「いやはや、申し訳ないっす。センパイ」

 救急車で運ばれた彼は、緊急入院になった。検査も合わせての経過観察ということで、安静になった今、面会が出来ている。

「心配したんだよ!! そんな軽いノリにしないで!!」

 頭の裏をわしわしかいていたケイくんは、その手を止めて、ベッドから起き上がった膝元に置いた。

「………………」

 なんで、そんな顔をしてるの? なんでそんな、そんな、
「安心した顔を、しないでよ……」

 悲痛な、叫びともいえぬ、消え入るような声で呟いて、自然に涙がでる。

 頬を伝って流れる、熱いそれ。次第にそこが、涼しくなって。そう感じたと思ったら、彼は口を開けて。

「ありがとう、センパイ」

 なに……、それ。なに……それ。

 彼は、嬉しそうに、優しく笑っていて。
 そんな顔がむかついて、むかついて。
 つい、言おうとも思ってなかったのに、口走った。

「ケイくん……!? 死なないよね!? ……死なないよね!?」

 でも、思ってた言葉ではなく、勝手に求めてる言葉ではなく。

 彼の口からは、
「そう、オレは死にます」





 それからは、彼の事を問い詰めた。

 冗談だよね、じゃあなんで死ぬの、って。

 彼は、はぐらかすばかりで、ただへらへらしてて。

 ふざけんなって。お前は死ぬんだぞって。

 むかついて、むかついて。

 気付けば、面会時間が終わっていて、帰るしか無くて。

 悔しい。悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。

 次の日から、部活も補習もないのに学校に登校した。

「ねえねえ、今日一緒に遊ぶ!?」

「え……? いや私、忙しいし」

「私、運ぶの手伝おうか!?」

「君、部員じゃないんじゃないの?」

 今までの知識から、自分の能力、その発動の見立てで、他人の人生を変えるように話しかけまくった。

 他人に関わる、それだけで頭痛と記憶が手に入るはずなのに。全然ない。

 自分の未来が変わる事も、ケイくんの未来が変わる事も、無くて。

「きゃーーーー!!」

 もうやけになって吹奏楽部の練習中に突撃して、演奏をぶち壊して、近くにいたトランペットを吹く女の子から楽器を奪って他の子に投げつけたり。

「いだい……、いだい……ッ」

「なにするのよ!? あんた!!」

「…………」

 結果、その子に痣を作ってやったのに、何も無くて。

 ただ怪我させたという事実になった。

 それから、私は毎日学校に行って暴れ回って、両親を呼び出す程に問題を起こし続けた。

「柊さんの問題行動が目立ちます。彼女の精神状態もありますので、しばらく停学というのは……」

「すみません、ウチの娘が……」

 それでも、なにも変わらなかった。

 なにも、なにも。

 残ったのは、両親からの失望と学校からの停学処分。

 そして、……虚しさ。





「なにか変わりましたか?」

 病室で二度目に会った彼は、全て知った顔をしていて。

 なんだよ。なんなんだよ、お前。

「その様子じゃ何も変わらなかったみたいですね」

 ここまでしてやったのに、なんで死ぬんだよ。

 なんで……。

「センパイ、ないしょで屋上行きませんか」

「……うん」

 …………知らねーよ、そんなの。






 水色の病院服に、身を包んだ彼。

 彼は、その服よりも色の濃い空を見上げていて。

「センパイ、こうしてみるとオレ達ちっぽけじゃないっすか?」

「……そんなの、知らない」

 私はただ俯き、無愛想に答えた。

「あれれ、あんなに明るくなったセンパイが逆戻りっすか? あれれ~?」

 なんで、へらへらしてられるんだよ。

「まっ、こんないい天気を見てると気分晴れると思うんすけどね~、オレだけかな?」

 知らないよ。

「もう、疲れた。そろそろ帰るよ」

 彼は白いフェンスに両手で掴まって、よっ、よっ、と身体を後ろに倒したり、起こしたり。

 私が振り返ると、彼も肩を少し連動させて私に振り返ってきて。

 その表情は見てないけど、どこか笑ってた気がした。

「じゃあね」

 そう言って私が歩き出すと、しばらくして彼の声が聞こえて。

「センパ~イ、じゃあね~」

 なんて言うから、今さらなによ。
 そう、思いながら振り返ると、突然、私は彼に向かって走り出した。



 彼は、フェンスの向こう側にいた。



 それは、この屋上、五階もある病院の下の土地が、顔をちょっとでも出せば見えるわけで。

「じゃっ!」
 と軽く手を上げて、ぴょん、と彼は飛び降りてしまい、その後に遠い地面の方で、軽い打撃音が聞こえて。

 その後に女性の甲高い悲鳴や、だらしない男性のうわーっ!!? て声がした。





 ………………えっ?