「わたしが撮るわ! 代わって!」

 その迫力に押されて矢代さんが逃げ出した。いや、誰よ?

「す、すみません。うちの姉、写真家の弟子でして、つい血が騒いだみたいなんです。あ、あたし、阿佐ヶ谷璃子《あさがやりこ》。あっちは、阿佐ヶ谷実子《あさがやみこ》です」

 妹さんが恐縮そうに頭を下げた。

「あ、歌ったりお笑いする姉妹とは違いますから」

 そんな姉妹がいるのか?

「あ、よく言われたりするんだ」

「はい。あたしたち、秋田出身なんですけどね」

 名前がそうだからって阿佐ヶ谷に住んでいるわけではないわな。会社にも福島さんがいたが、岐阜県生まれだったし。

「どうします?」

 矢代さんに尋ねる。オレには解決できそうになないので。

「写真家のお弟子さんならわたしより腕は確かですからね。お任せしましょう」

「ルーシャ、言葉わかりませんよ」

「あ、そうでしたね。ここでは不味いですし、わたしが相手します。カメラマンと話したことは何度もあるので」

 そうだった。出版社の人だったっけ。危うくその事実を忘れるところだった。

「お任せします」

 ルーシャも矢代さんの言葉なら聞いてくれるだろう。

「なんか、本当にすみません。おねーちゃん、写真のことになると常識とか捨てちゃうんで……」

「大丈夫ですよ。ちょっと前からそういう人といますから」

 矢代さんも阿佐ヶ谷(姉)さんと同じカテゴリーに入る人。まあ、まだ常識を放り出さないだけマシだろうけど……。

 写真のことはなにもわからないが、角度や明るさが大事ってことぐらいは知っている。写真家の弟子とは言え、言動からプロってのはわかった。

「あ、オレは道端了です。アンなジェリカさんとは無関係です」

「ぷっ。了さんもなんですね。あたしも自己紹介したとき言いますよ。歌ったりお笑いはしないって」

 あ、言ってたわ。有名人と同じ名字あるあるなんだな。

「これから東京に帰るんですか?」

「うーん。たぶん、ここに一泊になるかも。おねーちゃん、あの通りだし。きっと満足するまで解放してくれないと思う。了さんたちこそ大丈夫なんですか?」

「オレらも同じだよ。矢代さん、ビール飲んだし。きっとまた酒を飲むと思う」

 いや、確実に飲むだろう。短い時間とは言え、あの人の性格や方向性を知るには充分だったからな。

「了さんたちは、あの矢代さんとはどんな関係なんです?」

「んー。旅先で知り合った人、かな? 流れで一緒にいるってだけさ。まあ、ルーシャがエルフってことで話しかけてきた感じだね」

 まあ、わからないではない。オレだってエルフが歩いていたら目を向けるしな。話しかけたりはしないけどさ。

「秘密、ってわけじゃないんですか? 耳は隠していませんでしたけど」

「エルフのコスプレをしている外国人、って設定だね。下手に隠すと真実味が出るからね。矢代さんはその協力者、って感じかな? 出版社の人ならさらに真実味が出るしね」

 その設定がどこまで通じるかはわからない。が、今のオレにはそれしか考えつかないんだよ。

「それ、あたしたちに言っちゃったりしていいんですか?」

「君のお姉さんはたぶん、ルーシャがエルフかコスプレイヤーかなんて気にしないんじゃない? 被写体が美しく、輝ければいいってタイプでしょう。プロなんだよ。プロは信用に値する。矢代さんもそうだと思ったから任せているんだと思う」

 なにかを極めたりすると自分の仕事にウソがつけなくなる。阿佐ヶ谷(姉)さんはそういう人だ。

「オレは男だから相談に乗ってやれないこともある。女性が味方になってくれるのはありがたい限りだよ」

 矢代さんは、まあ、いろいろ問題はありそうだが、コミュニケーション能力がバカ高い。なんか顔も広そうだ。味方にしておくべき人だろうよ。

「妹さんは、仕事とか大丈夫?」

「フリーターなんで大丈夫です」

 ちっとも大丈夫じゃないが、無職のオレより遥かに立派だろうよ。オレもフリーターくらいにはレベルアップしないとな。

「じゃあ、ホテルに一泊しても大丈夫だね。オレが出すから予約するよ」

 あれはしばらく終わらなそうだ。阿佐ヶ谷姉妹にも協力してもらいたいし、ゆっくり話す場所を用意するとしよう。

 日帰り温泉を楽しみにキャンピングカーを買い、旅をしていたが、命が延びたのだから焦る必要はない。今はルーシャが問題なく生活する基盤を作るとしよう。

 そのためなら五人分のホテル代など安いものだ。てか、今から予約取れるかな? この近くだとどこだ?

 スマホで調べ、近くに熱塩温泉《あつしおおんせん》ってのがあった。ここからだと五分くらいか。

 電話をして予約状況を尋ね、人数と部屋割りを相談したらオッケーのことだった。なんか数分前にキャンセルが入ったらしい。これは誰にとっての幸運だ?

 一泊二日で余が取れ、十八時入りを予約した。

「お姉さんの説得、お願いできる?」

「お任せください! 殴ってでも連れて行きます!」

 いや、殴っちゃダメでしょう。

「まあ、頼むよ」

 あ、ゴミ捨てや排水出来ないかも相談するんだった。行ったら相談してみるか。一応、RVパークも探しておくか。