で、今日。GW初日。
 時間はたぶん、朝八時ちょい前。
 
 俺、俺のマンション、テガいベッドの上。

 マットは、ちょい重めのやつ。体、じわ〜って沈む感じの。

 たしか、有名なホテルでも使ってんメーカーらしい。

 で、考えてた。

 昨日のこと。
任太朗のこと。

 ……つか、任太朗の「好き」のこと。
 
 改めて思う。
やっぱ、あいつに好かれてんのって、気分いい.
 いや、もう正直、今まで誰に言われた「好き」より──
マジ気分いい!
 ……ちょっと懐かしい感じが混じってんのか?
 
 あいつ、俺とは真逆で、地味で、猫背で、無口で、メガネで……ダサい。
 ……なんか──ガッツリ「男前」なんだよな。
 手が早いし。頭いいし、無駄に力あんし。

 それに、俺に一途。九年ぶりのくせに。

 俺はモテるけどさ。

 ガキのときから、ずっと俺のこと……こんなに……なんか、新しい優越感っていうか。

 いや、でも嬉しい。嬉しいんだよ、たぶん。ってか、絶対ちょっとは、嬉しい……かも。

 ……え、ちょ、……顔、熱ッ。は? なにこれ。ちょ、やめろ。
  
 気づいたら、布団の中。もぐってた。

 十分? 十五分? 
 ……いや、もっとかも。

 グチャグチャループの中、混乱しすぎで、
とりあえず布団蹴って立ち上がった。

 キッチン行ったら、冷蔵庫ん中に置いてあった。
任太朗の、予備しといたチキンサンド。
 ラップの上にメモ。『600Wで20秒。トマトは別皿』。


 パンはカリふわ、ちょい甘。チキン柔らか。これな。好きなやつ。
 
 結局、あいつのこと、また考えてんじゃん、俺。

 ……とりあえず、腹ごしらえして。

 
支度して、エレベーター降りて、


 マンションの立体駐車場。
 バイクエリア。
 ──俺の愛車、今日もちゃんと俺を待ってた。
 免許取る前に「これがいい」って決めて、即、パパが買ってくれたやつ。
 高一で免許取ってから、ずっと乗ってる。オールブラックの400cc。
 見た目も音も、ちゃんとイケてる系。
 日本のやつだけど、細身でキレあって、ブラック光りがマジで映える。

 キー差して、ヘルメットかぶって、グローブつけて、エンジン始動。

 今、バイクの上。
 向かってんのは、約一ヶ月ぶりの実家。

 そいういえば、任太朗はGWぜんぶバイト入れてんらしい。マジ真面目すぎ。

 道はちょい混んでたけど、春の風ビュンビュン。

 最近買ったイケてるレザージャケットに、風がバシバシ当たって、テンション爆上がり。
 スピード出して、すり抜けて、信号待ち。
 ふとミラーに映った、ブラックのフルフェイス。
 ──やっぱ、バイク乗ってんときの俺、超イケてる。



 都内近郊の、高級住宅街の端っこにある、ちょい目立つ白い一軒家。

 緩いカーブのアプローチに、ちょっとした植栽。
 で、広めの庭。
パパとママの外車も、いつも通り並んでる。

 ──まあ、俺の実家。

 そのアプローチ抜けて、庭を横切って、玄関前にバイクを滑り込ませるように停めた。

 その瞬間、

「ちょっと飛充~! またカッコよくなってるじゃないの〜!」

 ママが全力スマイルで家から飛び出してきた。

 ママは明るくて、ナチュラル美人。
 流行りのショートカットがやたら似合う。
 で、俺はママ似。ありがとう、遺伝子。正直、パパは顔フツーだからな。

 ママの元気な声に、俺も元気倍増。


「でしょ? ちゃんと見てんじゃん、さすがママ」

 ヘルメットのフェイス、カパッと上げて、言ったら、すぐママが、

「ちょっとちょっと、誰か乗せてきたんでしょ!? 大学で彼女できた!? ピンクのヘルメット、彼女できたらって思って用意しておいたのよ〜。使った?」

「あれ、ママが勝手に置いたやつじゃん! てか、俺、誰か乗せてぇとか考えたこともねぇし。乗せてねぇし、彼女もいねぇし。いい? 俺はモテモテでOK。前から言ってんだろ」

 ヘルメットを外して、脇に抱えたまま、バイクからからサッと降りた。

 そう。誰か乗せるのって、ちょっとめんどい。後ろに人いんと、変に気つかうし。
 てかそもそも、俺のバイクは、俺のもんだし。

 だから、「誰も乗せねぇ主義」。
 好きなときに曲がって、止まって、走って。そのほうが気楽。自由。最高。ずっとそうしてきた。

 なのに、ママが俺の背中ペシペシ叩きながら、

「でもねぇ? ほんとに好きな子ができたら、違うと思うわよ〜?」

「……違う、ねぇ。そんなん、想像できねぇし」

「好きより、好かれるほうがいいし」

 ガチで思ってんこと、そのまんま口から出た。

 だって俺は、好かれる側。

 ママはニヤニヤしながら「うんうん」って頷いて、そして──

「でもさ? 好かれて嬉しいって……もうそれ、好きってことじゃない?」

「……は? いや、は? 『好かれて嬉しい=好き』って!? あいつに!?」

 ちょっと声デカくなった俺に、ママの笑顔はさらに増してて、

「ふぅ〜ん? あいつってすぐ出るあたり、気になってるじゃな〜い?」

「……いやいやいや。ちょ、待て待て待て、それはねぇから!」

 ……たぶん。いや、たぶんし? たぶん、かも。
 だって俺さ、任太朗が『好きです』って言ってきて──なんか気になって。
 また言われてさ。……で、ちょっと、嬉しかった。
 
 まぁ、あいつが勝手に一途で、
 それを俺が……まぁ、その……嬉しいって思ってた……かも?
 
「……え、俺って……もしかして──好き……っぽい…!?」

「どうでしょうね」


 ママがさらにニヤニヤ深めて、


「ふふーん」なんて鼻歌まじりで、俺を置いて先に玄関の中へ。

 ……ちょ、待て、なんか悔しい。
俺もすぐあとを追って――。


 マンションよりめちゃ広〜い実家に入ると、
ヘルメットとグローブを玄関隅の棚にポン。
 ショートブーツを脱ぎながら、


「ただいまー。パパ〜……あれ? パパは?」

 可愛い一人息子に出迎えなしって、ちょっと意外。

 飛びついてくるくらいのテンション、勝手に想像してたんだけど。

「ごめんね、パパ、急にアメリカ出張。一ヶ月よ。
今朝なんて『飛充に会いたかった〜!』って、ちょっと泣きそうになって出てったわ」

 ママが苦笑いしながら、俺が脱いだレザージャケットとイケてるボディバッグを受け取ってくれる。

「……なんだよ、せっかく帰ってきたのに、いねーのかよ。タイミング悪っ」

 パパはバリバリの仕事人間だけど、俺には昔っから、ベッタベタ。
 欲しいって言えば、なんでも即買い。
 ついでに、付属のクレジットカードも使い放題。俺への溺愛、常に全開。

 なんかこー、「飛充には直接会って甘やかす」って方針らしくて、メッセも既読スルーか、スタンプ一個で終了。
 会わない時間のやり取りには、基本なし。
 ……意味わかんねぇけど、まぁ……あれで俺には激甘なだけか。

 俺が「ひとり暮らししてみたい」って言ったときも、『だめだぁ……!』とか言って、ガチ泣き寸前。
 ママが『飛充もそろそろ自立しないとね』って説得してくれて、
 大学までバイクで十五分、超安全エリアの高級マンションを、パパが涙目でなだめられながら、しぶしぶ探してくれたわけ。

「帰ってきたら教えてな。俺、ちょこちょこ顔出すから」

「はいはい、飛充はほんとにいい子ねぇ」

 ママが微笑んで、俺の頭をポンポン。

 ……もう大学生なんだけど。


 ダイニングのテーブルには、すでに唐揚げ、チキンステーキ、チャーハン、サラダ、そして味噌汁。
 ……相変わらず、ママの料理、最強。
 
 で、とりあえず味噌汁からいってみる。

「……うわ、うまっ!」

 反射で出たその声に、ママがふわっと笑って俺の顔をのぞいてくる。

「美味しいでしょ? 久しぶりのママの味」

「あ、うん……さすが、ママ」

 って言いかけたけど──

 ……なんか、違ぇんだよな。出汁? 味噌? 具? いや、全部うまいんだけど──ちょい濃い。

 茶碗、持ったまんま固まった。

 ……俺の舌、任太朗基準になってね? 
 あの、ちょい甘で優しい味……落ち着いてたなって。
 やっべ、味覚まで侵食されてる? 俺。

 そんなとき、ママがふと、

「そういえばさ、あの子、料理ほんと上手よね? 任太朗くん」

「……あー、うん。なんか……マジで、プロかよって感じ」

  って、言ったら、茶碗を置いて、顔あげた。

「てかさ、ママ、任太朗と連絡とってたのに、俺にはなにも言わなかったよな?」

 つい聞いて、

「急にマンション来るし、なんか他人行儀だし。んで、ママがメッセで『いろいろある』って言ってきたじゃん? ……あれなに? マジ意味わかんねぇし」

 ちょいモヤ気味の俺に、ママは味噌汁をひと口すすって──

 笑ってんだけど、目の奥がどこかやわらかくて、でもちゃんと真剣で。

「……飛充、それはね、ちょっと訳があるのよ」

「は? 訳って?」

「任太朗くんね、昔からちょっと家庭が複雑だったの。お父さんのことも色々あって……お母さんも体が弱くて、昔は病院通いが多かったのよ」

「……へぇ……」

 なんか、うまく言えないけど。それ、知らなかった。いや、知らされてなかった、だよな。

「ママね、ずっと任太朗くんのお母さんとやり取りしてて、昔、少しだけだけど──お金の支援もしてたの」

「……マジで?」

「うん。でね、任太朗くんがお願いしてきたの。『飛充には言わないでください』って」

「は? なんで内緒? 俺にだけ言わねぇ理由、あんの?」

「飛充に、余計な心配させたくないからじゃない? ほら、飛充は優しいから」

 ママはやわらかく笑って、俺をまっすぐ見た。

「ずっと憧れだったのよ、あの子。小さい頃から、飛充が大好きだったの。……今も、ね」

 ……なにその言い方。なんか、あったかいっていうか……。

「うん。知ってる……っつか、聞いたし。あいつ本人から」

 そんで、ママの目、ちょっと潤んで、

「そう。だからね。ママが飛充に家事サポート探してたとき、任太朗くんから連絡が来たの。『やらせてください』って」

「……あいつ、あの真顔で、そんなの背負って来たわけ?」

 ……それ、もう使命じゃん? 一瞬、心ん中がシンってなった。
 すぐあとに、ぐるっと疑問が戻ってくる。

「……てかさ、なんで任太朗、ママが家事サポート探してんとか知ってんの?」

「それはね──ママが、ついポロッと言っちゃったのよ」

 ぺろっと舌出して、悪びれもせずにママ。

「……は?」

「『一人暮らしさせるのはいいけど、飛充、絶対生活力ないのよ〜』って。つい、任太朗くんのお母さんに話しちゃって」

「……ちょ、ママ、それ!」

 マジかよ……いや、ふつーに恥ずっ!

 ママは平然に戻ってて。味噌汁すすってる。
……って、しかもそこで急に──

「昔、かけっこして、わざと飛充に負けてたのよ。あ〜もう、可愛かった〜!」

「わざと俺に負けたって!? なんだそれ……」

 口、半開きになった。

「可愛いから、いいじゃない」

「マジで!? ……てか、なんでママがそんなの知ってんの?」

「見てればわかるわよ。ママの勘」

「は!? いや、は!?!? なにそれ、意味わかんねぇ〜!」

 なのに、ママはニコニコしながら、さらっと言ってくる

「だから、任太朗くんと仲良くしてね〜」

「なんだよ、それ……! 俺だけ、なにも知らねぇーじゃん。ズルくね?」

 ぶつけるみたいに言って、味噌汁の茶碗をまた手に取って、
 ゴクッて飲んだら──喉んとこ、

 「熱ッ……!」


 
 その夜、ベッドにゴロンして、天井ぼーっと見てたら……なんか、胸んとこ、チクってした。

 任太朗のこと、また考えてた。

 地味で真面目? 
 ……いや、そんな単純じゃねぇし。

 母ちゃんとふたりで、金もなくて、モテもせず、友たちも……たぶん、いねぇ。
 俺が当たり前に持ってんもん、あいつは、持ってなかった。

 けどさ、「好きです」とか、「恋愛です」とか、
 あいつ、平気な顔して言ってきたんだよな。
  
 ……俺、なにも知らなかった。好かれて、
 ……ちょっと嬉しかったのかも。
 
 でも、俺も好き? そりゃ……まだ、わかんねぇ。



 GW、連休中、友たちと遊んだり、女子とメッセで盛り上がったり、ママと高級ティータイム決めたり、ガッツリ買い物して、イケてる服も大量仕入れ。
 
 いつも通り。充実。完璧。の、はずだった。
 
 なのに、気づいたら──頭ん中、任太朗。
 
 あいつに──会いてぇ、かも。