あれから、任太朗が俺のマンションに来んの、もう日常になってる。

 月曜から金曜まで、大学終わったらスーパー寄って、そのまんま俺のマンション直行。
 で──家政夫モード発動。

 家事スキルも完璧で全部やってくれる。
 料理、掃除、ゴミの日もちゃんと出してるしお風呂のお湯を張るのも、全部ぬかりなく整ってる。

 俺は俺で、大学ライフまあまあ忙しいっつーか。

 こないだ出したレポート、先生にめっちゃ褒められたし? 優秀だからな俺。

 人間科の中じゃ、一番頭いいし。しかもモテる。……最高じゃん。

 あとさ、ピョンピョンオシャレ同好会っていう、イケメン限定のサークル。

 入学初日になんか会長にスカウトされて、まあ、ちょこちょこ顔出したりしてんし。

 俺の人間科、基本一限ねぇけど、五限とか六限が夕方まであって、
任太朗の栄養科は逆に朝から午前集中っぽい。

 で、俺が帰ってくん頃には、
もうあいつがいて、
ちゃんと部屋片付けてあって、夕飯も完璧に用意されてる。みてぇなバターン。

 メシ、うまい! 親子丼だけじゃなくて、日替わり、だいたい俺の好きな鶏肉系。
 メニューのバリエも豊富。味噌汁の出汁と具のバランスが、毎回ちょうどいい。
 
 
で、夜になったら「それでは失礼します」って言って、自分のアパートに戻ってく。

 
 しかも、
翌朝の朝メシまで冷蔵庫にちゃんとスタンバってんの。抜かりなさすぎだろ。

 聞いたら、帰ってからまた家事やって、母ちゃん(会社員)とふたり暮らし。

 深夜まで勉強して、土日は定食屋でバイトらしい。

 俺も土日は友達と遊ぶし、外食で済ませること多いから、まあ、合ってはいんけど。

 俺の生活が──快適すぎん。
 なんかもう、あいつの「使命」達成って感じ。

 ……けど、生活は快適なのに、
脳ん中はずっとざわついてんのよ。

 俺、十八年間、悩みゼロで生きてきたのよ。
 
寝て起きて食って遊んで、勉強して、笑って、モテて。ずっとそれだけ。だった
 
 なのに、任太朗。
最近、人生で初めて、悩みってやつができた。
 ──いわゆる、俺の「グチャグチャループ」。

 グチャグチャループのひとつが──会話なさすぎ問題。

 あいつがしゃべってくれんねぇ。てか、しゃべんねぇうちに、しゃべるタイミングも見つけにくい。
 
 幼なじみのくせに、それってどうなん。マジ、いい気しねぇ。
 ……けどさ、九年も会ってなかったし、そーゆーもんか? 
 つか、俺ら、ガキの頃どんな感じで喋ってたっけ……?
 
 昔は「飛充」って呼んでたのにな。今はずっと「金井さん」。
 
 やりとりって言っても、
 俺がソファでゴロゴロしながらスマホいじったり、パソコンで課題とかレポートやってるときに、『おい、コーラ持ってきて』とか、
『アイス食いてぇ。ハーゲンダッツな』って言って、
任太朗が「はい」、「わかりました」って、買ってきてくれるみてぇだけ。
 
 てか、アイス、あいつ毎回、味の違うやつ選んでくるセンスよ。
絶妙に俺の好きそうなやつばっか。

 でさ、さらにグチャグチャループの中に……いや、矛盾なんだけど。

 最初、あいつのこと、なんかムカついてたはずなんだよ。
 マジで、ムカつくはずなのに。
 
でも、今、もう生活が快適すぎて、
あっさり流されてんの、俺。

 で──
俺、案外、こーゆー王様ポジも悪くねぇって思ってんの。
 
 ひとりっ子で、ずっとパパとママに甘やかされて育ってきたし。
 なにでもやってもらえる家だったし、大事にされんのがふつーだった。
 
 でも、任太朗の、あの、静かで従順な感じ。
 言えば動くし、言わなくても察してくる。
 俺の言うことサッと聞いて、丁寧すぎんくらいの敬語。
 なんかもう、大事にされてんってより、なんか……尽くされてんって感じ。
 わりと新感覚。これ、気分いい。悪くねぇ。

 で、気づけば──俺は、そんな任太朗の動きに、ソファで視界の端っこで、ずっと追ってんの。
 ……人間観察ってやつだな。人間科の本能。

 あいつ、いつも黒Tに黒チノ。家政夫モードのときは、そこに黒エプロン追加。
 なんか地味だったはずなのに、俺センスのブラック空間に染まってて、
 ちょっと、それっぽくなってきてんのが、なんか落ち着くんだよ。

 無表情で、足音ひとつ立てねぇ。無言の気配り。静かな気配。
 掃除もさ、無駄がなくて、動きが妙にスムーズなんだよ。
 雑巾、モップ、ワイパー。掃除道具は常にピッカピカ。
 
 俺がいんから掃除機使わねぇっていう、優しい気づかいまで完備。

 モップかけるときの手首の角度とか、動かし方とか、地味に小刻みでさ。
 雑巾の折り方とか、絞るときだけ若干真剣な顔になるの、なんなんだよ。
 ちょこちょこ移動して、キュッ、スッ、ピタッ、みたいな。妙にリズムいいし。

 バルコニーじゃ、俺のイケてる服を干しててさ。
 Tシャツの肩幅とか微調整してん姿、ちょっとジワる。
 
 アイロンでシャツの袖なぞってるときの真顔、なんなん。
あの、シワ一個も許さねぇ感じ。

 ソファ前の、上質シルクカーペットの向こう。コーラ置いたコーヒーテーブル越しに、
 猫背で正座して、干してたやつを畳んでんのよ、あの、無駄に几帳面な手つきで。

 しかも、特に……俺のイケてるボクサーブリーフまで丁寧に畳んでんの、なんかもう、妙に面白いんだよ。

 ……で、なんだろな。
あいつがいると、なんか落ち着く。すげぇ、落ち着くんだ。

 そんで、さらにさらに、俺のグチャグチャループの中──俺の……心臓? 

 たまに、ドキッてすんのよ。意味わかんねぇけど。
 いわゆる──俺の「ドキドキの質」。

 猫背ってさ、フツーダサいはずじゃん? 
 なのに、あいつの背中、動きがシャキッとし……なんか、エグいんだけど。

 俺のために料理してる、その後ろ姿。
 背中のラインから漂ってくる、あのガチ男子力? なんなん。

 しかもだよ。あの、しっかりした腕で、黒T越しでもわかる筋の入り方とか、なにさりげなく出してきてんだよ。
 ……男前成分、ってやつ? 
 見るたび思うけどさ、
俺、どっちか言うとスリムで、筋肉ちょい足りねぇ側なんだから。ズルくねー?

 こないだなんて、通販でお気に入りのブランドから、最新のデニム出てて。
 どれもイケてて、選ぶの面倒になって、どうせ似合うだろって、全種類・全色まとめ買いしたわけ。
 トータル十二本。ついでにシャツも十二枚。ノベルティのセットまで付いて、
 ダンボールがマジ重くて……「うわ、重っ」って持ち上げようとした瞬間に──任太朗が、サッと横から持ってった。
 ……なんか、やたらカッコいいんだけど。
 まあ、なんていうか。ドキッとした。なにそれって。

 そういや、俺はママ似。
ちょい色白で、目はちょい大きめ。まつ毛も長め。

「カッコいい」はもちろん、「綺麗」とか言われんの、慣れてんし。
 でも、
任太朗から感じる、あの……なんつーか、男前みてぇなやつ?
 ああいうの、俺、一回も言われたことねぇし。
 …………なんか、ズルくね。俺がモテるのに。

 それがさ、さらにさらにさらに、俺のグチャグチャループの中──最大級の悩み。
 
 任太朗が『好きです』──って言ったくせに、
あれっきり、一言も言ってこねぇ。
 その話、一ミリも掘ってこねぇし、ずっとノータッチ。

 ……なんで言わなくなったんだよ。
 ふつーは、もうちょい押してくんとか、
目合わせてくんとか、あんだろ?
 
 あいつ、ただただ黙って、尽くして、「使命」だけ、きっちり果たしてんの。
 
 あいつの「好き」って、なんなんだよ。
めちゃくちゃ気になるんだけど!

 
 俺、今まで多く多く多くの人から告られてきたし、ついこの前も、また何人かにされたばっか。
 相手が俺に夢中だってのが、伝わってくん感じ。……あれが気分いいんだ。基本は。


 
 でも任太朗って、
その、好かれてんとか、欲しがられてんとか
 ──
そーゆー俺が勝ちって感じ……ねぇ。まったく感じねぇ。

 あいつ、なに考えてんだよ……なに欲しくて、なにしたくて……? 
 ……マジ、わかんねぇんだけど。