佑介の話、聞いてから、
午後の授業、マジで集中できねぇ。
 
 五限のチャイム鳴った瞬間、気づいたら俺、教室飛び出してた。

 
 バイク乗って、アクセル全開。本能で、全力で、帰宅。
 頭まとまってねぇのに、今は風切って、どんどん走ってく。

 ──任太朗に、会いてぇんだ。
 
 任太朗が高橋先輩にしたこと。

 ……たしかに、そんな気はしてた。
でも、実際聞いたら、なんか……。わかんねぇ。
 
 そんで、俺の「好き」って、
「恋愛です」って即答できるほど、まだ、はっきりしてねぇんだよ。
 「好き」って、伝える?
 なんて言えば、いい? マジわかんねぇ。
 


 マンションの玄関、開けた瞬間──
ふわっと香るメシの匂い。味噌汁……と、煮物? 

「ただいまー」
 
 スニーカー脱ぎ捨てて、ヘルメットとバッグもそこらへんに投げて、
そのまんま、キッチン直行。
 
「お帰りなさい、飛充」
 
 いつもの声。いつものトーン。
でも、それだけで心拍、ドキドキの質、爆上がり。
 
「今日は鶏ももと大根の煮物です。少しあっさりしてますが」
 
 また、いつものトーン。

 ……顔、熱っ!?
いや、完全にバグ。
いや、これは──ドキだ。バグったドキ。
 
「……っ、おぉ。うまそ……」
 
「飛充の荷物、一昨日の。寝室に置いてあります」
 
「に……荷物? ボストンバッグのやつか。あ、あぁ……サンキュー……」
 
 ん? 俺、今、なんで目、そらした!? 

 会いてぇって思って、こうして目の前にいるのに!
なにやってんだ俺!

 任太朗は、いつも通りの無表情で──
 
「何か、ありましたか?」
 
「えっ」
 
「さっきから、少し焦ってるように見えました」
 
「……えっ? なんでもねー」
 
 いやいや、バレんな。てか、なにかバレんのか?
 
 ……俺だって、バレるほどのことしてねぇし。
 
「顔、赤いです」
 
 そう言った任太朗、手を──俺の頭……いや、額のあたりに、すっと伸ばしてきて──
 
 触れてくる! 近ぇっっ!!!
 
 反射的に、のけぞった。
 
「べ、別に……なんでもねぇ。ちょっと……暑いだけ!」
 
「冷房は入ってます」
 
 ……はい、冷房入ってた。
一旦、会話終了。


 俺、逃げた。
逃げ先は、ソファ。ドン沈。
 ……あ、コーラ取んの忘れてた。……いっか、もう。

 目に入ったバルコニーには、俺のイケてる服がいい感じに干されてる。
 
 
 スマホいじってても、
視界の隅っこで、勝手に任太朗を覗いてて。
 
 こいつが、そこにいてくれんだけで──落ち着く。
 てか──嬉しい。マジで嬉しい。めっちゃ、嬉しい。
 
 ……てか俺、さっきからロック画面ずっとスワイプしてるんじゃん。なんにもねぇとこ、指すべってんの。
 しかも、画面と逆方向。(スマホでよかった……本だったら完全バレ)
 
 てか──落ち着かねぇ!?!?
 
 んで、気づいたんだ──
 任太朗が敬語っていう制御をかけてんの、今ならわかる。
マジでわかる。めちゃくちゃわかる!
 
 ──好きだと、ふつーなんていらんねぇから!!
 
 ……実際に叫んだわけじゃねぇのに、
スマホがカーペットにドッと落ちてた。
 
 俺、いっそドサッと倒れこんで、仰向け、クッション、ぎゅーって胸に抱えて、天井ガン見。
 
 十五分くらい経って、
俺はずっと仰向けで、姿勢そのまんま。

 頭ん中、グチャグチャループの中。

「コーラです。今日は暑かったので。
コーラゼリーも作ってありますが、冷えてからのほうが美味しいと思うので、夕食のあとにしましょう」

 いつものトーンが聞こえてきて──天井見てた視界の端に、任太朗。

 コーラ(グラスに氷入りのやつ)が、いつの間にかテーブルに置かれてた。

 スマホまで、ちゃんと隣に並べられてた。

「……あ、あー……お、おぉ……」

 天井見たまんま返した声、俺の声……え、なんか、トロくさくね?

「やっぱり、何か、ありましたか?」
 
 天井見てた視界の端に、
任太朗が、ソファの横に静かにしゃがんできた。

 「……俺、なんか今、変……」

 言おうとしたのに、なに言えばいいのか、わかんねぇ。

 「……なぁ、任太朗」

 「はい」

 「お前……なんで、そこまでしてくれんの? 『使命』とか言うなよ?」

 俺を守ってたくせに。
停学にまで、なってたくせに。
 
 「飛充は、コーラが好きだからです」
 
 いつものトーンで、さらっとそう言われた。
 
「ちげぇ……バカ。バカかよ、お前……」
 
 思わず、頭だけ任太朗のほうに向けた。

 任太朗の目──もう、まっすぐ向けられてる。俺に。
 
「好きだからです。もう、十分伝えたと思っていましたが」
 
 即答。真顔で、優しくて、ド直球。

 ……てか、顔、近い。なんか近い。なんでこんな近いんだ?
  
「……恋愛、だよな?」

「はい。恋愛です」
 
「……っでさ、好きって気づいたとき……
。それ、なんで恋ってわかったわけ?」

 俺がそう聞くと、
任太朗は、ほんのちょっとだけ、まばたきした。
 
けど……その目はそららさねぇし、表情も、まったく変わんなかった。
 
「他の誰にも、笑ってほしいって思わなかったからです」
 
 また、即答。
また、真顔で、優しくて、ド直球。
 静かな声。
でも、その中身が──強すぎた。
 
 ……で、任太朗は続ける。

「飛充のことだけで、十分なんです。他には、本当に、何もいりません」

 ……ドキッ。
 
 まただ。
また、心臓、バグってきてる。

 ……ドキドキの質が、ふつーじゃねぇよな。
 
 思わず目をそらしそうになったけど、
それしたらなんか負けな気がして──俺、踏ん張った。
  
「……なにもいらねぇって? いや、だって俺ら──。お前、幼なじみで、できねぇって、付き合わねぇって……言ってたじゃん……?」
 
 わけ、わかんねぇ。
なのに、なぜか、口が、勝手に動いて、

「……っつかさ、俺は……俺は任太朗にとって、なんなんだよ?」
 
 ……なに聞いたんだ、俺。
 
 ──その瞬間。

 え、任太朗……また顔、近づいてきてね!? 
 いや、近づいてきた。

 え、え? また……? 
 
 ちょ、待って待って、これ……キスくる流れじゃね?
 
 つか、マジで!? え、ちょ、心の準備、ゼロなんだけど!?

 ……って思ったら──
 
 いつものトーン、よりちょっと低めの声で。
 
「飛充も、教えてください」
 
「……は?」
 
 一拍、置かれて。
 
「飛充にとって、今、私は何ですか?」
 
 ──?

 任太朗の目の奥だけじゃねぇ。
声の奥にも、ちゃんと感じた。
ガチの「熱」と「圧」。
 地味に刺さるやつ……またやられた。
 
「……え、任太朗って……俺の、なんなんだよ……?」
 
 ……幼なじみ? 家政夫? 


 そんで……好き。
 そう。そうなんだけど──
それだけで、なんなんだ?
 
 言葉が、詰まった。
いや、詰まるとかじゃねぇ。
 喉に引っかかって、マジで、なんも、出てこねぇ!!
 言えねぇ! なんで!? 
なんでこんなときに限って、俺の口、動かねぇんだよ!!
 ……なにも、答えられねぇ。
 
 ついに──天井に、目をそらした。
 
 クッションだけは、
なんかもう、ぎゅーって、ぎゅーって抱きしめてた。
 指にも力、入っててさ。
気づいたら、指先、生地にググッて沈んでた。
 
 ──任太朗って……
……俺の、なんなんだよ……?