傷つけないで！」
「姫莉、違うの。蓮は私を傷つけようとしたんじゃなくて」
「じゃあ、なんで泣いてるの！」
姫に言われて、初めて気づいた。私は、泣いていた。
信じられないほど、たくさん泣いていた。それに自分は気づいていなかった。
「自分に傷つけられたの！惨めな自分に！」
「蓮くんだよ。全部蓮くんが悪い。日葵ちゃんは悪くない」
姫…？どうして蓮のことを悪く言うの？喧嘩でもしたの？
「確かに、そうだな」
蓮が静かに言った。
「結局、日葵を苦しめてるのは俺だな。姫理の言うとおりだよ」
「どうして蓮まで…？」
姫が蓮を強くにらんだ。
「いつも蓮くんは日葵ちゃんを苦しめてた！社長に謝罪した時も、日葵ちゃん、いっぱい泣いてた‼あの時、笑ってたけど、本当はすごくムカついてた！あれから蓮くんを監視するようになった。そしたら、分かった。蓮くん、日葵ちゃんをいっぱい苦しめてた。許せない。たった一人の家族を苦しめた。だから許せない。日葵ちゃんは悪くない」
「姫。どうしてそんなことを…」
「この前、俺と姫莉が喧嘩してた理由、分かるか？」
「分からない」
「日葵は俺と姫莉のどっちの方が好きか、口論してたんだよ」
その言葉を聞いた時、再び涙が溢れた。今度はつらくない。本当に嬉しい。
「大好き。本当に。二人とも大好き。でも…」
「「でも？」」
「やっぱり姫の方が好きっ」
「やった～！勝った～！蓮くんに勝った！」
悔しそうにそっぽを向く蓮と、嬉しそうに飛び跳ねる姫を、二人一緒に抱きしめた。