四十九日が過ぎた頃、曽我と花を持ち墓に向かった。
数日前に川鳥の父親から連絡が入りマップを送ってもらった。
曽我にも送り最寄りのバスで集合して向かった。
道中は無言だった。
話したくなかった。
食事もあまりとらない生活をしていたせいで曽我には心配されていたけれど、最近は心配の声も無くなった。
寺に着くと彼は行っておいでと口にした。
「一緒に行くんじゃないの?」
元々はその予定のはずだ。
現に場に合う服装で来たわけだし。
「いや、まぁ、場所もわかってるだし、一人で行きなよ。話したいことがあるのは、長野だろ?」
「曽我はないの?」
「あるけど……、また今度でいいかも」
「でも」
「早く行ってあげなよ。俺、待っとくから」
どうしても渋る彼にこれ以上言っても無駄な気がして、二つ返事で向かう。
川鳥の父親の言う場所に川鳥のお墓があった。
花はまだ新しい。
変える必要もないかと思い、墓に片寄せる。
両手を合わせて頭を下げる。
もう四十九日も経ってしまったのだなと思う。
時間の流れが早い。
また一月と時間が経ってしまうのなら、私はもう忘れてしまうのだろうか。
受験勉強をしながら、家庭のことも考える生活になる。
忘れたくないのに、忘れてしまうのなら、ここにくるのもやめておくべきだったのかもしれない。
そんなふうに思うのは、今はもう明るい話題を出してくれる人も楽しそうに笑ってくれる異性もここにいないから。
「会いたいよ……」
失ってから気づく人の存在、大切さを彼が亡くなってからヒシヒシと感じていた。
薄着じゃ外にでれないほど寒いこの時期。
目を開けて胸元にあった手を下ろす。
こんな石に変わってしまった彼を笑う人はいない。
もしも彼が隣にいたんなら、固まってないで出てこいよとか言ってくれたんじゃないだろうか。
面白くないけれど、そんなこと言って泣きながら笑うんだろう。
涙が出る前に踵を返す。
「久しぶり」
そんな幻聴に顔を向けるとそこには死んだはずの川鳥がいた。
制服姿の彼は学校でよく見てきたあの笑顔を浮かべていた。
「なんで」
これは夢だろうか。
幻だろうか。
疲れすぎているのだろうか。
目を擦って瞬きを何度も繰り返す。
「あぁ、本物だよ。元気?」
あっけらかんと言う彼にあほ面を晒す。
「デジャブすぎ。幼馴染って嫌でも似るものなの?」
いつか見たケラケラと笑う姿。
でも、どうしてそんな顔が見れているのだろう。
「僕もよくわかってないんだよね。でも、前もこんなことあってさ。神様がくれたものなのかもって思うと納得できたんだよ」
「できるわけないじゃん!?なんで、え?どうしてここにいるの?」
「死んでまた蘇ったわけじゃないし、幻想なのかもね」
と、ふざける彼の肩をペシンっと叩く。
物体として存在していること知る。
ドラマなんかでよく見るようなすり抜けるとかはないらしい。
「なんで、ここなら何度でも会えるの?」
「わかんない。でも、これが最後だと思う」
「最後……」
「まぁ、そんな暗い顔しないでよ。きてくれてありがとね」
「何言ってるの。何勝手に死んでるの!?」
気持ちのままに言葉を放つ。
死んでもなお笑顔を見せる彼に怒りが湧いてくる。
「それは、多分、僕が愛を求めたからだと思う」
「……愛?」
「愛されたかった。家族に……、見てもらいたかった。幼稚園の運動会も小学校の発表会も中学の合唱も。全部、見て、褒めて欲しかったなって」
「……」
「僕は壊滅的にそんな経験がないからさ。愛された実感がなくて。母親は、夜に溺れてるし、父親は仕事して遊ぶ金があるからって夜の街に職場の人と行ってしまう」
だからと続けた。
「僕のことなんて二の次だった。医者だから忙しいのもわかるけど、ほしくなっちゃって。そう言うの全部」
「……」
「あの日、事故に遭って走馬灯を追って、夢を見た。家族が僕のことを見てくれて、抱きしめてくれて。そんな場所がすぐそこにあるのならって、走ってったら死んでた。理想を抱いた罰なんだろうね」
「川鳥……」
彼から聞かされる初めての情報に私は驚いていた。
同時にどうして今まで黙っていたのだろうと思う。
先ほどまで抱いていた怒りが落ち着いていく。
「いいじゃん。愛されたいってみんな思うことなのに、なんで罰だなんて言うの」
「……」
私の言葉に彼は言葉を詰まらせていた。
けど。
「あはは。やっぱ幼馴染って嫌でも似るんだな」
と、笑った。
「ごめん。僕は愛を知らないから、何されてもこれが愛なのかって疑っちゃう。曽我に怒られたよ。あいつ、前のりで花手向にきてさ。同じこと言われた」
「曽我が?」
「友達だって思ってくれてたらしい。あいつに情があるんだなって思ったよ」
「一匹狼だけど、信用してる相手にはとことん感情を向けてくれる人だよ」
「よくそんなに知ってるね」
「幼馴染だから」
「今日は曽我ときた?」
「知ってるんだ」
曽我から聞いたのだろうか。
「予想しただけ。一人じゃ来ないでしょ、こんなところ」
どうやら聞いていないみたいだけれど、彼はどうして気づいたのだろう。
私に告白してきたくらいだからよく見てたんだろうか。
「それにこれないでしょ、ここに」
場所を案内通りに行けないとかそんな意味じゃないのはすぐに理解できた。
彼が言いたいのは、告白してきた男の墓に来れないという意味だ。
「でもそれはさ、興味がなかった場合でしょ?」
と、返してみればピンときていない様子だった。
「私は少なくとも……」
言葉が詰まった。
ただ好きだからだよと言うには言葉が足りない気がした。
長くなるくらいならば、好きと言って仕舞えばいいのにと思う。
できないのは、おそらく今更もう遅いんじゃないかってことと、彼が本気にしてくれないと言うことがわかっているから。
「興味がないわけじゃなかった?」
どうにか彼は言葉を返す。
だけれど、それが好きと言う意味だと言うことまではわかっていない。
バカってほんと羨ましい。
わからないことをわからないままにできるから。
気づいてしまった以上、最後まで突き詰めるなんていう信念を持っていないのだろう。
「嬉しいな。告白してからちょっと怖くて、今まで通りなんてものを望んだからさ。ようやく望みが叶ったのかな」
愛や家族への理想が叶わずとも身近なものは叶ったと思っているのだろう。
「今はもういないじゃん」
彼に聞かせる言葉ではないとわかっていたはずなのに、つい本音が漏れていく。
「叶っても、もう叶わないじゃん。家族や愛の理想に比べればほんの些細なこともかもしれないけどさ」
「長野?」
「死んじゃったら、求めたもの全部叶えられないじゃん!」
彼を睨みつけると明るかった笑顔が消えた。
スタスタと彼の肩を掴んで言葉をぶつける。
「叶えたかったのはそれだけ?私とできた距離が戻ればそれだけでよかったの?本当は得られたかもしれないルートが消えたんだよ?欲しかったものができたかもしれないんだよ?あなたと一緒にいる時間も経験も全部あの日、あの事故のせいでもう今後一切手に入らないのに、一人だけ満足して成仏だなんて絶対に許さない!!」
「……長野」
「今更欲しいって思ったものができた私なんて、嫌いだよ……っ」
「……」
こうやって気持ちをぶつけることができたなら、彼は死ななかっただろうか。
これが幻想であるのなら、何を言っても意味ないのではないか。
「なんか嬉しいな。長野がこうやって気持ちを露わにしてくれるの」
「怒ってる私を見て喜ぶな!!別になんも可愛くないし!私だって欲しかった!川鳥が本音で言葉を紡いでる姿!何あのノート。愛は理屈じゃないのに、理屈で考えて、ノートを埋めてさ!私といればわかったかもしれないじゃん!!」
激怒する私。
呆然とする彼は私の言葉を解釈したのち、驚きの表情を隠さなかった。
「ん?え?ん……?僕の部屋入った?…………え、でも振ったじゃん」
頭の上に疑問符が乗せられている。
「私だって今更気づいたんだよ。もっと生きてたら伝えたかもしれない。伝えてもらえるように仕向けたかもしれない。なのに、あんたって男は!!」
「ちょっと待って!?え、だって振ってるじゃん」
「あの時はね?優しい人なんだなって思うだけで、好きだとは思わないじゃん!」
「……」
「死んだせいでもう付き合えない。もっと早く自分に素直になればよかった。もっと早く自分の言葉を口にすればよかった」
「……」
「後悔してる。最初は好きじゃなくても付き合ってみればよかった。最悪」
ペチッと肩を叩くと彼はなぜだか笑い出した。
「な、なんだ……。嫌われてなかったんだ。もっと話しかければよかったよ」
「ほんとだよ、ばか」
何度もペチペチ叩くと彼は綻んだ笑みを見せた。
「もっと素直になっていれば、誰かしら話を聞いてくれたのかな」
「そりゃそうだよ。私が言えたことじゃないけどさ」
「お互い、もっと話せばよかったな」
「うん……」
もっと早くから本音が言えてたら、優等生なんて言葉に二人とも縛られなければ、自分を大切にできていたのなら、お互い変われたのかもしれない。
「僕はもう変わることもできないけどさ、変わってよ。長野はまだ未来があるんだから」
「そんなこと言わないでよ」
もう最後なのかと思うと胸が苦しかった。
「もっと本音を言えるようになってよ。誰かが気づいてくれることってたかが知れてるじゃん」
「……でも、その隣にいて欲しいよ」
「いたら、成長できる?」
「うん」
「いるよ、ずっと」
「でも」
「見えないだけだよ。心の中にでも勝手に入っとく」
ベシンっとぶっ叩く。
隣にいろって言っただろと睨む。
「本音は大事だよ。後悔するから」
「じゃあ、川鳥は今どう思ってるの?」
「………」
どれくらいの間があっただろう。
風にも負けそうな小さく、園児のようなか弱い声が響く。
「……死にたくなかった」
全てを総括した結果なのだろう。
言いたい言葉もある中でまとめたんだろう。
最後に本音が聞けてよかったと思った。
彼の冷たい体を抱きしめる。
弱々しい彼の顔。
何かを求め続けた空っぽの穴に私がすんなり入れたのは、私のことを受け入れているからなのかもしれない。
今度は遠い輪廻の先で会うのだろう。
それまではまたさよなら、だ。
彼と目が合う。
先ほどまで流していなかった涙が伝っていた。
その表情がどうしても温かくて、なぜだか心にも届いた。
もう少しこのままでいたい。
だけど、彼の体が透けていく。
これが本当の最後なのだと知る。
「まだ一緒にいたい」
わがままを言えばもう少しだけいけないかと思うけれどそんなことはなかった。
「ごめん」
「そんな終わり方、嫌だよ」
「僕よりいい人いたら教えてよ。その時はもう会えないと思うけどさ」
「ねぇ、ひどいよ」
「ごめん、もうおしまいみたいだ」
「嫌だ」
彼を引き止める言葉を探す。
好きを言えない私にも言える言葉。
そんな簡単に見つかるはずもない。
だけど、一つだけ、彼が欲していた言葉がある。
「……愛してる」
本当ならばこれから見つけるはずの言葉。
いつか出会う言葉。
今はまだ早いはずの言葉。
しかし、今だから言える言葉だ。
今更遅いなんてことはない。
今までよりもいい関係だと言える。
少し、私も素直になってみようかと思った。
「僕も、愛してる……」
遠い未来で待ってると彼は告げて消えていった。
寺の階段で腰をかける曽我に声をかける。
「終わったか?」
「先に来てたんだ、ここ」
軽口を言うとまぁなと返答が来る。
「曽我も川鳥に会ったの?」
「会ったよ。友達だって思ってなかったっぽい。知ってからは、ずっと談笑してた。笑い合ってたら時間が過ぎて、いつの間にかいなくなってた。……別れの言葉はなかったな」
彼が立ち上がり歩を進めるとその歩測に合わせて隣を歩く。
「磯野にも会わせてあげようかな」
「他のやつも行きたいだろうな」
「そうだね」
バスに乗り、最寄りに着く。
途中まで帰りが一緒なので一緒に歩く。
「バスの中で少し考えたの」
と切り出すと彼は不思議そうに顔を向けた。
「一つのことに執着すると周りが見えなくなるんだなって思った」
「……」
「本当はいろんなものが隣合わせにあって、その人のことをちゃんと見てくれる人だって絶対にいる。執着ってそう言うのに気づけなくなるから怖いなって」
私はそうならないけどねと付け足す。
「……なら、もう大丈夫なのか?」
「うん。迷惑かけちゃったね」
ごめん、と謝る。
「そんなんで謝るなよ。お前も川鳥もほんと似てるよな。誰かに頼ることを悪だと捉える。そんなことないのに、言って聞かない。気づけば、着飾って気取って期待に応えようって勤しむ。無理していることに気づけず倒れてしまう。もうやめるんだよな、優等生の偉い子ちゃんは」
「んね、大丈夫とは言ったけど、その言葉は堪えるよ」
「……あ、ごめん。まぁでも、無理しない欲しいわ。お前は周りを見て助けてくれる人を見極めるところから始めるんだな」
それぞれ別の道につく。
解散すると私は私の帰り道についた。
いつか帰る家も変わって、場所も変わって、そのなかで出会う人たち仲良くなったりなんかもする。
でも、どこかにずっと川鳥はいるんだろう。
ふと現れてケラケラ笑って。
死にたくなかった彼の分まで生きるなんて言ったら重くなるだろうけれど、少しは彼もできなかった素直になるところから始めてみよう。
そして今度は頼ってみよう。
いつか来るお別れが突然だとしても後悔のないように。
そのためにも素直になろうって、初めて思った。
もっと視野を広げて、もっともっと人と関わりを持っていって、自分を大切にしていきたい。
また彼の墓に行くときはそうでありたいなと思った。
数日前に川鳥の父親から連絡が入りマップを送ってもらった。
曽我にも送り最寄りのバスで集合して向かった。
道中は無言だった。
話したくなかった。
食事もあまりとらない生活をしていたせいで曽我には心配されていたけれど、最近は心配の声も無くなった。
寺に着くと彼は行っておいでと口にした。
「一緒に行くんじゃないの?」
元々はその予定のはずだ。
現に場に合う服装で来たわけだし。
「いや、まぁ、場所もわかってるだし、一人で行きなよ。話したいことがあるのは、長野だろ?」
「曽我はないの?」
「あるけど……、また今度でいいかも」
「でも」
「早く行ってあげなよ。俺、待っとくから」
どうしても渋る彼にこれ以上言っても無駄な気がして、二つ返事で向かう。
川鳥の父親の言う場所に川鳥のお墓があった。
花はまだ新しい。
変える必要もないかと思い、墓に片寄せる。
両手を合わせて頭を下げる。
もう四十九日も経ってしまったのだなと思う。
時間の流れが早い。
また一月と時間が経ってしまうのなら、私はもう忘れてしまうのだろうか。
受験勉強をしながら、家庭のことも考える生活になる。
忘れたくないのに、忘れてしまうのなら、ここにくるのもやめておくべきだったのかもしれない。
そんなふうに思うのは、今はもう明るい話題を出してくれる人も楽しそうに笑ってくれる異性もここにいないから。
「会いたいよ……」
失ってから気づく人の存在、大切さを彼が亡くなってからヒシヒシと感じていた。
薄着じゃ外にでれないほど寒いこの時期。
目を開けて胸元にあった手を下ろす。
こんな石に変わってしまった彼を笑う人はいない。
もしも彼が隣にいたんなら、固まってないで出てこいよとか言ってくれたんじゃないだろうか。
面白くないけれど、そんなこと言って泣きながら笑うんだろう。
涙が出る前に踵を返す。
「久しぶり」
そんな幻聴に顔を向けるとそこには死んだはずの川鳥がいた。
制服姿の彼は学校でよく見てきたあの笑顔を浮かべていた。
「なんで」
これは夢だろうか。
幻だろうか。
疲れすぎているのだろうか。
目を擦って瞬きを何度も繰り返す。
「あぁ、本物だよ。元気?」
あっけらかんと言う彼にあほ面を晒す。
「デジャブすぎ。幼馴染って嫌でも似るものなの?」
いつか見たケラケラと笑う姿。
でも、どうしてそんな顔が見れているのだろう。
「僕もよくわかってないんだよね。でも、前もこんなことあってさ。神様がくれたものなのかもって思うと納得できたんだよ」
「できるわけないじゃん!?なんで、え?どうしてここにいるの?」
「死んでまた蘇ったわけじゃないし、幻想なのかもね」
と、ふざける彼の肩をペシンっと叩く。
物体として存在していること知る。
ドラマなんかでよく見るようなすり抜けるとかはないらしい。
「なんで、ここなら何度でも会えるの?」
「わかんない。でも、これが最後だと思う」
「最後……」
「まぁ、そんな暗い顔しないでよ。きてくれてありがとね」
「何言ってるの。何勝手に死んでるの!?」
気持ちのままに言葉を放つ。
死んでもなお笑顔を見せる彼に怒りが湧いてくる。
「それは、多分、僕が愛を求めたからだと思う」
「……愛?」
「愛されたかった。家族に……、見てもらいたかった。幼稚園の運動会も小学校の発表会も中学の合唱も。全部、見て、褒めて欲しかったなって」
「……」
「僕は壊滅的にそんな経験がないからさ。愛された実感がなくて。母親は、夜に溺れてるし、父親は仕事して遊ぶ金があるからって夜の街に職場の人と行ってしまう」
だからと続けた。
「僕のことなんて二の次だった。医者だから忙しいのもわかるけど、ほしくなっちゃって。そう言うの全部」
「……」
「あの日、事故に遭って走馬灯を追って、夢を見た。家族が僕のことを見てくれて、抱きしめてくれて。そんな場所がすぐそこにあるのならって、走ってったら死んでた。理想を抱いた罰なんだろうね」
「川鳥……」
彼から聞かされる初めての情報に私は驚いていた。
同時にどうして今まで黙っていたのだろうと思う。
先ほどまで抱いていた怒りが落ち着いていく。
「いいじゃん。愛されたいってみんな思うことなのに、なんで罰だなんて言うの」
「……」
私の言葉に彼は言葉を詰まらせていた。
けど。
「あはは。やっぱ幼馴染って嫌でも似るんだな」
と、笑った。
「ごめん。僕は愛を知らないから、何されてもこれが愛なのかって疑っちゃう。曽我に怒られたよ。あいつ、前のりで花手向にきてさ。同じこと言われた」
「曽我が?」
「友達だって思ってくれてたらしい。あいつに情があるんだなって思ったよ」
「一匹狼だけど、信用してる相手にはとことん感情を向けてくれる人だよ」
「よくそんなに知ってるね」
「幼馴染だから」
「今日は曽我ときた?」
「知ってるんだ」
曽我から聞いたのだろうか。
「予想しただけ。一人じゃ来ないでしょ、こんなところ」
どうやら聞いていないみたいだけれど、彼はどうして気づいたのだろう。
私に告白してきたくらいだからよく見てたんだろうか。
「それにこれないでしょ、ここに」
場所を案内通りに行けないとかそんな意味じゃないのはすぐに理解できた。
彼が言いたいのは、告白してきた男の墓に来れないという意味だ。
「でもそれはさ、興味がなかった場合でしょ?」
と、返してみればピンときていない様子だった。
「私は少なくとも……」
言葉が詰まった。
ただ好きだからだよと言うには言葉が足りない気がした。
長くなるくらいならば、好きと言って仕舞えばいいのにと思う。
できないのは、おそらく今更もう遅いんじゃないかってことと、彼が本気にしてくれないと言うことがわかっているから。
「興味がないわけじゃなかった?」
どうにか彼は言葉を返す。
だけれど、それが好きと言う意味だと言うことまではわかっていない。
バカってほんと羨ましい。
わからないことをわからないままにできるから。
気づいてしまった以上、最後まで突き詰めるなんていう信念を持っていないのだろう。
「嬉しいな。告白してからちょっと怖くて、今まで通りなんてものを望んだからさ。ようやく望みが叶ったのかな」
愛や家族への理想が叶わずとも身近なものは叶ったと思っているのだろう。
「今はもういないじゃん」
彼に聞かせる言葉ではないとわかっていたはずなのに、つい本音が漏れていく。
「叶っても、もう叶わないじゃん。家族や愛の理想に比べればほんの些細なこともかもしれないけどさ」
「長野?」
「死んじゃったら、求めたもの全部叶えられないじゃん!」
彼を睨みつけると明るかった笑顔が消えた。
スタスタと彼の肩を掴んで言葉をぶつける。
「叶えたかったのはそれだけ?私とできた距離が戻ればそれだけでよかったの?本当は得られたかもしれないルートが消えたんだよ?欲しかったものができたかもしれないんだよ?あなたと一緒にいる時間も経験も全部あの日、あの事故のせいでもう今後一切手に入らないのに、一人だけ満足して成仏だなんて絶対に許さない!!」
「……長野」
「今更欲しいって思ったものができた私なんて、嫌いだよ……っ」
「……」
こうやって気持ちをぶつけることができたなら、彼は死ななかっただろうか。
これが幻想であるのなら、何を言っても意味ないのではないか。
「なんか嬉しいな。長野がこうやって気持ちを露わにしてくれるの」
「怒ってる私を見て喜ぶな!!別になんも可愛くないし!私だって欲しかった!川鳥が本音で言葉を紡いでる姿!何あのノート。愛は理屈じゃないのに、理屈で考えて、ノートを埋めてさ!私といればわかったかもしれないじゃん!!」
激怒する私。
呆然とする彼は私の言葉を解釈したのち、驚きの表情を隠さなかった。
「ん?え?ん……?僕の部屋入った?…………え、でも振ったじゃん」
頭の上に疑問符が乗せられている。
「私だって今更気づいたんだよ。もっと生きてたら伝えたかもしれない。伝えてもらえるように仕向けたかもしれない。なのに、あんたって男は!!」
「ちょっと待って!?え、だって振ってるじゃん」
「あの時はね?優しい人なんだなって思うだけで、好きだとは思わないじゃん!」
「……」
「死んだせいでもう付き合えない。もっと早く自分に素直になればよかった。もっと早く自分の言葉を口にすればよかった」
「……」
「後悔してる。最初は好きじゃなくても付き合ってみればよかった。最悪」
ペチッと肩を叩くと彼はなぜだか笑い出した。
「な、なんだ……。嫌われてなかったんだ。もっと話しかければよかったよ」
「ほんとだよ、ばか」
何度もペチペチ叩くと彼は綻んだ笑みを見せた。
「もっと素直になっていれば、誰かしら話を聞いてくれたのかな」
「そりゃそうだよ。私が言えたことじゃないけどさ」
「お互い、もっと話せばよかったな」
「うん……」
もっと早くから本音が言えてたら、優等生なんて言葉に二人とも縛られなければ、自分を大切にできていたのなら、お互い変われたのかもしれない。
「僕はもう変わることもできないけどさ、変わってよ。長野はまだ未来があるんだから」
「そんなこと言わないでよ」
もう最後なのかと思うと胸が苦しかった。
「もっと本音を言えるようになってよ。誰かが気づいてくれることってたかが知れてるじゃん」
「……でも、その隣にいて欲しいよ」
「いたら、成長できる?」
「うん」
「いるよ、ずっと」
「でも」
「見えないだけだよ。心の中にでも勝手に入っとく」
ベシンっとぶっ叩く。
隣にいろって言っただろと睨む。
「本音は大事だよ。後悔するから」
「じゃあ、川鳥は今どう思ってるの?」
「………」
どれくらいの間があっただろう。
風にも負けそうな小さく、園児のようなか弱い声が響く。
「……死にたくなかった」
全てを総括した結果なのだろう。
言いたい言葉もある中でまとめたんだろう。
最後に本音が聞けてよかったと思った。
彼の冷たい体を抱きしめる。
弱々しい彼の顔。
何かを求め続けた空っぽの穴に私がすんなり入れたのは、私のことを受け入れているからなのかもしれない。
今度は遠い輪廻の先で会うのだろう。
それまではまたさよなら、だ。
彼と目が合う。
先ほどまで流していなかった涙が伝っていた。
その表情がどうしても温かくて、なぜだか心にも届いた。
もう少しこのままでいたい。
だけど、彼の体が透けていく。
これが本当の最後なのだと知る。
「まだ一緒にいたい」
わがままを言えばもう少しだけいけないかと思うけれどそんなことはなかった。
「ごめん」
「そんな終わり方、嫌だよ」
「僕よりいい人いたら教えてよ。その時はもう会えないと思うけどさ」
「ねぇ、ひどいよ」
「ごめん、もうおしまいみたいだ」
「嫌だ」
彼を引き止める言葉を探す。
好きを言えない私にも言える言葉。
そんな簡単に見つかるはずもない。
だけど、一つだけ、彼が欲していた言葉がある。
「……愛してる」
本当ならばこれから見つけるはずの言葉。
いつか出会う言葉。
今はまだ早いはずの言葉。
しかし、今だから言える言葉だ。
今更遅いなんてことはない。
今までよりもいい関係だと言える。
少し、私も素直になってみようかと思った。
「僕も、愛してる……」
遠い未来で待ってると彼は告げて消えていった。
寺の階段で腰をかける曽我に声をかける。
「終わったか?」
「先に来てたんだ、ここ」
軽口を言うとまぁなと返答が来る。
「曽我も川鳥に会ったの?」
「会ったよ。友達だって思ってなかったっぽい。知ってからは、ずっと談笑してた。笑い合ってたら時間が過ぎて、いつの間にかいなくなってた。……別れの言葉はなかったな」
彼が立ち上がり歩を進めるとその歩測に合わせて隣を歩く。
「磯野にも会わせてあげようかな」
「他のやつも行きたいだろうな」
「そうだね」
バスに乗り、最寄りに着く。
途中まで帰りが一緒なので一緒に歩く。
「バスの中で少し考えたの」
と切り出すと彼は不思議そうに顔を向けた。
「一つのことに執着すると周りが見えなくなるんだなって思った」
「……」
「本当はいろんなものが隣合わせにあって、その人のことをちゃんと見てくれる人だって絶対にいる。執着ってそう言うのに気づけなくなるから怖いなって」
私はそうならないけどねと付け足す。
「……なら、もう大丈夫なのか?」
「うん。迷惑かけちゃったね」
ごめん、と謝る。
「そんなんで謝るなよ。お前も川鳥もほんと似てるよな。誰かに頼ることを悪だと捉える。そんなことないのに、言って聞かない。気づけば、着飾って気取って期待に応えようって勤しむ。無理していることに気づけず倒れてしまう。もうやめるんだよな、優等生の偉い子ちゃんは」
「んね、大丈夫とは言ったけど、その言葉は堪えるよ」
「……あ、ごめん。まぁでも、無理しない欲しいわ。お前は周りを見て助けてくれる人を見極めるところから始めるんだな」
それぞれ別の道につく。
解散すると私は私の帰り道についた。
いつか帰る家も変わって、場所も変わって、そのなかで出会う人たち仲良くなったりなんかもする。
でも、どこかにずっと川鳥はいるんだろう。
ふと現れてケラケラ笑って。
死にたくなかった彼の分まで生きるなんて言ったら重くなるだろうけれど、少しは彼もできなかった素直になるところから始めてみよう。
そして今度は頼ってみよう。
いつか来るお別れが突然だとしても後悔のないように。
そのためにも素直になろうって、初めて思った。
もっと視野を広げて、もっともっと人と関わりを持っていって、自分を大切にしていきたい。
また彼の墓に行くときはそうでありたいなと思った。



