次の日、月曜日。
午前の講義が終わって、いつもの学食の、いつもの席。
唐揚げ定食──なんか思い出した。一昨日、任太朗と食ったやつ。
目の前の佑介も唐揚げ定食。被りがち。
で、佑介が箸を握って、急にスイッチ入ったみたいに叫び出す。
「蓮な、彼氏のバンドのライブ行くってよ! アリーナ最前だって! 青春かよ!! 俺なんか、席すら存在してねぇよ!? ゼロ! 虚無!! いいな〜〜〜恋って! はぁ〜〜〜〜、俺も彼女ほし。誰か〜〜恋させて〜〜〜!」
……あ、そういや今朝、蓮からメッセ来てたな。
『 今日やすむ 彼氏のライブ手伝い アリーナ最前とれた』 ───うん、蓮っぽ。
彼氏。 男と男で、ふつーに「彼氏」って言ってる。
でも、佑介はふつーに「彼女ほし〜」って言ってんし。
てか、俺も──学校じゃ、任太朗が「彼氏」みたいなノリ、なんかもうふつーに定着してんし?
てかさ、恋って……やっぱふつー、女子とするもんだったよな? たしか。
「恋ってさ──」
って、声、漏れた。
「っ……! なに!?!?」
佑介が、口に入れようとした唐揚げを落としかけて、動き止まった。 で、二秒後には爆ニヤニヤモード突入。
「待って今さ、飛充、言ったよね!? 恋って!! 恋って単語、今お前の口から出たよな!? 飛充!? 金井飛充!?!? お前、俺が『彼女ほしい〜』って言うたびに 『いや俺は好かれる方が楽〜』って、何回言ってきたか数えきれんぞ!?!?」
「いや、そう、だけど……」
……「だけど」ってなんだよ俺。なんも言えてねぇじゃん。
「は〜〜〜〜〜〜い出ました〜〜! 変化の兆しィ〜〜〜〜!! 任太朗とついに!?!?」
「うるせぇ!! なんだその言い方」
……うるせぇ、けど──否定、できねぇ。
てか、佑介のやつ、いつの間に「灰田」じゃなくて「任太朗」って呼ぶようになってんの、なんかちょっと……なんか、いい気しねぇ。
ってタイミングで、後ろ通った講義のやつがポンと一言。
「飛充、さっきプリントありが。猫背メガネ彼氏と仲良くしてんの?」
……彼氏、だって。
なんかもう、「今日もいい天気ですね〜」くらいのフツーで言ってきやがった。
「……まぁ、仲良くは、してる。たぶん」
って、俺も挨拶みてぇに返しちまったけど。
今、「彼氏」ってワードに、敏感すぎる。もう、なんだよそれ。
「……俺さ、任太朗のこと、マジで……好き……だから」
って、佑介に、ガチで、言った。
言ったらなんか、ちょっとスッキリした気もしたけど。いや、ぜんっぜんスッキリしてねぇ。
俺は続けて、
「好き、とか、恋、とか、彼氏、とか……もう、グチャグチャでさ──」
俺が言ったあと、佑介は、まだ笑ってた。 いつも通り。いつもの顔。
「おーけー、それで? ちゃんと言ってみ?」
……ふざけてんのか? って思うくらいだったけど。 あれ、ちゃんと聞いてくれてん顔だった。
そんで、一昨日のことを、佑介に話した。
任太朗に肩抱かれて、同好会ブチ抜けて、芝生広場行って……まるっと全部、話した。
「結局、任太朗、昔高橋先輩に……なにやったんだよ、マジで。想像できねぇ」
そしたら佑介が、笑いながら言ってきた。
「出た〜〜〜少女漫画展開!!」
「うるせぇ!!」
って、俺が言ったら、佑介が急に真顔になって、ちょっとだけ黙ってから、
「……え? あれ? 高橋先輩って……まさか、あの不良……か?」
唐揚げの箸、止めたまんま。 佑介が、ちょっとだけ眉しかめた。
「高橋先輩って……まさか、あの不良……か?」
……ん? まさか? ……って、また?
「え、ちょっと待て。今、『まさか』って言った? 佑介、お前も……知ってた感じ? てか、それって──」
頭ん奥が、ズクンって鳴って、
「……お前さ、前に『執着』って言ったじゃん? あれ、もしかして── もう知ってたから、なんじゃね? もう……そろそろ、俺に教えてよ」
気づいたら、立ち上がりそうになってた。 椅子がギッて音立てて。
「おいおい、飛充。落ち着けって。」
いつもなら、笑って流してくるのに。 佑介の声は、低かった。
俺、ハッとして──座り直す。
佑介は箸をそっと置いて、 ふーって、長く息を吐いた。
「……んー、じゃあもう言っちゃっていっか」
佑介は笑ってなかった。 ちょっとだけ目線外して、でもすぐ、こっち戻してきた。
「……知ってた。てか、見たんだよ、俺。あのとき、現場の近くにいたさ」
「は? ちょ、なにそれ。『現場』って、どゆこと?」
「高一のとき。夏休み明けの昼な。 飛充がよくバイク停めてたスーパー、あんじゃん。あそこの裏。 ちょっと死角になってるとこ、あんだろ? あそこ」
「……ああ」
「俺、その日アイス買ってさ、外で食ってたんよ。そしたら──」
「うん?」
「不良校のやつが倒れてて。で、そばに、無表情で立ってたんだよ。 うちの制服が」
「……は? うちの制服って……え、任太朗!? 任太朗だったの!?」
言いながら、テーブルに手がバンって当たった。
「……あいつ、俺のために……殴ったってこと?」
……なんか、想像したくねぇとこが、ふっと頭に浮かんで、喉ギュってなってた。
で、佑介は小さく、でもちゃんと、うなずいた。
「最初はケンカかと思ったよ。 けど、違ってた。あれ……止めようとして、でも我慢できなかったみたいな顔でさ。 冷静っぽく見えて、目が、マジでヤバかった。 『あ、これ本気でキレてんだな』って。俺、あの時そう思った」
「……は? 任太朗……そこまでやってたの……?」
……ズキズキ。胸ん中。
でも、佑介は真顔で話してくる。
「アイス落としたもん、ガリガリ君。ゴトッて、地面、落ちてさ、体も動かなくて。 そしたら、その、うちの制服──任太朗が、倒れてる不良に“金井飛充が”って、なんか言ってんのが聞こえてきて…… 俺、怖すぎて、ちゃんとは聞けなかったけど……たぶん飛充に関係あるなって、わかった」
「っ……」
「なんかさ、空気っていうか、雰囲気っていうか……あ、これ、飛充のためにやってんだな、ってわかったんだよ」
「……じん……任太朗が……知らねぇ間に、そんな……」
「でな、たぶん俺の存在に気づいたっぽくて── そしたら、その制服……任太朗が、こっち見て、言ったんだよ」
「え、なんて……言った?」
俺、椅子の端ギュって掴んでた
「『俺が勝手にやったことで、飛充には言わないでください』って」
「っ……バカじゃん、あいつ……なんで俺に言わねぇんだよ……」
刺さる。喉ん奥にぐさっと。
「六組の灰田って名前、あのとき初めて聞いたけどさ、俺ら一組だし、離れてんじゃん? 普通知らねぇよな。でも──たぶん、飛充が有名だったから知られてたんだろうけど」
まだ佑介は話、止まんねぇ。
「それでも任太朗、俺のこと斉藤って呼んだんだよ。 正直、ビックリしたぜ。俺のこと知ってんの? って」
「……任太朗が、俺の近くにいるやつって、ちゃんと見てたんだよ」
「……そっか、俺もそう思った」
佑介が、声のトーンを一段落として、
「絶対、『誰にも言わないで』って言われた。 『飛充がバイク通学してるのバレたら困るから』って」
「は!? バイク!? いや、そんなんどうせバレるし! なに守ってんだよ、あいつ……!」
言いながら、拳ぎゅって握ってた。
佑介、声のトーンが、もう一段下がる。
「そんで、『斉藤。頼む。飛充のこと、ちゃんと見てて。 飛充が傷つくようなことがあったら──俺に言って。全部、片付けるから』って任太朗に頼まれた」
「ちょ、任太朗が? お前に……!?」
椅子から勢いで立ちそうになった。けど、止めた。
「もうマジで。狂ってるレベルの愛、伝わってきたからな? こっちは。忘れられんのよ。ちゃんと飛充のこと守るって決めてた。あいつ、目がさ……ガチガチだった」
佑介が真顔のまんま続けて、
「あのときの任太朗、本気だった。俺、飛充の命、預けてきた感じだった。マジで責任重すぎ〜でも……お前に今までなんもなかったの、ほんっと、よかったって思ってる」
「……なんで、そこまで……」
「そんでさ、すぐ先生たち来て任太朗と不良、連れてかれて。 あー、あれ一生忘れねーわ。夏の夕方だった」
「なんで……俺に、言わねぇんだよ……! 任太朗のやつ……! なんで……最初から、言ってくれりゃよかったのに……!」
吐き出すみたいに言って、机に手ついた。 手、熱いのか冷たいのかもうわかんねぇ。
そしたら、佑介がふっと息吸って、
「まあ…… ケンカ歴あるやつってさ、本人から話しかけづらいっつーか。裏のヒーローっぽくなるっていうか? 距離の詰め方、わかんなかったんじゃね。……俺が勝手にそう思ってただけかもだけどな」
「……」
俺、口動いたけど、音はゼロ。
「たぶんな、飛充がどー思うかは知らんけど。 俺は、任太朗のこと、真面目でカッコいいって思ってんし。 てかさ、お前、愛されすぎじゃね!? 羨ましーわ!」
そう言って、佑介が唐揚げつまんで、口に放り込んだ。 んで、もごもごしながらも、まだ言ってくる。
「つか俺さ〜、『ピョンピョンおしゃれ同好会』の会長が、まさかあの不良だったとかマジ知らんし!? え、任太朗に怒られんの!? 俺!? どうしよ!!」
佑介が苦笑からいつものノリにピタッと戻し、んで、さらっと、
「そーだ! 任太朗に言わないで。 これ、俺が勝手にしゃべったってことで。 本人がまだ言ってないなら、飛充も、知らないフリ、頼むわ」
「……あ。お、おう。うん……言わねぇよ、べつに」
頭ん中が止まった。
いや、止まったんじゃねぇ。 グチャグチャループの中、パニック中。
んで、思い出した。
──高一んとき、“喧嘩で停学したやつ”って噂、あった。たしかに。
うち進学校だし、先生たちも速攻で火消しして、 違うクラスだったし、名前も出なかった。
そもそも、「灰田」って苗字すら、知らねぇし。
てか、そもそも、任太朗がうちの学校にいたことすら──。
俺に繋がってたなんて、思いもしなかった。
俺はバイク乗って、ノリでモテて、 楽しいことばっかで、
……なのに。任太朗は、マジで、ずっと俺を見てた。 ……守ってくれてたんだな。
ママも。佑介まで。 みんな、なんか任太朗のこと、知ってたのに。
──俺だけ、ずっと……蚊帳の外かよ。
ムカつく。めちゃくちゃムカつく。 でも、ムカつくだけじゃねぇ。
なんか……なんかさ……。なんか、体ん中がジリジリして……。
そんなとき、佑介の声が、ふいに落ちてきた。
「飛充……そんな顔すんなって。任太朗のこと、好きって言ったじゃん。 いいじゃん、好きで。付き合っちまえよ!」
「……つ、付き合うって!?……」
頭ん中で、──『だから、付き合うなんて、簡単に言うな』
任太朗の、あの低音タメ語セリフが、勝手に脳内フルリピート。 あの時、あの距離。
……キス、されそうになった。 ……マジで、恥ずかしすぎて、佑介には言ってねぇ。
「任太朗は男だぞ!? つか、まだ恋かどうかも、わかんねぇし!」
椅子の背もたれにドンってもたれた。
佑介が、ニヤッとしながら箸をクルクル回して、こっち見てきた。
「へぇ〜〜。じゃあ聞くけどさ…… 飛充って、俺のこと好きだった時期、あったっけ?」
佑介が、ニヤニヤしながらこう言いやがった。
「はぁ!? ねぇよ!! 一ミリもねぇよ!! 100ねぇ!! ねぇ!!」
机に身を乗り出して言い返したら、佑介、笑いながらも、また唐揚げつまんで口に放り込んでる。
「だよな〜〜!! だって任太朗と俺、ぜっんっぜん違ぇもんな!?」
「当たり前だろが!!」
「──だから、恋に決まってんじゃん?」
佑介、顔がもうウザすぎて。
「……恋って、そんな簡単に決めんなって……いや、言われると、なんか…… ……それっぽく……」
佑介の笑い声が、唐揚げ越しにこっちに飛んできた。
「な!? ほら出た〜〜〜! 自分で『それっぽい』とか言っちゃってるし〜〜〜!」
「……っつーか、お前のせいでバグる!! マジやめろ!!」
「はいはい、バグってるってことは〜〜? 恋♡ってやつ〜〜。赤、真っ赤だぜぇ〜?」
「黙れ!!! 唐揚げ口ん中に詰まらせろ!!!」
……マジで、恋……なのか? 俺。
午前の講義が終わって、いつもの学食の、いつもの席。
唐揚げ定食──なんか思い出した。一昨日、任太朗と食ったやつ。
目の前の佑介も唐揚げ定食。被りがち。
で、佑介が箸を握って、急にスイッチ入ったみたいに叫び出す。
「蓮な、彼氏のバンドのライブ行くってよ! アリーナ最前だって! 青春かよ!! 俺なんか、席すら存在してねぇよ!? ゼロ! 虚無!! いいな〜〜〜恋って! はぁ〜〜〜〜、俺も彼女ほし。誰か〜〜恋させて〜〜〜!」
……あ、そういや今朝、蓮からメッセ来てたな。
『 今日やすむ 彼氏のライブ手伝い アリーナ最前とれた』 ───うん、蓮っぽ。
彼氏。 男と男で、ふつーに「彼氏」って言ってる。
でも、佑介はふつーに「彼女ほし〜」って言ってんし。
てか、俺も──学校じゃ、任太朗が「彼氏」みたいなノリ、なんかもうふつーに定着してんし?
てかさ、恋って……やっぱふつー、女子とするもんだったよな? たしか。
「恋ってさ──」
って、声、漏れた。
「っ……! なに!?!?」
佑介が、口に入れようとした唐揚げを落としかけて、動き止まった。 で、二秒後には爆ニヤニヤモード突入。
「待って今さ、飛充、言ったよね!? 恋って!! 恋って単語、今お前の口から出たよな!? 飛充!? 金井飛充!?!? お前、俺が『彼女ほしい〜』って言うたびに 『いや俺は好かれる方が楽〜』って、何回言ってきたか数えきれんぞ!?!?」
「いや、そう、だけど……」
……「だけど」ってなんだよ俺。なんも言えてねぇじゃん。
「は〜〜〜〜〜〜い出ました〜〜! 変化の兆しィ〜〜〜〜!! 任太朗とついに!?!?」
「うるせぇ!! なんだその言い方」
……うるせぇ、けど──否定、できねぇ。
てか、佑介のやつ、いつの間に「灰田」じゃなくて「任太朗」って呼ぶようになってんの、なんかちょっと……なんか、いい気しねぇ。
ってタイミングで、後ろ通った講義のやつがポンと一言。
「飛充、さっきプリントありが。猫背メガネ彼氏と仲良くしてんの?」
……彼氏、だって。
なんかもう、「今日もいい天気ですね〜」くらいのフツーで言ってきやがった。
「……まぁ、仲良くは、してる。たぶん」
って、俺も挨拶みてぇに返しちまったけど。
今、「彼氏」ってワードに、敏感すぎる。もう、なんだよそれ。
「……俺さ、任太朗のこと、マジで……好き……だから」
って、佑介に、ガチで、言った。
言ったらなんか、ちょっとスッキリした気もしたけど。いや、ぜんっぜんスッキリしてねぇ。
俺は続けて、
「好き、とか、恋、とか、彼氏、とか……もう、グチャグチャでさ──」
俺が言ったあと、佑介は、まだ笑ってた。 いつも通り。いつもの顔。
「おーけー、それで? ちゃんと言ってみ?」
……ふざけてんのか? って思うくらいだったけど。 あれ、ちゃんと聞いてくれてん顔だった。
そんで、一昨日のことを、佑介に話した。
任太朗に肩抱かれて、同好会ブチ抜けて、芝生広場行って……まるっと全部、話した。
「結局、任太朗、昔高橋先輩に……なにやったんだよ、マジで。想像できねぇ」
そしたら佑介が、笑いながら言ってきた。
「出た〜〜〜少女漫画展開!!」
「うるせぇ!!」
って、俺が言ったら、佑介が急に真顔になって、ちょっとだけ黙ってから、
「……え? あれ? 高橋先輩って……まさか、あの不良……か?」
唐揚げの箸、止めたまんま。 佑介が、ちょっとだけ眉しかめた。
「高橋先輩って……まさか、あの不良……か?」
……ん? まさか? ……って、また?
「え、ちょっと待て。今、『まさか』って言った? 佑介、お前も……知ってた感じ? てか、それって──」
頭ん奥が、ズクンって鳴って、
「……お前さ、前に『執着』って言ったじゃん? あれ、もしかして── もう知ってたから、なんじゃね? もう……そろそろ、俺に教えてよ」
気づいたら、立ち上がりそうになってた。 椅子がギッて音立てて。
「おいおい、飛充。落ち着けって。」
いつもなら、笑って流してくるのに。 佑介の声は、低かった。
俺、ハッとして──座り直す。
佑介は箸をそっと置いて、 ふーって、長く息を吐いた。
「……んー、じゃあもう言っちゃっていっか」
佑介は笑ってなかった。 ちょっとだけ目線外して、でもすぐ、こっち戻してきた。
「……知ってた。てか、見たんだよ、俺。あのとき、現場の近くにいたさ」
「は? ちょ、なにそれ。『現場』って、どゆこと?」
「高一のとき。夏休み明けの昼な。 飛充がよくバイク停めてたスーパー、あんじゃん。あそこの裏。 ちょっと死角になってるとこ、あんだろ? あそこ」
「……ああ」
「俺、その日アイス買ってさ、外で食ってたんよ。そしたら──」
「うん?」
「不良校のやつが倒れてて。で、そばに、無表情で立ってたんだよ。 うちの制服が」
「……は? うちの制服って……え、任太朗!? 任太朗だったの!?」
言いながら、テーブルに手がバンって当たった。
「……あいつ、俺のために……殴ったってこと?」
……なんか、想像したくねぇとこが、ふっと頭に浮かんで、喉ギュってなってた。
で、佑介は小さく、でもちゃんと、うなずいた。
「最初はケンカかと思ったよ。 けど、違ってた。あれ……止めようとして、でも我慢できなかったみたいな顔でさ。 冷静っぽく見えて、目が、マジでヤバかった。 『あ、これ本気でキレてんだな』って。俺、あの時そう思った」
「……は? 任太朗……そこまでやってたの……?」
……ズキズキ。胸ん中。
でも、佑介は真顔で話してくる。
「アイス落としたもん、ガリガリ君。ゴトッて、地面、落ちてさ、体も動かなくて。 そしたら、その、うちの制服──任太朗が、倒れてる不良に“金井飛充が”って、なんか言ってんのが聞こえてきて…… 俺、怖すぎて、ちゃんとは聞けなかったけど……たぶん飛充に関係あるなって、わかった」
「っ……」
「なんかさ、空気っていうか、雰囲気っていうか……あ、これ、飛充のためにやってんだな、ってわかったんだよ」
「……じん……任太朗が……知らねぇ間に、そんな……」
「でな、たぶん俺の存在に気づいたっぽくて── そしたら、その制服……任太朗が、こっち見て、言ったんだよ」
「え、なんて……言った?」
俺、椅子の端ギュって掴んでた
「『俺が勝手にやったことで、飛充には言わないでください』って」
「っ……バカじゃん、あいつ……なんで俺に言わねぇんだよ……」
刺さる。喉ん奥にぐさっと。
「六組の灰田って名前、あのとき初めて聞いたけどさ、俺ら一組だし、離れてんじゃん? 普通知らねぇよな。でも──たぶん、飛充が有名だったから知られてたんだろうけど」
まだ佑介は話、止まんねぇ。
「それでも任太朗、俺のこと斉藤って呼んだんだよ。 正直、ビックリしたぜ。俺のこと知ってんの? って」
「……任太朗が、俺の近くにいるやつって、ちゃんと見てたんだよ」
「……そっか、俺もそう思った」
佑介が、声のトーンを一段落として、
「絶対、『誰にも言わないで』って言われた。 『飛充がバイク通学してるのバレたら困るから』って」
「は!? バイク!? いや、そんなんどうせバレるし! なに守ってんだよ、あいつ……!」
言いながら、拳ぎゅって握ってた。
佑介、声のトーンが、もう一段下がる。
「そんで、『斉藤。頼む。飛充のこと、ちゃんと見てて。 飛充が傷つくようなことがあったら──俺に言って。全部、片付けるから』って任太朗に頼まれた」
「ちょ、任太朗が? お前に……!?」
椅子から勢いで立ちそうになった。けど、止めた。
「もうマジで。狂ってるレベルの愛、伝わってきたからな? こっちは。忘れられんのよ。ちゃんと飛充のこと守るって決めてた。あいつ、目がさ……ガチガチだった」
佑介が真顔のまんま続けて、
「あのときの任太朗、本気だった。俺、飛充の命、預けてきた感じだった。マジで責任重すぎ〜でも……お前に今までなんもなかったの、ほんっと、よかったって思ってる」
「……なんで、そこまで……」
「そんでさ、すぐ先生たち来て任太朗と不良、連れてかれて。 あー、あれ一生忘れねーわ。夏の夕方だった」
「なんで……俺に、言わねぇんだよ……! 任太朗のやつ……! なんで……最初から、言ってくれりゃよかったのに……!」
吐き出すみたいに言って、机に手ついた。 手、熱いのか冷たいのかもうわかんねぇ。
そしたら、佑介がふっと息吸って、
「まあ…… ケンカ歴あるやつってさ、本人から話しかけづらいっつーか。裏のヒーローっぽくなるっていうか? 距離の詰め方、わかんなかったんじゃね。……俺が勝手にそう思ってただけかもだけどな」
「……」
俺、口動いたけど、音はゼロ。
「たぶんな、飛充がどー思うかは知らんけど。 俺は、任太朗のこと、真面目でカッコいいって思ってんし。 てかさ、お前、愛されすぎじゃね!? 羨ましーわ!」
そう言って、佑介が唐揚げつまんで、口に放り込んだ。 んで、もごもごしながらも、まだ言ってくる。
「つか俺さ〜、『ピョンピョンおしゃれ同好会』の会長が、まさかあの不良だったとかマジ知らんし!? え、任太朗に怒られんの!? 俺!? どうしよ!!」
佑介が苦笑からいつものノリにピタッと戻し、んで、さらっと、
「そーだ! 任太朗に言わないで。 これ、俺が勝手にしゃべったってことで。 本人がまだ言ってないなら、飛充も、知らないフリ、頼むわ」
「……あ。お、おう。うん……言わねぇよ、べつに」
頭ん中が止まった。
いや、止まったんじゃねぇ。 グチャグチャループの中、パニック中。
んで、思い出した。
──高一んとき、“喧嘩で停学したやつ”って噂、あった。たしかに。
うち進学校だし、先生たちも速攻で火消しして、 違うクラスだったし、名前も出なかった。
そもそも、「灰田」って苗字すら、知らねぇし。
てか、そもそも、任太朗がうちの学校にいたことすら──。
俺に繋がってたなんて、思いもしなかった。
俺はバイク乗って、ノリでモテて、 楽しいことばっかで、
……なのに。任太朗は、マジで、ずっと俺を見てた。 ……守ってくれてたんだな。
ママも。佑介まで。 みんな、なんか任太朗のこと、知ってたのに。
──俺だけ、ずっと……蚊帳の外かよ。
ムカつく。めちゃくちゃムカつく。 でも、ムカつくだけじゃねぇ。
なんか……なんかさ……。なんか、体ん中がジリジリして……。
そんなとき、佑介の声が、ふいに落ちてきた。
「飛充……そんな顔すんなって。任太朗のこと、好きって言ったじゃん。 いいじゃん、好きで。付き合っちまえよ!」
「……つ、付き合うって!?……」
頭ん中で、──『だから、付き合うなんて、簡単に言うな』
任太朗の、あの低音タメ語セリフが、勝手に脳内フルリピート。 あの時、あの距離。
……キス、されそうになった。 ……マジで、恥ずかしすぎて、佑介には言ってねぇ。
「任太朗は男だぞ!? つか、まだ恋かどうかも、わかんねぇし!」
椅子の背もたれにドンってもたれた。
佑介が、ニヤッとしながら箸をクルクル回して、こっち見てきた。
「へぇ〜〜。じゃあ聞くけどさ…… 飛充って、俺のこと好きだった時期、あったっけ?」
佑介が、ニヤニヤしながらこう言いやがった。
「はぁ!? ねぇよ!! 一ミリもねぇよ!! 100ねぇ!! ねぇ!!」
机に身を乗り出して言い返したら、佑介、笑いながらも、また唐揚げつまんで口に放り込んでる。
「だよな〜〜!! だって任太朗と俺、ぜっんっぜん違ぇもんな!?」
「当たり前だろが!!」
「──だから、恋に決まってんじゃん?」
佑介、顔がもうウザすぎて。
「……恋って、そんな簡単に決めんなって……いや、言われると、なんか…… ……それっぽく……」
佑介の笑い声が、唐揚げ越しにこっちに飛んできた。
「な!? ほら出た〜〜〜! 自分で『それっぽい』とか言っちゃってるし〜〜〜!」
「……っつーか、お前のせいでバグる!! マジやめろ!!」
「はいはい、バグってるってことは〜〜? 恋♡ってやつ〜〜。赤、真っ赤だぜぇ〜?」
「黙れ!!! 唐揚げ口ん中に詰まらせろ!!!」
……マジで、恋……なのか? 俺。
