……え、
 体、バッキバキ。動かねぇ。
腕……感覚ゼロ。
 てか、これもう、麻痺ってんやつじゃん。

 ジリッと、光。……まぶっ。

 てか今、顔が……
俺、俺の腕の上に顔のっけて寝てた!?
 
 朝の光……って? カーテンの隙間から? って、朝? もう朝??

「……朝!? マジで!?!?」
 
 視界に、ドンッて入ってきたのが──
任太朗の顔。
至近距離。
 いや、ちょ、近っ!? え、顔!?

「っっあ!? ちょっ、なっ、近っ!!」

 反射で体のけぞった。ゴツンッ!! 背中、コーヒーテーブルに直撃。

「……いっててて……!」

 は? は?? 
俺、正座でソファの前にいて、
てか、寝落ちしてたっぽいけど!

 えっ? ちょっと待て。これ……任太朗と……添い寝? 

 この距離で!? 顔、ガチ至近距離だったんだけど!?

「お前……今、なに!? これどーゆー状況!? 俺、寝てた!? いや、マジかよ……!!」

 顔、熱ッつ。心臓、うるせぇ。
冷静とかムリ! 分析どころじゃねぇ!!

「てか、今、何時っ!?」

 スマウォ確認──『8:36』

「うっわ!! やっべぇぇ!!!」

 俺のバカデカい声に、毛布の中、ゆっくり動いて──

「……っ、と……飛充……?」

 任太朗が、
うつ伏せのまんま、寝ぼけながら、顔だけ、ゆっくり俺の方に向けてきた。

 俺はソファからちょっと離れたとこで、そのまんまドサッとへたり込み中。

「ちょ、お前っ……! なんでまだいんの!? つーか、てか、これ添い寝状態じゃね!? いやいやいや、朝!! 今日、授業!! 一限!!」

 ──んっ!? 

 ──「飛充」って?

「今、『飛充』って言ったよな!? また!! 寝言じゃなくて、今度マジで!?」

 なのにこいつ、
のそのそ起き上がりながら、いつものテンポで、いつもの敬語。

「金井さん。 申し訳ございません。おはようございます」

「ちげぇしっ!! なんで『金井さん』戻ってんだよ! てか今それじゃねぇし!!」

 俺は髪、ガシガシ掻いて、ぐしゃぐしゃにかき乱しながら、もう半パニック。

 こいつだけ朝の空気まとって、普通に呼吸してんの。
 猫背なのはもう仕様ってことで、姿勢だけはきっちり正して座ってて──毛布、持って、ぬるっと、静かに、

「本当に 申し訳ございません。金井さんが、いつもお使いになっているソファに、匂いが少し残っておりましたので、つい、横になってしまいました」

「──はあああ!? においって!? 俺の!? 俺の匂いってこと!?」

 意味わかんなすぎて、顔も手もマジ落ち着かねぇ。
 目も、どこ見ていいかわかんなくて、エアコンと任太朗の顔の間を何度も往復してた。

「お前、今、なにを! いや、平常ぶって言うな!! やめろっ!」

「嘘は言ってません。それと、毛布、ありがとうございました」

 毛布を丁寧に畳みながら、くしゃっと天パ頭で真顔。
 ……いやもう、反論の余地ねーじゃん。

 そんで、こいつは、
まるでなにもなかったかのように、ふつーにキッチンの方へ歩いてって、

「冷蔵庫に、鶏南蛮うどんを入れてあります。お味噌汁も用意してありますので、温めれば──」

「おいおいおいっ、話の切り替え早すぎな!? てか今、朝メシとかじゃねぇだろ!」

 俺、慌ててガバッて立ち上がって、着てんイケてるデニムシャツの袖をまくりながら、スマウチ、チラ見る──

「やっば! マジで時間ねぇ! ぶっ飛ばす!」

 バイク出せば、十五分。今すぐなら……九時ギリ、いける。

「……てか、お前も、一限だろ!?」

 こいつは冷蔵庫閉めて、

「はい。自転車で、たぶん間に合います」

「いや無理だろ!? お前のチャリ、サビすぎてギコギコ鳴ってんじゃん!!」

「頑張れば大丈夫だと思います」

「頑張るな! 乗れ! 送る!」

 俺、迷いゼロ。即決。って言ってやった。
 
 任太朗は、こくりと頷いただけだった。

 俺はそのまんま玄関にダッシュ。

 任太朗もすぐついてきて、いつもの、
 上は、古着っぽいグレーシャツ。中に黒T、下は黒チノ。登山リュック、背負ってる。
 ──安定すぎる地味コーデ。

 で、俺、
靴棚の上、ママが勝手に置いてった、ピンク。しかも紫ハート柄。
って目にも痛ぇ、視界ジャックのジェットヘルを、ガッてつかんだ。
 ……まさか、この日が来るとはな。
 誰も乗せたことねぇのに。

 ……ってか、乗せたくなかったのに。……なんでだよ、俺。
 
 でも今は、そんなこと言ってん場合じゃねぇ。時間ねーし。

「ほら」

 ふつーに、任太朗にそのピンクヘル差し出してた。
 
 
任太朗もまた、ためらいなく受け取って、すぽっとかぶった。  

 明らかにサイズ合ってねぇ。小せぇし。

 黒いぐっちゃぐちゃの天パが、ヘルメットからムギュって飛び出してて、
ボリューム倍増してんじゃんって錯覚。なんなんそれ。

 ブハッ、吹き出した。笑い止まんねぇ。

「いや、まだ被らんでいいよ」って言おうとしたんだけど、
ムリ。笑いが先にきて、言葉になんねぇ。
 
 無表情。ピンクヘル。登山リュック。
猫背だから、横から見ると、余計にリュックのボリューム感。浮く。

 いろいろおかしすぎんのに、なんか……妙に成立してんのが、面白い。
 
 なのに、
任太朗はいつも通り無表情、無言で、
ふたりそろってエレベーターへ。
 運よく誰もいなくて、マジ感謝。


 
 俺はヘルメットかぶって、バイクにまたがって、エンジンかける。
 
ゴウン、って低く響いた音に、よっしゃ。

「よし、急ぐぞ! 乗れ。それ、俺の持っといて」


 そう言いながら、俺のイケてるショルダーバッグをひょいって任太朗に投げる。

 当然の流れで、任太朗は登山リュック背負ったまんま、俺のバッグもしれっと肩にかけた。

 ──猫背の荷物二段。

 で、こいつはそのまんま。スッと乗ってきた。
 マジで、俺のバイクに。俺の後ろに。

 ……え、今ので、もう二人乗り成立……? 人生初の。
そーゆーもん? なんか……。
 
 で、アクセル吹かして発進しようとした、
 
 そのとき──


 背後から、低めの声──

「どこに掴まればいいですか」

 ──え。……?

「はっ!? 知らねぇよ! てか、俺に聞くな!」

 
いやマジ、こっちが聞きてぇ。
 
男同士でバイク二人乗りとか、どこに手ぇ置くかのマニュアル、誰か作っといてくれ!

「……まあ、適当でいーよ。俺、運転、上手いから。たぶん、落ちねぇし」


「はい。では、掴ませていただきます」

 って、低音トーンが聞こえた直後──

 すぐ。俺の腰に

 ──え、なんか……来た。まわってきた。
両手!? 
 両手だよな、これ!?
 指先の感触、じわって、服の上からでもわかる。
 
 ……こいつの手に、俺の腰、掴まれてんだけど!? 

 ……おいおいおい、なにこれ。



「っっえぇ!?!?」
 
 声、バカデカい。
 
 マンションの立体駐車場にバウンドした。
 跳ね返った俺の声が、もう一回「えぇ!?」って叫んだくらい。

 ──なのに。
背後からくる感触……なんか、増してきてんだけど!?

 なにこれ、ぬくい。
背中に、ぴたって……くっついてる。

 で、そこにグッて──重み? 気配? 

 これ、こいつの──上半身? 
 ……たぶん、胸。いや、任太朗が、まるごとひとまとまりで、
俺に、のしかかってきてん感じ。
 
 体温、服ごしでも余裕でわかる。

 じんわり、じわじわ、くる。背中、あったけぇ……っ!!

 距離感、ゼロどころかマイナス!!

「ちょ、ま、なんか……もうちょい、ゆるくてよくね!?」


「これ以上離すと、バランスを崩す可能性がありますので」

 こいつ、冷静すぎるっ!!

 こっちはもう、ドキドキの質が背中までせり上がってんの!

 てか、落ち着け俺!
 今は、バイク──運転──学校、学校に行け! 一限、間に合わすのが最優先!

 アクセルをぎゅっと握って、ガッて回した。えっ!? 力入りすぎてんの!

 ──ブンッ! 

 ──急発進!?!?

 やべっ、今の絶対下手だった! 下手くそって思われた!? 

「ちげぇし! 俺のスキル問題じゃねぇからな!? お前のせいだからな!」

 バイク走り出して、
風、ヒュウって抜けてんのに──背中、熱ッ!! 
 いや、これ……俺が勝手に熱くなってるだけか!? 

 心臓も、バカみたいに跳ねてんだけど!?

 
 
 前、見えてるけど! 前は見てるけど!! 集中? ムリムリムリ!

 
なのに、背中越しに伝わってくんのは

 ──ただただ、こいつの、落ち着いた鼓動。

 ……こいつ、落ち着いてんじゃん!?

 これどーゆー状況!?
 好きって言ったの、お前のほうだろ!?
 俺の今のこれは、なに!?!?

 で、このまんまじゃ、事故る!! 
 
 ……俺は、アクセルをガンガン回す。
 
 集中、集中……できる! 俺は、イケてるからっ!!

 ──ブンブンッ!!

 ……で、結果は、
事故なし! 違反なし! 転倒もなし! 

 信号も、なぜか全部、青。
って、奇跡かよ。なんとか一限に間に合った。

 
 マジで、こんな状態でよく走り切ったな。

 
 さすが俺のスキル。
俺、素晴らしすぎる。えらすぎる。