いつだって素直でいたいと思って生きている。

 川鳥に脅された俺は、上山から話を聞きに行った。
 相川、笹井が主犯らしい今回の事件。
 磯野の気持ちを踏み躙ったことに怒りを覚えているらしい川鳥の命令をきく。
 長野にぶつけた本音を川鳥に聞かれてしまったのでは、言い返す余地はない。
 逃げるわけにもいかず特別話したこともない上山の話に耳を傾けた。
 とても眠くなるような言い訳ばかりを口にした。
 川鳥が好きで、そんな川鳥は長野が好きだと知っていたためどうすることもできずにいた。そんな中で現れたのが笹井と相川だった。
 上山の気持ちにも気づいていた上にどうしたら川鳥と近づけるかの考えもお互い同じだったらしい。
 そんなやり方で付き合おうだなんてよくもまぁ考えたものだと思ったけれど、そこは川鳥に伝えないことにした。
「そっか。上山のことは任せる」
「磯野はどうすんの?」
 このまま不登校になる可能性もある。電話越しの川鳥はため息をついていた。
 いつもなら適当なこと言って場を和ませるはずなのに今の彼はそうしない。
 相当参っている様子だ。
「俺のこと恨んでるのはわかってるけど、協力くらいするよ」
「上山のことで十分協力してもらったよ。こっちでどうにかする」
 川鳥は外に吐き出さず溜め込むタイプだ。
 長野と同じで人当たりもいい。
 俺もよく言われることだけれど、彼らは空気を気にする。
 この後どうするべきかを先に考え、自分の気持ちは後回し。
 大事な場面でまともな意見を言わない。
 不満を持たれず今までやってこれたのは、先手を打つことを覚えたから。
 俺は、どの場面でも自分の意思を尊重する。
 周りの空気を変えてもあまり動じることはなかった。
 だけど。
「どうにもできないことってあるだろ」
 今の彼らを見て心配にならないわけがなかった。
 修学旅行のグループが一緒ってだけの仲だ。
 それ以上でも以下でもない。
 されど、ここまで一人一人に思惑があったと知ったならば、動かないままではいられない。
 川鳥と磯野は長野が好きで、上山は川鳥が好き、長野は俺に告白した。
 本当のところ、長野が俺に好意を寄せているわけがないというのに。
「あんま調子のいいキャラすんなよ。僕は曽我のあの発言許してない」
 第三者が口にすることじゃないかもしれないけど、と付け足す。
 彼らしいと思った。
 客観的に見れてしまうから、自分が今何をいうべきか理解している。それは言っちゃいけない言葉も理解できているということ。
 大事な場面で言葉を発さないのは、何か特別な理由があるんだろう。
 そこまで気にかける必要はないなと思った。
「そうだね。なら、また脅してよ。手を上げて降参するから」
「……全く」
 彼の声に嫌悪の含みはなかった。
 電話が切れて部活に向かう。
 ラケットを手にグランドへ。
 部員が声をかけてくる。
「お前のクラスちょっとやばいらしいじゃん」
 同学年の部員だ。噂はすぐ広まるらしい。
「磯野って女、女に恋してたとかまじ?」
 歳を重ねてもゴシップに興が乗るのは今の瞬間が特別楽しいと思えないからだろう。
「まだわかんないよ」
「えでも、ちょっと言われたら怒鳴ったんでしょ?駐輪場でも怒鳴ってたじゃん」
 目撃者だったらしい。適当に誤魔化すのは危険だ。
 俺は何もその辺の情報を知らない。長野から聞くこともできないし、川鳥とも距離がある。
 上山も情緒が安定していないため、聞くに聞けない。
「同性愛って俺初めて見たわ。な」
 と、隣の部員にも声をかけるそいつ。同意しながらもこの状況を他人事のように楽しむのは他クラスだからである。
 面倒ごとは穏便に。それが俺のモットーだ。
「磯野って結構モテると思ってたけど、彼氏作んない理由がまさか女が好きだったとは」
「な、今度長野のどこがいいのか聞いといてよ。女子目線の意見聞きたいわ」
 興奮気味の彼らから距離を置こうと歩速を早める。
 心底どうでもいい。
「曽我が彼女を作らない理由、同性が好きだからだったりして?」
 大声で言ったそいつの言葉にピタリと足が止まった。
 同性に好意を持つからじゃない。
 そう思われていた場合のことを考えたからだ。
 相川と笹井のことだ。嫌いな長野を真っ先に潰さず磯野を潰した。それは長野を最終的に潰すための計画があるとしたら。
 俺は二人の計画のために使われる可能性があるということ。
 磯野と上山を使ったように今度は俺か川鳥だ。
 ゾッとした。
 あの二人がどうしてそこまでして長野を潰したいのか、俺にはわからない。
 修学旅行のグループにそこまで思い出を残したいものだろうか。たかが一日のためのグループだ。
 LHRでさえグループの話にならないのにあの二人はどうして。
「あれ、まじ?」
 誤情報が流れる前に踵を返す。
「そんなわけないだろ」
「そうだよな」
「だいたい、恋愛しているより部活に励んだ方が楽しいだろ」
「確かに」
 なんて言っておちゃらける部員。
 相川や笹井がいたら確実に俺は終わっていた。
 そう思うと恐怖心が残る。
 あの二人がどうして長野を嫌うのか。
 幼馴染だからといって知る由もない。
 上山が言っていた八方美人。
 長野に当てはまるけれど、どこかしらそういった態度を取ることくらいあるはず。彼女に限った話じゃないと頭を振る。
 誰だって人前に立てばキャラを作ったりするものだろう。
 早くクラスの騒ぎが収まることを願うばかりだ。

 夢を見た。
 長野から告白される夢。
 一番あり得ない相手に困惑して、まぁ少しくらいはいいだろうと付き合う流れ。
 デートをして、キスする流れになる。
 そこで目が覚めた。
 俺は、断ったのだ。
 彼女がどうして告白したのかここ一ヶ月ほど考えていたけれど、答えは出なかった。
 突然すぎて、だけどクラスの雰囲気を見る限りそんな予感はしていた。まさか的中するとまでは思わなかったけれど。
 長野は俺が恋愛に興味ないことを知っていたはず。
 幼稚園から高校まで一緒だ。恋愛してきた長野とは違う。
 恋愛感情をろくに理解できず、何人も振ってきた。
 誰もそんな感情を持ち合わせてなくて、共感してくれる人なんていない。
 長野だけが俺を理解してくれていた。
『付き合うって確かに面倒だし。いいじゃん。好きな人できたら教えてよ。幼馴染だし』
 中学生の頃の話だ。
 彼女には当時彼氏がいて、自慢してきて、うざかったのを覚えている。
 惚気話に聞き飽きていた。その頃、俺と話す長野を嫌った彼氏が長野に話すをやめてくれと嫉妬心からいじめに遭った。
 長野はそれでも俺に話しかけてきたし、結局それが嫌で長野は彼氏を振った。
 これだけ告白されるような俺だ。仕方ない。
 モテる男は辛いぜ。
 調子に乗れるわけもなく、変わらずたまに話したこともない女子から告白される日々。
 全部断るせいで、長野のことが好きなんじゃないかと噂がたった。
 それはない。
 ちょっと面倒な長野を誰が好きになるのだろう。
 ゲームで負けてあげる優しさ、スポーツでも手加減する優しさ。
 カフェに行ったらちょっと多めにお金を払う優しさ。
 何が全部優しさなのか。
 そもそもこれは全部姉が言ってきたクソみたいな優しさの部分。
 確かに長野が少し嬉しそうにする姿はこちらも嬉しくなるのだが。
『お前みたいなキモいやつに彼女はできない。長野が可哀想』
 なんて毎日言われてきたから、自分の顔に自信はないし、性格もいいとは思えない。
 大体キモいとは抽象的すぎるが故に攻撃範囲が広い。自己肯定感は下がる一方。
 そんなある日、『ねぇ、一度くらい誰かと付き合ってみたら』と長野はいう。
 その頃、長野に彼氏はいなかった。モテる割に最近は消極的だなと思っていた時期。
 一回くらいは経験としてありだと告白してきた女子にOKサインを出した。
 何をしたらいいかわからず、長野に相談した。
 驚いた割に冷静さを保ってアドバイスをくれた。
 映画デートがいいらしい。
 名前も忘れた女子に行きたい映画はないか聞いて次の休みに映画館に向かった。
 なんでも好きな俳優が出るらしい。
 特別キュンキュンしたわけでもない恋愛映画に時間と金を使い、カフェで彼女から俳優のおもしろ話を聞いた。
 おかしな話が飛んできたせいで、どうやってこんな役を演じ切ったのか不思議に思う。
 また長野からアドバイスをもらってデートに行って、それをくり返す。
 付き合うという経験もできたし、そろそろ別れようかと思っていた頃。
「あのさ、私のこと本当に好きなの?」
 デート帰り彼女の不安な顔に一気に現実に引き戻された。
 自分は、経験のためにと動いてきた。でも彼女は本気で俺のことが好きだった。
 そこらへんのとりあえず告白してくる女子とは違う。それもプラスのポイントだ。
「好きだよ」
 こういう時ほど、長野にアドバイスをもらいたかったが、こんな時にスマホをいじる度胸はない。
「嘘だよ。そんなの。だって、二ヶ月も経ったのにハグしてもらえてない。キスもないじゃん」
「……」
 確かに。いや、デートはしたじゃんと内心思う。
 それにこんなやつのハグいるか?と思う自分もいた。
「デートのプラン、冬馬くんが考えてるわけじゃないんでしょ?全部、長野さんなんでしょ?酷いよ。私は、冬馬くんとデートがしたいのに」
 ……めんどくさ。
 正直に思う。恋愛もろくにする気がないやつにとってだるい言葉ばかりだった。
 金だってお小遣いなのに多めに払ってるわけだし、少なくとも時間を割いているわけだからそんな言い方ないじゃないか。
 長野さんに協力してもらっただけで全部じゃないし。
 彼女を悪くいうのはよろしくない。
「そうかも。でもあれだよ。付き合ってから、どのタイミングでハグしたらいいかわかんなくてさ」
「あり得ない」
 ……めんどいな。ハグにタイミングないの?
 え、ないの?
 友達とハグすることもないけど?
 女子同士ならあり得るの?え?え?
 疑問符は浮かんでは残り続け、増えていった。頭のキャパシティはとっくに限界を迎える。
「あー、そうだな。うん。別れよっか」
「え……」
「ほら、多分、俺は君のこと好きってほどじゃないのかも。だから、迷うだけ迷って考えを放棄する。君の気持ちを第一に考えてたら、今頃、ハグしたかも」
 ハグをしていない現状が答えだったのかもしれない。
「俺、あんまり恋愛感情がわかんなくてさ」
「……あり得ない」
 人の悩みをあり得ないと返されると、俺は一般的な普通の中にはいないように思えて少し苦しい。
 この付き合ってる期間、無理したつもりはないけれど、限界だ。
 やっぱり女友達くらいこの子といる時はちょうどよかった。
 元から恋愛感情がなければ話しかけにこないような人と一緒にいるのは大変だ。
 その気をちらつかせ、共に笑う時間は恋の予兆。
 勝手に舞い上がって勝手に落ち込んで。
 気づいていれば、友達止まりにできるのに、気づかなかったときの代償は大きい。
 振った側の悪口で盛り上がる女子たちに呆れるのは俺だけなのだろうか。
 きっとこの後の学校生活で俺を悪くいう。
 悪口でしか盛り上がれない女子たちに気を遣う男子の気持ちも考えて欲しいくらいだ。が、そこまでしないのが女子だ。
 わかりきってる。
「そうやって言われるくらいなら、君も俺のこと分かってないじゃん」
 なのにどうしてか、俺は感情的だった。
「あり得ないって一蹴して、自分のことだけは見て欲しいって承認欲求の塊じゃん。最近やたら動画撮りたがるなって思ったら、ティックトック載せてるし。あれ、許可取ってないだろ」
「彼氏だからいいと思って」
「彼氏なら彼女特権で許される?なら、これも動画撮って後でドッキリにでもしようって魂胆?あり得ないのはそっちだろ」
 スマホを操作して、ティックトックのアプリを開く。
 全世界に晒されている俺たちの喧嘩。
 画面を彼女に見せると硬直した。
「ほらやっぱり。俺、君のおもちゃじゃないから」
「そんなつもりなくて」
「だったらなんで配信してんの?」
「怒んないでよ。今まで、怒らなかったじゃん」
「だったらなんで勝手に動画、ティックトック載せてんだよ!あり得ないだろ!?制服のせいで学校まで特定されてんだぞ?悪いこと一切してないのに、俺の個人情報ほぼほぼリークされたようなもんじゃんか」
 泣きながら謝り始める彼女に苛立ちを覚える。
 彼女のスマホを奪い配信を切った。
「もう付き合いきれない。よかったよこのアカウントのフォロワーが少なくて」
 スマホを返して、踵を返す。
 これ以上構ってもしょうがない。
 後で先生にでも伝えて怒られてほしい。
 週明け、学校に行くと長野が『別れたんだって?』と声をかけてきた。
 頷くと彼女はやっぱりと隣を歩く。廊下から見える景色はいつだって変わらない殺風景。
 なのに学校内は急激に変化していく。
「ティックトック、気付いてた?」
「知ってたよ。女子の中で話題になってた。でも、みんな曽我の味方。勝手にSNS載せたのは彼女の方だし、先生も何度か注意してたらしいよ」
「アドバイスくれてたのにごめん」
「いいよ。学生のうちの恋愛って別れるし。……私だって元彼のせいで」
「気にすんなよ。恋愛なんてそんなもん。特別なメリットは刹那的で、別れたら他人以上に離れてく。知れば知るほど、知らない頃を羨ましく思う。好きになる相手ってアイドルみたいなもんで、綺麗な形を保った方が印象はいい。中身に興味はない」
「……」
「恋愛ってさ、そういう中身さえよく思えないといけないもんなのかな」
 恋愛経験豊富な長野に聞いてみる。
 きっと答えを求めていたわけじゃない。
 綺麗なものなんてこの世になくて、だから磨いたり、色をつけて誤魔化したりする。
 それは別に汚いわけじゃないのに、人間になると汚く見えてしまう。
 取り繕ってるとか、着飾ってるとか、そんなふうに言われてしまうから。
「……みんな、一人一人に合わせるんじゃない?そうすれば、中身を気にしなくていいから。綺麗に見えるから」
「それ、アイドルみたいだな」
「だね」
 と、笑う彼女に釣られて笑う。
 この時、様子がおかしいと気づけていたらこの先変えられただろうか。

 いつも通り学校に向かう。
 磯野が教室にいないだけで大した変化はない。
 長野も川鳥も普通に授業を受けている。
 上山はどうやらまだ笹井と相川に目をつけられているらしい。
 他に利用する価値がどこにあるのだろう。
「なぁ、曽我、これお前の声だよな」
 同じクラスの部員が声をかけてきた。
 動画を見てたはずの部員がわざわざ声をかけてきたってことは余程の問題であることくらい把握できる。
 その動画を見やれば、誰かが撮影者のスマホを奪いそのまま動画を切るまでが流れだ。
 音を聞いてみれば『だったらなんで勝手に動画、ティックトック載せてんだよ!あり得ないだろ!?制服のせいで学校まで特定されてんだぞ?悪いこと一切してないのに、俺の個人情報ほぼほぼリークされたようなもんじゃんか』と激怒している。
 よく見れば、動画に映った女子の制服には覚えがある。
 それはいつか付き合って限界が来て別れを告げた時、女子が配信していた一部始終。
 どうしてこんなものがこのタイミングで流失したのだろう。
 配信を見ているのは指で数える程度しかいなかった。
 先生にバレて問題になりアカウントごと削除されたはず。
 このクラスに中学校が同じだったやつは長野だけ。
 彼女がこんな悪質なことするわけがない。
 とにかく否定しなければと思うが、先に口を開いたのはいつの間にか目の前に来た上山だった。
「私、この子と友達なの。相談乗ってくれたこと話したら、この動画見せてきた」
 上山はまだ相川らに利用され続けるのか。
 おそらく動画を相川らに提供したのは彼女だ。
「告白されても傷つけないように断るって聞いてたから意外だった。動画撮られてたくらいでこんなに怒るなんて」
「撮られてたくらいってお前ネットモラルどうなってんの」
 彼女の言葉でこの激怒する男子が俺だと確信したらしい。
 俺のために怒ってくれる部員がいるというのはやはり部活に精を出した結果なのかもしれない。
 いい仲間に出会えたなと思った。
「まぁ、いいから」
 なんて人の優しさに触れた俺は特別怒ることもなく上山と話そうと決める。
 しかし、教室のドアをガラッと開けたことで空気が変わる。
 生徒指導の先生が教室を見渡す。
 目が合うと手招きで呼び出す。
「曽我、ちょっといいか」
 最近の学校はSNSの監視が強い。
 誰かがお酒を飲むストーリーを流せば、学校にバレる。
 鍵垢にしたところで正義感の強い人が学校にいう。どのみちバレるのだからとSNSに載せる人は少ない。
 この学校もまたSNSで動画投稿することは禁止している。進学や就職に影響することを踏まえてのこと。
 故意ではないにしろ声や顔が一瞬でも映ってしまっている以上、指導対象になるのだろう。
 俺のせいではないというのに、なぜ呼び出されるのか。
 まさか危惧していたことが本当に起ころうとは思うまい。
 大抵、杞憂に終わるものじゃないだろうか。
 この場に相川と笹井はいない。
 こうなることを予想していての行動だろう。
 磯野のことを任せっきりの長野と川鳥には後でバレるか。
 たかが修学旅行のグループってだけで何をどうしてそこまでするのか皆目見当もつかない。
 面倒だなとは思いつつ、生徒指導の先生と共に生徒指導室に向かった。
 初めて来たものでまさか警察の取調べに使われるような机に教室でも使う椅子が二つあるとは思わなかった。
 これでは悪人になったよう。
 気分は最悪だった。
 ただ中学の頃の彼女を振っただけ。
 それがこんな展開を連れてくるとは。
 本当に恋愛はするだけ無駄だ。
 何が良くて男女で一緒にいるのか。
 いや、それ以上にどうしてこの動画を拡散に至ったか考えるべきか。
 相川らが嫌悪する長野に対してならば、わざわざ磯野を怒らせる理由はない。
 長野に直接嫌がらせでもしたらいい。
 庇う奴を徹底的に排除したかった?
 ならば、俺を排除しても意味がない。告白されてこっ酷く振っているわけだし。
 俺と磯野は共通の敵ではない?
 それぞれ別の理由があって排除したかったのか。
 じゃあ、それにはどんな理由がある?
 答えというのは簡単にでない。
 上山の話を聞いてあげたというのに、この仕打ちだ。
 女子とは信用ならないな。
 長野だって俺が恋愛に興味ないこと知っていて告白してきているわけだし。
 俺の周りの女子ってまともなやついない?
 いやいやいやいや。
 まさか、そんなわけ。いやいや。ハハっ。まさか……ねぇ……まさか……。
「話聞いてるか?」
 厳つい顔した生徒指導の先生の言葉で現実に戻される。
「なんですか」
「SNSへの顔出しは禁止してるって言っただろ。なのに、こんな動画出していいと思ってるのか」
「いやだから」
「高校生になった今、中学生の頃の顔なら問題ないって思ったのか。制服で学校が特定されるなんてよくある話だろう」
 頭の硬い先生だと苛立ちを覚える。
 話を聞くつもりもなければ、悪いのは俺だと決めつける。
 どこにでもこんなクソ教師がいるんだなと思う。
 厳ついのは昭和の頑固野郎だからか。
 この地域にもよく出てくるなぁ。やたら突っかかってくるクソ野郎。
 これでよく教師になれたものだ。
「おい、聞いてんのか?」
「聞いてる。黙れや」
「は?」
 あまりの苛立ちについ悪態をつく。
 こんなことしたら反省文でも書かされるのだろうか。
「これ、俺だけが悪いんですか?動画撮ったの俺じゃないし」
「撮るように言わせたんだろ、お前が」
「何言ってんの?そんなことするわけないだろ。インフルエンサーになりたいわけじゃあるまいし」
「顔がいいから成れるって思ってるんじゃないのか」
 さっきから決めつけがすぎるとため息をつく。
「大学行って就職するに決まってるでしょ。安定した職つけば安泰だし。そんなこともわかんねぇの?馬鹿も休み休み言えやカス」
 刹那、怒号が響く。
 どうせ、タメ口やカスなんて言葉に怒りが湧いたんだろう。
 何を言っているかもわからない日本語に労わるべきか悩む。
「それで、担任は?担任に全部話すんで。それができないなら、俺、この部屋から出ますよ」
「こういう案件は、生徒指導が担当するんだ。黙って、話を聞け」
「じゃ、やめときます。帰りますね」
「あ、おい」
 席を立ち、ドアを開けると手首を掴んでくる生徒指導の先生。
 思いっきり振り払い離れるとそのまま教室に向かう。
 道中で川鳥に会った。
「あれ、生徒指導室に連れてかれたんじゃ」
「出てきた。話きかねぇし」
「そんなヤンキーみたいな」
「あ?」
「なんでもない。ちょっと話せる?」

 体育館裏のベンチで二人で座り、川鳥がクラスで聞いた話を聞き終える。
「つまり、最近になって俺が動画に出てるって噂が立ってたんだ」
 しかもよくあるエンタメ風の動画。
 何個も上がっていて、ケンカの動画は別れた日の動画として昨晩投稿されていた。
 俺の音声もあるわけで撮られたくなかった事実が判明して炎上騒ぎになっていたそうだ。
 SNSなんて見ないから知る由もなかった。
 もしもその炎上した動画まで見ていたなら、生徒指導の先生は気づかなかったのか。
 それこそエンタメ動画として認識した可能性がある。が、今も関係は続いているというプロフィールもあるようで賛否が分かれたのが世間らしい。
 いつの間にかインフルエンサーになっていた。
「上山の友達っていうのも事実っぽいね。消すように言ったけど、首を振られたよ。曽我が望んでることだって聞いたらしい」
 どうなの?と顔を向けてくる。
「あり得ないな。しょっちゅう動画撮ってるなとは思ったけれど。思い出にしたいのかなくらいにしか思ってなかった」
「付き合う相手悪くね?」
「お前がいう?」
「僕は、長野なんで。あの時、付き合っておけばよかったのに」
 確かに、と思う。
 付き合っていれば、あの関係は中学生の頃のものでと言い返すことができた。
 他校にいる元カノとクラスメイトの知り合いがいなければ、これは否定しても信じるものがいない。
「てか、なんであんな言い方して振ったの?この動画の子に対しては良くわかるけど。長野ってそんなに嫌う要素ある?」
「恋は盲目っていうもんな」
 軽口をいう。
 まだ言えるだけ心は落ち着いているのかもしれない。
「そうだな。なんか取り憑かれたように見えたからかもな」
「取り憑かれた?」
 足音が聞こえてその場を離れながら話す。
「何かに怯えて、逃げるように俺に告白した感じ?俺が恋愛に興味ないこと知ってるはずなのに、どうしてだろうって」
「それが嫌であんだけ言った」
「友達だと思ってた。恋愛関係にはならない。幼少期から知ってるし、一番気の知れた仲」
 でも。
「今のあいつは、俺の知らないあいつに見える。高校生デビューとはまた違う気がするんだよな。形作ったキャラクターみたいな?上山の言ってた八方美人とはまた違う」
 少なくとも俺にとって中学に比べて知らないことが増えた今軽い気持ちで付き合えないのは事実だった。
 幼馴染を振るというのは、それなりに傷つけておかないと恋愛感情を捨てることはできないだろうというのが俺の考え。
 やりすぎた気持ちはある。
 磯野も川鳥もいるし、問題ないなんて思っていた。
 この荒れ始めたクラスで長野は耐えれるだろうか。
「今も好きなら、大切にしてやってよ。俺が気付けなかったこと、気づいてあげて」
 ピタと歩を止める。
 後ろから来た先生に目を向けた。
「言われなくても、僕がもらうから。濡れ衣も剥がしてやるから。少しは先生の意見聞いとけ」
 安心できる相手だなと思う。
 修学旅行のグループに誘ってきたのは、川鳥だった。
 部活は違えど仲良かったし、その時はまだ長野とも仲が良かった。
 関係は十分すぎるほどだった。
 じわじわと壊された関係は、どう修復できるだろうか。
 上山を許すつもりはないけれど、グループは変えられない。
 最善を尽くしてくれるというのなら、協力しよう。
「曽我君、先生が話を聞くから。指導室まで来れるかな」
「はい、わかりました」
 担任の言葉に二つ返事で返し、歩を進める。
 修学旅行まであと三週間程度。
 疑いの目ばかりのこの学校で、信じてくれる人がいるのなら、俺はその人を信じよう。
 歩を止め、彼に振り返る。
「信じて、待ってる。どんな答えが出ても受け入れるよ」
 それは、元カノの話でも長野の話でも。
 生徒指導室にいる間、教室にも行けず生徒にも会えない。
 俺にできることは何もないのだから。
 そしてまた、生徒指導室に向かった。