俺が任太朗に、
ピョンピョンオシャレ同好会、無理やり退会させられて、
肩つかまれて、そのまんま連れ出されて──

 で、今。俺と任太朗、電車のつり革つかんで、無言で立ってる。
 窓の外、景色はすげースピードで流れてんの。
 会話、ゼロ。
俺の質問、さっきからことごとくスルーされてんだけど?
 
 ……まあいい、後でちゃんと聞かせてもらうからな。
 俺の脳内グチャグチャぐループの内容が、マジで収拾つかん。

 てか、今、立ってる距離、近っ。ギリ、いやいや、もうこれベタつきじゃん。

 俺の肩のとこ、ちょうど任太朗の腕と並ぶ高さで、
俺のイケてる白Tと、任太朗の「古着じゃない」シャツの布地が、
スリスリ仲良く擦れてるんの。
 
 そういや、任太朗と外、こうやって一緒に出んの、──初めて。
  ……なんか、ちょっと、変な感じ。でも、新鮮。で、わりと……悪くねぇ。

 目的地は──ガキの頃、俺らがよくかけっこしてた「広〜い芝生広場」。
 小学校の裏にある。
当時は「日本の半分くらいある」ってマジで思ってたんだよ。
 
……さっきスマホのマップで見たら、余裕で小学校のグランドよりちょっと大きいくらいサイズだったんだけどね。
 記憶ん中の「広い世界」が、こんなに小さくまとまってんの、ちょっとショック。


 で、なんで「広〜い芝生広場」に行く流れになったかっていうと──

 さっき、土曜のガラガラのキャンパス、俺の肩が、任太朗の腕に包まれたまんま、歩いたあの数分。

「……ど、どこ行くの?」

 って俺が聞いたら、

「わかりません」

「はああ!? お前が連れてきたくせにっ! 意味わかんねぇでしょ!? 」

「すみません。私も、思っていたより動いてしましたので」

 って、任太朗が落ち着き払ったトーンで返してきた。

「なんなのその思ってたより動いたって!?
 『俺』とかって言ったから、『制御』できなかった……とか、そういう……やつ……?」

 って、なんか言ったら、返ってきたのは、沈黙だけだった。

 ちょうどそのとき、目の前の時計台が十時半を指してんのが目に入った。

「あれ? お前、今日バイト十一時からじゃなかったっけ!?」

「夕方にずらしてもらいました」

「は? なんで!?」

「高橋のことが、どうしても気になって。昨日、調べました。同好会の会長だったこと、知らなくて、ちゃんと確認しておくべきでした。それは、自分のミスです」

「え?」

「もし知っていたら、飛充を、あんな場所に行かせたりしませんでした」

「あんな場所って……高橋先輩と服とバイクの話しかしてねーし!?
 まぁ……たしか、前から俺のこと狙ってたっぽいし、昨日も誘われたけどさ……。
でも、なんかあったなら、先に言っとけよ!!」

「すみません」

「てか、『俺のもの』って、どーゆー意味だよそれ……! お前、自覚してんのかよ!?」

「はい。飛充は、私のものです。昔から、ずっと、そう思ってます。自覚はあります。勝手にそう思って、気持ち悪くさせてしまって、本当に、すみません」


「べ、別に……気持ち悪くなんて、ねぇし……!」

「ありがとうございます。
とりあえず、落ち着いた場所で、ちゃんと話させてください」

 ──って、そう言われて。
以上、ここまでの経緯。


 で、俺はというと、混乱まっ最中のそのとき、なぜか、思い出したんだよ。「広〜い芝生広場」。
 最後に遊んだ日、俺、「またあした」って言ったんだ。
 ……んで、次の日。ママから聞かされた。「任太朗くん、引っ越して転校したのよ」って。
 だからさ、行ってみたくなったんだよ。任太朗と。ただ、それだけ。


 ちなみに。俺のバイクも、任太朗のチャリも、学校に置きっぱ。
 俺のイケてるボストンバッグだけは、ギリギリで栄養科専用の更衣室ロッカーに収められたんだけど。
 任太朗の登山リュックは、さすがに物理的にムリだったっぽくて。床の隅に、ちょこんって置いてあった。「大丈夫です」って、ふつーの顔で言うし。
 この混乱パンパン状態で手ぶらって、正直ありがたい。



「広〜い芝生広場」、到着。

 太陽、遠慮なく暴れてくるくせに、風だけ、サラサラ横から通り抜けてって、
シャボン玉がふたつ、俺の肩んとこフワッて飛んでった。

 芝生の広場、ど真ん中に立ってみたら、
 ガキたちはめちゃ走り回ってて、
母ちゃんたちはベンチで元気に喋ってて、笑ってて。
 ……変わんねぇな。こーゆー景色。

「なっつかし〜〜……」


 思わず声、出てたら、すぐ隣、任太朗の声。いつも通りのトーンで。

「そうですね」
 
 
……けどなんか、今の声、
ちょっとだけ昔の任太朗っぽく聞こえた気がして。
 背も伸びて、声も変わって、
雰囲気なんかぜんっぜんちげぇのに。
 
あの頃の任太朗が、一瞬だけ重なった、みたてぇな。

 ……ここ、ガキの頃、毎日みたいにかけっこしてた場所で、
 俺、毎回勝ってた。勝ってた……はず、だったんだけど。
 いや、待て。
あれ、わざと負けてた……とか……マジで?

「おい。マジで、マジで、わざと負けてたんか?」

 すると、任太朗、いつものトーンで、

「勝ち負けよりも、飛充が笑っていてくれることの方が、大事でしたので」

「──マジかよ。……じゃあ、リベンジな!! 今度はガチで」

 そう言って、芝生の広場をバーッと見た。

「てかさ、ここ、『マジで広っ!』って思ってたよな。……で、案外ちっせぇな。
ガキの感覚って、マジで盛りがち」

 そしたら、任太朗が、いつものトーンで、

「飛充は、大きくなりましたから」

「任太朗もな? 昔ちいちゃかったくせに。最初、マンションで現れたとき、マジで誰!? ってなったし。で、今いくつよ? 一八五くらい?」

「一八六です。飛充の隣に立つには、高すぎるかもしれません」

 そう言った任太朗、ふっと猫背が深くなって、そのまんまの角度で、横から俺の顔、見てきた。

「なにそれ自慢かよ!? 
俺、あと二センチで一八〇いくって目標なんだけど!」

 って言いつつ、俺はちょっとだけ身を起こして、肩並べるフリしてみる。

 ……うん、並んでみたらやっぱ負けた。
 ムカつく。ムカつくけど……こいつ、──ふつーに、カッコいいじゃんかよ。

「いいえ、本当のことを言っただけです」

 って、また真面目な顔で言いやがった。

「猫背やめたら、ふつーに一九〇いくだろ? その猫背、マジでもったいねぇ」

 
 ついでに、ふざけてその猫背の山をポンッて叩いた。

 ──え? なんか、ちゃんと当たった感……?
 この前、指先がちょっと触れたときとは違ってて。

 ゴツッていうか、ギュッていうか……
骨と筋肉が、手のひらにしっかりあった。
 
え、なにこの感じ……ちゃんと男の背中ってやつ。
猫背のくせに、ズルい。
 って思ってたら、

 任太朗、さらに猫背、深めて。
そのまんまの角度で、横から俺の顔、まっすぐ見てきて。
 目、なんか真剣になってるし。で、言ってくる。

「猫背で、いいです」

一拍置いて、さらっと、

「これ以上伸びると、飛充の顔、見えにくくなってしまうので」

「……は? ちょ、なにその理由。意味わかんねぇんだけど」

「中学生の頃、背が伸びはじめて、飛充とすれ違うたび、顔がちゃんと見たくて。
それで、気づいたら、猫背になってました」

 いつものトーン。

「いやいや、ちょ、待って!? 猫背の理由、俺ってこと!? てか俺、そんな影響力あんの!? 骨格にまで!? なんだよそれ。マジで……声かけりゃよかったじゃんかよ。……ったく、お前、バカかよ」

 俺、そう口にした瞬間、

 任太朗の口角が、確実に1ミリ、上がった。
 間違いなく、笑った。マジで。見逃さねぇからな? 
 で、ぐいって引っ張られるみてぇに。
 気づいたら、俺も、ふっ、て……笑ってた。


 広場の向こうの端っこ。
木製のベンチが、三つ並んでる。
昔から変わってねぇ、ちょっと木陰になってるあたり。
 俺、なんとなく足、そっち向いてて、
そしたらちょうど、真ん中のベンチ、母ちゃんたち三人組が立ち上がって、空いて。
 俺、そのまんまドカッと座った。
で、肘ついた手すり。……木のガサガサ感。マジで、あの頃のまんまだ。

「あー、ここだここ。マジで記憶のまんまじゃん!」

 俺はここで、最新タブレット開いてモテまくってた。

 ママが隣で作ったクッキーとかマドレーヌとか、紙袋パンパンに詰めて、みんなに配った。

 任太朗が、静かに、


「このベンチ、飛充がタブレット開いてて、みんなに囲まれてました」

「あ〜〜、俺、常に最新のゲーム入れてたからな」

 任太朗が、俺の前で立ったまんまちょっとだけ頷いた。

「お前が入る隙間なんて、とっくになかった。ずっと後ろいてさ。俺、タブレット置いて、『かけっこしよーぜ』って、お前、誘ったの」

「嬉しかったです。飛充が気づいてくれたこと、感謝しています」

「は? 感謝いらねーし! ──ってことで、リベンジな!ガチで!!」


 俺は昔からあるゴミ箱の前を指差す。

「ここから、あの公園の端のゴミ箱まで。昔と同じルートな」

「いいんですか?」

「は? なにがよ?」

「本気出したら、飛充より速いですよ?」

「うっせぇ! やれっつってんだよ!」

 言った瞬間、俺、もうベンチから飛び出して、先に走ってた。

「走れって! とっとと来いよ、任太朗!!」


 風がフワッと背中押してくる。
その勢いでチラッと振り返ると──
 任太朗もちゃんと走ってきてた。
 天パが、風でバサッとなびいてて、
顔、真剣のくせに──口元、あきらかに、上がってんじゃん!
 うわ、なにそれ。……なんか、なんか……ズルくね?

 任太朗が追いついてきて、並んだ。
足音が、ピタッて重なる。

 ゴミ箱まで──あとちょい。

 ビタッて、ほぼ同時に止まった。

「……ん? こんな近かったっけ? なんかもっと、走った気してたんだけど。昔」

 ぜんっぜんキツくねぇ。のに──

 息、ちょい跳ねてる。てか、心臓、バクバクしてんだけど。
 マジで、ドキドキの質、また更新されたっぽい。

 任太朗と、また走ってた。
 しかも今は──任太朗の「好き」って知ったうえで、一緒に走ってて。

 隣がいんだけで、なんかもう……懐かしいとか、楽しいとか、嬉しいとか、
 そのへん全部、そのへん全部──ドバッて来た。まとめて、グワッて来た。
 ……なんだよ、これ。

 
 気づいたら、かけっこ、十回以上はした。
 
……ってかさ、任太朗、速すぎんだよマジで!!
 
 途中ムカつきかけたけど、
笑ってる任太朗見てたら──まあ、いっかって思った。
 
 俺の真っ白だった、イケてるスニーカーは、
見事に、泥まみれ。昨日の雨のせい。
 
……ま、また買えばいっか。

 
 ベンチ、ずっと空いてた。
で、俺はまたドカッと座った。
 木漏れ日がシャラシャラ落ちてきて、
風がふわっと、首筋のあたり通り抜けてって。

「……てか、あのとき俺、『またあした』って言ったよな。走ったあと。
たぶん、小三の終わりくらい?……でもさ、結局、その『あした』、来なかったよな」

 思わず口にながら、背もたれにのけぞって、空を仰いだ。
 
枝の隙間から差し込む光が、目の奥まで直撃。
 葉っぱの影、ゆらゆら揺れてて、なんだこれ、甘酸っぱい……? いや、……しみる。

 
俺の前で立ってた任太朗の声が、ふっと落ちてくる。

「本当は飛充に伝えたかったんです。転校のことも、引っ越しのことも。でも、あの時、飛充が楽しそうに笑っていて。どう言えばいいか、わからなくなってしまいました。」

「やめろーっ!! そういうセリフ、泣けるからやめろーっ!!」

 俺、空を仰いだまんま、目、ギュッとつぶった。

「その『あした』は、今日にしてもらえませんか? 本当に、すみませんでした」

「……うん。……『あした』が、ちゃんとあんなら──」

 任太朗が、ちゃんと隣にいてくれんなら、
それで……マジで、悪くねぇし。


 で、ちょっと経ってから、

 
俺はベンチに座ったまんま、腕組んで足投げ出してた。

「……彼氏待ちかよ、俺」
思わず、ひとり言。

 んで、トレー両手に持って、任太朗が戻ってきた。
 
唐揚げ弁当、焼きそば、コーラ、ウーロン茶と一緒に。


「コーラはペットボトルしかなかったです」


 って、唐揚げ弁当と一緒に、俺の前に出してきて。

「お〜〜! 俺の大好物ツートップ! ナイス、サンキュー!」

 任太朗が、ちょっとだけメガネ押し上げて、いつもの真顔で、

「私の唐揚げのほうが、美味しいかもしれませんが」

「なに、またその自慢かよ!」

 ってツッコみながら、
俺、高速でコーラのキャップ回して、シュッて鳴って、
歩いたし、走ったし、もう喉カラッカラだし!

 泡あふれそうだったけど、その前に、勢いでゴクゴクッとガブ飲み。

「……うまっ、生き返った!」

 ……ん? てか、今さらだけど、
 俺、任太朗と一緒にメシ食うの、これ初じゃねぇ?
 再会してからも、こいつはずっと俺のメシ作る係で、
一緒に食うってシーン、マジで一回もなかったわ。
 聞いたら「家で母と食べます」って言ってて、
夜遅くなる母ちゃんのために、時間合わせてるとか言ってたし。
 てか、そもそも、
こいつが、なに食ってんのか、なにが好きなのか、
どんなふうに食うのか。
俺、なんも知らねぇじゃん。

「お前さ──」

 なにか聞こうとした、その瞬間、

「高橋のことですけど」

 任太朗が、ゆっくり俺の隣に腰かけながら、いつものより、ちょっとだけ沈んだトーンで言った。

「──そーだ! お前と高橋先輩、なんかあんのかよ?」

 炭酸の泡が喉の奥でパチパチ。

 任太朗が、ちょっとだけ間をあけて言う。

「高橋は、B高の出身です」

「……B高って、あのヤンチャ多めの男子校? あそこじゃん?」

「はい。なので、まさか同じ大学にいるとは思いませんでした」


「でさ、お前……なんでそんな前から、高橋先輩のこと知ってたんだよ?」



「高校一年のとき、夏休みの、少し前でした」


 任太朗は、ふっと視線を落として続ける。

「帰り道で、何度か見ました。
飛充のあとを──高橋が、不自然な距離でついてくるのを」

「は? いや……いやいや、まぁ俺モテるし? たまたまって可能性もあるだろ」


「違います。視線が──普通じゃ、なかったんです」


 任太朗の声は断言。

 で、一拍、置いた。

「気になって、調べました。名前も、SNSも。
盗撮されてた飛充の写真──バイクのやつに、高橋が写っていたこともあって。
そのコメント欄にも、変な書き込みがありました。
飛充には、見せたくない内容でした」

 ──え。
なんか、背中のあたりがゾワッとする。

「え、マジで……? やっぱ俺の勘、当たってたんだな。最初っからムリって思ってたんだよ、高橋先輩って」

 俺、コーラと弁当もそっちのけで、横に置いた。


 任太朗が沈んだトーンのまんまで、

「飛充に気持ちを伝えてきた人たちは、皆さん、いい方でした。ただ高橋は、違ってました。気持ちよりも、身体やお金、欲望のほうが、強くて。」

「かっ……体!? ……っ、よ、欲望!? ちょ、はあ!? なにそれキモッ!!」

 俺、マジで今、変な声出た。全身がゾワッとする。

 任太朗も、そっと焼きそばとウーロン茶を横に置いた。
 
……てか、こいつ、一口も飲んでねぇじゃん。

「それで、高一の夏休み明けくらい。飛充がバイクの免許を取った頃のことです。
スーパーのバイク駐車場で──」

「はっ!? ちょ、待て待て! ちゃんと買い物したし! 金も払ったし!
違反とかじゃね
ーからな!? ……まあ、学校にバレたらアウトだけど。」

「知ってます」

 任太朗はそのまんま、続けて、

「あのとき、あいつは、飛充のバイクのリアブレーキ配線だけを、外していました。」

「……はぁ!? それ、いつの話だよ!? マジで全然気づかなかったし!!」

「でも、大丈夫です。飛充が乗る前に、私が気づいて、直しておきました」

「……は? お前、整備とかできんの?」

「少しだけです。あいつも雑でしたし、飛充に何かあったらと思うと。」

 任太朗のトーンは、どんどん沈んでいて、


「それに、『一人で来てください』って書かれたメモもありました。私が捨てました。
たぶん、誘導でした。告白を装って。飛充も、普通の告白だと思って行ってたら、写真を撮られたり、もっと何か──危ないことが、あったかもしれません」

「いや、もう、こわ……それで? どうしたんだよ?」

 俺、気づいたら、両手ギュッて握りこぶしになってた。

「私、止めました」

「──なにしたの!?」

「大したことじゃありません。あいつは、弱いだけです」

「いやいやいや、大したことじゃねぇじゃねーだろ!! 高橋先輩、さっきマジでビビってたからな!?」

 任太朗が、まっすぐ俺を見てきた。

「飛充に、何かあってほしくなかったんです。それだけです。飛充が、何も知らずに済んで、ただ楽しく笑っててくれたなら、それが、一番いい。そう思いました」

 で、一拍、置いてから、

「だから、あの同好会はやめてください。高橋が、もう一度何かしてくるとは思いませんが。念のため、これ以上、関わらないでほしいんです」

「……うん。てか、さっきもうやめたしな? お前が勝手に退会させたけど?」

「今回、高橋のこと気づけなかった自分を、正直、責めています。
でも、これからは──ちゃんと見ます。
飛充のそばに、変な人がいたら、必ず、止めます。飛充を守るのも、私の使命です。──飛充は、ただ笑っててください」

「……は? また出たかよ、『使命』って」
 
 ……でも、なんか……やたら刺さる。
 
 俺のこと、ちゃんと守ろうとしてくれてんのか。
その本気が、ズンって伝わってくる。

「また、俺の知らねぇところで。俺のこと──」

 ……ちゃんと守ろうとしてくれてんのかよ。

 任太朗は、それ以上なにも言わねぇし、
俺も……なんかもう、黙るしかなかった。
 
 ……任太朗が、高橋先輩と対峙?
 あの落ち着いてん任太朗が、誰かと揉めたって? 

 ……想像、できねぇ。いや──
……たぶん、想像したくも、なぇ。

 まだ、手つけてなかった弁当を開けて、
唐揚げ、味、ぜんっぜん入ってこねぇし。

 芝生の匂い。
ガキたちのわーわー騒ぐ声。隣のベンチ 母ちゃんたちの笑い声。
 
 任太朗が、ウーロン茶のキャップ回す音だけ、妙にでかく聞こえんの、なんでだよ

 しばらく、俺ら、無言だった。
 
 任太朗と、肩、……近い。
でも、ギリ触れてねぇ。

 俺、チラッと横目で、任太朗の顔を見た。──相変わらず、いつもの無表情。

 今の話、マジで……こわ。
でも、隣にこいつがいるだけで、なんか、変な安心感じ
 なんでだよ、なんで……
こいつがそばにいるだけで、ちょっと風があったかく感じんの。
 ……ああもう。
なんなんだよ、この感じ。


 弁当も、ほぼ食い終わった頃。

 任太朗がスマホをチラッと見て、ぽそっと、

「そろそろ、バイトに向かいます」

 って言って、立ち上がった。

 ……あ、そっか。
時間か。そりゃそうだよな。
 でも、なんか……もうちょっと、一緒にいてぇ気もした。
名残惜しい? 
 けど……それを俺が言うのは、なんか違う気がして。
 って脳内つぶやいたら、 

 任太朗がふつーに、俺のほう見て、ぽつんと、

「また来ましょう」

「……お前さ、そーいうとこ、マジでズルいんだけど」
 

 
 大学戻って、任太朗が俺をバイク専用の東門まで送って、
そんで──あっさりめの解散。
 
 俺のイケてるボストンバッグは、栄養科の更衣室ロッカーに置きっぱだけど、

「月曜、持って行きます」って任太朗が言ってたし。

 ヘルメットかぶる前に、
 ふと。
……あー、そっか。
またすぐ会うんだ、俺ら。ふつーに。

 空っぽのコーラのペットボトル、なんとなくカラカラ振ってみたら、

 最後の一滴が、口んとこ垂れてきて。

「……ぬるっ」