私が控え室に戻ると、同期メンバー・プロデューサー・レッスンの先生・記録用のカメラを持ったスタッフさんまでみんな集合していた。『あ、やばい。どう言い訳しよう』と思った。ちょっと抜け出したつもりが、人混みのせいで思ったより時間を食ってしまったらしい。
「どこ行ってたの!?トイレにもいなかったし・・・」
 とレッスンの先生に聞かれ、咄嗟に思いついた言い訳が、
「広い会場初めてだったので探検してました。」だった。まるで小学生の言い訳だ。
 みんなきょとんとした顔をしていたが、「緊張してたのね。」と先生はなぜか納得してくれてその場はおさまった。

 お披露目ライブまであと十分となった頃、六人一緒にステージ裏まで移動した。そして、リーダーが正式に決まるまでは朱里(あかり)が仮のリーダーとして仕切ることになった。朱里(あかり)の掛け声で円陣が始まる。
 
「フレッシュルース、お披露目ライブついに今日です!みんな今日まで学校もある中、学業と両立しながらボイスレッスンしてダンスレッスンして、ハードスケジュールで大変だったと思います!今日まで努力して練習してきたことを思い出しながらパフォーマンスしましょう!たくさんのファンの方が来てくれています!みんなをキュンキュンさせちゃいましょう!!行くぞー!フレッシュルース!!」

「おーー!!!」全員で気合いの叫びを出す。

 ついに始まる。私の、アイドルとしてのスタートダッシュだ。ライブの本編の前に流れるSEが始まり、会場が一気に盛り上がっていく。その様子をステージの袖からのぞいて見る。私のメンバーカラーは紫担当だ。私の色のペンライトをつけている人は一人でもいるだろうか。じっと目を凝らして紫色の光を探してみるが見つからない。私色の光がまだない___。
 レッスンが始まってからアー写撮影があり、個人のSNSのアカウントが作られ、それぞれメンバーにはリプを毎回くれるようなファンはついて私にも自分のファンらしき人はSNS上で見つかったが、その人たちがお披露目に全員来てくれるとは思えない。自信がなかった。いくら星亜(せいあ)のためにアイドルになったとはいえ、自分のファンがいないと虚しくなる。
 星亜(せいあ)悠花(ゆうか)成夏(なな)はどこにいるんだろう。星亜(せいあ)は何色のペンライトを光らせるのだろう。やはりオーディションに受かった時から応援してくれているこの三人がいてくれるだけでもかなり心強い。三人は関係者席に招待すると言ったが、自分でチケットを買って前の方で見たいと言ってくれた。
 今朝、三人からはメッセージアプリで『Sエリアで見てる』と送られてきた。Sエリアを上手側から見ていくと、下手側の端っこにスケッチブックを持った三人組がいた。まだ持っているのが白紙のページだったのでどんなメッセージを書いてくれているか分からない。
 三人を見つけてホッとした私はステージの袖で深呼吸をして待つ。

 SEが終わり、朱里(あかり)を先頭に、ハル、瑠璃(るり)(あおい)若葉(わかば)、私の順でステージに上がっていく。ステージに上がった途端、ポツポツと紫色のペンライトが上がり始める。星亜(せいあ)悠花(ゆうか)成夏(なな)も紫色のペンライトを掲げてくれる。自分色のペンライトを掲げてくれる。自分のファンがたしかにいる。そのことにホッとしながら自分の立ち位置に移動する。

 一曲目のイントロが流れた瞬間、会場がどっと歓声に包まれる。ファンがそれぞれの推しメンの名前を叫ぶ声が聞こえてくる。私の名前を叫ぶ声も聞こえた。その時、星亜(せいあ)をちらっと見る。すると、星亜(せいあ)悠花(ゆうか)成夏(なな)と一緒に三つのスケッチブックを持っていた。そのスケッチブックには『デビュー』『おめで』『とう!!』と書かれていた。今日まで辛いレッスンを頑張ってこれたのは、悠花(ゆうか)成夏(なな)の支えがあり、星亜(せいあ)への強くも儚い想いがあったからだった。その時の私には“自分のファンのために”という想いは少しもなかった。
 でも、アイドルになったからにはファンに神パフォーマンス・爆レス・神対応を見せ続けなければいけない。明るい曲で無表情なんて論外だ。自分色のペンライトを振ってくれているファンにそれぞれ目線を送り、ウインクをしたり指差しポーズをする。その瞬間、爆レスを送ったファンは真顔の表情から少し表情を緩ませる。もっと喜んでくれたらいいのにと思った。しかし、アイドルになりたてでついこの間まで普通の女の子だった私に爆レスをもらっただけで、表情を緩ませてくれたことは、充分ありがたいことなのだろうとも思った。
  私たちは振りを間違えないようにしつつ、ファンにレスを送るのに必死になりながら、余裕のない状態でオープニングの三曲を踊りきった後、MC中にプロデューサーさんから今日はチケット売り切れ、満員御礼だと告げられた。私たちはたった六人で、こんなに大きな会場を、エストレージャの姉妹グループという期待を背負いながら埋めることができたのだ。私は、あのつらいレッスンを乗り越えた甲斐があった、そう思った。しかし、その時はライブの高揚感で全く気づけていなかった、アイドルならではの初めての試練が待っていることに___。

 ライブが中盤戦になり、体力が限界になりつつある。私は星亜(せいあ)にだけは全力でない私を見せたくなかったのだ。だけど全力で踊りすぎた。これで後半も体力がもつだろうか。ライブが終わった後は特典会もあるのに。
 それに私は星亜(せいあ)の最高の推しになるって決意したのに、その肝心な星亜(せいあ)には照れくさくて全くレスを送れていなかった。どうやったら星亜(せいあ)の最高の推しになれるんだろう。どうやったら私は目を惹く存在になれるんだろう。ファンの目を惹けなくてもいい。星亜(せいあ)の目を惹く存在にどうしてもなりたいのだ。
 星亜(せいあ)をちらっと見ると、星亜(せいあ)が持っているスケッチブックに書かれている文字が変わっていた。『自分らしく!』___。自分らしく。自分らしくって、私らしいってどんなアイドルだろう。分からない。星亜(せいあ)は、私らしいアイドルがどんなアイドルか分かっているのだろうか。
 さすがお披露目ライブなだけあって反省点がありすぎる。いくらでも思い浮かんでくる。あんなに憧れのメンバーを研究して練習して努力したのに、まだ足りなかった。アイドルは大変なお仕事なんだと早速実感した___。

 私は息があがりながらもどうにかライブ終了まで全力でパフォーマンスを続けることができた。でもこれで終わりではない。ライブが終わった後は、特典会といって、ファンとチェキ撮影をしてお話ができるという時間がある。ライブ本編とアンコールが終わって、私はステージ裏に移動してすぐに疲労でヘタヘタとしゃがみ込んだ。
 すぐに同期メンバー達が駆けつけてくれる。
菖蒲(あやめ)ちゃんっ!大丈夫??目眩かなっ?」
 心配そうにハルが顔を覗き込む。
「だっ・・・ただっ・・疲れて・・・」
 私は心配してもらうのが申し訳なく、やっとのことで声を出す。
「一旦ここで水飲んで落ち着こう。特典会まで少し時間あるから、焦らないで大丈夫。」
 仮のリーダーの朱里(あかり)がストローの入った水を持ってきて背中をさすってくれる。朱里(あかり)はもうすでにリーダーらしい、淡々と落ち着いた対応だ。
菖蒲(あやめ)ちゃん、特典会出れなさそうかな?もし無理そうだったら休んでね。」
 スタッフさんや袖で見てくれていたプロデューサーさんまで心配して声をかけてくれる。でも休むわけにいかない。
「いえ、体調が悪いわけではなくて、ただ全力出しすぎて疲れちゃっただけなので、特典会出れます。」
 ふと、私の爆レスをもらって真顔から顔が緩んだファンの顔が頭に浮かんでくる。その人たちが特典会で私と話すのを待ってくれているかもしれない。
「そう?じゃあ自分、剥がしにつくので、体調悪くなったら合図してください。」
「ありがとうございます。宜しくお願い致します。」

 七分ほど水分を摂って休んだ後、特典会に向かった。特典会もライブの時と同様に、朱里(あかり)を先頭に、ハル、瑠璃(るり)(あおい)若葉(わかば)、私の順で下を向きながら登場した。自分の位置に立ち、私のファンはどんな人達なんだろうと思いながら顔を上げると、今度こそ目眩を起こしそうになった。
 私のファンはたったの五人だった___。

 一番前に並んでいたのが、私の爆レスに顔を緩ませていて印象に残っていたファンの一人だった。その後ろには四人ファンが並び、そのさらに後ろに悠花(ゆうか)成夏(なな)星亜(せいあ)が並んでくれていた。悠花(ゆうか)たちは友達なので、今の私のファンはたったの五人ということになる。
 横を見るとまるで私と同期メンバーが別世界にいるような錯覚に陥った。ハルは童顔で幼く見える可愛さがファンにうけたようで、ファンが二列になって並んでいた。瑠璃(るり)(あおい)は三列に同じくらいの人数が並んでいた。若葉(わかば)はファンの列が一列だったが特典会会場の一番後ろまで並んでいたから私とは全然違う。一番人気は朱里(あかり)で四列だった。同期メンバーとの人気の差を思い知らされた瞬間、猛烈に恥ずかしくなった。ライブ中あんなにたくさん爆レスしたのに、爆レスして来てくれたのはたったの三人、爆レスなしでアー写公開から気になって来てくれたのがたったの二人だった。私は初めてアイドルの厳しさを学んだ。
 
 たった五人のファンとの時間は秒で過ぎ、五人とも少しなんだか申し訳なさそうに去っていった。そして、悠花(ゆうか)の番になった。
菖蒲(あやめ)ー!!良かったよー!全力で頑張ってるのがすごく伝わってなんか感動しちゃった。」
「ありがとう。チェキどうする?」
「撮る!!こういうの初めて!」
 パシャリ。
「はい、今日本当にありがとう!」
 次は成夏(なな)の番だ。
菖蒲(あやめ)ー、お疲れ様!ライブ楽しかったよー!めっちゃペンラ振っちゃった!」
「ありがとう。」
「他のファンの人達みたいにビッグハートポーズしよう!」
「いいよ!」
 パシャリ。
「はい、今日本当にありがとう!」
 次は私の好きな人、星亜(せいあ)の番だ。
「よっ!なんかこういうの照れるな。」
「本当に来てくれると思わなかった。」
「いや、来るだろ。せっかく誘ってくれたんだし。菖蒲(あやめ)の晴れ舞台だし。」
 晴れ舞台なんかじゃない。反省点なんてたくさん見つかっちゃったし、必死になってパフォーマンスしながらファンに爆レスしても、来てくれたのはたったの五人だけだった。私が黙り込んでしまっていると、星亜(せいあ)が私の顔を覗き込む。
「どうした?」
「ううん。で、チェキ撮るの?」
「え。まあ、せっかくだから撮るか。ポーズとかどうしたらいいの。」
「どうしよっか・・じゃあ・・・定番の、ピースで。」
「ふっ分かった。」
 パシャリ。
「じゃあね。今日ありがとう!」
「おう!ライブ、めっちゃ良かったし楽しかったから、自信持てよ!」

 あのチェキ、欲しいな。星亜(せいあ)と撮った初めてのツーショット。そんなことをぼんやり考えていると、さっき一番前に並んでくれていたファンがまた並び直して来てくれた。きっと私のチェキ列が短くて気を使ってくれたんだろう。優しい人なんだろうな。
 
「また来ちゃったよ。」
「嬉しい!ありがとう!!何のポーズがいい?」
 アイドルらしくぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそうにしてみる。この人がまた並び直しに来てくれて嬉しいのは本当だけれど、正直言うと、星亜(せいあ)の後ろ姿を見えなくなるまで眺めていたかった。きっとそんな考え方なら私はいつかアイドルとしての天罰が降るだろう___。