髪を離された千鶴は床に手をつく。幸恵は玲華と共に部屋を出ていく。残された千鶴は起き上がって障子を直し始めた。


玲華は一度部屋に戻ることにした。心が大きく乱れた状態でお客様の前に立つことは許されないからだ。身なりを整え、心を休める。

部屋に戻る途中の廊下には玄関があり、そこから父・利政の話し声が聞こえてきた。相手の声は聞き覚えのない人物。

屋敷の敷居を踏み入るものは限られている。玲華はこっそりその様子を伺う。


「ようこそいらっしゃいました。久世様」

「お初にお目にかかります。久世凪一です」


透き通るような白い肌、スっと通った鼻筋、黒曜石のように美しい瞳。手入れが行き届いている長い黒髪は緋色の組紐で結われている。


その美しさにすっかり心を奪われた玲華は見惚れて頬赤く染め、その場を動けなくなる。


(あの方が異能者の頂点に立つ、久世凪一様。あんなに美しい方だったのね)


凪一は使用人に大広間に案内される。利政が一人になったタイミングで姿を現す玲華。


「お父様」

「玲華か。そろそろ顔合わせの時間だ。決して遅れるな」

「あの方が久世様ですか?」

「そうだ。久世家の先々代の当主と一条家の先代の当主との間に縁があって、今回の話を受けてくださった。しかし現当主の凪一様は異能者としては優秀だが、やる気にかける」

「まぁ…!優秀でありながらその力で貢献してないと言うのですか?」

「そういう事だ。あれだけの力を持ちながら…勿体ない御方だ。久世家の一族はさぞ、悲しむだろう」