五月が秒で終わってた件で、気づいたらもう六月。 梅雨目前。
 
 湿気? うん、来てるっぽい。
 でも俺、髪質いいから──フワるっていうより、むしろまとまる。

 あの日から、俺らは名前で呼ぶようになった。

 
てか、任太朗に言われなきゃ、
たしか俺、「任太朗」って口に出して呼んだこと、ねぇ。
 再会してからずっと、「お前」だけだったし。
 やっぱ、「任太朗」って、なんか呼びやすい。

 実際に口に出すと、スッと出てくる。なんなら、気持ちいい。

 
 で、任太朗のほうも。
今はもう、普通に「飛充」って呼んでくる。
 しかもさ、ちょい低めの声で、落ち着いたトーンで、「と」と「あ」、なんであんな丁寧に出すんだ? 
 イントネーションも……なんか妙に刺さるんよ。

 あいつの、敬語のわけも、本音も……なんとなく、わかってきたし。

 
 九年間、置かれてた──ってのは、正直まだ引っかかる。
 
けど、あいつ、なんか……苦しそうだったし。

 ずっと前から、俺のこと見てたって、
ちょいストーカー気質なやつも、

 まあ、重てぇ部類ではあんけど……でも、嬉しいよな。
 てか、俺モテるし? そーゆーの、わりと慣れてんっつーか。
 
……任太朗だから? ……嫌じゃねぇんだよな。

 で、大学には、「ラブバイカーカップル爆誕♡!!」の効果で、
もう俺と任太朗は、完全にラブカップルらしい。
 男と男だけど、それがふつー……っぽい? 
 
いや、俺がモテるから、アリってこと?
 なんかもう、よくわかんねぇ。
 
 そういや、あの日以降、食堂で任太朗、見かけたことねぇ。

 てか、そもそも──大学で会ってねぇ。
 なのに。俺が廊下歩いてんだけで、
だいたい全員、『猫背メガネ彼氏、今日も一緒〜?』みたいな挨拶みてぇになってんの。
 ……でもなぜか、嫌じゃねぇんだよな。

 女子からのメッセも、だいぶ減った。

 来ても、『タイプはしょうがない(泣)』とか『幸せにしてね♡』とか。会話も、『灰田くんがうらやましいです』とか、『私もバイク乗せて〜』とか言われるけど。
 ……なんか、それもどーでもいい。ってか、説明すんの、めんどくせぇし。

 
 俺と任太朗がどーゆー関係か──ちゃんと知ってんの、
佑介と蓮だけ。

 で、佑介のやつに、任太朗のこと、そんとなく聞いてみたんだけどさ、
 
毎回『あ〜〜? ま〜〜、真面目だったよな〜〜』みたいなノリで、誤魔化すだけ。

 テンション高いだけで、中身はゼロ。……絶対なんか隠してんの、あいつ。

 で、蓮にもさ、聞こうとしたんだよ。

「なぁ、お前さ、彼氏……」って言いかけたとこで、
ってか俺、
なにを? なんのつもりで?……わかんねぇし。
 ムリ。今はまだ、聞けねぇ。

 ……で、日常は続く。

 俺と任太朗は、
名前で呼ぶようになった以外、
 
任太朗の家政夫モードも、尽くしっぷりも、俺らの日常は変わらねぇ。
 はい、安定。日常。……に、見えんけど?
 
 いや、違うんだよ。実は変化してんの、毎日。じわじわと。
 
 俺が、任太朗のこと、なんか前より、じっくり観察してんの。
 あいつ、基本、無表情&無口じゃん?
 
 ……最近、その「無」が、微妙に、ちょっとだけ変わってんだよ。
 わかりづらいけど。俺、気づくんだよ。
俺だから気づける。
 人間観察得意だし。人間科学部トップだからな。

 たとえば、大学帰り。
 
俺が前は言ってなかったんだけど、最近なんか、自然と「ただいま」って言うようになっててさ。
 そしたら、あいつの『おかえりなさい』も、
『おかえりなさい、飛充』ってなるわけ。
 ──その「飛充」って付ける感じ、ズルくね? ちゃんと俺を呼んでる感じあんじゃん。
 
 で、あいつが帰るとき。

 前は『それでは失礼します』だったのが、
最近は『そろそろ帰ります、また明日来ます』になってんの。

 それになんかこう、ひと言、多いんだよな、最近。

『これ、飛充の好きなやつですから、たくさん作りました』とか、
『朝、もっと食べたほうがいいです。おにぎり、大きめにしたんで、冷蔵庫に入れときます』とか。
 ……気遣いの濃度、前より明らかに上がってる。

 ま、敬語のまんまで。あの日のタメ語、夢オチだった? くらい。

 ふつーにガンガン会話とかは、まあ、まだ無理っぽいけど。
 そのひと言ひと言に……なんか、やけに貴重。

 そんで、目。
 ──俺を見る目。

あいつの目、最近ちょっと変わってきてんのよ。

 前はさ、真剣な話以外、家政夫モードんときは、あんま目とか合わせてこなかったくせに、

 最近、「合わせようとしてる」感、めっちゃあんの。

 たとえば、夕メシ後。
俺が『ふわふわデリシャスのチーズケーキ食いてぇな〜』って言ったらさ、
『はい。すぐ買いに行ってきます』って、即答。
そのときの目、合わせたまんま、じわ〜って。長ぇの。
 (ちなみに「ふわふわデリシャス」ってのは、マンションから徒歩七分の、ちょっとイイ感じの高級ケーキ屋。)
 
 で、『で、今日のメシなに?』って聞いたら、
鍋でもフラバンでもなく、俺に──
『親子丼です』って、目線で答えてくる。
 
 あとさ、『あのさ、前ポケットにスタッズついてるシャツ、どこいった?』って聞いたときも──
『干してます』って、返事と同時にちゃんと目、見てきてさ。
 
 ……なぁ、なんなんだよ、その目。
てか、俺も、あいつの目線いちいち……気にしてんの。マジで。

 次は……距離。

 ──物理的な、距離感。最近、なんか、近ぇ。

 たとえば、洗面所のフェイスタオル。
いつもなら洗いたてのが、パキッてかかってんのに、その日はなかった。
「タオルねーけど?」って呼んだら、任太朗が無言で持ってきて。
 
で、手渡すとき──指先が、めっちゃ俺の指に触れてきて。絶対わざと。

 で、そんで。
俺またソファで寝落ちてたんだけど、
 耳元で──『風邪ひきますよ、飛充』。声、低くて、やさしくて……顔、距離ゼロ。

 てか、お前がここで寝落ちたときもあっただろ!? ってと思って
、俺、そのとき起きてたけど、寝たふりしたし。
 ドキドキの質が……心臓に悪すぎたんだけど。
 で、気づいたら毛布、かけられてた。この前、俺があいつにかけたやつ。なんか、ちょっとあったかかった。

 あとさ、それに、うん……土日、任太朗と会わなかった時間──
 なんかこう……ちょっとだけ、寂しかった……気が、する……ような……?

 ……まぁでも、だからって、どーこうしたいとかじゃなくてさ。

 幼なじみにも、もう戻れねぇって。
「付き合わない」って拒否したのも、任太朗。あいつのほう。
 でもまあ、今は、それでいい。
 
……だって、九年もブランクあって、今さら幼なじみって呼ぶのもなんか違うし。

 付き合うって、軽く言った俺も……まぁ、悪かったかもな。勢いだけで言ったっていうか。
 本気の「付き合う」って
……もっとこう、ちゃんとお互い好きって思って、
恋っていうか……そーゆーの、ちゃんとあってから言うやつなんじゃねぇの?

 で、俺は任太朗のこと、す──……す、すき……?
 
……いや、知らねぇけど。好きって、どーゆー感じか、わかんねぇんだ。
 俺、ずっと好かれる側だったし。

 でも任太朗だけには──なんか、勝手にドキドキの質が、変なんだよな。
 
 ……ちょっと好きって感じ、わかってきた気がすんの。
 いや、まだはっきりじゃねぇ。
でも、……ちょっとだけ。ほんの、ちょっとだけな。

 で、今こーして任太朗がそばにいて、俺の名前、ふつーに呼んできて。

 幼なじみってほどでもねぇし、家政夫ってだけでも、もうねぇし。
 
 なんかさ、──幼なじみ未満・家政夫以上になってきて、

 この感じ──悪くねぇ。