で、今日。GW初日。
時間はたぶん、朝八時ちょい前。
俺、俺のマンション、テガいベッドの上。
マットは、ちょい重めのやつ。体、じわ〜って沈む感じの。
たしか、有名なホテルでも使ってんメーカーらしい。
で、考えてた。
昨日のこと。 任太朗のこと。
……つか、任太朗の「好き」のこと。
改めて思う。 やっぱ、あいつに好かれてんのって、気分いい.
いや、もう正直、今まで誰に言われた「好き」より── マジ気分いい!
……ちょっと懐かしい感じが混じってんのか?
あいつ、俺とは真逆で、地味で、猫背で、無口で、メガネで……ダサい。
……なんか──ガッツリ「男前」なんだよな。
手が早いし。頭いいし、無駄に力あんし。
それに、俺に一途。九年ぶりのくせに。
俺はモテるけどさ。
ガキのときから、ずっと俺のこと……こんなに……なんか、新しい優越感っていうか。
いや、でも嬉しい。嬉しいんだよ、たぶん。ってか、絶対ちょっとは、嬉しい……かも。
……え、ちょ、……顔、熱ッ。は? なにこれ。ちょ、やめろ。
気づいたら、布団の中。もぐってた。
十分? 十五分?
……いや、もっとかも。
グチャグチャループの中、混乱しすぎで、 とりあえず布団蹴って立ち上がった。
キッチン行ったら、冷蔵庫ん中に置いてあった。 任太朗の、予備しといたチキンサンド。
ラップの上にメモ。『600Wで20秒。トマトは別皿』。
パンはカリふわ、ちょい甘。チキン柔らか。これな。好きなやつ。
結局、あいつのこと、また考えてんじゃん、俺。
……とりあえず、腹ごしらえして。
支度して、エレベーター降りて、
マンションの立体駐車場。
バイクエリア。
──俺の愛車、今日もちゃんと俺を待ってた。
免許取る前に「これがいい」って決めて、即、パパが買ってくれたやつ。
高一で免許取ってから、ずっと乗ってる。オールブラックの400cc。
見た目も音も、ちゃんとイケてる系。
日本のやつだけど、細身でキレあって、ブラック光りがマジで映える。
キー差して、ヘルメットかぶって、グローブつけて、エンジン始動。
今、バイクの上。
向かってんのは、約一ヶ月ぶりの実家。
そいういえば、任太朗はGWぜんぶバイト入れてんらしい。マジ真面目すぎ。
道はちょい混んでたけど、春の風ビュンビュン。
最近買ったイケてるレザージャケットに、風がバシバシ当たって、テンション爆上がり。
スピード出して、すり抜けて、信号待ち。
ふとミラーに映った、ブラックのフルフェイス。
──やっぱ、バイク乗ってんときの俺、超イケてる。
都内近郊の、高級住宅街の端っこにある、ちょい目立つ白い一軒家。
緩いカーブのアプローチに、ちょっとした植栽。
で、広めの庭。 パパとママの外車も、いつも通り並んでる。
──まあ、俺の実家。
そのアプローチ抜けて、庭を横切って、玄関前にバイクを滑り込ませるように停めた。
その瞬間、
「ちょっと飛充~! またカッコよくなってるじゃないの〜!」
ママが全力スマイルで家から飛び出してきた。
ママは明るくて、ナチュラル美人。
流行りのショートカットがやたら似合う。
で、俺はママ似。ありがとう、遺伝子。正直、パパは顔フツーだからな。
ママの元気な声に、俺も元気倍増。
「でしょ? ちゃんと見てんじゃん、さすがママ」
ヘルメットのフェイス、カパッと上げて、言ったら、すぐママが、
「ちょっとちょっと、誰か乗せてきたんでしょ!? 大学で彼女できた!? ピンクのヘルメット、彼女できたらって思って用意しておいたのよ〜。使った?」
「あれ、ママが勝手に置いたやつじゃん! てか、俺、誰か乗せてぇとか考えたこともねぇし。乗せてねぇし、彼女もいねぇし。いい? 俺はモテモテでOK。前から言ってんだろ」
ヘルメットを外して、脇に抱えたまま、バイクからからサッと降りた。
そう。誰か乗せるのって、ちょっとめんどい。後ろに人いんと、変に気つかうし。
てかそもそも、俺のバイクは、俺のもんだし。
だから、「誰も乗せねぇ主義」。
好きなときに曲がって、止まって、走って。そのほうが気楽。自由。最高。ずっとそうしてきた。
なのに、ママが俺の背中ペシペシ叩きながら、
「でもねぇ? ほんとに好きな子ができたら、違うと思うわよ〜?」
「……違う、ねぇ。そんなん、想像できねぇし」
「好きより、好かれるほうがいいし」
ガチで思ってんこと、そのまんま口から出た。
だって俺は、好かれる側。
ママはニヤニヤしながら「うんうん」って頷いて、そして──
「でもさ? 好かれて嬉しいって……もうそれ、好きってことじゃない?」
「……は? いや、は? 『好かれて嬉しい=好き』って!? あいつに!?」
ちょっと声デカくなった俺に、ママの笑顔はさらに増してて、
「ふぅ〜ん? あいつってすぐ出るあたり、気になってるじゃな〜い?」
「……いやいやいや。ちょ、待て待て待て、それはねぇから!」
……たぶん。いや、たぶんし? たぶん、かも。
だって俺さ、任太朗が『好きです』って言ってきて──なんか気になって。
また言われてさ。……で、ちょっと、嬉しかった。
まぁ、あいつが勝手に一途で、
それを俺が……まぁ、その……嬉しいって思ってた……かも?
「……え、俺って……もしかして──好き……っぽい…!?」
「どうでしょうね」
ママがさらにニヤニヤ深めて、
「ふふーん」なんて鼻歌まじりで、俺を置いて先に玄関の中へ。
……ちょ、待て、なんか悔しい。 俺もすぐあとを追って――。
マンションよりめちゃ広〜い実家に入ると、 ヘルメットとグローブを玄関隅の棚にポン。
ショートブーツを脱ぎながら、
「ただいまー。パパ〜……あれ? パパは?」
可愛い一人息子に出迎えなしって、ちょっと意外。
飛びついてくるくらいのテンション、勝手に想像してたんだけど。
「ごめんね、パパ、急にアメリカ出張。一ヶ月よ。 今朝なんて『飛充に会いたかった〜!』って、ちょっと泣きそうになって出てったわ」
ママが苦笑いしながら、俺が脱いだレザージャケットとイケてるボディバッグを受け取ってくれる。
「……なんだよ、せっかく帰ってきたのに、いねーのかよ。タイミング悪っ」
パパはバリバリの仕事人間だけど、俺には昔っから、ベッタベタ。
欲しいって言えば、なんでも即買い。
ついでに、付属のクレジットカードも使い放題。俺への溺愛、常に全開。
なんかこー、「飛充には直接会って甘やかす」って方針らしくて、メッセも既読スルーか、スタンプ一個で終了。
会わない時間のやり取りには、基本なし。
……意味わかんねぇけど、まぁ……あれで俺には激甘なだけか。
俺が「ひとり暮らししてみたい」って言ったときも、『だめだぁ……!』とか言って、ガチ泣き寸前。
ママが『飛充もそろそろ自立しないとね』って説得してくれて、
大学までバイクで十五分、超安全エリアの高級マンションを、パパが涙目でなだめられながら、しぶしぶ探してくれたわけ。
「帰ってきたら教えてな。俺、ちょこちょこ顔出すから」
「はいはい、飛充はほんとにいい子ねぇ」
ママが微笑んで、俺の頭をポンポン。
……もう大学生なんだけど。
ダイニングのテーブルには、すでに唐揚げ、チキンステーキ、チャーハン、サラダ、そして味噌汁。
……相変わらず、ママの料理、最強。
で、とりあえず味噌汁からいってみる。
「……うわ、うまっ!」
反射で出たその声に、ママがふわっと笑って俺の顔をのぞいてくる。
「美味しいでしょ? 久しぶりのママの味」
「あ、うん……さすが、ママ」
って言いかけたけど──
……なんか、違ぇんだよな。出汁? 味噌? 具? いや、全部うまいんだけど──ちょい濃い。
茶碗、持ったまんま固まった。
……俺の舌、任太朗基準になってね?
あの、ちょい甘で優しい味……落ち着いてたなって。
やっべ、味覚まで侵食されてる? 俺。
そんなとき、ママがふと、
「そういえばさ、あの子、料理ほんと上手よね? 任太朗くん」
「……あー、うん。なんか……マジで、プロかよって感じ」
って、言ったら、茶碗を置いて、顔あげた。
「てかさ、ママ、任太朗と連絡とってたのに、俺にはなにも言わなかったよな?」
つい聞いて、
「急にマンション来るし、なんか他人行儀だし。んで、ママがメッセで『いろいろある』って言ってきたじゃん? ……あれなに? マジ意味わかんねぇし」
ちょいモヤ気味の俺に、ママは味噌汁をひと口すすって──
笑ってんだけど、目の奥がどこかやわらかくて、でもちゃんと真剣で。
「……飛充、それはね、ちょっと訳があるのよ」
「は? 訳って?」
「任太朗くんね、昔からちょっと家庭が複雑だったの。お父さんのことも色々あって……お母さんも体が弱くて、昔は病院通いが多かったのよ」
「……へぇ……」
なんか、うまく言えないけど。それ、知らなかった。いや、知らされてなかった、だよな。
「ママね、ずっと任太朗くんのお母さんとやり取りしてて、昔、少しだけだけど──お金の支援もしてたの」
「……マジで?」
「うん。でね、任太朗くんがお願いしてきたの。『飛充には言わないでください』って」
「は? なんで内緒? 俺にだけ言わねぇ理由、あんの?」
「飛充に、余計な心配させたくないからじゃない? ほら、飛充は優しいから」
ママはやわらかく笑って、俺をまっすぐ見た。
「ずっと憧れだったのよ、あの子。小さい頃から、飛充が大好きだったの。……今も、ね」
……なにその言い方。なんか、あったかいっていうか……。
「うん。知ってる……っつか、聞いたし。あいつ本人から」
そんで、ママの目、ちょっと潤んで、
「そう。だからね。ママが飛充に家事サポート探してたとき、任太朗くんから連絡が来たの。『やらせてください』って」
「……あいつ、あの真顔で、そんなの背負って来たわけ?」
……それ、もう使命じゃん? 一瞬、心ん中がシンってなった。
すぐあとに、ぐるっと疑問が戻ってくる。
「……てかさ、なんで任太朗、ママが家事サポート探してんとか知ってんの?」
「それはね──ママが、ついポロッと言っちゃったのよ」
ぺろっと舌出して、悪びれもせずにママ。
「……は?」
「『一人暮らしさせるのはいいけど、飛充、絶対生活力ないのよ〜』って。つい、任太朗くんのお母さんに話しちゃって」
「……ちょ、ママ、それ!」
マジかよ……いや、ふつーに恥ずっ!
ママは平然に戻ってて。味噌汁すすってる。 ……って、しかもそこで急に──
「昔、かけっこして、わざと飛充に負けてたのよ。あ〜もう、可愛かった〜!」
「わざと俺に負けたって!? なんだそれ……」
口、半開きになった。
「可愛いから、いいじゃない」
「マジで!? ……てか、なんでママがそんなの知ってんの?」
「見てればわかるわよ。ママの勘」
「は!? いや、は!?!? なにそれ、意味わかんねぇ〜!」
なのに、ママはニコニコしながら、さらっと言ってくる
「だから、任太朗くんと仲良くしてね〜」
「なんだよ、それ……! 俺だけ、なにも知らねぇーじゃん。ズルくね?」
ぶつけるみたいに言って、味噌汁の茶碗をまた手に取って、
ゴクッて飲んだら──喉んとこ、
「熱ッ……!」
その夜、ベッドにゴロンして、天井ぼーっと見てたら……なんか、胸んとこ、チクってした。
任太朗のこと、また考えてた。
地味で真面目?
……いや、そんな単純じゃねぇし。
母ちゃんとふたりで、金もなくて、モテもせず、友たちも……たぶん、いねぇ。
俺が当たり前に持ってんもん、あいつは、持ってなかった。
けどさ、「好きです」とか、「恋愛です」とか、
あいつ、平気な顔して言ってきたんだよな。
……俺、なにも知らなかった。好かれて、
……ちょっと嬉しかったのかも。
でも、俺も好き? そりゃ……まだ、わかんねぇ。
GW、連休中、友たちと遊んだり、女子とメッセで盛り上がったり、ママと高級ティータイム決めたり、ガッツリ買い物して、イケてる服も大量仕入れ。
いつも通り。充実。完璧。の、はずだった。
なのに、気づいたら──頭ん中、任太朗。
あいつに──会いてぇ、かも。
時間はたぶん、朝八時ちょい前。
俺、俺のマンション、テガいベッドの上。
マットは、ちょい重めのやつ。体、じわ〜って沈む感じの。
たしか、有名なホテルでも使ってんメーカーらしい。
で、考えてた。
昨日のこと。 任太朗のこと。
……つか、任太朗の「好き」のこと。
改めて思う。 やっぱ、あいつに好かれてんのって、気分いい.
いや、もう正直、今まで誰に言われた「好き」より── マジ気分いい!
……ちょっと懐かしい感じが混じってんのか?
あいつ、俺とは真逆で、地味で、猫背で、無口で、メガネで……ダサい。
……なんか──ガッツリ「男前」なんだよな。
手が早いし。頭いいし、無駄に力あんし。
それに、俺に一途。九年ぶりのくせに。
俺はモテるけどさ。
ガキのときから、ずっと俺のこと……こんなに……なんか、新しい優越感っていうか。
いや、でも嬉しい。嬉しいんだよ、たぶん。ってか、絶対ちょっとは、嬉しい……かも。
……え、ちょ、……顔、熱ッ。は? なにこれ。ちょ、やめろ。
気づいたら、布団の中。もぐってた。
十分? 十五分?
……いや、もっとかも。
グチャグチャループの中、混乱しすぎで、 とりあえず布団蹴って立ち上がった。
キッチン行ったら、冷蔵庫ん中に置いてあった。 任太朗の、予備しといたチキンサンド。
ラップの上にメモ。『600Wで20秒。トマトは別皿』。
パンはカリふわ、ちょい甘。チキン柔らか。これな。好きなやつ。
結局、あいつのこと、また考えてんじゃん、俺。
……とりあえず、腹ごしらえして。
支度して、エレベーター降りて、
マンションの立体駐車場。
バイクエリア。
──俺の愛車、今日もちゃんと俺を待ってた。
免許取る前に「これがいい」って決めて、即、パパが買ってくれたやつ。
高一で免許取ってから、ずっと乗ってる。オールブラックの400cc。
見た目も音も、ちゃんとイケてる系。
日本のやつだけど、細身でキレあって、ブラック光りがマジで映える。
キー差して、ヘルメットかぶって、グローブつけて、エンジン始動。
今、バイクの上。
向かってんのは、約一ヶ月ぶりの実家。
そいういえば、任太朗はGWぜんぶバイト入れてんらしい。マジ真面目すぎ。
道はちょい混んでたけど、春の風ビュンビュン。
最近買ったイケてるレザージャケットに、風がバシバシ当たって、テンション爆上がり。
スピード出して、すり抜けて、信号待ち。
ふとミラーに映った、ブラックのフルフェイス。
──やっぱ、バイク乗ってんときの俺、超イケてる。
都内近郊の、高級住宅街の端っこにある、ちょい目立つ白い一軒家。
緩いカーブのアプローチに、ちょっとした植栽。
で、広めの庭。 パパとママの外車も、いつも通り並んでる。
──まあ、俺の実家。
そのアプローチ抜けて、庭を横切って、玄関前にバイクを滑り込ませるように停めた。
その瞬間、
「ちょっと飛充~! またカッコよくなってるじゃないの〜!」
ママが全力スマイルで家から飛び出してきた。
ママは明るくて、ナチュラル美人。
流行りのショートカットがやたら似合う。
で、俺はママ似。ありがとう、遺伝子。正直、パパは顔フツーだからな。
ママの元気な声に、俺も元気倍増。
「でしょ? ちゃんと見てんじゃん、さすがママ」
ヘルメットのフェイス、カパッと上げて、言ったら、すぐママが、
「ちょっとちょっと、誰か乗せてきたんでしょ!? 大学で彼女できた!? ピンクのヘルメット、彼女できたらって思って用意しておいたのよ〜。使った?」
「あれ、ママが勝手に置いたやつじゃん! てか、俺、誰か乗せてぇとか考えたこともねぇし。乗せてねぇし、彼女もいねぇし。いい? 俺はモテモテでOK。前から言ってんだろ」
ヘルメットを外して、脇に抱えたまま、バイクからからサッと降りた。
そう。誰か乗せるのって、ちょっとめんどい。後ろに人いんと、変に気つかうし。
てかそもそも、俺のバイクは、俺のもんだし。
だから、「誰も乗せねぇ主義」。
好きなときに曲がって、止まって、走って。そのほうが気楽。自由。最高。ずっとそうしてきた。
なのに、ママが俺の背中ペシペシ叩きながら、
「でもねぇ? ほんとに好きな子ができたら、違うと思うわよ〜?」
「……違う、ねぇ。そんなん、想像できねぇし」
「好きより、好かれるほうがいいし」
ガチで思ってんこと、そのまんま口から出た。
だって俺は、好かれる側。
ママはニヤニヤしながら「うんうん」って頷いて、そして──
「でもさ? 好かれて嬉しいって……もうそれ、好きってことじゃない?」
「……は? いや、は? 『好かれて嬉しい=好き』って!? あいつに!?」
ちょっと声デカくなった俺に、ママの笑顔はさらに増してて、
「ふぅ〜ん? あいつってすぐ出るあたり、気になってるじゃな〜い?」
「……いやいやいや。ちょ、待て待て待て、それはねぇから!」
……たぶん。いや、たぶんし? たぶん、かも。
だって俺さ、任太朗が『好きです』って言ってきて──なんか気になって。
また言われてさ。……で、ちょっと、嬉しかった。
まぁ、あいつが勝手に一途で、
それを俺が……まぁ、その……嬉しいって思ってた……かも?
「……え、俺って……もしかして──好き……っぽい…!?」
「どうでしょうね」
ママがさらにニヤニヤ深めて、
「ふふーん」なんて鼻歌まじりで、俺を置いて先に玄関の中へ。
……ちょ、待て、なんか悔しい。 俺もすぐあとを追って――。
マンションよりめちゃ広〜い実家に入ると、 ヘルメットとグローブを玄関隅の棚にポン。
ショートブーツを脱ぎながら、
「ただいまー。パパ〜……あれ? パパは?」
可愛い一人息子に出迎えなしって、ちょっと意外。
飛びついてくるくらいのテンション、勝手に想像してたんだけど。
「ごめんね、パパ、急にアメリカ出張。一ヶ月よ。 今朝なんて『飛充に会いたかった〜!』って、ちょっと泣きそうになって出てったわ」
ママが苦笑いしながら、俺が脱いだレザージャケットとイケてるボディバッグを受け取ってくれる。
「……なんだよ、せっかく帰ってきたのに、いねーのかよ。タイミング悪っ」
パパはバリバリの仕事人間だけど、俺には昔っから、ベッタベタ。
欲しいって言えば、なんでも即買い。
ついでに、付属のクレジットカードも使い放題。俺への溺愛、常に全開。
なんかこー、「飛充には直接会って甘やかす」って方針らしくて、メッセも既読スルーか、スタンプ一個で終了。
会わない時間のやり取りには、基本なし。
……意味わかんねぇけど、まぁ……あれで俺には激甘なだけか。
俺が「ひとり暮らししてみたい」って言ったときも、『だめだぁ……!』とか言って、ガチ泣き寸前。
ママが『飛充もそろそろ自立しないとね』って説得してくれて、
大学までバイクで十五分、超安全エリアの高級マンションを、パパが涙目でなだめられながら、しぶしぶ探してくれたわけ。
「帰ってきたら教えてな。俺、ちょこちょこ顔出すから」
「はいはい、飛充はほんとにいい子ねぇ」
ママが微笑んで、俺の頭をポンポン。
……もう大学生なんだけど。
ダイニングのテーブルには、すでに唐揚げ、チキンステーキ、チャーハン、サラダ、そして味噌汁。
……相変わらず、ママの料理、最強。
で、とりあえず味噌汁からいってみる。
「……うわ、うまっ!」
反射で出たその声に、ママがふわっと笑って俺の顔をのぞいてくる。
「美味しいでしょ? 久しぶりのママの味」
「あ、うん……さすが、ママ」
って言いかけたけど──
……なんか、違ぇんだよな。出汁? 味噌? 具? いや、全部うまいんだけど──ちょい濃い。
茶碗、持ったまんま固まった。
……俺の舌、任太朗基準になってね?
あの、ちょい甘で優しい味……落ち着いてたなって。
やっべ、味覚まで侵食されてる? 俺。
そんなとき、ママがふと、
「そういえばさ、あの子、料理ほんと上手よね? 任太朗くん」
「……あー、うん。なんか……マジで、プロかよって感じ」
って、言ったら、茶碗を置いて、顔あげた。
「てかさ、ママ、任太朗と連絡とってたのに、俺にはなにも言わなかったよな?」
つい聞いて、
「急にマンション来るし、なんか他人行儀だし。んで、ママがメッセで『いろいろある』って言ってきたじゃん? ……あれなに? マジ意味わかんねぇし」
ちょいモヤ気味の俺に、ママは味噌汁をひと口すすって──
笑ってんだけど、目の奥がどこかやわらかくて、でもちゃんと真剣で。
「……飛充、それはね、ちょっと訳があるのよ」
「は? 訳って?」
「任太朗くんね、昔からちょっと家庭が複雑だったの。お父さんのことも色々あって……お母さんも体が弱くて、昔は病院通いが多かったのよ」
「……へぇ……」
なんか、うまく言えないけど。それ、知らなかった。いや、知らされてなかった、だよな。
「ママね、ずっと任太朗くんのお母さんとやり取りしてて、昔、少しだけだけど──お金の支援もしてたの」
「……マジで?」
「うん。でね、任太朗くんがお願いしてきたの。『飛充には言わないでください』って」
「は? なんで内緒? 俺にだけ言わねぇ理由、あんの?」
「飛充に、余計な心配させたくないからじゃない? ほら、飛充は優しいから」
ママはやわらかく笑って、俺をまっすぐ見た。
「ずっと憧れだったのよ、あの子。小さい頃から、飛充が大好きだったの。……今も、ね」
……なにその言い方。なんか、あったかいっていうか……。
「うん。知ってる……っつか、聞いたし。あいつ本人から」
そんで、ママの目、ちょっと潤んで、
「そう。だからね。ママが飛充に家事サポート探してたとき、任太朗くんから連絡が来たの。『やらせてください』って」
「……あいつ、あの真顔で、そんなの背負って来たわけ?」
……それ、もう使命じゃん? 一瞬、心ん中がシンってなった。
すぐあとに、ぐるっと疑問が戻ってくる。
「……てかさ、なんで任太朗、ママが家事サポート探してんとか知ってんの?」
「それはね──ママが、ついポロッと言っちゃったのよ」
ぺろっと舌出して、悪びれもせずにママ。
「……は?」
「『一人暮らしさせるのはいいけど、飛充、絶対生活力ないのよ〜』って。つい、任太朗くんのお母さんに話しちゃって」
「……ちょ、ママ、それ!」
マジかよ……いや、ふつーに恥ずっ!
ママは平然に戻ってて。味噌汁すすってる。 ……って、しかもそこで急に──
「昔、かけっこして、わざと飛充に負けてたのよ。あ〜もう、可愛かった〜!」
「わざと俺に負けたって!? なんだそれ……」
口、半開きになった。
「可愛いから、いいじゃない」
「マジで!? ……てか、なんでママがそんなの知ってんの?」
「見てればわかるわよ。ママの勘」
「は!? いや、は!?!? なにそれ、意味わかんねぇ〜!」
なのに、ママはニコニコしながら、さらっと言ってくる
「だから、任太朗くんと仲良くしてね〜」
「なんだよ、それ……! 俺だけ、なにも知らねぇーじゃん。ズルくね?」
ぶつけるみたいに言って、味噌汁の茶碗をまた手に取って、
ゴクッて飲んだら──喉んとこ、
「熱ッ……!」
その夜、ベッドにゴロンして、天井ぼーっと見てたら……なんか、胸んとこ、チクってした。
任太朗のこと、また考えてた。
地味で真面目?
……いや、そんな単純じゃねぇし。
母ちゃんとふたりで、金もなくて、モテもせず、友たちも……たぶん、いねぇ。
俺が当たり前に持ってんもん、あいつは、持ってなかった。
けどさ、「好きです」とか、「恋愛です」とか、
あいつ、平気な顔して言ってきたんだよな。
……俺、なにも知らなかった。好かれて、
……ちょっと嬉しかったのかも。
でも、俺も好き? そりゃ……まだ、わかんねぇ。
GW、連休中、友たちと遊んだり、女子とメッセで盛り上がったり、ママと高級ティータイム決めたり、ガッツリ買い物して、イケてる服も大量仕入れ。
いつも通り。充実。完璧。の、はずだった。
なのに、気づいたら──頭ん中、任太朗。
あいつに──会いてぇ、かも。
