凪一は月明かりに照らされた自室で同じように欲にまみれた“婚約者”を待っていた。

一条千鶴。いや、その正体は一条家の次女である一条玲華。

顔合わせをしたあの日から凪一は自分の前に現れた人物は千鶴ではないことを見抜いていた。

先日、一条家の屋敷の前で出会った本物の千鶴とは明らかに身なりが違っていた。千鶴の栄養が行き届いていない艶の無い髪や腕や頬に絶えず残る暴力をふられたであろう痕跡。

玲華にそれが無かった。日頃から手入れをされている艶やかな絹のような黒髪、真珠のように透明感のある白い肌。

名家の令嬢と呼ばれる者の本来の姿を玲華は隠しきれずにいた。それを本人は気づいていない。


(化粧で誤魔化したつもりだろうが、詰めが甘かったようだな)

部屋の襖の前に気配を感じる。玲華だ。今宵は共に過ごす約束を果たすために普段は立ち入りを禁じている凪一の部屋の前に姿を現す。

「凪一様。千鶴です」

「入れ」

「失礼致します」


純白の寝巻きに着替え、日中は簪で綺麗にまとめられている黒髪は下ろされ、月明かりに反射して艶やかに美しく輝く。