任太朗って、俺のなんなんだよ──
 
……で、俺は、任太朗にとってなんなんだよ?
 二段階でバグって、
 
 昨日の『飛充にとって、今、私は何ですか?』
 あのセリフ。脳内でエンドレスリピートしてんだけど。


 結局また寝れねぇし。
 で、今日も授業、ぜんっぜん集中できねぇ。


 ……任太朗って、
俺のこと、好き。恋愛。

 守ってくれてて、尽くされてて、
俺のこと、ちゃんと見てくれてて。──で、終わり?

 俺も好き。うん、好き。──で、終わり? 

 でもさ、好きの先にあるこれは……
なんなんだよ。
これって、マジで恋なんか?
 ……てか、男と男で、そんなの、あるのかよ。
 マジで、わかんねぇ。

 グチャグチャぐループの中、頭ぐるぐるさせながら──


 なんとか、ラストの五限。
 感情心理学概論の教室へ。

 で、教室入った瞬間、黒板に、デカデカ書かれてたのは──

「本日のテーマ:恋愛感情」
 
 ……は? 
うっそだろ、マジで? 今、それ出す? 
 タイミング……悪っ! いや、むしろ、良すぎねぇ? 


 先生は、ふつーに淡々と語り始める。

 ……こっちはぜんっぜんふつーにじゃねぇんだけど。

 (※講義内容はすべてフィクションです)

「好意という感情には、段階があります。友情とは、好意をベースに、持続的な信頼関係を築いた状態を指します」

 ……友情、ね。
佑介とか、蓮とか。そういうやつ。
 
「一方、恋愛という好意は、共感や安心感、落ち着きといった情動に加え、より強い関心と執着を伴う、個人的かつ限定的な感情です」

 ……個人的で、限定的……? それ──
任太朗じゃんかよ。

「恋愛とは、単なる友情とは異なり、人間の対人感情の中でも非常に複雑で、多様な心理的・生理的変化を伴うものです」

 ……まぁ、そりゃそうなんだろ。

 ……それって今の俺に、マジ当てはまってねぇ? 
 
「それは、相手に対して、生理的・心理的に持続する高い感受性が発生している状態です。
具体的には、交感神経が優位になり、相手の近くにいるだけで心拍数が上昇し、鼓動が速くなり、体温も上がる。こうした生理反応が観測されます」
 
 ……まあ……そういうもん。
 ……いや、マジで。
ドキドキの質、なんかもう、俺、ふつーじゃねぇんだって最近。
 
「恋愛の特徴のひとつに、思考の占有があります。れは、日常的な思考が、無意識にその相手へと向かい続ける状態を指します」

 ……はい。
俺の脳内、ずっと任太朗中心グチャグチャぐループなんだけど!?

「恋愛という感情にも、段階があります。
最初は関心や注意の集中といった認知的傾向から始まり──
必ずしも好意とは限らず、時には違和感や苛立ちなど、ネガティブな感情から始まるケースもあります」

 ……それ、最初、ちょっとムカついたし。

 ……なんか気になって、めっちゃ見てたし。マジで観察してた!! こいつなんなんだよ、って思いながら、ずっと目で追ってた。
 
「恋愛初期には、相手の姿を見ただけで報酬系が刺激され、幸福感を感じるという現象が見られます。その段階では、一緒にいられるだけで嬉しいという状態が現れます」
 
 ……うん。
……はい。任太朗、そこにいるだけで──マジで嬉しい。
 
「やがて、その感情は身体的接近欲求──
つまり、もっと一緒にいたいという感情へと移行していきます」
 
 ……ちょ、待て待て待て。
それ、俺もう……移行済み!?
 
「なお、恋愛感情には、独占欲や、他者が対象と親密に関わることへの否定的情動──
いわゆる嫉妬が含まれます。
相手のことを自分よりも知っている他者がいる場合、
自己の感情が脅かされると感じることもあります」

 ……あー、それ。……栄養科の女子にモヤったの……それじゃん。
 ……俺だけ、任太朗のこと知らねぇのが、
すっげぇ悔しかったんだよな。
 え、あれって、
まさか──マジ嫉妬ってやつだったんかよ!?

「さらに、恋愛進化論の観点では、
相手の笑顔や行動に、自分の情動が自然と連動する傾向が確認されています。
これは“感情的同調”と呼ばれる心理現象であり、恋愛初期に特に顕著に見られるものです」
 
 ……うわ、それ。
めっちゃあんやつ!
 任太朗が笑うとさ、レアだけど──
なんか知らねぇけど、俺も無性に笑いたくなるんだよ。

 
「また、触れたいという接触欲求があるにもかかわらず、
『壊したくない』『距離を保ちたい』という心理的ブレーキが働くのも、恋愛感情の特徴です」
 
 ……それ、寝てる任太朗の、あの猫背の山に。
触れかけて、止めた俺。
 え、なに、あれ──
心理学的に、正しかったってこと!?

 
「さらに、恋愛感情には逃避傾向も見られます。
これは、相手から直接的な感情を向けられたときに、反射的に距離を取ってしまう現象です。
自我の防衛本能による反応とされます」
 
 ……キス、寸前ってとこで、反射で避けた俺。
 ちょ、
あれって──
本能!?!?

「恋愛初期において最も顕著な反応のひとつが、
会いたいという欲求と、緊張による回避行動が同時に現れることです。
この矛盾した反応こそが、葛藤型行動の典型的な特徴とされています。たとえば──会えても、上手く喋れない。
その結果、行動が不自然になり、感情と論理が一致しない傾向が見られます」
 
 ……昨日の俺じゃん!!
 
「もうひとつ、恋愛感情における重要な特徴があります。
それは──その相手のために、自発的に努力したくなるという動機けです。
守りたい、助けたい、何かをしてあげたい。
そうした行動動機が他者に向けられ、しかも継続的に現れなす」
 
 ……はいはいはい! それな! 
完全に任太朗用だろ!!

 「我々は、それを恋愛感情の一要素と捉えます」
 
「そして──
以上の状態が複合的に重なった場合、
我々はそれを恋愛と定義します。これは友情では起こりません。さらに、この感情は自分の性別と相手の性別に関係なく発生します」
 
 ……俺は男。任太朗も、男。
 
 ──関係ねぇし!!!!!!!!!!

「これらの状態に共通するのは──
好意という認知が、恋愛へと移行した証拠であるという点です。
その移行の瞬間は、多くの場合、本人は自覚していません」
 
 ……無自覚でぐるぐるしてた。
俺、ずっと、回ってたんだな。
 
「しかし──ある時、突然、それを自覚します」
 
 今じゃん。
今だよ、俺。
今、突然、自覚してんじゃん!!!
 
 もう、先生……すげぇよ……
恋愛って、完全に──
俺のことじゃん!!!
 
 ……ってことは──
 
 ──バンッ!!!
 
 机、叩いてた。
俺、立ち上がって、叫んでた。
 
「先生!! それ俺です!! 
ありがとうございます!! 恋って、俺のことだったんです!!」
 
「俺、恋してんの!! ガチで!! マジで!!!」
 
 先生は、動じもせずに軽く頷いて言った。
 
「良い気づきですね、金井くん。立派な自覚です」
 
 ……立派な自覚!?
 また褒められた!? さすが俺。優秀すぎる。

「恋愛に関しては……少し不器用ですね、金井くん。人間科学部にいるなら、自分の気持ちの観察も、大事です」

「……はいっ!」

 ……はい、とか。素直すぎだろ俺。
 でも──今の「はい」、マジだった。マジで。
 
 その瞬間、
教室がざわっ……て、沸いてきた。
 
「……知ってたよ」

「だよね」

「ついに言ったわ」

「猫背メガネ彼氏〜〜!」

「お似合い!!」
 
 笑いと拍手と、なんかよくわかんないノリの祝福。
 
おい、みんな……ちょっと楽しそうすぎじゃねぇ!?
 
 俺の両側では──
 
 佑介、頭抱えながら爆笑して、親指立てて、
「ダラダラすんな。任太朗、ずっと待ってたぞ?」
 
 蓮は、くいっと頷いて、にこって笑って、
「好きになると、性別って関係ないでしょう?」
 
「……うっせぇな、もう! でも、ありがとうな」
 
 気づいたら、もう身体が動いてた。
 荷物、ガッてまとめて、
俺は教室を飛び出す勢いで走り出してた。
 
 任太朗のとこへ。
この気持ち、ちゃんと伝えに行くために──!
 
 ──と、その背後から、聞こえてきた。
 
「金井くん。
それから、レポートの提出は今週中です。
自己分析を含めて、きちんとまとめてください」

「……はいっ! レポート、出します!
 ちゃんと自己分析もやります! 今は──伝えさせてください! 俺の気持ち!! ちゃんと!」

 ──任太朗に!!!

 そう叫んで、
教室の引き戸を、バッ! って開けて──飛び出した。

 廊下も、階段も、スキップ上等でぶっ飛ばして、外へ。
 バイクのとこまで一直線!! 自己最高記録、叩き出す勢いで走る!

 
 火曜、この時間──わかってる。
任太朗、もう来てる。絶対来てる。
 
「任太朗〜〜〜〜!!!!!」
 
 また叫んだ。

 
あったかい風が、頬にスッと当たって、
俺の声が、キャンパス中に響いた。
 
 すれ違うやつら、
見られてても、──気にしねぇ!
 
 だって、俺はモテるし!!

 
 だって、俺は恋してっからな!!!
 
 もう! 
どーしようもねぇし!! 
しょうがねぇだろがああああああ!!

「好き」だけじゃなくて、
俺も──「恋愛」って言ってやる!!
 
 だってもう、止まんねぇし。任太朗のこと考えるだけで、マジで止まんねぇ!
 
……こんなの、初めてだ。

 そしたら、堂々と付き合うんだろ?
 
気分いい!
 
 「もう、スッキリした!! 迷いなんて、いらねぇ!!」
 
 よし、バイク乗って、アクセル──ブン回し!
 
 ──ゴー!