恋とはなんなのか考える時がある。
その人を好きになることがどういう意味をなすのか。
最後は別れるとなればどうして人は告白をするのだろう。
運が良ければ、付き合える。いつかの別れを知りながら。
恋人になろうとも夫婦になろうとも別れるというのなら、なぜみんな当たり前に人を好きになるのだろう。
付き合えば、自ずと見えてくる答えがあるというのなら、付き合えなかった僕は、答えを得られないのだろうか。
それでも好きと言う気持ちに変化がないのは、また恋故だろうか。
修学旅行に向けたグループ活動。
男二人女子三人の五人グループで机を囲う。
隣に座る長野ゆいに僕は告白をして振られた。
友達の方がいいんじゃないか、と。
修学旅行が近づく中、浮かれる男子は少なくない。
そのうちの一人が僕だ。
グループのもう一人の男子、曽我冬馬。他学年にさえ広まるほどのイケメンがこのグループにいる。
長野は曽我が好きだ。
それを知っていて、ほんの少しの淡い期待に想いを伝えた。
彼女が曽我に想う気持ちは、僕なんかよりもよっぽど大きいらしい。
「グループ活動で必要なのは、リーダーだ。リーダーを決めて、そのサポートができる人がサブリーダーになってほしい」
担任は僕が長野に告白したことを知らないのか一番仲がいいと思っている僕と長野の肩に手をおいた。
「まぁ、もうこのグループは決まっているようなものだろう」
僕も長野も先生からの評判はいい。テストで赤点を取ることはないし、部活をサボるような真似もしない。
担任は長野がリーダーで僕がサブリーダーになると思っているらしい。
しかし。
「長野に振られたんで、サポートできないです」
といつもの軽い口調でいう。
グループの生徒が呆気に取られている。
長野の友達であるボブカットの磯野は、言っちゃうの?と言わんばかりに長野の顔色を窺っている。
言っちゃって何が悪いのだろう。
「は?あんたねぇ!?」
バシンっと肩を叩かれる。
どうやら言ってはいけなかったみたいだ。
「サポートが欲しいのは川鳥だったみたいだな」
曽我もまた軽口をいう。
こういう時ばかり調子のいいことを言うのだからストレスだ。
普段はもっと一匹狼で誰にも媚びない、ノリに乗らない野良野郎のくせに。
「あぁ、ま、このグループはどう転んでもまともなグループだと思ってるから。真剣に考えすぎなくてもいいからな」
なんのフォローにもなっていない言葉を残し他グループに向かう担任。
「私に振られたくらいで、ネチネチ言わないで!」
また肩をたたく彼女。嬉しいです。
「どーせモテないんで。曽我ほどかっこ良くもないんで。あぁ、疎外感」
面白みのない駄洒落に笑ったのは正面に座る眼鏡女子、上山めいだった。
上山はツボが浅いのか僕のつまらない洒落によく笑う。
イラついてもいいはずの曽我は興味なさそうに修学旅行先である沖縄のパンフレットを眺めている。
「モテないってわかってるなら、なんで私に告白なんかするんですかね!」
「そりゃまぁ、好きだから?」
「疑問系?」
「隣にいるだけで心臓がバクバク」
「……」
チラリと長野の前に座る曽我を見やるがやはり興味がない様子。
彼女の気持ちに気づく気配もない。
しかしながらこのグループは顔面偏差値が高い。
モブでさえかっこいい学園ドラマのように僕らのグループは美男美女が集まった。僕以外は。
他グループの男子から羨ましいと言われるほどだ。
だが、そんなふざけてみても僕のようなモブは居心地が悪い。顔がいいとは思えない。
振り向いてもらえない、たったそれだけが僕の胸を苦しめる。
負けたモブは好きな人の助け舟になるべきだといつかの恋愛ドラマでやっていた。
「曽我、リーダーやれば?進学の時に使えるんじゃない?」
この学校は進学校だ。
大抵の生徒は大学に進学する。確か、曽我は偏差値の高い学校に進学希望を出していたはず。
「それを言うなら、川鳥もそうだろ」
「僕はあんま気にしてない。大学も少しいいところくらいで考えてるし」
「気を遣ってくれてるんなら嬉しいよ」
その爽やかな笑顔に息が浅くなる。
こんなやつに負けるなんて当たり前すぎるんじゃないかと。
勝てる人なんていないだろう。振られたのは仕方ないのかもしれないと言い聞かせる。
そりゃ、長野が好きになるわけだ。
「じゃあ、曽我がリーダーね!」
磯野が言う。
「サブリーダーはやっぱ幼馴染の長野でしょ!」
助け舟を出すのは僕だけじゃないらしい。
そうか、みんな興味があるんだ。
長野と曽我が付き合う関係なったらどうなるのか。
顔のいいもの同士分かり合えることもあるんだろう。
そう思うとやはり僕はモブキャラだ。恋愛映画のモブキャラで、最後はおめでとうなんていう印象にも残らないキャラクター。
「え、でも」
と、照れくさそうにする長野。
この流れが必要だとわかっていてもさっさと決めてしまえと望む自分がいる。それは、きっと嫉妬からだろう。
「気、合いそうだし。曽我もリーダーシップとってくれそう」
僕が流れに乗ると斜め前に座る磯野はグッとサインを下から見せてくる。
なので、僕も同じようにグッとサインを決める。
担任の言うように話し合いはスムーズだ。
あとは曽我が了承するだけ。
「……なぁ、やめない?そういうの」
考え込むように曽我はいう。
流れをピシャリと切られたよう。
どうしてと誰から尋ねるでもなく曽我は続けた。
「進学に使えるって理由なら、磯野も上山も同じだろう?それに長野だって同じだ。サブリーダーになったら進学に使えるかもわからない」
「そ、そんな難しく考えないでさ」
と、どうにか流れを修正しようと勤しむ磯野。
「曽我ってちょっと真面目すぎるんだよね。だから、私たちのことも心配してくれてるんだよね?」
幼馴染である長野は曽我のことをよく知っている。
だからそんな言葉が出てくるんだと思っていた。
「少なくとも俺は上山がリーダーに向いていると思う。これは、学校行事とはいえ、グループ内の話。委員会とはまた違うだろ」
それも一理あると思う。
委員会になってくるとクラスのことを考えて、負担の少ないようにする。
学校行事での主導権を握れるかどうかならコミュニケーション能力の高い僕や曽我、長野がいくべき。
だけど、上山のように知った仲であればちゃんと話せる人も修学旅行のリーダーならば適任になり得る。
先述したように進学に使えると言うのなら上山にチャンスを与えるのもまた一案だ。
「委員会で先陣切れるかどうかなら確かにそうかもしれないけど、今は、もう時間もないし、また後でも変更はできるだろうから。とりあえず今は、曽我がリーダーってことじゃだめかな?」
磯野の言葉に曽我は納得していない。
僕が何か言わなければならないことはわかっているけれど、何を言えばいいのか僕にはわからなかった。
そして、どうして彼がこのタイミングでリーダーを退く判断をしたのか。普段なら二つ返事で答えてくれる曽我だから、違和感を感じた。
「ぶっちゃけ、面接で聞かれても修学旅行のグループリーダーをしてたってあんまり使える要素じゃないかもしれないし。私はいいかな」
上山はあっさり引き下がった。
なんだか引き下がる感じが僕に似ていた。
実際、この五人だけだと上山と話すことの方が多い。
長野よりも上山の方が付き合ったらいい感じになるのだろうか。
そんな考えに被りを振った。
それが好きと言う感情ではないことに気づいたからだ。
ただ長野に振られた悲しさを埋めたいだけ。
「わかった。それじゃやるよ。面接対策に使えないって言うなら、俺がやっても問題ないもんな」
軽口ではない口調にもしかすると曽我は今、怒っているんじゃないかと思った。
尋ねるよりも先にチャイムがなった。
授業は終わりだ。
担任が誰がリーダーになったか伝えるようにと告げる。
もう一度、確かめるべく口を開く頃には曽我は自分の席に戻っていた。
掃除の時間の前に聞きたいけれど、そんな時間はなさそうだ。
「なんかあった?」
上山が尋ねる。
「あぁ、いや。曽我がやんわり断ろうとするの初めてみた気がして」
「確かに。いつもイエスマンだもんね」
何か頼めば二つ返事で了承する。
どこか断れない意思を感じていたけれど、今回もまた断りきれなかっただけだろうか。
「その割に彼女いる話は聞かないな」
もしも長野が告白するとなった場合、曽我はOKするのだろうか。
「全部断ってるって聞いたよ」
「……全部?」
「うん。でも、好きな人の噂は聞かないし、聞いたところで答えてくれないんだって」
「いないわけじゃないのかな」
「いると思うけどねぇ。あれだけかっこよかったらモテるし、告白したらよしとしてくれる子はいるでしょ」
あれだけの美貌を兼ね備えていながらも恋愛には消極的なのか、それとも興味がないだけか。
考えたところでわかりはしなかった。
ただ上山が曽我と話す仲だということに驚きはした。
放課後、忘れ物をとりに教室に戻ると長野が机に向かって勉強していた。
「よ、勉強中?」
「そうだよ。あなたみたいに暇じゃないので」
振ったくせに彼女はいつも通りに会話をしてくる。
友達のままがいいという彼女にとってはいいのかもしれない。
僕の気持ちは置いといて、彼女の気持ちには答えたい。
付き合えなくても今こうして普通に会話ができているのならいいじゃないか。
そう思うようにして二週間。
僕に足りないのは何?と聞く勇気があったなら今頃また告白とかしたんだろうか。
曽我が好きだと知らなければ、何度でも告白しただろうに。
あんな強いやつに勝てるわけがない。
「暇なんで忘れ物取りに来ましたよっと」
机の中から筆箱を取り出し、長野に見せる。
「家で勉強するんだ」
「これから塾なんだよ」
「真面目だね」
「長野も変わらんよ」
じゃあ、と告げて教室を出る。
こんな短いやり取りに心を躍らせ、同時に苦しくなる。
僕が彼女としたかったのはこんなことだったんだろうか。
廊下から見る彼女の勉強姿。
正面から見たかった。
テストが近づいて、一緒に勉強しようだなんて言って教えあったりなんかもしたのだろうか。
まぁ、無理か。
モブキャラの僕が曽我には勝てない。
むしろヒロインの恋の成就を祈るべきなのかもしれない。
それもまた無理な話だった。
他のやつに取られたくないくせに、ナヨナヨして日和ってるだけ、嫉妬するだけで他で幸せになってほしいなんて思えない。
視界が滲む。
彼女から目を離す。
二週間前に泣いたばっかりだろう。
また泣くのか。
必死に目を拭う。
溢れちゃいけないんだ。モブキャラとして彼女の幸せを。
「あれ、川鳥まだ帰ってなかったの?って、あれ」
そこにいたのは、磯野だった。
「泣いてるの?」
目を拭いながら首を横にふる。
恋愛ごときで泣くバカがどこにいるってんだ。
「ね、絶対嘘じゃん。ほらほら」
肩を抱かれ、人気の少ない廊下に連れてかれる。
「座れ座れ」
廊下すぐの階段に腰をかけた。
「まだ諦めきれてないんだ」
磯野にはたくさん話を聞いてもらっていた。
どうやったら付き合えるか、振り向いてもらえるか。友達以上になれるのか。
「だって、そんな、無理だろ……」
膝に頭を擦り付けてボソボソという。
「長野ちゃんってみんなにあんな態度だから勘違いしちゃうよね」
僕の恋心は勘違いなんかじゃない。
「やっぱ曽我には勝てないのかな」
「無理でしょ」
「……」
辛辣な返しに言葉を失う。
てっきり慰めてもらえるものだと思っていた。甘い期待は苦味を持って返される。
「そもそも勝たなくていいんだよ。曽我が長野ちゃんのこと好きかどうかもわかってないんだよ?」
「まぁ、そうだけど」
「それに、あの感じだと恋愛からは離れているように見えるね。長野ちゃんが今告白しても付き合えないと思う」
「え、じゃあ」
「もう一度長野ちゃんに告白したって玉砕するのはあなただよ」
「……」
もっと優しい返しが欲しいと思う僕の心は甘えそのものだった。
「いいじゃない、好きな人がいるって。男女なら付き合えるかもしれないじゃん」
「……」
首を振る。それなら女子にでもなって長野の友達の方が断然いい。
「同姓同士って結構辛いものあるよ」
「女子同士なら距離近そうじゃん」
「近いだけで、いいことないよ。気持ちを伝えちゃったら離れちゃうから」
「……」
彼女が長野に対する気持ちは僕と同じものなのかもしれない。
「あの子はみんなに優しいから……。きっと傷を最小限にしようって気にしちゃってると思う」
「そっちの方が傷つく」
みんなに優しくするが故に、この想いのぶつけ口はないし、終わらせ方もわからない。
「私もあなたも報われない恋をしてるんだろうね」
「……」
磯野は慰めるでもなく僕の隣にいた。
好きな人の好きな人になれなかっただけ。
たったそれだけの事実を飲み込むのに未だ時間がかかりそうだった。
長野に恋をしたのは二年始業式の後。
高熱の中参加した始業式後にぶっ倒れた僕に声をかけてくれたのは長野だった。すぐ保健室に連れて行かれた。
去年から同じクラスだったけれど、当時は大した感情はなくて友達くらいの気持ちでいたから声をかけられたのには驚いた。
保健室のベッドで眠る。午前で帰宅できる予定だったから無理したけれど、親は出張で県外にいるため迎えにくることはない。
結果から言うとその日爆睡をかまして夕方まで寝た。
目が覚めるとそこにいたのは長野だった。
「お寝坊さん」
肩を優しくトントンしてくれる彼女に初めて友達とは違う感情を抱いた。普段ぶっ叩いてくる彼女が気を遣ってくれている。
なぜこの子はこんなにも優しいのだろう。
「普通、午前中に帰れる始業式で夕方まで学校にいる人いないよ」
「親、今日、いなくて」
カタコトの言葉をしっかり聞いてくれる彼女。
「そっか。ならしょうがないね」
「でも、どうしてこの時間まで」
「部活あったし、ついでに寄ったの。そしたら可愛い顔で寝てるから。つい写真撮っちゃった」
スマホ画面を見せてくる彼女。
そこにはアホヅラで寝ている僕の顔がある。
「あぁ、死にたい」
「死んじゃダメだよ。可愛いよこれ」
と、画面を見やる彼女は何やら操作を始める。
できたと声が聞こえると同時に僕にまた画面を見せる。
そこには猫の耳と髭を白色で付け足された僕がいる。
「落書きじゃん」
「猫みたいだね」
友達の関係とはわかっているけれど、無邪気な彼女の笑顔が可愛くて見惚れてしまって、気づけば体が熱くなるのを感じた。
明日は休みだからちゃんと寝なねという彼女。
家に帰り静かな部屋のベッドに潜り込む。
昼間に寝たせいか寝付けない。
瞼の裏には長野がいる。
完全に彼女に毒された。
結局一睡もできずに朝が来た。
「月曜、なんかお礼させてほしい。助けてくれたお礼」
「寝なさい」
とべシンっと叩く猫のスタンプが送られる。
普段なら会話してくれる彼女だが僕の体を気遣ってくれているようだった。
「優しいなぁ……」
思わず声が漏れる。
気づけばスマホを落として、眠っていた。
月曜になる頃には体調も良くなっていた。
「長野、あのお礼をさせてほしくて」
いつもなら普通に言えた言葉が言えなくなっている。
恋とは毒なのだろうか。
心臓がドキドキとして病院に行けば恋の病だなんて病名をつけられるかもしれない。
「いらないよー。だって、ちょっと覗き来ただけだから」
「えぇ、そう?」
「うん」
彼女はそれ以上に何も求めなかった。
これ買ってとか言わなかった。
男友達なら容赦無く高い飲み物を買わせてきたはずなのに。
彼女はそんなこと一切しなかった。
そんな彼女と話していると想いは増していく一方だった。
磯野の前で泣いたあの日から一週間、担任に呼び出されて職員室に向かう。
進学先について面談をしたいらしい。
「二年一学期末の試験見てる限り、もう少し上のランクを目指せるんだけど、挑戦してみないか?」
どうやら僕の学力的に候補の大学プラスアルファで行けるところがあるらしい。
そこには長野が第三希望までに含めている大学の名も候補にあった。
「まぁ、なんか前に言ってたこと含めるとあんまりここはお勧めできないかもしれないけど」
僕が長野に振られたと言う話を覚えていたらしい。気にしないでほしい。傷つく。
「大学進学に恋愛関係ないと思うんで。残念ながら僕が勉強したいものはありますね。長野と同じ大学に行けることになりますね」
ちょっと嬉しい。いや、キモいな。
「心理学を勉強したいんだよな。そう言った点では確かにそうだし、このまま確実に行ける範囲だけで決めるのはちょっと早計だと思う」
「……」
「もう少し考えてみて。候補はもう少し挙げてみるから」
話は以上らしい。
高校二年生にもなれば、大学進学のために動いていく必要がある。
一年生の頃から多少なりとも大学の情報を得てはいたけれど、二学期にもなったゆえに時間は刻々と迫っている。
受験勉強も考えれば、塾で対策していくだけでは足りないのかもしれない。
長野は何を学びたいのだろう。
僕の場合は、出張で家を留守にする親の心理に触れたい気持ちがあるのは間違いない。
少し前に父親は家に帰ってきていたけれど、またすぐに家を出て行った。
母親もここしばらく帰ってきていない。
仕事を理由に家をほったらかしているのはどうしてだろう。
子供への気持ちはそんなに希薄なものなのだろうか。
子供のために仕事をしていると言うのなら、確かに言い返す余地はない。
この先大学の費用も考えれば、僕一人で出せる金じゃない。
子供が出せるお金なんてコンビニで飲み物を買うくらいの小遣い。
私立大学になれば一千万は支払うらしい。県外になれば引越しの費用もかかる。
そのために外に出て働いていると言うのなら、どうして奇抜な格好して母親は外に出るのだろう。朝に帰ってくるのだろう。
散らかったリビングをそのままに出ていく母親を叱れる父親は仕事で留守にしている。
僕が何か言えば、誰のせいでこんなに働かなくてはならないのか問われる。
産んだのはそちらなのだからこちらに非はないだろうなんてこと口が裂けても言えない。
ならせめて、公立大学を目指すべきか。
やはりそうなると長野が目指しているA大学が候補になってくる。他県だから引越しは必要不可欠だろう。
他は県内だ。引越し費用はかからないけれど、どれも私立大学だ。
A大学を視野に勉強を再開しようか……。悩む。長野と一緒で長野は嫌じゃないだろうか。
僕のことなんか気にしてないか。モブキャラの僕に気を使う必要なんてない。
そんなこと思いながら教室に戻ると、いつかのように教室で一人勉強する長野の姿があった。
「今日も勉強?」
「川鳥、デジャブだね」
「いつもここで?」
「そうだね」
「塾で勉強したらいいのに」
長野も塾に通っていたはず。この時僕は彼女が塾を辞めていたことを知らなかった。
「塾さ、やめようと思って」
だからこんな言葉に嘘があるとさえ気づけない。
「……どうして?」
「お金かかるじゃん。あんまりお金かけさせたくないんだよねぇ」
「塾行かずにA大学ってあんまり聞いたことない」
「そうだよね……」
学校でも優しい人は、家でも優しいのかと思った。
僕なら気にせず塾に通う。
だけど、彼女は違う。ふと疑問に思い尋ねる。
「なんで、そんなに周りに優しいの?」
「……え?別に優しくないよ」
「じゃあ、なんで周りに気を使うの?僕のこと振ったって距離を置こうと思えばできたじゃん。でも、そうはしなかった。友達のままでいた」
「それは、友達でいてほしいからだよ」
「でも」
「キッパリ断わられて得するのはあなただけでしょ?吹っ切れるだろうから。でも私は得しない。私は友達が欲しいよ。あなたのような気を使わなくていい相手」
気を使わなくていい相手に思われている。それは、僕のことをモブだと思っているからだろうか。
その気持ちは好きな人だからできることだと思わないのだろうか。
彼女はそう言う人と友達でいたいのなら。
「曽我のことどうして好きなの?あいつ、気を使いそうじゃん。なのになんで、好きなの?」
「それ、今関係ある?」
はぐらかすように。
「関係ある。僕の気持ち知ってんじゃん。僕は……、綺麗さっぱり諦めたい。曽我には勝てない。あの美貌と運動神経全部持ってるようなやつ。どう違うんだろうってずっと気にしてる」
「……」
「長野にとって付き合うってどんな意味があるの……」
「……それは」
廊下の方から足音が聞こえる。
誰かが教室に来るかもしれない。
僕が長野に告白した事実は周知だ。
逃げるようにカバンを持ってじゃあ、と軽く返して廊下に歩速を早める。
ドアを開ける刹那。
「曽我のことそんなふうに言わないで」
好きな人を庇う彼女。
僕のことよりもなんてそれ以上に、彼女の気持ちを踏み躙っていたのだと今更気づいた。
「曽我は以前までもっと淡白で、でも優しいの。自分に自信がないだけで。だから、全部二つ返事で返しちゃうの。彼のこと私が一番よく知ってる。あーやって周りに合わせる彼、みてられない。私は」
「母性本能ってやつ?」
「え……」
「放って置けない人が好きなのかよ」
「それは……」
「そっか。じゃあ、僕は友達だな……。なんかこんなこと言ってる自分も気持ち悪いや……。ごめん、勉強中に変なこと聞いて」
「……」
「誰にでも優しくしてたらいつか酷い目に遭いそう。そーゆーの利用して都合よく使うクズっているじゃん。それが曽我だったら」
言いながらハッとする。
負け惜しみだ。
曽我に負けた犬が吠えただけ。
心理学を学びたいとか言いながら相手のこと考えてないのは自分の方だ。
「……ごめん。忘れて」
逃げるように教室を出て、扉を閉めた。
僕は、なんてひどい言葉を長野に浴びせてしまったのだろう。
こんなやつ、誰が好きになると言うのだろう。
最低だ……。
視界の端に男の姿が見える。
「曽我……」
全部聞かれていたのかもしれないと思うと居た堪れなかった。
返す言葉を持ち合わせていない。
「川鳥、あのさ」
「いやぁ、キモいね、僕は……。ごめん。長野のこと傷つけちゃったわ。なんとかしといて」
こんなモブの言うこと聞かなくてもいい。それ以上に曽我の言葉を聞きたくなかった。
どうせ長野にお似合いなのは曽我だ。
「俺と長野、どこがお似合い?」
「え?」
「表面だけでみてる?」
「いや、それは」
「顔がいいとかそんなところ?」
「みんな言ってるし」
「みんな言ってれば自分も言っていい?自分の言葉に責任がない?どうせ誰かが助けてくれる、淡い期待を抱いてる?」
「やめろ」
「じゃあ、協力してよ。俺も長野を傷つけたくない」
そばまで寄って耳に顔を近づける。
「長野の助け舟全部やめてね」
言葉の意味を理解できないまま、呆然とする。
「できなかったら、長野のこと傷つけちゃうから」
綺麗な笑顔で発せられた言葉に怒りは湧かなかった。
端的に告げた言葉を後に帰っていく曽我の背中を見やる。
上山が言っていた告白を全部断っている理由に直結するのだろうと考えておきながら傷つける理由までは理解できなかった。
しかし、曽我が言った言葉の意味をすぐに理解することになる。
翌週、長野が曽我に告白すると磯野から聞いた。
放課後にどこかで告白するらしい。磯野の気持ちは抑え、長野の恋愛相談に乗ったらしい。
一回当たって砕けて、もう一度告白すれば付き合えるんじゃないかと女子同士の会話で盛り上がったそうだ。
モブキャラには関係ない。
被りを振って忘れようにも傷つけてしまったことも何一つ忘れることはできていなかった。
一週間も長野と口を聞いていない。
彼女から声をかけてくれることは無くなったし、それが曽我に告白するためだと言い聞かせても、一度傷つけてしまった以上、自衛の言葉にしては足りなかった。
磯野の話を聞く限り、二人きりの時に告白するらしい。
放課後あたりだろうと思うけれど、今日は最悪なことに部活がある。
ばったりで食わすかもしれない。
それが杞憂に終わればよかったのに。
放課後、部活で必要な道具を取りに一人で階段を登っていると話し声が聞こえてきた。
どう考えても長野の声で相槌を打っているのは曽我だ。
少し近くまで行って聞き耳を立てる。
「あのさ、曽我って私のことどう思ってる?幼馴染以外で」
「特になんも」
「そっかぁ。私は好きだよ。幼馴染としてじゃなく。付き合ってください。私と」
「……」
「ダメかな」
「俺、優しいだけの人無理なんだよね」
「……え」
「いや、ほら、ずっと思ってたんだけど。周りに愛想よくしててキモいなって。なんて言うんだっけ。八方美人ってやつ?俺、一番嫌いなんだよね。付き合っても、俺のこと一番に考えないでしょ?」
「そ、曽我?」
まるで知らない人を目の当たりにしているような声音。
「無理、付き合えないね。それに川鳥になんか言われてたじゃん。優しさを都合よく使ってくるクズ?だっけ。長野はそう言うのがお似合いだと思う。幼馴染って高校生にもなって気にするやついないし」
あぁそれと。
「顔よくても中身めちゃくちゃブスだよな」
と笑う曽我。
「ひどい……」
長野の言う通りだった。何がなんでも言い過ぎだ。
ふと思い出す。傷つけるの言葉。彼は、助け舟さえなければここまで言わなかったのではないか。
「ひどいって、じゃあ、幼馴染を理由を付き合おうとしてる長野はなんなの?酷くないの?俺のこと一番よくわかってるって言ってる割に付き合いたい理由それっぽっちじゃん。気色悪い」
一週間前の僕らの会話、やはり聞いていたんだと知る。
こんなにも苛立ちを覚えたのはいつぶりだろうか。
長野が幼馴染ってだけで告白するようなやつに見えるのかよ。
彼女はもっとそれ以上の何かに気づいてると思えないのか。
「話したいことがそれだけなら帰るわ。時間無駄にした」
「ねぇ、待って」
聞く気もないのか曽我は階段を降りていく。
二階の廊下に隠れるも曽我は二階の廊下にきてしまった。
目が合うと曽我は無視して歩いていく。
「おい、待てよ」
曽我の歩む先を阻む。
彼はめんどくさそうに立ち止まる。
「何、全部聞いてた?」
「全部聞いた」
「……」
「あんな言い方ないだろ」
「いや、俺言ったよね。長野に助け舟出すなよって」
「それずっと考えてた。長野が好きだって気づいてたってことだよな。なんで」
「無責任に人を傷つけるやつにはちょうどいいカルマかなって」
曽我が以前僕と長野の会話を聞いていた時のこと。
『みんな言ってれば自分も言っていい?自分の言葉に責任がない?どうせ誰かが助けてくれる、淡い期待を抱いてる?』
えてしてやられたわけだ。けれど。
「人の好意に気づいていて、断る経験は何度もしたはずだ。なのに角が立つことはなかったはず。長野にあんな言い方する必要あるか?」
「じゃあ、逆に長野の何が好きなの?顔?体?性格?」
「それは、始業式の日に僕が熱で倒れて」
「あぁ、母性本能的な?それを得られたら誰でもいいの?上山でも磯野でも誰でも」
「違う」
「それをどうやって証明するの?状況が違えば誰でも良さそうじゃん」
「証明なんかできないけど、状況なんて今この瞬間にしか存在しない。僕が好きになったのは長野で、長野の優しさに触れたから。普段、叩かれたりするけどさ、でも……、もう、わかんない……。何が恋なのか。好きってなんなのか。みんな違うから、僕が正しいと思えない」
曽我の言う通りだ。
「みんなが言っていれば、安心できた。長野が優しいってみんな言ってるから優しいの一言で片付けた。でも、違うんだよ。長野は、あの長野だから好きなんだよ。曽我みたいな言い方して傷つけていい人じゃない。僕が許さない。長野の良さに気づけない曽我が付き合わなくてよかったって今、すごく思ってるよ」
曽我の目を見やる。
睨みつけるほど鋭い眼差しで。
「ならもうずっとそうしなよ。仲良しごっこでもして、外見だけで判断して、中身に興味を投じない形だけの恋愛ごっこ、楽しんで」
なのにどうして、煽るだけ煽った曽我が苦しんでいるのだろうかと。
まるで無理しているような。
長野が言っていた『曽我はもっと淡白で、でも優しいの。自分に自信がないだけで。だから、全部二つ返事で返しちゃうの。彼のこと私が一番よく知ってる。あーやって周りに合わせる彼、みてられない。私は』の意味はここにあるのか?
もしかして、人を好きになる気持ちがわからない?
刹那、彼は僕の肩を突き飛ばし早足で帰っていった。
何も悟れたくなさそうに、まるで僕らに壁を作るように距離を置いていた。
恋について考えることがある。
論理的に考えても間違うことがある。
それはきっとその人だからいいという良さがあってそれを説明するのに感情を省いてしまうから。
好きとは感情の一部で、嫌いもまたその一部。
付き合いたいと思うのは手放したくない気持ちの表れなのだとしたら、僕は長野を諦めきれない。
でもみんながみんな同じ考えではないと知るのもまた同時だった。
長野の気持ちを知るにはもう少し時間がかかりそうだ。
その人を好きになることがどういう意味をなすのか。
最後は別れるとなればどうして人は告白をするのだろう。
運が良ければ、付き合える。いつかの別れを知りながら。
恋人になろうとも夫婦になろうとも別れるというのなら、なぜみんな当たり前に人を好きになるのだろう。
付き合えば、自ずと見えてくる答えがあるというのなら、付き合えなかった僕は、答えを得られないのだろうか。
それでも好きと言う気持ちに変化がないのは、また恋故だろうか。
修学旅行に向けたグループ活動。
男二人女子三人の五人グループで机を囲う。
隣に座る長野ゆいに僕は告白をして振られた。
友達の方がいいんじゃないか、と。
修学旅行が近づく中、浮かれる男子は少なくない。
そのうちの一人が僕だ。
グループのもう一人の男子、曽我冬馬。他学年にさえ広まるほどのイケメンがこのグループにいる。
長野は曽我が好きだ。
それを知っていて、ほんの少しの淡い期待に想いを伝えた。
彼女が曽我に想う気持ちは、僕なんかよりもよっぽど大きいらしい。
「グループ活動で必要なのは、リーダーだ。リーダーを決めて、そのサポートができる人がサブリーダーになってほしい」
担任は僕が長野に告白したことを知らないのか一番仲がいいと思っている僕と長野の肩に手をおいた。
「まぁ、もうこのグループは決まっているようなものだろう」
僕も長野も先生からの評判はいい。テストで赤点を取ることはないし、部活をサボるような真似もしない。
担任は長野がリーダーで僕がサブリーダーになると思っているらしい。
しかし。
「長野に振られたんで、サポートできないです」
といつもの軽い口調でいう。
グループの生徒が呆気に取られている。
長野の友達であるボブカットの磯野は、言っちゃうの?と言わんばかりに長野の顔色を窺っている。
言っちゃって何が悪いのだろう。
「は?あんたねぇ!?」
バシンっと肩を叩かれる。
どうやら言ってはいけなかったみたいだ。
「サポートが欲しいのは川鳥だったみたいだな」
曽我もまた軽口をいう。
こういう時ばかり調子のいいことを言うのだからストレスだ。
普段はもっと一匹狼で誰にも媚びない、ノリに乗らない野良野郎のくせに。
「あぁ、ま、このグループはどう転んでもまともなグループだと思ってるから。真剣に考えすぎなくてもいいからな」
なんのフォローにもなっていない言葉を残し他グループに向かう担任。
「私に振られたくらいで、ネチネチ言わないで!」
また肩をたたく彼女。嬉しいです。
「どーせモテないんで。曽我ほどかっこ良くもないんで。あぁ、疎外感」
面白みのない駄洒落に笑ったのは正面に座る眼鏡女子、上山めいだった。
上山はツボが浅いのか僕のつまらない洒落によく笑う。
イラついてもいいはずの曽我は興味なさそうに修学旅行先である沖縄のパンフレットを眺めている。
「モテないってわかってるなら、なんで私に告白なんかするんですかね!」
「そりゃまぁ、好きだから?」
「疑問系?」
「隣にいるだけで心臓がバクバク」
「……」
チラリと長野の前に座る曽我を見やるがやはり興味がない様子。
彼女の気持ちに気づく気配もない。
しかしながらこのグループは顔面偏差値が高い。
モブでさえかっこいい学園ドラマのように僕らのグループは美男美女が集まった。僕以外は。
他グループの男子から羨ましいと言われるほどだ。
だが、そんなふざけてみても僕のようなモブは居心地が悪い。顔がいいとは思えない。
振り向いてもらえない、たったそれだけが僕の胸を苦しめる。
負けたモブは好きな人の助け舟になるべきだといつかの恋愛ドラマでやっていた。
「曽我、リーダーやれば?進学の時に使えるんじゃない?」
この学校は進学校だ。
大抵の生徒は大学に進学する。確か、曽我は偏差値の高い学校に進学希望を出していたはず。
「それを言うなら、川鳥もそうだろ」
「僕はあんま気にしてない。大学も少しいいところくらいで考えてるし」
「気を遣ってくれてるんなら嬉しいよ」
その爽やかな笑顔に息が浅くなる。
こんなやつに負けるなんて当たり前すぎるんじゃないかと。
勝てる人なんていないだろう。振られたのは仕方ないのかもしれないと言い聞かせる。
そりゃ、長野が好きになるわけだ。
「じゃあ、曽我がリーダーね!」
磯野が言う。
「サブリーダーはやっぱ幼馴染の長野でしょ!」
助け舟を出すのは僕だけじゃないらしい。
そうか、みんな興味があるんだ。
長野と曽我が付き合う関係なったらどうなるのか。
顔のいいもの同士分かり合えることもあるんだろう。
そう思うとやはり僕はモブキャラだ。恋愛映画のモブキャラで、最後はおめでとうなんていう印象にも残らないキャラクター。
「え、でも」
と、照れくさそうにする長野。
この流れが必要だとわかっていてもさっさと決めてしまえと望む自分がいる。それは、きっと嫉妬からだろう。
「気、合いそうだし。曽我もリーダーシップとってくれそう」
僕が流れに乗ると斜め前に座る磯野はグッとサインを下から見せてくる。
なので、僕も同じようにグッとサインを決める。
担任の言うように話し合いはスムーズだ。
あとは曽我が了承するだけ。
「……なぁ、やめない?そういうの」
考え込むように曽我はいう。
流れをピシャリと切られたよう。
どうしてと誰から尋ねるでもなく曽我は続けた。
「進学に使えるって理由なら、磯野も上山も同じだろう?それに長野だって同じだ。サブリーダーになったら進学に使えるかもわからない」
「そ、そんな難しく考えないでさ」
と、どうにか流れを修正しようと勤しむ磯野。
「曽我ってちょっと真面目すぎるんだよね。だから、私たちのことも心配してくれてるんだよね?」
幼馴染である長野は曽我のことをよく知っている。
だからそんな言葉が出てくるんだと思っていた。
「少なくとも俺は上山がリーダーに向いていると思う。これは、学校行事とはいえ、グループ内の話。委員会とはまた違うだろ」
それも一理あると思う。
委員会になってくるとクラスのことを考えて、負担の少ないようにする。
学校行事での主導権を握れるかどうかならコミュニケーション能力の高い僕や曽我、長野がいくべき。
だけど、上山のように知った仲であればちゃんと話せる人も修学旅行のリーダーならば適任になり得る。
先述したように進学に使えると言うのなら上山にチャンスを与えるのもまた一案だ。
「委員会で先陣切れるかどうかなら確かにそうかもしれないけど、今は、もう時間もないし、また後でも変更はできるだろうから。とりあえず今は、曽我がリーダーってことじゃだめかな?」
磯野の言葉に曽我は納得していない。
僕が何か言わなければならないことはわかっているけれど、何を言えばいいのか僕にはわからなかった。
そして、どうして彼がこのタイミングでリーダーを退く判断をしたのか。普段なら二つ返事で答えてくれる曽我だから、違和感を感じた。
「ぶっちゃけ、面接で聞かれても修学旅行のグループリーダーをしてたってあんまり使える要素じゃないかもしれないし。私はいいかな」
上山はあっさり引き下がった。
なんだか引き下がる感じが僕に似ていた。
実際、この五人だけだと上山と話すことの方が多い。
長野よりも上山の方が付き合ったらいい感じになるのだろうか。
そんな考えに被りを振った。
それが好きと言う感情ではないことに気づいたからだ。
ただ長野に振られた悲しさを埋めたいだけ。
「わかった。それじゃやるよ。面接対策に使えないって言うなら、俺がやっても問題ないもんな」
軽口ではない口調にもしかすると曽我は今、怒っているんじゃないかと思った。
尋ねるよりも先にチャイムがなった。
授業は終わりだ。
担任が誰がリーダーになったか伝えるようにと告げる。
もう一度、確かめるべく口を開く頃には曽我は自分の席に戻っていた。
掃除の時間の前に聞きたいけれど、そんな時間はなさそうだ。
「なんかあった?」
上山が尋ねる。
「あぁ、いや。曽我がやんわり断ろうとするの初めてみた気がして」
「確かに。いつもイエスマンだもんね」
何か頼めば二つ返事で了承する。
どこか断れない意思を感じていたけれど、今回もまた断りきれなかっただけだろうか。
「その割に彼女いる話は聞かないな」
もしも長野が告白するとなった場合、曽我はOKするのだろうか。
「全部断ってるって聞いたよ」
「……全部?」
「うん。でも、好きな人の噂は聞かないし、聞いたところで答えてくれないんだって」
「いないわけじゃないのかな」
「いると思うけどねぇ。あれだけかっこよかったらモテるし、告白したらよしとしてくれる子はいるでしょ」
あれだけの美貌を兼ね備えていながらも恋愛には消極的なのか、それとも興味がないだけか。
考えたところでわかりはしなかった。
ただ上山が曽我と話す仲だということに驚きはした。
放課後、忘れ物をとりに教室に戻ると長野が机に向かって勉強していた。
「よ、勉強中?」
「そうだよ。あなたみたいに暇じゃないので」
振ったくせに彼女はいつも通りに会話をしてくる。
友達のままがいいという彼女にとってはいいのかもしれない。
僕の気持ちは置いといて、彼女の気持ちには答えたい。
付き合えなくても今こうして普通に会話ができているのならいいじゃないか。
そう思うようにして二週間。
僕に足りないのは何?と聞く勇気があったなら今頃また告白とかしたんだろうか。
曽我が好きだと知らなければ、何度でも告白しただろうに。
あんな強いやつに勝てるわけがない。
「暇なんで忘れ物取りに来ましたよっと」
机の中から筆箱を取り出し、長野に見せる。
「家で勉強するんだ」
「これから塾なんだよ」
「真面目だね」
「長野も変わらんよ」
じゃあ、と告げて教室を出る。
こんな短いやり取りに心を躍らせ、同時に苦しくなる。
僕が彼女としたかったのはこんなことだったんだろうか。
廊下から見る彼女の勉強姿。
正面から見たかった。
テストが近づいて、一緒に勉強しようだなんて言って教えあったりなんかもしたのだろうか。
まぁ、無理か。
モブキャラの僕が曽我には勝てない。
むしろヒロインの恋の成就を祈るべきなのかもしれない。
それもまた無理な話だった。
他のやつに取られたくないくせに、ナヨナヨして日和ってるだけ、嫉妬するだけで他で幸せになってほしいなんて思えない。
視界が滲む。
彼女から目を離す。
二週間前に泣いたばっかりだろう。
また泣くのか。
必死に目を拭う。
溢れちゃいけないんだ。モブキャラとして彼女の幸せを。
「あれ、川鳥まだ帰ってなかったの?って、あれ」
そこにいたのは、磯野だった。
「泣いてるの?」
目を拭いながら首を横にふる。
恋愛ごときで泣くバカがどこにいるってんだ。
「ね、絶対嘘じゃん。ほらほら」
肩を抱かれ、人気の少ない廊下に連れてかれる。
「座れ座れ」
廊下すぐの階段に腰をかけた。
「まだ諦めきれてないんだ」
磯野にはたくさん話を聞いてもらっていた。
どうやったら付き合えるか、振り向いてもらえるか。友達以上になれるのか。
「だって、そんな、無理だろ……」
膝に頭を擦り付けてボソボソという。
「長野ちゃんってみんなにあんな態度だから勘違いしちゃうよね」
僕の恋心は勘違いなんかじゃない。
「やっぱ曽我には勝てないのかな」
「無理でしょ」
「……」
辛辣な返しに言葉を失う。
てっきり慰めてもらえるものだと思っていた。甘い期待は苦味を持って返される。
「そもそも勝たなくていいんだよ。曽我が長野ちゃんのこと好きかどうかもわかってないんだよ?」
「まぁ、そうだけど」
「それに、あの感じだと恋愛からは離れているように見えるね。長野ちゃんが今告白しても付き合えないと思う」
「え、じゃあ」
「もう一度長野ちゃんに告白したって玉砕するのはあなただよ」
「……」
もっと優しい返しが欲しいと思う僕の心は甘えそのものだった。
「いいじゃない、好きな人がいるって。男女なら付き合えるかもしれないじゃん」
「……」
首を振る。それなら女子にでもなって長野の友達の方が断然いい。
「同姓同士って結構辛いものあるよ」
「女子同士なら距離近そうじゃん」
「近いだけで、いいことないよ。気持ちを伝えちゃったら離れちゃうから」
「……」
彼女が長野に対する気持ちは僕と同じものなのかもしれない。
「あの子はみんなに優しいから……。きっと傷を最小限にしようって気にしちゃってると思う」
「そっちの方が傷つく」
みんなに優しくするが故に、この想いのぶつけ口はないし、終わらせ方もわからない。
「私もあなたも報われない恋をしてるんだろうね」
「……」
磯野は慰めるでもなく僕の隣にいた。
好きな人の好きな人になれなかっただけ。
たったそれだけの事実を飲み込むのに未だ時間がかかりそうだった。
長野に恋をしたのは二年始業式の後。
高熱の中参加した始業式後にぶっ倒れた僕に声をかけてくれたのは長野だった。すぐ保健室に連れて行かれた。
去年から同じクラスだったけれど、当時は大した感情はなくて友達くらいの気持ちでいたから声をかけられたのには驚いた。
保健室のベッドで眠る。午前で帰宅できる予定だったから無理したけれど、親は出張で県外にいるため迎えにくることはない。
結果から言うとその日爆睡をかまして夕方まで寝た。
目が覚めるとそこにいたのは長野だった。
「お寝坊さん」
肩を優しくトントンしてくれる彼女に初めて友達とは違う感情を抱いた。普段ぶっ叩いてくる彼女が気を遣ってくれている。
なぜこの子はこんなにも優しいのだろう。
「普通、午前中に帰れる始業式で夕方まで学校にいる人いないよ」
「親、今日、いなくて」
カタコトの言葉をしっかり聞いてくれる彼女。
「そっか。ならしょうがないね」
「でも、どうしてこの時間まで」
「部活あったし、ついでに寄ったの。そしたら可愛い顔で寝てるから。つい写真撮っちゃった」
スマホ画面を見せてくる彼女。
そこにはアホヅラで寝ている僕の顔がある。
「あぁ、死にたい」
「死んじゃダメだよ。可愛いよこれ」
と、画面を見やる彼女は何やら操作を始める。
できたと声が聞こえると同時に僕にまた画面を見せる。
そこには猫の耳と髭を白色で付け足された僕がいる。
「落書きじゃん」
「猫みたいだね」
友達の関係とはわかっているけれど、無邪気な彼女の笑顔が可愛くて見惚れてしまって、気づけば体が熱くなるのを感じた。
明日は休みだからちゃんと寝なねという彼女。
家に帰り静かな部屋のベッドに潜り込む。
昼間に寝たせいか寝付けない。
瞼の裏には長野がいる。
完全に彼女に毒された。
結局一睡もできずに朝が来た。
「月曜、なんかお礼させてほしい。助けてくれたお礼」
「寝なさい」
とべシンっと叩く猫のスタンプが送られる。
普段なら会話してくれる彼女だが僕の体を気遣ってくれているようだった。
「優しいなぁ……」
思わず声が漏れる。
気づけばスマホを落として、眠っていた。
月曜になる頃には体調も良くなっていた。
「長野、あのお礼をさせてほしくて」
いつもなら普通に言えた言葉が言えなくなっている。
恋とは毒なのだろうか。
心臓がドキドキとして病院に行けば恋の病だなんて病名をつけられるかもしれない。
「いらないよー。だって、ちょっと覗き来ただけだから」
「えぇ、そう?」
「うん」
彼女はそれ以上に何も求めなかった。
これ買ってとか言わなかった。
男友達なら容赦無く高い飲み物を買わせてきたはずなのに。
彼女はそんなこと一切しなかった。
そんな彼女と話していると想いは増していく一方だった。
磯野の前で泣いたあの日から一週間、担任に呼び出されて職員室に向かう。
進学先について面談をしたいらしい。
「二年一学期末の試験見てる限り、もう少し上のランクを目指せるんだけど、挑戦してみないか?」
どうやら僕の学力的に候補の大学プラスアルファで行けるところがあるらしい。
そこには長野が第三希望までに含めている大学の名も候補にあった。
「まぁ、なんか前に言ってたこと含めるとあんまりここはお勧めできないかもしれないけど」
僕が長野に振られたと言う話を覚えていたらしい。気にしないでほしい。傷つく。
「大学進学に恋愛関係ないと思うんで。残念ながら僕が勉強したいものはありますね。長野と同じ大学に行けることになりますね」
ちょっと嬉しい。いや、キモいな。
「心理学を勉強したいんだよな。そう言った点では確かにそうだし、このまま確実に行ける範囲だけで決めるのはちょっと早計だと思う」
「……」
「もう少し考えてみて。候補はもう少し挙げてみるから」
話は以上らしい。
高校二年生にもなれば、大学進学のために動いていく必要がある。
一年生の頃から多少なりとも大学の情報を得てはいたけれど、二学期にもなったゆえに時間は刻々と迫っている。
受験勉強も考えれば、塾で対策していくだけでは足りないのかもしれない。
長野は何を学びたいのだろう。
僕の場合は、出張で家を留守にする親の心理に触れたい気持ちがあるのは間違いない。
少し前に父親は家に帰ってきていたけれど、またすぐに家を出て行った。
母親もここしばらく帰ってきていない。
仕事を理由に家をほったらかしているのはどうしてだろう。
子供への気持ちはそんなに希薄なものなのだろうか。
子供のために仕事をしていると言うのなら、確かに言い返す余地はない。
この先大学の費用も考えれば、僕一人で出せる金じゃない。
子供が出せるお金なんてコンビニで飲み物を買うくらいの小遣い。
私立大学になれば一千万は支払うらしい。県外になれば引越しの費用もかかる。
そのために外に出て働いていると言うのなら、どうして奇抜な格好して母親は外に出るのだろう。朝に帰ってくるのだろう。
散らかったリビングをそのままに出ていく母親を叱れる父親は仕事で留守にしている。
僕が何か言えば、誰のせいでこんなに働かなくてはならないのか問われる。
産んだのはそちらなのだからこちらに非はないだろうなんてこと口が裂けても言えない。
ならせめて、公立大学を目指すべきか。
やはりそうなると長野が目指しているA大学が候補になってくる。他県だから引越しは必要不可欠だろう。
他は県内だ。引越し費用はかからないけれど、どれも私立大学だ。
A大学を視野に勉強を再開しようか……。悩む。長野と一緒で長野は嫌じゃないだろうか。
僕のことなんか気にしてないか。モブキャラの僕に気を使う必要なんてない。
そんなこと思いながら教室に戻ると、いつかのように教室で一人勉強する長野の姿があった。
「今日も勉強?」
「川鳥、デジャブだね」
「いつもここで?」
「そうだね」
「塾で勉強したらいいのに」
長野も塾に通っていたはず。この時僕は彼女が塾を辞めていたことを知らなかった。
「塾さ、やめようと思って」
だからこんな言葉に嘘があるとさえ気づけない。
「……どうして?」
「お金かかるじゃん。あんまりお金かけさせたくないんだよねぇ」
「塾行かずにA大学ってあんまり聞いたことない」
「そうだよね……」
学校でも優しい人は、家でも優しいのかと思った。
僕なら気にせず塾に通う。
だけど、彼女は違う。ふと疑問に思い尋ねる。
「なんで、そんなに周りに優しいの?」
「……え?別に優しくないよ」
「じゃあ、なんで周りに気を使うの?僕のこと振ったって距離を置こうと思えばできたじゃん。でも、そうはしなかった。友達のままでいた」
「それは、友達でいてほしいからだよ」
「でも」
「キッパリ断わられて得するのはあなただけでしょ?吹っ切れるだろうから。でも私は得しない。私は友達が欲しいよ。あなたのような気を使わなくていい相手」
気を使わなくていい相手に思われている。それは、僕のことをモブだと思っているからだろうか。
その気持ちは好きな人だからできることだと思わないのだろうか。
彼女はそう言う人と友達でいたいのなら。
「曽我のことどうして好きなの?あいつ、気を使いそうじゃん。なのになんで、好きなの?」
「それ、今関係ある?」
はぐらかすように。
「関係ある。僕の気持ち知ってんじゃん。僕は……、綺麗さっぱり諦めたい。曽我には勝てない。あの美貌と運動神経全部持ってるようなやつ。どう違うんだろうってずっと気にしてる」
「……」
「長野にとって付き合うってどんな意味があるの……」
「……それは」
廊下の方から足音が聞こえる。
誰かが教室に来るかもしれない。
僕が長野に告白した事実は周知だ。
逃げるようにカバンを持ってじゃあ、と軽く返して廊下に歩速を早める。
ドアを開ける刹那。
「曽我のことそんなふうに言わないで」
好きな人を庇う彼女。
僕のことよりもなんてそれ以上に、彼女の気持ちを踏み躙っていたのだと今更気づいた。
「曽我は以前までもっと淡白で、でも優しいの。自分に自信がないだけで。だから、全部二つ返事で返しちゃうの。彼のこと私が一番よく知ってる。あーやって周りに合わせる彼、みてられない。私は」
「母性本能ってやつ?」
「え……」
「放って置けない人が好きなのかよ」
「それは……」
「そっか。じゃあ、僕は友達だな……。なんかこんなこと言ってる自分も気持ち悪いや……。ごめん、勉強中に変なこと聞いて」
「……」
「誰にでも優しくしてたらいつか酷い目に遭いそう。そーゆーの利用して都合よく使うクズっているじゃん。それが曽我だったら」
言いながらハッとする。
負け惜しみだ。
曽我に負けた犬が吠えただけ。
心理学を学びたいとか言いながら相手のこと考えてないのは自分の方だ。
「……ごめん。忘れて」
逃げるように教室を出て、扉を閉めた。
僕は、なんてひどい言葉を長野に浴びせてしまったのだろう。
こんなやつ、誰が好きになると言うのだろう。
最低だ……。
視界の端に男の姿が見える。
「曽我……」
全部聞かれていたのかもしれないと思うと居た堪れなかった。
返す言葉を持ち合わせていない。
「川鳥、あのさ」
「いやぁ、キモいね、僕は……。ごめん。長野のこと傷つけちゃったわ。なんとかしといて」
こんなモブの言うこと聞かなくてもいい。それ以上に曽我の言葉を聞きたくなかった。
どうせ長野にお似合いなのは曽我だ。
「俺と長野、どこがお似合い?」
「え?」
「表面だけでみてる?」
「いや、それは」
「顔がいいとかそんなところ?」
「みんな言ってるし」
「みんな言ってれば自分も言っていい?自分の言葉に責任がない?どうせ誰かが助けてくれる、淡い期待を抱いてる?」
「やめろ」
「じゃあ、協力してよ。俺も長野を傷つけたくない」
そばまで寄って耳に顔を近づける。
「長野の助け舟全部やめてね」
言葉の意味を理解できないまま、呆然とする。
「できなかったら、長野のこと傷つけちゃうから」
綺麗な笑顔で発せられた言葉に怒りは湧かなかった。
端的に告げた言葉を後に帰っていく曽我の背中を見やる。
上山が言っていた告白を全部断っている理由に直結するのだろうと考えておきながら傷つける理由までは理解できなかった。
しかし、曽我が言った言葉の意味をすぐに理解することになる。
翌週、長野が曽我に告白すると磯野から聞いた。
放課後にどこかで告白するらしい。磯野の気持ちは抑え、長野の恋愛相談に乗ったらしい。
一回当たって砕けて、もう一度告白すれば付き合えるんじゃないかと女子同士の会話で盛り上がったそうだ。
モブキャラには関係ない。
被りを振って忘れようにも傷つけてしまったことも何一つ忘れることはできていなかった。
一週間も長野と口を聞いていない。
彼女から声をかけてくれることは無くなったし、それが曽我に告白するためだと言い聞かせても、一度傷つけてしまった以上、自衛の言葉にしては足りなかった。
磯野の話を聞く限り、二人きりの時に告白するらしい。
放課後あたりだろうと思うけれど、今日は最悪なことに部活がある。
ばったりで食わすかもしれない。
それが杞憂に終わればよかったのに。
放課後、部活で必要な道具を取りに一人で階段を登っていると話し声が聞こえてきた。
どう考えても長野の声で相槌を打っているのは曽我だ。
少し近くまで行って聞き耳を立てる。
「あのさ、曽我って私のことどう思ってる?幼馴染以外で」
「特になんも」
「そっかぁ。私は好きだよ。幼馴染としてじゃなく。付き合ってください。私と」
「……」
「ダメかな」
「俺、優しいだけの人無理なんだよね」
「……え」
「いや、ほら、ずっと思ってたんだけど。周りに愛想よくしててキモいなって。なんて言うんだっけ。八方美人ってやつ?俺、一番嫌いなんだよね。付き合っても、俺のこと一番に考えないでしょ?」
「そ、曽我?」
まるで知らない人を目の当たりにしているような声音。
「無理、付き合えないね。それに川鳥になんか言われてたじゃん。優しさを都合よく使ってくるクズ?だっけ。長野はそう言うのがお似合いだと思う。幼馴染って高校生にもなって気にするやついないし」
あぁそれと。
「顔よくても中身めちゃくちゃブスだよな」
と笑う曽我。
「ひどい……」
長野の言う通りだった。何がなんでも言い過ぎだ。
ふと思い出す。傷つけるの言葉。彼は、助け舟さえなければここまで言わなかったのではないか。
「ひどいって、じゃあ、幼馴染を理由を付き合おうとしてる長野はなんなの?酷くないの?俺のこと一番よくわかってるって言ってる割に付き合いたい理由それっぽっちじゃん。気色悪い」
一週間前の僕らの会話、やはり聞いていたんだと知る。
こんなにも苛立ちを覚えたのはいつぶりだろうか。
長野が幼馴染ってだけで告白するようなやつに見えるのかよ。
彼女はもっとそれ以上の何かに気づいてると思えないのか。
「話したいことがそれだけなら帰るわ。時間無駄にした」
「ねぇ、待って」
聞く気もないのか曽我は階段を降りていく。
二階の廊下に隠れるも曽我は二階の廊下にきてしまった。
目が合うと曽我は無視して歩いていく。
「おい、待てよ」
曽我の歩む先を阻む。
彼はめんどくさそうに立ち止まる。
「何、全部聞いてた?」
「全部聞いた」
「……」
「あんな言い方ないだろ」
「いや、俺言ったよね。長野に助け舟出すなよって」
「それずっと考えてた。長野が好きだって気づいてたってことだよな。なんで」
「無責任に人を傷つけるやつにはちょうどいいカルマかなって」
曽我が以前僕と長野の会話を聞いていた時のこと。
『みんな言ってれば自分も言っていい?自分の言葉に責任がない?どうせ誰かが助けてくれる、淡い期待を抱いてる?』
えてしてやられたわけだ。けれど。
「人の好意に気づいていて、断る経験は何度もしたはずだ。なのに角が立つことはなかったはず。長野にあんな言い方する必要あるか?」
「じゃあ、逆に長野の何が好きなの?顔?体?性格?」
「それは、始業式の日に僕が熱で倒れて」
「あぁ、母性本能的な?それを得られたら誰でもいいの?上山でも磯野でも誰でも」
「違う」
「それをどうやって証明するの?状況が違えば誰でも良さそうじゃん」
「証明なんかできないけど、状況なんて今この瞬間にしか存在しない。僕が好きになったのは長野で、長野の優しさに触れたから。普段、叩かれたりするけどさ、でも……、もう、わかんない……。何が恋なのか。好きってなんなのか。みんな違うから、僕が正しいと思えない」
曽我の言う通りだ。
「みんなが言っていれば、安心できた。長野が優しいってみんな言ってるから優しいの一言で片付けた。でも、違うんだよ。長野は、あの長野だから好きなんだよ。曽我みたいな言い方して傷つけていい人じゃない。僕が許さない。長野の良さに気づけない曽我が付き合わなくてよかったって今、すごく思ってるよ」
曽我の目を見やる。
睨みつけるほど鋭い眼差しで。
「ならもうずっとそうしなよ。仲良しごっこでもして、外見だけで判断して、中身に興味を投じない形だけの恋愛ごっこ、楽しんで」
なのにどうして、煽るだけ煽った曽我が苦しんでいるのだろうかと。
まるで無理しているような。
長野が言っていた『曽我はもっと淡白で、でも優しいの。自分に自信がないだけで。だから、全部二つ返事で返しちゃうの。彼のこと私が一番よく知ってる。あーやって周りに合わせる彼、みてられない。私は』の意味はここにあるのか?
もしかして、人を好きになる気持ちがわからない?
刹那、彼は僕の肩を突き飛ばし早足で帰っていった。
何も悟れたくなさそうに、まるで僕らに壁を作るように距離を置いていた。
恋について考えることがある。
論理的に考えても間違うことがある。
それはきっとその人だからいいという良さがあってそれを説明するのに感情を省いてしまうから。
好きとは感情の一部で、嫌いもまたその一部。
付き合いたいと思うのは手放したくない気持ちの表れなのだとしたら、僕は長野を諦めきれない。
でもみんながみんな同じ考えではないと知るのもまた同時だった。
長野の気持ちを知るにはもう少し時間がかかりそうだ。



