次の日、月曜日。
 
 午前の講義が終わって、いつもの学食の、いつもの席。


 唐揚げ定食──なんか思い出した。一昨日、任太朗と食ったやつ。

 目の前の佑介も唐揚げ定食。被りがち。


 で、佑介が箸を握って、急にスイッチ入ったみたいに叫び出す。

「蓮な、彼氏のバンドのライブ行くってよ! アリーナ最前だって! 青春かよ!! 
俺なんか、席すら存在してねぇよ!? ゼロ! 虚無!! 
いいな〜〜〜恋って! はぁ〜〜〜〜、俺も彼女ほし。誰か〜〜恋させて〜〜〜!」

 ……あ、そういや今朝、蓮からメッセ来てたな。


『
今日やすむ 彼氏のライブ手伝い アリーナ最前とれた』
───うん、蓮っぽ。

 彼氏。
男と男で、ふつーに「彼氏」って言ってる。
 でも、佑介はふつーに「彼女ほし〜」って言ってんし。
 てか、俺も──学校じゃ、任太朗が「彼氏」みたいなノリ、なんかもうふつーに定着してんし?
 てかさ、恋って……やっぱふつー、女子とするもんだったよな? たしか。

「恋ってさ──」

 って、声、漏れた。

「っ……! なに!?!?」

 佑介が、口に入れようとした唐揚げを落としかけて、動き止まった。
で、二秒後には爆ニヤニヤモード突入。

「待って今さ、飛充、言ったよね!? 恋って!! 恋って単語、今お前の口から出たよな!? 飛充!? 金井飛充!?!? お前、俺が『彼女ほしい〜』って言うたびに
『いや俺は好かれる方が楽〜』って、何回言ってきたか数えきれんぞ!?!?」

「いや、そう、だけど……」

 ……「だけど」ってなんだよ俺。なんも言えてねぇじゃん。

「は〜〜〜〜〜〜い出ました〜〜! 変化の兆しィ〜〜〜〜!! 任太朗とついに!?!?」

「うるせぇ!! なんだその言い方」


 ……うるせぇ、けど──否定、できねぇ。

 てか、佑介のやつ、いつの間に「灰田」じゃなくて「任太朗」って呼ぶようになってんの、なんかちょっと……なんか、いい気しねぇ。

 ってタイミングで、後ろ通った講義のやつがポンと一言。

「飛充、さっきプリントありが。猫背メガネ彼氏と仲良くしてんの?」

 ……彼氏、だって。
 なんかもう、「今日もいい天気ですね〜」くらいのフツーで言ってきやがった。

「……まぁ、仲良くは、してる。たぶん」

 って、俺も挨拶みてぇに返しちまったけど。
 今、「彼氏」ってワードに、敏感すぎる。もう、なんだよそれ。

「……俺さ、任太朗のこと、マジで……好き……だから」

 
って、佑介に、ガチで、言った。
 言ったらなんか、ちょっとスッキリした気もしたけど。いや、ぜんっぜんスッキリしてねぇ。
 俺は続けて、

「好き、とか、恋、とか、彼氏、とか……もう、グチャグチャでさ──」

 俺が言ったあと、佑介は、まだ笑ってた。
いつも通り。いつもの顔。

「おーけー、それで? ちゃんと言ってみ?」

 ……ふざけてんのか? って思うくらいだったけど。
あれ、ちゃんと聞いてくれてん顔だった。

 そんで、一昨日のことを、佑介に話した。
 
任太朗に肩抱かれて、同好会ブチ抜けて、芝生広場行って……まるっと全部、話した。
 
「結局、任太朗、昔高橋先輩に……なにやったんだよ、マジで。想像できねぇ」

 そしたら佑介が、笑いながら言ってきた。

「出た〜〜〜少女漫画展開!!」

「うるせぇ!!」

 って、俺が言ったら、佑介が急に真顔になって、ちょっとだけ黙ってから、

「……え? あれ? 高橋先輩って……まさか、あの不良……か?」

 唐揚げの箸、止めたまんま。
佑介が、ちょっとだけ眉しかめた。

「高橋先輩って……まさか、あの不良……か?」

 ……ん? まさか? ……って、また?

「え、ちょっと待て。今、『まさか』って言った? 佑介、お前も……知ってた感じ? てか、それって──」

 頭ん奥が、ズクンって鳴って、

「……お前さ、前に『執着』って言ったじゃん?
 あれ、もしかして──
もう知ってたから、なんじゃね? もう……そろそろ、俺に教えてよ」

 気づいたら、立ち上がりそうになってた。
椅子がギッて音立てて。

「おいおい、飛充。落ち着けって。」

 いつもなら、笑って流してくるのに。
佑介の声は、低かった。

 俺、ハッとして──座り直す。

 
 佑介は箸をそっと置いて、
ふーって、長く息を吐いた。

「……んー、じゃあもう言っちゃっていっか」

 佑介は笑ってなかった。
ちょっとだけ目線外して、でもすぐ、こっち戻してきた。

「……知ってた。てか、見たんだよ、俺。あのとき、現場の近くにいたさ」

「は? ちょ、なにそれ。『現場』って、どゆこと?」

「高一のとき。夏休み明けの昼な。
飛充がよくバイク停めてたスーパー、あんじゃん。あそこの裏。
ちょっと死角になってるとこ、あんだろ? あそこ」

「……ああ」

「俺、その日アイス買ってさ、外で食ってたんよ。そしたら──」

「うん?」

「不良校のやつが倒れてて。で、そばに、無表情で立ってたんだよ。
うちの制服が」

「……は? うちの制服って……え、任太朗!? 任太朗だったの!?」

 言いながら、テーブルに手がバンって当たった。

「……あいつ、俺のために……殴ったってこと?」

 ……なんか、想像したくねぇとこが、ふっと頭に浮かんで、喉ギュってなってた。


 で、佑介は小さく、でもちゃんと、うなずいた。

「最初はケンカかと思ったよ。
けど、違ってた。あれ……止めようとして、でも我慢できなかったみたいな顔でさ。
冷静っぽく見えて、目が、マジでヤバかった。
『あ、これ本気でキレてんだな』って。俺、あの時そう思った」

「……は? 任太朗……そこまでやってたの……?」

 ……ズキズキ。胸ん中。

 でも、佑介は真顔で話してくる。

「アイス落としたもん、ガリガリ君。ゴトッて、地面、落ちてさ、体も動かなくて。
そしたら、その、うちの制服──任太朗が、倒れてる不良に“金井飛充が”って、なんか言ってんのが聞こえてきて……
俺、怖すぎて、ちゃんとは聞けなかったけど……たぶん飛充に関係あるなって、わかった」

「っ……」

「なんかさ、空気っていうか、雰囲気っていうか……あ、これ、飛充のためにやってんだな、ってわかったんだよ」

「……じん……任太朗が……知らねぇ間に、そんな……」

「でな、たぶん俺の存在に気づいたっぽくて──
そしたら、その制服……任太朗が、こっち見て、言ったんだよ」

「え、なんて……言った?」

 俺、椅子の端ギュって掴んでた

「『俺が勝手にやったことで、飛充には言わないでください』って」

「っ……バカじゃん、あいつ……なんで俺に言わねぇんだよ……」

 刺さる。喉ん奥にぐさっと。


「六組の灰田って名前、あのとき初めて聞いたけどさ、俺ら一組だし、離れてんじゃん?
普通知らねぇよな。でも──たぶん、飛充が有名だったから知られてたんだろうけど」

 まだ佑介は話、止まんねぇ。

「それでも任太朗、俺のこと斉藤って呼んだんだよ。
正直、ビックリしたぜ。俺のこと知ってんの? って」

「……任太朗が、俺の近くにいるやつって、ちゃんと見てたんだよ」

「……そっか、俺もそう思った」

 佑介が、声のトーンを一段落として、

「絶対、『誰にも言わないで』って言われた。
『飛充がバイク通学してるのバレたら困るから』って」

「は!? バイク!? いや、そんなんどうせバレるし! なに守ってんだよ、あいつ……!」

 言いながら、拳ぎゅって握ってた。


 佑介、声のトーンが、もう一段下がる。

「そんで、『斉藤。頼む。飛充のこと、ちゃんと見てて。
飛充が傷つくようなことがあったら──俺に言って。全部、片付けるから』って任太朗に頼まれた」

「ちょ、任太朗が? お前に……!?」

 椅子から勢いで立ちそうになった。けど、止めた。

「もうマジで。狂ってるレベルの愛、伝わってきたからな? こっちは。忘れられんのよ。ちゃんと飛充のこと守るって決めてた。あいつ、目がさ……ガチガチだった」

 佑介が真顔のまんま続けて、

「あのときの任太朗、本気だった。俺、飛充の命、預けてきた感じだった。マジで責任重すぎ〜でも……お前に今までなんもなかったの、ほんっと、よかったって思ってる」

「……なんで、そこまで……」

「そんでさ、すぐ先生たち来て任太朗と不良、連れてかれて。
あー、あれ一生忘れねーわ。夏の夕方だった」

「なんで……俺に、言わねぇんだよ……! 任太朗のやつ……! なんで……最初から、言ってくれりゃよかったのに……!」

 吐き出すみたいに言って、机に手ついた。
手、熱いのか冷たいのかもうわかんねぇ。

 そしたら、佑介がふっと息吸って、

「まあ…… ケンカ歴あるやつってさ、本人から話しかけづらいっつーか。裏のヒーローっぽくなるっていうか? 距離の詰め方、わかんなかったんじゃね。……俺が勝手にそう思ってただけかもだけどな」

「……」

 俺、口動いたけど、音はゼロ。

「たぶんな、飛充がどー思うかは知らんけど。
俺は、任太朗のこと、真面目でカッコいいって思ってんし。
てかさ、お前、愛されすぎじゃね!? 羨ましーわ!」

 そう言って、佑介が唐揚げつまんで、口に放り込んだ。
んで、もごもごしながらも、まだ言ってくる。

「つか俺さ〜、『ピョンピョンおしゃれ同好会』の会長が、まさかあの不良だったとかマジ知らんし!?
 え、任太朗に怒られんの!? 俺!? どうしよ!!」

 佑介が苦笑からいつものノリにピタッと戻し、んで、さらっと、

「そーだ! 任太朗に言わないで。
これ、俺が勝手にしゃべったってことで。
本人がまだ言ってないなら、飛充も、知らないフリ、頼むわ」

「……あ。お、おう。うん……言わねぇよ、べつに」

 頭ん中が止まった。
 いや、止まったんじゃねぇ。
グチャグチャループの中、パニック中。

 んで、思い出した。
 ──高一んとき、“喧嘩で停学したやつ”って噂、あった。たしかに。
 うち進学校だし、先生たちも速攻で火消しして、
違うクラスだったし、名前も出なかった。
 そもそも、「灰田」って苗字すら、知らねぇし。
 てか、そもそも、任太朗がうちの学校にいたことすら──。
 俺に繋がってたなんて、思いもしなかった。

 俺はバイク乗って、ノリでモテて、
楽しいことばっかで、
 ……なのに。任太朗は、マジで、ずっと俺を見てた。
……守ってくれてたんだな。
 
 ママも。佑介まで。
みんな、なんか任太朗のこと、知ってたのに。
 ──俺だけ、ずっと……蚊帳の外かよ。
 ムカつく。めちゃくちゃムカつく。
でも、ムカつくだけじゃねぇ。
 なんか……なんかさ……。なんか、体ん中がジリジリして……。

 そんなとき、佑介の声が、ふいに落ちてきた。

「飛充……そんな顔すんなって。任太朗のこと、好きって言ったじゃん。
いいじゃん、好きで。付き合っちまえよ!」

「……つ、付き合うって!?……」

 頭ん中で、──『だから、付き合うなんて、簡単に言うな』
 任太朗の、あの低音タメ語セリフが、勝手に脳内フルリピート。
あの時、あの距離。
 ……キス、されそうになった。
……マジで、恥ずかしすぎて、佑介には言ってねぇ。

「任太朗は男だぞ!? つか、まだ恋かどうかも、わかんねぇし!」

 椅子の背もたれにドンってもたれた。

 佑介が、ニヤッとしながら箸をクルクル回して、こっち見てきた。

「へぇ〜〜。じゃあ聞くけどさ……
飛充って、俺のこと好きだった時期、あったっけ?」
 
 佑介が、ニヤニヤしながらこう言いやがった。

「はぁ!? ねぇよ!! 一ミリもねぇよ!! 100ねぇ!! ねぇ!!」

 机に身を乗り出して言い返したら、佑介、笑いながらも、また唐揚げつまんで口に放り込んでる。

 
 「だよな〜〜!! だって任太朗と俺、ぜっんっぜん違ぇもんな!?」

 「当たり前だろが!!」

 「──だから、恋に決まってんじゃん?」
 
 佑介、顔がもうウザすぎて。

「……恋って、そんな簡単に決めんなって……いや、言われると、なんか……
……それっぽく……」

 佑介の笑い声が、唐揚げ越しにこっちに飛んできた。

「な!? ほら出た〜〜〜! 自分で『それっぽい』とか言っちゃってるし〜〜〜!」

「……っつーか、お前のせいでバグる!! マジやめろ!!」

「はいはい、バグってるってことは〜〜? 恋♡ってやつ〜〜。赤、真っ赤だぜぇ〜?」

「黙れ!!! 唐揚げ口ん中に詰まらせろ!!!」

 ……マジで、恋……なのか? 俺。