阿佐ヶ谷妹の説得のお陰で暗くなる前に撮影会が終了出来た。

「いらっしゃいませ。お疲れでしたでしゅう」

 突然の予約にも快く迎えた旅館の女将さん(だと思う)。旅館なんて初めてだからなんか恐縮してしまうな。

「いえいえ、本当に突然ですみません。助かりました」

 とりあえず下手に出ておく。無理を言ったのはこちらなのだから。

「お気になさらないでください。こちらとしても助かっておりますから。ゆっくりと休んでください」

「ありがとうございます」

 荷物はルーシャに任せてフロントに。あ、矢代さんも来てください。オレ、初めてなもんで。

 矢代さんについて来てもらってチェックインを済ませた。

「払ってもらっていいんですか? かなりの金額になりますよ」

「大丈夫ですよ。矢代さんや阿佐ヶ谷さんたちにはお世話になるでしょうからね。ルーシャにいろいろ教えてやってください」

 打算があってのこと。申し訳なさそうにされるほうが申し訳ないよ。

「それは任せてください。わたしもルーシャさんからいろいろ教わりたいですから」

「お願いします。阿佐ヶ谷さんたち、部屋の鍵です。夕食は十九時半からだそうです」

「じゃあ、その前にお風呂に入って来ますね!」

 阿佐ヶ谷妹さんは本当に嬉しそうだ。

「矢代さん。旅館に交渉できませんか? ルーシャさんを撮りたいんです」

「わかりました。話して来ましょう」

「了。わたしもお風呂に入りたいのだけれど」

 こそっと伝えてきた。

「まあ、まずは部屋に行こうか」

 矢代さんなら許可を勝ち取ってくるだろう。その間に風呂に行けばいいさ。

 キャンセルされた部屋は四人部屋で、ベッドが二つ。畳に布団を敷くようだ。

「立派な部屋ね~」

「ああ。オレ一人なら絶対に泊まったりしないな」

 ホテルや旅館をまったく知らないので、部屋にはランクがどれほどのものかわからないが、宿泊代から考えてそう悪いようには見えない。てか、オレには不似合いなところだ。一人ならカプセルホテルがお似合いだろうよ。

「阿佐ヶ谷妹さんに電話するから一緒に行くといいよ。ついでに会話できるようにするといい」

 これからお世話になる姉妹。ちゃんとしゃべれるようにしておいたほうがいいだろうよ。

「あの姉妹とは仲良くしておくといい。味方は多いほうがいいからな」

「了が言うならそうするわ。モデルってのは困りものだけどね」

「旅の思い出と思えばいいさ。写真に撮っておけばあとで懐かしめるからな」

 電話をして阿佐ヶ谷妹に部屋に来てもらい、ルーシャを風呂に連れて行ってもらった。

「ふー。疲れた」

 癒されに来たのに疲れてばかりだ。
 
 うとうとしていたら矢代さんと阿佐ヶ谷姉が入って来た。あれ、鍵は?

「ルーシャからもらったわ」

 あーそうだった。持たせたんだっけ。

「で、どうだった?」

 とりあえずお茶を淹れる。夕食まで一時間以上あるからな。

「許可をもらったわ。もちろん、他のお客さんに迷惑をかけないのが前提だけど。明日のチェックアウトしたらお昼までは館内を使っていいってさ」

 ほんと、交渉力のある人だ。

「夕食はどこで?」

「中広間よ。騒がなければ写真を撮ってもいいってさ。浴衣姿も撮りたいわ。ロビーと足湯があるみたいだからそこでも撮りたいわね」

 阿佐ヶ谷姉は、撮影のことでどこかに飛んで行きそうだ。

「それならあまり飲まないように。矢代さんもですよ」

 阿佐ヶ谷姉は知らないが、矢代さんは前科がある。飲みすぎには注意だ。

「わ、わかってますって。実子さんは、飲めるほうなんですか?」

「いえ、わたしは飲めないので大丈夫です。妹は父に似て酒飲みなのでバカみたいに飲むかもしれません」

「妹さんって何歳なんです? 二十歳くらいに見えますけど」

「二十二歳です。フリーターですけど。いや、わたしは無職でした」

「オレも無職ですよ」

 余命半年で最後に旅に出たことやルーシャに救われたことを語った。

「その薬ってまだあるんですか?」

「どうでしょう? かなり高価なものだとは言ってましたが」

 薬事法とかある国で売るわけにはいかんからな。まだあるかなんて尋ねても仕方がないから気にもしなかったよ。

「あったら譲ってもらえないかな? お金は……ないんだけど……」

「まあ、訊くくらいなら問題ないでしょう。ダメなら諦めてくださいね」

 もうないのなら諦めてもらうしかないし、あるならルーシャが決めることだ。オレがどうこう言えることではない。

「そうですね。わたしたちだけで決めたらダメですね」

「まあ、それはあとにして、二人は風呂、どうします?」

「わたしは明日の朝にでも入ってみます。二回も入っちゃいましたしね」

「わたしも遠慮しておくかな。撮影のために旅館を見て回ってくるわ。旅館なんて久しぶりだしね」

「あ、わたしも付き合います」

 元気な人たちだ。

「オレは部屋にいますよ。あ、これでお土産を買ってきてもらえますか? いろいろお金を落としていたほうがいいでしょうからね」

 一万円を矢代さんに渡した。

「お世話になっている人へのお土産なので饅頭とかお願いします。なければ適当なもので構いませんので」

 オレのセンスより女性陣のセンスのほうが確かだろうよ。

「わかりました。じゃあ、行って来ますね」

 はい、よろしくです。

 二人を見送り、備えつけのお菓子をいただいた。