一ヶ月後の火曜日、学校に行く前に家のポストを見ると書類選考の合格通知書が届いていた。そして第二次選考に進むことになった。第二次選考の内容は歌唱審査だった。 
 第二次選考の日程は二週間後の週末なので、それに向けて毎日悠花(ゆうか)成夏(なな)と学校の近くのカラオケに寄り、歌の練習を重ねた。悠花(ゆうか)成夏(なな)は、私がアイドルになりたかったなど全く気づいていなかったようで、オーディションの書類審査が通ったことを報告すると驚いていたが私以上にとても喜んでくれた。
 
 そして第二次審査の当日、私は圧倒された。
 今までアイドルにならなかったのが不思議なくらい可愛らしい顔立ちの女の子、モデルのようにスタイル抜群の女の子、まるでそれぞれ自分の推しメンの分身になったかのように見えるような女の子、芯の強そうな女の子、すでにオーラがある子。なんでオーディションに応募してしまったんだろうと半ば後悔してしまうぐらい、会場にいる女の子のビジュアルレベルの高さに圧倒された。そして、会場にいる全員の女の子がライバルと言えるこの状況に萎縮しながら、受付を済ませ、会場の端っこの席に座る。
 
 すると、童顔で、小動物を想像させる可愛らしい女の子が近寄ってきた。
 
「あの、オーディションは初めてですか?」
「あっはい、初めてです。」
「私、春見(はるみ)ハルっていいます!よろしくね!」
「あっ私、星川菖蒲(ほしかわあやめ)です!こちらこそよろしく。」
 
 そう言うとハルはニコッと笑い、その笑顔があまりにも可愛くて少しドキッとした。きっとアイドルになる子はハルみたいな子なんだろう。私はハルみたいな笑顔はできない。それに、ハルはきっと私みたいに誰かを嫉妬したり僻んだり悪い方向に決めつけたりすることはないだろう。

 その後は会場内で待ち時間をハルと過ごした。ハルは意外にも同い年で今まで何回もオーディションを受けたことがあるという。なのでオーディションを受けるにあたってのアドバイスをたくさんくれた。第二次選考の歌は自由に好きな歌を歌えるが、他の人がなかなか選ばない歌を歌った方が印象に残るとか、正しい歌い方、推しメンがいても推しメンの分身みたいにならず自分らしさを出すべきだとか、とにかく個性があってグループのコンセプトに合う子だと思われないと合格できないと話していた。
 自分らしさって何だろう。私は・・・一体どういう人間なんだ。自分らしさが分からず個性の出し方も分からず、途方に暮れているとハルが私を励ますようにこう言った。

「でも、こういう経験なかなかできないと思って、とにかく楽しむことが1番大切だよ!」とニコッと笑った。

 そうこうしているうちに第二次選考の自分の番が来て、立ち上がる。私は歌い方に自分らしさを出せるだろうか、審査員に個性を感じさせることができるだろうか、グループのコンセプトってそもそもなんだろう。そんなことをグルグル頭の中で考えながらドアをノックする。

「どうぞ。」

 ふうっと深呼吸しドアを開ける、そこには無表情の審査員が並んでいた___。

「それでは初めに自己紹介をしてください。」
「はい!八十四番、星川菖蒲(ほしかわあやめ)です。よろしくお願いします!」

 自己紹介を終えると、早速歌唱審査が始まった。事前に選んでいたエストレージャの推しメン永山(ながやま)さくらの初のセンター曲のイントロが流れ出す。
 歌唱審査中のことは緊張でほとんど記憶に残らなかった。他のオーディション生と控え室で待っていたハルに「どうだった?!」と聞かれてもうまく歌えたかも分からず何とも答えられなかった。ただひとまず安心感があった。
 でもまだ結果発表が残っている。その結果発表で第三次審査のダンス審査に進めるかどうかが決まる。結果が決まるまでは待機するしかできない。
  
「私、歌唱審査で歌詞つっかえちゃったんだよね。大丈夫かな・・・今度こそアイドルになりたいのに自信ない。」
「私も自信ないよ。緊張で歌っていた時の記憶飛んだし。ハルも緊張するんだね。」
 
 何回もオーディションを受けていると言っていたし、てっきり自信がある子なんだと思っていた。でも、ハルは本当に自信なさげだった。歌唱審査でのミスを気にしていた。

「でも。今までのオーディションでの経験があるんだから。きっと大丈夫。」
菖蒲(あやめ)ちゃん・・ありがとう。そうだよね。今日のために誰よりもいっぱい努力してきた自信はあるし!!」

 オーディション生全員の審査が終わり、しばらくハルとトークに花を咲かせていたら、集合の合図がかかった。
 
「まずはオーディション第二次選考お疲れ様でした。今から第三次審査に進出する方を発表します。名前が呼ばれた方は席を立ってください。」

 ついに結果発表だ。私は呼ばれるだろうか。自信はないけれど、絶対に呼ばれたい。せっかく親を説得して、私なりに大きな決断をしてここにいる。どうか私の名前を呼んで___。
 番号が何個か飛ばしに呼ばれたり、連続した番号の子が呼ばれたり、目まぐるしいスピードで合格者が呼ばれていく。周りから啜り泣く声や泣いて鼻を啜る音が聞こえてくる。私は八十四番だからまだまだ先だと思っているとハルが呼ばれた。

「七十五番、春見(はるみ)ハルさん。」
「はいっ!」

 良かった。まだ会って一日も経っていないのに、ハルに対して友情のような想いを抱いていた。心の底からハルが受かってほしいと思っていたのだ。

「次、八十三番・・・」

 一気に八つの番号が飛ばされた。そして私の番号は八十四番だから次に呼ばれるか飛ばされて不合格になるかかもしれなかった。緊張と焦りでいっぱいいっぱいになっていると___。

「次、八十四番、星川菖蒲(ほしかわあやめ)さん。次・・・」

 呼ばれた。私だ。私の番号だ___。
 第二次選考突破だ。ハルと揃って第三次選考に進出できる。
 第二次選考の合格者が全員発表され、一気に人数が絞られ残った合格者だけで第三次選考の説明がされると、その日は解散になった。

 会場を出ると、合格したことを親に電話している女の子や、合格した者同士で抱き合って喜ぶ女の子、不合格となり泣き崩れる女の子で溢れていた。
 不合格となり泣き崩れる女の子を見て、私がもし不合格だったらこうなっていただろうと思わず目を逸らし考える。でも、これでアイドルになれることがまだ決まったわけではないのだ。まだ第三次審査が残っている。この第三次審査でも合格できれば晴れてアイドルになれるのだ。

 ハルとは連絡先を交換し、学校の帰りや休みの日に会って一緒にダンスの特訓をすることになった。ハルも私も、運動音痴なためダンスが苦手だった。ハルの通う学校と私の通う学校は同じ小田急線沿いにあり、毎日途中の駅まで一緒に電車に乗って通学する仲になった。電車の中ではいつも一緒にエストレージャのダンスプラクティス動画を見て、正確な振り付けを頭に入れることに尽力した。そしてお互いにダンスのことで直した方が良い点を教え合ってあ互いに励まし合い高め合っていた。

 そしてついに第三次選考の日がやってきた。審査の課題曲は、エストレージャが初期の頃永山(ながやま)さくらと日野冬香(ひのふゆか)がダブルセンターを務めたがあまりヒットできなかった歌だった。でも私はこの歌が好きだった。いい歌なのに『いまいち』『微妙』と酷評されたこの歌を私が輝かせたいと思った。
 永山(ながやま)さくらの立ち位置を私、日野冬香(ひのふゆか)の立ち位置をハルが担った。それは最高の思い出になった。人生で忘れられない思い出の一つとして私の心に刻まれた。何よりハルと仲良くなって一緒に練習していたから、私たちのダンスの息はぴったりだった。踊っていて、審査員の目がだんだん優しい目になっていくのが分かった。私とハルを交互に見ているのが分かって、私たちはお互いに目線を送り目が合った。私たちの勝ちだ。そう思った瞬間だった___。
 
「みなさん、第三次選考お疲れ様でした。今回の選考で合格された方は、晴れてエストレージャの姉妹グループのメンバーとなります。それでは、順番に番号と名前をお呼びいたします。___」

 心臓の鼓動が激しくなる。やはり第三次選考は最終審査ということもあって、緊張感は第二次選考とは比較にならないほど高かった。こんなに緊張したのは生まれて初めてだった。きっと人生で一番緊張する瞬間なのかもしれない。

「次、八十四番。」
「あっはい!!」

 突然自分の番号が呼ばれ、慌てて立ち上がる。考え事をしていたらあっという間に自分の番号が呼ばれた。このオーディション、合格だ。ハルも呼ばれていたようで二つ前の席を立っている。こちらを振り向き、涙で潤んだ目で微笑んでいる。
 
 こうして私はアイドルのスタート地点に立った___。