両親にとっても玲華にとっても千鶴は家族ではなく、ただの使用人。誰ひとり、彼女を家族として見るものはいない。

そんな彼らを屋敷内で止めるものはいない。

逆らえば同じように扱われるか、職を失って途方に暮れるかのどちらかを選ばなければならないからだ。

千鶴は10歳の頃から屋敷の使用人として働いている。それまでは勉学も作法もさせてもらっていた。

しかし、一向に異能は目覚めず、まだ8歳だった玲華が力を目覚めさせたことで、異能一族としての教養は無駄だとされた。

「家に居させてやっているだけでも有難く思え」。優しかった父の口癖となった。父からの心の無い言葉に涙を流しながら絶望した。


ーー水浸しになった廊下を拭く千鶴に反抗的になることも許されない。妹がしたことを怒ることなんて絶対にしない。


「ごめんね玲華。次は気をつけるね」


(あぁ、また笑う。薄汚れた人間なんて恥でしかないのに)


玲華は千鶴が心の底から嫌いだった。千鶴はどれだけ嫌がらせを受けても笑顔で玲華を家族として接するからだ。


「使用人が気安く呼び捨てなんてしないでちょうだい!所詮、無能は無能なのよ!!」


持っていた扇子で姉の頬を叩く。まだ拭ききれていない場所に崩れ、着物が泥水に濡れてしまう。