あなたにただ見てほしかった。
 
 好きになってもらえないなら、いっそのこと、あなたの推しになって目が離せない存在になってやるって思った。

 そして、いつかは、私がアイドルになる前に私を好きにならなかったこと、後悔させてやるって思った。

 私は今日も絶対にばれないアイドルの秘密を胸に歌い踊る___。 


 

 エストレージャ。スペイン語で“星”を意味する十人のアイドルグループに私は虜になっていた。エストレージャの推しである永山(ながやま)さくらが、「〇〇日に握手会やります!」と言ったら会場が関東の範囲内である限り必ず参加していた。そのためにお小遣いをため無駄な買い物は一切しなかった。友人との予定は少なくしていたし、何よりもアイドルの推し活優先にしていた。そのため、学校にいる友人よりネットにいる友人の方が明らかに多かった。
 それでも学校にいる数少ない友人である悠花(ゆうか)成夏(なな)は私の推し活事情を理解して仲良くしてくれている。
 
 毎朝、悠花(ゆうか)成夏(なな)とは学校の最寄駅で待ち合わせて登校している。今日もいつものように駅で悠花(ゆうか)と一緒に待っていると慌ただしく成夏(なな)が走ってきた。
 成夏(なな)はいつも待ち合わせに遅れてくるマイペースタイプだ。でも性格が明るく、一緒にいると元気が出るし、悩んでいる人がいたら放っておけないタイプ。私が中学一年生の時好きな人にふられた時は、泣き終わるまで背中をさすってくれて、その後はたくさんばかなことして笑わせてくれた。
 悠花(ゆうか)はいつも早めに行動しないと気が済まないせっかちタイプで、真面目で友達想いなタイプ。私が中学生の時いじめられそうになったら、一番先に止めてくれて怒って先生に報告に行ってくれた。その後、一緒に遊びに行こうと誘ってくれて仲良くなった。

成夏(なな)ー!遅刻するよおー!」
「ごめんて!行く途中で野良猫拾ってさ!ママに預けに帰ったの!」
「そうなの?!どんな猫?」
「全体的に黒!でも白も混じってるの!」
「雑種かなあ・・て!やばいよ遅刻するんだって!!」

 三人で校門まで駆け出す。すると校門まえに立っている生活指導担当の杉山先生が立っていた。杉山先生は厳しい先生で怒るとかなり怖いと有名だ。

「げっ杉山いるんじゃん!」
「髪結んでないや、捕まる」
「私クリアー!」

 今日は髪を結ぶのを忘れていた。私が通う高校では、校則で肩まで髪が伸びている生徒はヘアゴムで結ばなければいけないことになっている。だが髪を結んでおらずヘアゴムも家に忘れてきた私は逃げるしかない。

「逃げるよー!!」
 
 さっきまでよりスピードを上げて走る。すると校門をすぎた時杉山先生の怒鳴り声が聞こえた。

「こらー!!走るなー!髪結べー!」
「ごめんなさーい!」
 とケラケラ笑って走り続ける。

 いつもの日常だ。こうやって悠花(ゆうか)成夏(なな)とふざけて走っている。青春だ。私、いま、青春している。このいつもと変わらない日常がずっと続けばいいな___。

「あっ!!」前を見ていなくて誰かとぶつかった。
「おう!びっくりしたー!おはよう菖蒲(あやめ)!」
「あっ・・おはよう。」

 星亜(せいあ)だった。星亜(せいあ)は同じクラスの男子で、私の好きな人。クラス替えで同じクラスになり席が前後で話しかけられた時から片想い中。落ち着いている性格だが優しくてフレンドリーなので男女問わず人気がある。星亜(せいあ)はみんなに優しいのに、まるで私に対してだけ優しいかのように妄想してしまう。私にとって星亜(せいあ)は優しく包み込んでくれる毛布のような存在だ。星亜(せいあ)に会うといつもそう思う。暖かい人なのだ。

「あ、星亜(せいあ)じゃん。」
「良かったねー!菖蒲(あやめ)!朝からスキンシップー!!」
「ちょっ、うっさい!早く教室行かなきゃ。」
「ほーい」
「今日の一限目何だっけ?」

 今日の一限目は情報だ。パソコンが使えるので好きな授業だ。なぜなら情報の授業中に、パソコンを使ってこっそり大好きなエストレージャのホームページやSNSをチェックするのが密かな楽しみだからだ。もちろん、家でも通学途中でもチェックすることは可能だしそうしているが、授業中にこそこそしているスリル感が堪らなかった。
 でも、まさかそのスリル感を楽しんでいたせいで人生が大きく変わるとは夢にも思っていなかた。

『んふふ、今日もこっそりエストレージャ見ちゃおっと。』
 情報の先生が今日の授業の流れを説明している間に、こっそりパソコンで『エストレージャ』と検索する。先生の説明を聞き逃してしまっても後で星亜(せいあ)が教えてくれる。
 まずエストレージャの公式SNS、更新なし。次にメンバー個人のSNS、更新なし。それはそうだ、なぜなら今朝通学途中でチェック済みだからだ。
 
 次はエストレージャのホームページ・・・更新あり。
『エストレージャ、姉妹グループ始動!姉妹グループメンバー募集!!オーディションの募集要項は・・・』

 姉妹グループ始動。オーディション開催・・・。
 そう言えば、中学三年の時にエストレージャのメンバー募集のオーディションに一度応募しようとして親に相談したら、反対され、泣く泣くオーディションは諦めることにしたのだった。
 その時のオーディションに選ばれた子は加入時からダンスも歌の実力も分かる前から見た目だけで“期待の新人”とチヤホヤされた。そのことに私は激しく嫉妬した。どうせダンスや歌の実力は低いんだろうと踏んでいた。
 しかし、その子はお披露目ライブの時に歌やダンスも初パフォーマンスだったのに、緊張を感じさせない堂々としたパフォーマンスで、今度は“期待の新人“という肩書きを説得力のあるものにしてしまった。それがさらに私の嫉妬心を増幅させ悔しさでいっぱいにしてくれた。
 その“期待の新人”とチヤホヤされた子だって、加入していきなり大きすぎる期待とプレッシャーを背負い頑張っているのに、私の嫉妬と僻みで歪んだ私の感情で、その子を決めつけてしまっていた。そんな自分が嫌いにもなった。
 そんなことは今となってはだんだん諦められるようになり、その子の存在自体受け入れられるようになっていった。
 
 なのに今度は姉妹グループか___。自分がアイドルを目指せない腹いせに、私の代わりにアイドルになれた子を嫉妬したり僻んだり決めつけたりするのはもう嫌だった。

 そんなことを考えている時だった。私の“ただ暖かい毛布”のようだったあなたが、私の感情を大きく揺さぶったのは___。

「・・・ふーん、受けてみれば?」
「えっ?」
 
 星亜(せいあ)が私が使うパソコンを覗き込み言った。受けてみれば???オーディションを??私が??と頭の中“?”でいっぱいになった。それにどういう意味で言ったのか気になった。『可愛いからオーディション受けてみなよ』なのか何の気なしに言ったのか。
 多分後者だ。なぜなら星亜(せいあ)は私に気などない。同じクラスに彼女がいる。学校内でよく一緒にいるのを見かけている。美人で愛嬌のある子だった。
 もしオーディションに受かったら、アイドルになったら恋愛禁止だ。星亜(せいあ)が彼女と別れていつか私と付き合うことになったらという妄想も叶わぬ夢となって消えていく。

「興味ないの?」
「うーん・・・」

 でも正直興味はあった。やっぱりアイドルになりたいという未練は捨てきれていなかったし、アイドルの歌を聴くと、自分がその歌をアイドルとして歌っている姿を妄想する時があった。握手会に行けば、自分だったらこういう神対応ができるのにと妄想したりもした。アイドルに対する強い想いは現役メンバーよりある自信があった。
 
 それに、星亜(せいあ)が私を恋愛対象として見てくれないなら、大多数の人からアイドルとの疑似恋愛として見られた方が私は幸せなのかもしれない。そう考えるようになっていた。
 このオーディション、応募条件は全てクリアしている。今ならアイドルになるのにちょうどいい時期だろう。アイドルになれば、ライブにレッスンなどハードスケジュールをこなすことになり、星亜(せいあ)を忘れるいいきっかけになるかもしれない。
 
 今回のオーディション、応募しよう。でもその前に、親を説得しなければいけない。

 家に帰るとすぐに母にオーディションのことを打ち明けた。すると、案の定反対された。

「ダメに決まってるでしょ。学校はどうするの。」
「学校は続ける。」
「無理に決まってるでしょ。芸能界なんて反対よ。」

 当然だ。前回だって反対されたのに、今回だけ急に賛成してくれるとは思っていなかった。でも___。

「どうしてもアイドルをやりたいの!!今じゃなきゃダメなの!!!」

 前回反対された時はあっさり引き下がってしまったが、そのことによって後悔することになった。そして嫉妬と僻み、決めつけの負の感情に支配された。もうそんな思いをするのは嫌だった。今までに誰にも見せたことのない瞳を見せ、母の瞳をじっと見る。
 
 すると母はたじろぎ、
「・・・好きなようにしなさい。」と言った。

 自室のパソコンに向かい、エストレージャのホームページを開く。1番上の記事、オーディション開催のページを開く。素早くスクロールし、画面の1番下にある『応募はこちら』をクリックする。必要事項を入力し、顔写真は休み時間に悠花(ゆうか)成夏(なな)に撮ってもらった制服姿の写真を添付した。全ての項目が埋まった後誤字がないか確認する。これがアイドルのオーディションの書類審査だ。1番下の『応募』と書いてある部分をクイックすれば人生が変わるかもしれない。それがいい意味で変わるのか悪い意味で変わってしまうのか分からない。
 
 でも、もう決意したのだ。私はアイドルになる。
 ゆっくり深呼吸した後、私は人生変換キーをクイックした___。