高橋先輩。
「ピョンピョンオシャレ同好会」の会長。
 たしかに、見た目だけなら、そりゃ人気出るのもわかる。ビジュは強い、マジで。
 でも俺は、
スカウトされてすぐの時点で、なんかもう、ずっと引っかかってた。
 初対面でいきなり「飛充くん」とか呼ばれてさ、え、誰? チャラッ。
しかも笑ってんのに、目、笑ってねぇの。ああいうの、苦手。
 つーか、弱そうなんだよ。顔じゃなくて、中身が。なんか、裏で何かしそう感じ。

 でもまあ、同好会の雰囲気はそれなりに楽しそうだったし、服とか、イケてる俺の撮影とか、わりと好きだし。
 一応ってノリで入会しといた。


 で、今日。今、登場した高橋先輩。
 黒髪、さらっと無造作。横顔くっきり、輪郭シャープ。
シルエットは細め。華奢すぎない。
 俺と同じくらいの身長で、全体バランスが、なんか絶妙。
 片耳だけの金ピアスが、太陽に反射してキラッキラ。
しかも、シャラッと光んのよ。日差し、味方にしすぎだろ。
 グレーベージュのセットアップをゆる〜く羽織って、袖口ダルッとしてて、白シャツの端がチラ見えしてんのも計算くさすぎ。

 白のレザーローファーまできっちり決めてて、足元まで一切抜かりなし。
 
「高橋先輩〜!」
「今日も撮らせてください!」
「高橋、スーツ、ナチュ盛れ……!」

「光似合いすぎっス〜!」
「てか肌、なんでそんなキレイなんですか⁉」

 わちゃわちゃ騒いでるメンバーに、
高橋先輩は笑いながら、手ひらひら。なんか優雅っぽい動きで。

「さって、今日も一人五ルック! 盛り上がりましょう〜」

 って声と同時に、

 写真部のやつらまでゾロゾロ乱入してきて、
「どの順で撮る?」とか「背景どうする?」とか、やたら真剣に相談始まった。
 撮影会モード突入。そのへんの壁すら背景にしそうな勢い、スタジオでも建てんのかって盛り上がってる。

 そんでそのざわつきの中で、
高橋先輩の視線が、ピタッと俺に止まって。こっちにスッと歩いてくる。

「飛充くん、今日も決まってるね! 腰巻き使ってくるあたり、さすがだわ」

 軽〜く片手をポケットに入れながら、微笑みキープで喋ってくる。

「うぃっす。ありがとうございます。先輩のスーツも、ゆるくてお洒落っす」

 とりあえずテンション合わせて返したけど。

「……で、今日もバイクで来た?」


 高橋先輩は、相変わらず軽〜い口調で聞いてきた。ポケットに手入れたまんま、笑顔キープで。

「ん。天気快適だったんで。まあ、雨でも普通に乗りますけど」

 ついでにちょいドヤで返しとく。べつに乗るのなんかふつーだし。俺だし。

「へぇ……じゃあ、今日終わったらちょっと、見せてもらっていい?」

 ……その聞き方なんか引っかかる。
てか昨日のメッセ、既読スルーしてたんだった。

 任太朗が様子変で、なんとなく返す気になれなかったっていうか……まあ。どーせキモいし。いいだろもう。

「先輩ってさ、灰田任太朗と知り合い?」

 なんとなくちょっと聞いてみたら、高橋先輩の目が、一瞬で泳いだ。
 ……泳いだ。泳いだぞ。左右にススッて。二往復はしてたって!
 しかも、まばたき増えてるし。

「……え? どうして? っていうか、灰田くんって……飛充くんの彼氏でしょ? ……みんな知ってるけど」

 笑顔、貼り付け。おでこに、うっすら汗も出てるし。その動揺、焦り成分。隠しきれてないですけど!?

「あ、いえ。そうじゃなくて……高橋先輩と、個人的に、なんかあったのかなって」

「……まあね。前に、ちょ……ちょっとだけ……。」

 しかも噛んだ。汗、ピトッて落ちた。マジで一滴。

「先輩、ちょっと濁しましたよね?」

 ……おいおいおい。『ちょっとだけ』の濁し方がタチ悪いやつ。
 なにその、「意味深過去枠」みたいな言い方。これ、絶対なんかあるパターンじゃん。

 このとき──

「飛充、遅くなりました。お待たせしてすみません」

 背後から、聴きなれたトーン。振り返ると──いた。

「荷物が少し傾いていたので、自転車は速度を落としました」

 任太朗が
俺のイケてるボストンバッグ、片手でひょいって持ってて、背中、登山リュック。
 
……てか、それ、まあまあ重いはずなんだけど?
 なのに、片手で、腕ぶら下げた。

 同好会メンバー、ざわざわモード突入。

「例の猫背メガネ彼氏、今の?」

「飛充の彼氏って……あれ!?」

「うそ、今日ガチで彼氏連れてきた!?」

「彼氏連れてくるとか聞いてないんだけ!?」

「てか地味って聞いてたけど、え、顔、盛れてな!?」

「いや、ふつうに背高いし……え、てか空気変わったのなんで」

 
任太朗は、周囲の騒ぎにも、まったく反応なし。

 いつもの静かさって言いたいとこなんだけど。
足取りも、顔の感じも、……明らかに違ってた。

 スッ……て俺の横に立っただけ。
 それだけのはずなのに、なんか、空気がビリってきた。
 え、なにこれ。……無音のプレッシャー? てか……え、「圧」、あるんだけど……?

 とりあえず、

「あ、任太朗〜! ちょうどいいとこ来たじゃん。ほら、高橋先輩──」

 俺が、任太朗を見て、そう声かけた。

 けど。

 ……無表情のくせに、その目つきだけが、
 なんか……静かなのに、バッキバキに刺さってきた。
 え、ちょっと待て。なにその目。こわ。
 
 てか──あれ? 俺、見てなぇ……?

 視線が、ガチで──高橋先輩、ロックオンしてんだけど!

「やっぱり。高橋悠人(ゆうと)先輩、ですね」

 任太朗の声。低めで、いつも通りの丁寧口調。
 ……のはずなのに、なんか──冷気がすんって走った感じ。

 それから、任太朗が俺の横から、ゆっくり前に出る。
 その動きが、速くもないのに、やたら確実で。
 一歩、また一歩って、まっすぐ──俺と高橋先輩の間に、……入ってた。
 
 空気、ピリッピリ。
え、なに? 
 これって、どう見ても──ただの「知り合い」って間じゃないだろ!?

 沈黙が一秒……一・五秒、二秒……って、じわじわ伸びたタイミングで、

 やっと、高橋先輩が口を開いた。

「……へぇ、変わってないね。……灰田くん」

 高橋先輩の顔、笑ってる。笑ってはいる。
 けど──
その笑い、明らかにさっきより引きつってるし、
声、ほんのり、震えてんの。
 てか、おでこ。さっきはうっすらだった汗が、今はもう滲んでるとかじゃない。流れてる。しかも急激増量。

「まさかA大にいるとはな。偶然、ですね。先輩」

 任太朗の声は、敬語っちゃ敬語。けど──
言い回しがちょっとラフで、語尾にほんのり棘。

 しかも、目、ロックオン強度、MAX。
 
 空気が、また一段階──ぎゅって締まった感じ。
 まわりの騒ぎも、一瞬止まる。だから逆に、耳、めっちゃ敏感になってくる。

 そして、任太朗が続けて──

「言いましたよね。『金井飛充は俺のものだ』って。忘れてませんよね? 先輩」

 なんだこれ。メガネの奥、バチバチに火花散ってる。

 あれ絶対、目、合わせたらヤケドするやつ。

 ……てか『金井飛充は俺のものです』って!? なにそれ!? 誰の許可で俺を所有物扱いした!? 
 でも俺、空気読める男なんで。
今は、口出さねぇ。
 
 ……てか、任太朗なら……べつに……いいし。

 言われても、そんなに……嫌じゃねぇ。

 
……てか、今、「私」じゃなくて「俺」って言ったし。

 ちょっと、なんか、男らしかったし……いや、だからなに!?
 
 ……って、
いやいやいやいやいや! 
今その話じゃねぇから!
 
 今は、観察だ。観察。

 ──って、高橋先輩、声、裏返ってんじゃん。

「……っわ、わ、忘れてないよ……!
落ち着いて、灰田くん、ね? ほんとに、バイクだけなんだ!
 飛充くんのバイク見たかっただけで! かんべんしてくれよ〜!」

 高橋先輩の顔、白、さっきまで血色いいだったのに、一気に貧血気味じゃん。
 
汗? てかもう、汗だけとかじゃねー。目、涙、出る直前なんだけど。

 そんで、任太朗が──

「そうですか。また『バイク』って言えば誤魔化せると思ったんですか?」

 声は低め。語尾はいつも通り丁寧っぽいのに、
「圧」だけがズン……って、高橋先輩に直でぶつかってる感じ。

「俺、自分のもの……誰かと共有するの、すごく嫌いです」

 って、静かに。
一拍、置いてから──

「あと、意外と執念深いほうなので。まだ、先輩のこと──許してませんから」

 高橋先輩へのロックオン強度、MAX & MAX。

 メガネの奥、バチバチ&バチバチに火花、散りすぎ。

「っ……灰田くん、やめて……お願いだから……」

 高橋先輩、声、かすれてんじゃん。

 
てか任太朗、物理的にはなんもしてねぇのに。

 
高橋先輩は、両手ちょい上げて、じり……って距離取ろうとしてるし、
腰、引けてんじゃん。
 ……めっちゃビビってんじゃん!?

 でも──
任太朗は、一切ブレずに追い打ち。

「もう一回、言っておきます」

 そう言って、

 チラッと──任太朗が、俺のほう見た。

 ──目、合った。
一・五秒くらい。たったそれだけなのに。

 俺、なんか……ズキュンきた。
心臓、グッて掴まれた?……みてぇな。

 ……でも、次の瞬間には、もうその視線は高橋先輩に戻ってて。

 任太朗が、また一歩。さらに前へ。
 高橋先輩のほうに。
その足取りが、鋭すぎて──刺さるレベル。

「バイクも、服も。
 笑顔も、仕草も、癖も、声も……」

 ──一拍、置いた。静かなまま。冷静な「圧」。

「金井飛充に関わる全部──」

 そして、もう一歩だけ前へ。

 今度は、マジで。鋭く、突き刺すみたいな声で──

「──飛充は、俺のです。──近づかないでもらえますか?」

 ──っっ!?!?

 ってなった次の秒で、

 任太朗がスッ……て俺の横に戻ってきて。

 ……ん? え? ちょ、なに? なに!?

 スッて、左手が伸びてきた。

 ……なっ……なななんだ!?!?

 しかも、自然に。やけにスムーズに、俺の肩にかかってきた!

 ──俺の肩、まわされたんですけど!

 いや、待って、なにその動作!?

「……じ、任太朗!?」

 反射でちょい見上げて、

 任太朗の目は、こっち見てねぇ。
 ずっと……高橋先輩ロックオン状態。解除してねぇ。

 つか、俺の肩、今、しっかり包まれてるけど……!

 つか、任太朗の右手、ふつーに俺のイケてるボストンバッグも持ってて。(背中、登山リュック)

 俺ごと、俺の荷物ごと、任太朗に持たれてる! なに。
 ……余裕の包容力ってやつ? 

 で、任太朗はそのまんま、
髙橋先輩に向かって──追い打ちかのように、さらっと言いやがって──

「この同好会、飛充は今日で持ちまして、退会です」

 ……はあああ!?

「ちょ、待って待って! なに言ってんの!?
 勝手に決めんな。
俺、なにも言ってねぇからね!?」

 ……俺の拒否権どこいった!?

 任太朗の「圧」ってか、
俺、今……なんか、こいつのものてか、なにこれ。
 ……独占欲ってやつ?

 高橋先輩が、両手ちょい上げて、小声ぎみで、

「……はい……わかった、わかったから……もう……」

 さっきより白目率、増えてたじゃん。
 腰引けてるどころか、今にも逃げそうな勢いだし!?

 てか、このふたり……
意味深過去枠の悪因縁とか、なんなん!? 

 
で、なんで俺がそこに巻き込まれてんの!? 
 いや、巻き込まれてるっていうか──明らかに俺、関係あるやつじゃん!?

 ……でもさ。
モテてるのなんて、任太朗は今までだって知ってんはずで。

 俺の周り、今までも女子とか男子とか、いっぱい寄ってきてたんだけど。
 けど──
なんで高橋先輩だけ、こうなるんだよ?

 それって、つまり……三角関係ってやつ?

 俺の頭ん中、
質問攻めカンカンカンカンカンカンカンカンカンッッッ!!!
 
「今の状況、まとめて説明しろーーーー!!!」

 ──もう限界。
ついに、俺、叫んだ。

 けど。

 任太朗が俺の質問に答えはしねぇ。

 最後に、高橋先輩をチラッと一瞥だけして、


 俺の肩、抱いたまんま、
中庭のざわつくメンバーたちを背にして──歩き出した。

「っ……えっ!? ちょ、じ……任太朗!?」

 任太朗が、ふっと俺を見て──


「飛充、帰りましょう」

 ……え、なにそれ、
急にやさしっ!?

「帰るって!? どこに? なんで!?
 俺、今、マジ状況わかんないんだけど!?」

 任太朗、また俺の疑問はスルーで、
そのまんま歩き出すだけ。

「……いやいやいやいやいや! マジで説明しろ!!」

 なのに。

 
任太朗が、ふっともう一回、俺の顔を見た。
 その目が……さっきまで、高橋先輩にバッキバキに刺してた目じゃん。
 今、俺に向いた瞬間。マジ、やわらかくて、あったかくて。
 
あれ、なに。
なにその切り替え、ズルくねぇ。

 俺……拒否とか、否定とか、怒りとか、
出てこなかった。
 いや、出そうとしても──出したくなくなった。

 中庭のメンバーたちがざわざわしてて、 


「うっそ! 連れてった!」
「リアルカレシ連行!」
「飛充〜〜〜!いい男にさらわれてる〜〜‼︎」

 誰かがヒュ〜〜〜って口笛鳴らしてた気がする。

 でも、俺、振り返らねぇ。

 
だってさ、
なんか任太朗に持ってかれてんじゃん。

 この腕の温度って、俺のこと「ちゃんと欲しい」って言ってるみてぇじゃん。
 ……え、俺──ガチで欲しがられてんだ……。ちょっと優越感? 
 てか……気分いい! てか……正直……嬉しい。
 ……任太朗、だから……だな。たぶん、じゃなくて……いや、絶対。

 また勝手にバクッてすんなよ。
 
 ……
ドキドキの質、また更新してんだけど。なんか──悪くねぇ。