「申し訳ございません。以後、気をつけます」

「ふん。分かればいいのよ。それが終わったら門の蜘蛛の巣でも取ってちょうだい。せっかくお手入れした髪に引っかかって不愉快極まりない」

「かしこまりました」


千鶴は汚れた廊下を掃除する。稽古の時間となった玲華はその場を離れていった。


(あんな使用人、早く追い出せばいいのに。お父様は何故、あの女を屋敷に置いとくのかしら?)


泥水で汚れた足袋を部屋で履き替える。机の引き出しを開けて粉末が入った小瓶を取り出す。


小瓶を見てニヤリと笑みを浮かべる玲華。再び引き出しに戻す。


(“あれ”はいざという時に)


「ふふっ」


部屋を出ようとすると別の使用人が玲華を呼びに来た。利政から稽古の前に大事な話があると言付けられる。


部屋を出て、父がいる大広間へと向かう。


(稽古前に話なんて珍しいわね。面白い話が聞けるといいわ)


大広間の前に着く玲華は正座をして父に自分が来たことを伝えてから中に入る。

幼い頃から厳しく作法を叩き込まれてきた玲華はこれくらい出来て当たり前。相手に少しでも失礼が無いように気を配るのが淑女としての嗜み。

いずれ訪れる婚礼に向けての準備でもあるのだ。一条家では婿養子を迎えることが決まっている。