高橋先輩。
「ピョンピョンオシャレ同好会」の会長。
たしかに、見た目だけなら、そりゃ人気出るのもわかる。ビジュは強い、マジで。
でも俺は、 スカウトされてすぐの時点で、なんかもう、ずっと引っかかってた。
初対面でいきなり「飛充くん」とか呼ばれてさ、え、誰? チャラッ。 しかも笑ってんのに、目、笑ってねぇの。ああいうの、苦手。
つーか、弱そうなんだよ。顔じゃなくて、中身が。なんか、裏で何かしそう感じ。
でもまあ、同好会の雰囲気はそれなりに楽しそうだったし、服とか、イケてる俺の撮影とか、わりと好きだし。
一応ってノリで入会しといた。
で、今日。今、登場した高橋先輩。
黒髪、さらっと無造作。横顔くっきり、輪郭シャープ。 シルエットは細め。華奢すぎない。
俺と同じくらいの身長で、全体バランスが、なんか絶妙。
片耳だけの金ピアスが、太陽に反射してキラッキラ。 しかも、シャラッと光んのよ。日差し、味方にしすぎだろ。
グレーベージュのセットアップをゆる〜く羽織って、袖口ダルッとしてて、白シャツの端がチラ見えしてんのも計算くさすぎ。
白のレザーローファーまできっちり決めてて、足元まで一切抜かりなし。
「高橋先輩〜!」
「今日も撮らせてください!」
「高橋、スーツ、ナチュ盛れ……!」
「光似合いすぎっス〜!」
「てか肌、なんでそんなキレイなんですか⁉」
わちゃわちゃ騒いでるメンバーに、 高橋先輩は笑いながら、手ひらひら。なんか優雅っぽい動きで。
「さって、今日も一人五ルック! 盛り上がりましょう〜」
って声と同時に、
写真部のやつらまでゾロゾロ乱入してきて、
「どの順で撮る?」とか「背景どうする?」とか、やたら真剣に相談始まった。
撮影会モード突入。そのへんの壁すら背景にしそうな勢い、スタジオでも建てんのかって盛り上がってる。
そんでそのざわつきの中で、 高橋先輩の視線が、ピタッと俺に止まって。こっちにスッと歩いてくる。
「飛充くん、今日も決まってるね! 腰巻き使ってくるあたり、さすがだわ」
軽〜く片手をポケットに入れながら、微笑みキープで喋ってくる。
「うぃっす。ありがとうございます。先輩のスーツも、ゆるくてお洒落っす」
とりあえずテンション合わせて返したけど。
「……で、今日もバイクで来た?」
高橋先輩は、相変わらず軽〜い口調で聞いてきた。ポケットに手入れたまんま、笑顔キープで。
「ん。天気快適だったんで。まあ、雨でも普通に乗りますけど」
ついでにちょいドヤで返しとく。べつに乗るのなんかふつーだし。俺だし。
「へぇ……じゃあ、今日終わったらちょっと、見せてもらっていい?」
……その聞き方なんか引っかかる。 てか昨日のメッセ、既読スルーしてたんだった。
任太朗が様子変で、なんとなく返す気になれなかったっていうか……まあ。どーせキモいし。いいだろもう。
「先輩ってさ、灰田任太朗と知り合い?」
なんとなくちょっと聞いてみたら、高橋先輩の目が、一瞬で泳いだ。
……泳いだ。泳いだぞ。左右にススッて。二往復はしてたって! しかも、まばたき増えてるし。
「……え? どうして? っていうか、灰田くんって……飛充くんの彼氏でしょ? ……みんな知ってるけど」
笑顔、貼り付け。おでこに、うっすら汗も出てるし。その動揺、焦り成分。隠しきれてないですけど!?
「あ、いえ。そうじゃなくて……高橋先輩と、個人的に、なんかあったのかなって」
「……まあね。前に、ちょ……ちょっとだけ……。」
しかも噛んだ。汗、ピトッて落ちた。マジで一滴。
「先輩、ちょっと濁しましたよね?」
……おいおいおい。『ちょっとだけ』の濁し方がタチ悪いやつ。
なにその、「意味深過去枠」みたいな言い方。これ、絶対なんかあるパターンじゃん。
このとき──
「飛充、遅くなりました。お待たせしてすみません」
背後から、聴きなれたトーン。振り返ると──いた。
「荷物が少し傾いていたので、自転車は速度を落としました」
任太朗が 俺のイケてるボストンバッグ、片手でひょいって持ってて、背中、登山リュック。
……てか、それ、まあまあ重いはずなんだけど? なのに、片手で、腕ぶら下げた。
同好会メンバー、ざわざわモード突入。
「例の猫背メガネ彼氏、今の?」
「飛充の彼氏って……あれ!?」
「うそ、今日ガチで彼氏連れてきた!?」
「彼氏連れてくるとか聞いてないんだけ!?」
「てか地味って聞いてたけど、え、顔、盛れてな!?」
「いや、ふつうに背高いし……え、てか空気変わったのなんで」
任太朗は、周囲の騒ぎにも、まったく反応なし。
いつもの静かさって言いたいとこなんだけど。 足取りも、顔の感じも、……明らかに違ってた。
スッ……て俺の横に立っただけ。
それだけのはずなのに、なんか、空気がビリってきた。
え、なにこれ。……無音のプレッシャー? てか……え、「圧」、あるんだけど……?
とりあえず、
「あ、任太朗〜! ちょうどいいとこ来たじゃん。ほら、高橋先輩──」
俺が、任太朗を見て、そう声かけた。
けど。
……無表情のくせに、その目つきだけが、
なんか……静かなのに、バッキバキに刺さってきた。
え、ちょっと待て。なにその目。こわ。
てか──あれ? 俺、見てなぇ……?
視線が、ガチで──高橋先輩、ロックオンしてんだけど!
「やっぱり。高橋悠人先輩、ですね」
任太朗の声。低めで、いつも通りの丁寧口調。
……のはずなのに、なんか──冷気がすんって走った感じ。
それから、任太朗が俺の横から、ゆっくり前に出る。
その動きが、速くもないのに、やたら確実で。
一歩、また一歩って、まっすぐ──俺と高橋先輩の間に、……入ってた。
空気、ピリッピリ。 え、なに?
これって、どう見ても──ただの「知り合い」って間じゃないだろ!?
沈黙が一秒……一・五秒、二秒……って、じわじわ伸びたタイミングで、
やっと、高橋先輩が口を開いた。
「……へぇ、変わってないね。……灰田くん」
高橋先輩の顔、笑ってる。笑ってはいる。
けど── その笑い、明らかにさっきより引きつってるし、 声、ほんのり、震えてんの。
てか、おでこ。さっきはうっすらだった汗が、今はもう滲んでるとかじゃない。流れてる。しかも急激増量。
「まさかA大にいるとはな。偶然、ですね。先輩」
任太朗の声は、敬語っちゃ敬語。けど── 言い回しがちょっとラフで、語尾にほんのり棘。
しかも、目、ロックオン強度、MAX。
空気が、また一段階──ぎゅって締まった感じ。
まわりの騒ぎも、一瞬止まる。だから逆に、耳、めっちゃ敏感になってくる。
そして、任太朗が続けて──
「言いましたよね。『金井飛充は俺のものだ』って。忘れてませんよね? 先輩」
なんだこれ。メガネの奥、バチバチに火花散ってる。
あれ絶対、目、合わせたらヤケドするやつ。
……てか『金井飛充は俺のものです』って!? なにそれ!? 誰の許可で俺を所有物扱いした!?
でも俺、空気読める男なんで。 今は、口出さねぇ。
……てか、任太朗なら……べつに……いいし。
言われても、そんなに……嫌じゃねぇ。
……てか、今、「私」じゃなくて「俺」って言ったし。
ちょっと、なんか、男らしかったし……いや、だからなに!?
……って、 いやいやいやいやいや! 今その話じゃねぇから!
今は、観察だ。観察。
──って、高橋先輩、声、裏返ってんじゃん。
「……っわ、わ、忘れてないよ……! 落ち着いて、灰田くん、ね? ほんとに、バイクだけなんだ! 飛充くんのバイク見たかっただけで! かんべんしてくれよ〜!」
高橋先輩の顔、白、さっきまで血色いいだったのに、一気に貧血気味じゃん。
汗? てかもう、汗だけとかじゃねー。目、涙、出る直前なんだけど。
そんで、任太朗が──
「そうですか。また『バイク』って言えば誤魔化せると思ったんですか?」
声は低め。語尾はいつも通り丁寧っぽいのに、 「圧」だけがズン……って、高橋先輩に直でぶつかってる感じ。
「俺、自分のもの……誰かと共有するの、すごく嫌いです」
って、静かに。 一拍、置いてから──
「あと、意外と執念深いほうなので。まだ、先輩のこと──許してませんから」
高橋先輩へのロックオン強度、MAX & MAX。
メガネの奥、バチバチ&バチバチに火花、散りすぎ。
「っ……灰田くん、やめて……お願いだから……」
高橋先輩、声、かすれてんじゃん。
てか任太朗、物理的にはなんもしてねぇのに。
高橋先輩は、両手ちょい上げて、じり……って距離取ろうとしてるし、 腰、引けてんじゃん。
……めっちゃビビってんじゃん!?
でも── 任太朗は、一切ブレずに追い打ち。
「もう一回、言っておきます」
そう言って、
チラッと──任太朗が、俺のほう見た。
──目、合った。 一・五秒くらい。たったそれだけなのに。
俺、なんか……ズキュンきた。 心臓、グッて掴まれた?……みてぇな。
……でも、次の瞬間には、もうその視線は高橋先輩に戻ってて。
任太朗が、また一歩。さらに前へ。
高橋先輩のほうに。 その足取りが、鋭すぎて──刺さるレベル。
「バイクも、服も。 笑顔も、仕草も、癖も、声も……」
──一拍、置いた。静かなまま。冷静な「圧」。
「金井飛充に関わる全部──」
そして、もう一歩だけ前へ。
今度は、マジで。鋭く、突き刺すみたいな声で──
「──飛充は、俺のです。──近づかないでもらえますか?」
──っっ!?!?
ってなった次の秒で、
任太朗がスッ……て俺の横に戻ってきて。
……ん? え? ちょ、なに? なに!?
スッて、左手が伸びてきた。
……なっ……なななんだ!?!?
しかも、自然に。やけにスムーズに、俺の肩にかかってきた!
──俺の肩、まわされたんですけど!
いや、待って、なにその動作!?
「……じ、任太朗!?」
反射でちょい見上げて、
任太朗の目は、こっち見てねぇ。
ずっと……高橋先輩ロックオン状態。解除してねぇ。
つか、俺の肩、今、しっかり包まれてるけど……!
つか、任太朗の右手、ふつーに俺のイケてるボストンバッグも持ってて。(背中、登山リュック)
俺ごと、俺の荷物ごと、任太朗に持たれてる! なに。
……余裕の包容力ってやつ?
で、任太朗はそのまんま、 髙橋先輩に向かって──追い打ちかのように、さらっと言いやがって──
「この同好会、飛充は今日で持ちまして、退会です」
……はあああ!?
「ちょ、待って待って! なに言ってんの!? 勝手に決めんな。 俺、なにも言ってねぇからね!?」
……俺の拒否権どこいった!?
任太朗の「圧」ってか、 俺、今……なんか、こいつのものてか、なにこれ。
……独占欲ってやつ?
高橋先輩が、両手ちょい上げて、小声ぎみで、
「……はい……わかった、わかったから……もう……」
さっきより白目率、増えてたじゃん。
腰引けてるどころか、今にも逃げそうな勢いだし!?
てか、このふたり…… 意味深過去枠の悪因縁とか、なんなん!?
で、なんで俺がそこに巻き込まれてんの!?
いや、巻き込まれてるっていうか──明らかに俺、関係あるやつじゃん!?
……でもさ。 モテてるのなんて、任太朗は今までだって知ってんはずで。
俺の周り、今までも女子とか男子とか、いっぱい寄ってきてたんだけど。
けど── なんで高橋先輩だけ、こうなるんだよ?
それって、つまり……三角関係ってやつ?
俺の頭ん中、 質問攻めカンカンカンカンカンカンカンカンカンッッッ!!!
「今の状況、まとめて説明しろーーーー!!!」
──もう限界。 ついに、俺、叫んだ。
けど。
任太朗が俺の質問に答えはしねぇ。
最後に、高橋先輩をチラッと一瞥だけして、
俺の肩、抱いたまんま、 中庭のざわつくメンバーたちを背にして──歩き出した。
「っ……えっ!? ちょ、じ……任太朗!?」
任太朗が、ふっと俺を見て──
「飛充、帰りましょう」
……え、なにそれ、 急にやさしっ!?
「帰るって!? どこに? なんで!? 俺、今、マジ状況わかんないんだけど!?」
任太朗、また俺の疑問はスルーで、 そのまんま歩き出すだけ。
「……いやいやいやいやいや! マジで説明しろ!!」
なのに。
任太朗が、ふっともう一回、俺の顔を見た。
その目が……さっきまで、高橋先輩にバッキバキに刺してた目じゃん。
今、俺に向いた瞬間。マジ、やわらかくて、あったかくて。
あれ、なに。 なにその切り替え、ズルくねぇ。
俺……拒否とか、否定とか、怒りとか、 出てこなかった。
いや、出そうとしても──出したくなくなった。
中庭のメンバーたちがざわざわしてて、
「うっそ! 連れてった!」
「リアルカレシ連行!」
「飛充〜〜〜!いい男にさらわれてる〜〜‼︎」
誰かがヒュ〜〜〜って口笛鳴らしてた気がする。
でも、俺、振り返らねぇ。
だってさ、 なんか任太朗に持ってかれてんじゃん。
この腕の温度って、俺のこと「ちゃんと欲しい」って言ってるみてぇじゃん。
……え、俺──ガチで欲しがられてんだ……。ちょっと優越感?
てか……気分いい! てか……正直……嬉しい。
……任太朗、だから……だな。たぶん、じゃなくて……いや、絶対。
また勝手にバクッてすんなよ。
…… ドキドキの質、また更新してんだけど。なんか──悪くねぇ。
たしかに、見た目だけなら、そりゃ人気出るのもわかる。ビジュは強い、マジで。
でも俺は、 スカウトされてすぐの時点で、なんかもう、ずっと引っかかってた。
初対面でいきなり「飛充くん」とか呼ばれてさ、え、誰? チャラッ。 しかも笑ってんのに、目、笑ってねぇの。ああいうの、苦手。
つーか、弱そうなんだよ。顔じゃなくて、中身が。なんか、裏で何かしそう感じ。
でもまあ、同好会の雰囲気はそれなりに楽しそうだったし、服とか、イケてる俺の撮影とか、わりと好きだし。
一応ってノリで入会しといた。
で、今日。今、登場した高橋先輩。
黒髪、さらっと無造作。横顔くっきり、輪郭シャープ。 シルエットは細め。華奢すぎない。
俺と同じくらいの身長で、全体バランスが、なんか絶妙。
片耳だけの金ピアスが、太陽に反射してキラッキラ。 しかも、シャラッと光んのよ。日差し、味方にしすぎだろ。
グレーベージュのセットアップをゆる〜く羽織って、袖口ダルッとしてて、白シャツの端がチラ見えしてんのも計算くさすぎ。
白のレザーローファーまできっちり決めてて、足元まで一切抜かりなし。
「高橋先輩〜!」
「今日も撮らせてください!」
「高橋、スーツ、ナチュ盛れ……!」
「光似合いすぎっス〜!」
「てか肌、なんでそんなキレイなんですか⁉」
わちゃわちゃ騒いでるメンバーに、 高橋先輩は笑いながら、手ひらひら。なんか優雅っぽい動きで。
「さって、今日も一人五ルック! 盛り上がりましょう〜」
って声と同時に、
写真部のやつらまでゾロゾロ乱入してきて、
「どの順で撮る?」とか「背景どうする?」とか、やたら真剣に相談始まった。
撮影会モード突入。そのへんの壁すら背景にしそうな勢い、スタジオでも建てんのかって盛り上がってる。
そんでそのざわつきの中で、 高橋先輩の視線が、ピタッと俺に止まって。こっちにスッと歩いてくる。
「飛充くん、今日も決まってるね! 腰巻き使ってくるあたり、さすがだわ」
軽〜く片手をポケットに入れながら、微笑みキープで喋ってくる。
「うぃっす。ありがとうございます。先輩のスーツも、ゆるくてお洒落っす」
とりあえずテンション合わせて返したけど。
「……で、今日もバイクで来た?」
高橋先輩は、相変わらず軽〜い口調で聞いてきた。ポケットに手入れたまんま、笑顔キープで。
「ん。天気快適だったんで。まあ、雨でも普通に乗りますけど」
ついでにちょいドヤで返しとく。べつに乗るのなんかふつーだし。俺だし。
「へぇ……じゃあ、今日終わったらちょっと、見せてもらっていい?」
……その聞き方なんか引っかかる。 てか昨日のメッセ、既読スルーしてたんだった。
任太朗が様子変で、なんとなく返す気になれなかったっていうか……まあ。どーせキモいし。いいだろもう。
「先輩ってさ、灰田任太朗と知り合い?」
なんとなくちょっと聞いてみたら、高橋先輩の目が、一瞬で泳いだ。
……泳いだ。泳いだぞ。左右にススッて。二往復はしてたって! しかも、まばたき増えてるし。
「……え? どうして? っていうか、灰田くんって……飛充くんの彼氏でしょ? ……みんな知ってるけど」
笑顔、貼り付け。おでこに、うっすら汗も出てるし。その動揺、焦り成分。隠しきれてないですけど!?
「あ、いえ。そうじゃなくて……高橋先輩と、個人的に、なんかあったのかなって」
「……まあね。前に、ちょ……ちょっとだけ……。」
しかも噛んだ。汗、ピトッて落ちた。マジで一滴。
「先輩、ちょっと濁しましたよね?」
……おいおいおい。『ちょっとだけ』の濁し方がタチ悪いやつ。
なにその、「意味深過去枠」みたいな言い方。これ、絶対なんかあるパターンじゃん。
このとき──
「飛充、遅くなりました。お待たせしてすみません」
背後から、聴きなれたトーン。振り返ると──いた。
「荷物が少し傾いていたので、自転車は速度を落としました」
任太朗が 俺のイケてるボストンバッグ、片手でひょいって持ってて、背中、登山リュック。
……てか、それ、まあまあ重いはずなんだけど? なのに、片手で、腕ぶら下げた。
同好会メンバー、ざわざわモード突入。
「例の猫背メガネ彼氏、今の?」
「飛充の彼氏って……あれ!?」
「うそ、今日ガチで彼氏連れてきた!?」
「彼氏連れてくるとか聞いてないんだけ!?」
「てか地味って聞いてたけど、え、顔、盛れてな!?」
「いや、ふつうに背高いし……え、てか空気変わったのなんで」
任太朗は、周囲の騒ぎにも、まったく反応なし。
いつもの静かさって言いたいとこなんだけど。 足取りも、顔の感じも、……明らかに違ってた。
スッ……て俺の横に立っただけ。
それだけのはずなのに、なんか、空気がビリってきた。
え、なにこれ。……無音のプレッシャー? てか……え、「圧」、あるんだけど……?
とりあえず、
「あ、任太朗〜! ちょうどいいとこ来たじゃん。ほら、高橋先輩──」
俺が、任太朗を見て、そう声かけた。
けど。
……無表情のくせに、その目つきだけが、
なんか……静かなのに、バッキバキに刺さってきた。
え、ちょっと待て。なにその目。こわ。
てか──あれ? 俺、見てなぇ……?
視線が、ガチで──高橋先輩、ロックオンしてんだけど!
「やっぱり。高橋悠人先輩、ですね」
任太朗の声。低めで、いつも通りの丁寧口調。
……のはずなのに、なんか──冷気がすんって走った感じ。
それから、任太朗が俺の横から、ゆっくり前に出る。
その動きが、速くもないのに、やたら確実で。
一歩、また一歩って、まっすぐ──俺と高橋先輩の間に、……入ってた。
空気、ピリッピリ。 え、なに?
これって、どう見ても──ただの「知り合い」って間じゃないだろ!?
沈黙が一秒……一・五秒、二秒……って、じわじわ伸びたタイミングで、
やっと、高橋先輩が口を開いた。
「……へぇ、変わってないね。……灰田くん」
高橋先輩の顔、笑ってる。笑ってはいる。
けど── その笑い、明らかにさっきより引きつってるし、 声、ほんのり、震えてんの。
てか、おでこ。さっきはうっすらだった汗が、今はもう滲んでるとかじゃない。流れてる。しかも急激増量。
「まさかA大にいるとはな。偶然、ですね。先輩」
任太朗の声は、敬語っちゃ敬語。けど── 言い回しがちょっとラフで、語尾にほんのり棘。
しかも、目、ロックオン強度、MAX。
空気が、また一段階──ぎゅって締まった感じ。
まわりの騒ぎも、一瞬止まる。だから逆に、耳、めっちゃ敏感になってくる。
そして、任太朗が続けて──
「言いましたよね。『金井飛充は俺のものだ』って。忘れてませんよね? 先輩」
なんだこれ。メガネの奥、バチバチに火花散ってる。
あれ絶対、目、合わせたらヤケドするやつ。
……てか『金井飛充は俺のものです』って!? なにそれ!? 誰の許可で俺を所有物扱いした!?
でも俺、空気読める男なんで。 今は、口出さねぇ。
……てか、任太朗なら……べつに……いいし。
言われても、そんなに……嫌じゃねぇ。
……てか、今、「私」じゃなくて「俺」って言ったし。
ちょっと、なんか、男らしかったし……いや、だからなに!?
……って、 いやいやいやいやいや! 今その話じゃねぇから!
今は、観察だ。観察。
──って、高橋先輩、声、裏返ってんじゃん。
「……っわ、わ、忘れてないよ……! 落ち着いて、灰田くん、ね? ほんとに、バイクだけなんだ! 飛充くんのバイク見たかっただけで! かんべんしてくれよ〜!」
高橋先輩の顔、白、さっきまで血色いいだったのに、一気に貧血気味じゃん。
汗? てかもう、汗だけとかじゃねー。目、涙、出る直前なんだけど。
そんで、任太朗が──
「そうですか。また『バイク』って言えば誤魔化せると思ったんですか?」
声は低め。語尾はいつも通り丁寧っぽいのに、 「圧」だけがズン……って、高橋先輩に直でぶつかってる感じ。
「俺、自分のもの……誰かと共有するの、すごく嫌いです」
って、静かに。 一拍、置いてから──
「あと、意外と執念深いほうなので。まだ、先輩のこと──許してませんから」
高橋先輩へのロックオン強度、MAX & MAX。
メガネの奥、バチバチ&バチバチに火花、散りすぎ。
「っ……灰田くん、やめて……お願いだから……」
高橋先輩、声、かすれてんじゃん。
てか任太朗、物理的にはなんもしてねぇのに。
高橋先輩は、両手ちょい上げて、じり……って距離取ろうとしてるし、 腰、引けてんじゃん。
……めっちゃビビってんじゃん!?
でも── 任太朗は、一切ブレずに追い打ち。
「もう一回、言っておきます」
そう言って、
チラッと──任太朗が、俺のほう見た。
──目、合った。 一・五秒くらい。たったそれだけなのに。
俺、なんか……ズキュンきた。 心臓、グッて掴まれた?……みてぇな。
……でも、次の瞬間には、もうその視線は高橋先輩に戻ってて。
任太朗が、また一歩。さらに前へ。
高橋先輩のほうに。 その足取りが、鋭すぎて──刺さるレベル。
「バイクも、服も。 笑顔も、仕草も、癖も、声も……」
──一拍、置いた。静かなまま。冷静な「圧」。
「金井飛充に関わる全部──」
そして、もう一歩だけ前へ。
今度は、マジで。鋭く、突き刺すみたいな声で──
「──飛充は、俺のです。──近づかないでもらえますか?」
──っっ!?!?
ってなった次の秒で、
任太朗がスッ……て俺の横に戻ってきて。
……ん? え? ちょ、なに? なに!?
スッて、左手が伸びてきた。
……なっ……なななんだ!?!?
しかも、自然に。やけにスムーズに、俺の肩にかかってきた!
──俺の肩、まわされたんですけど!
いや、待って、なにその動作!?
「……じ、任太朗!?」
反射でちょい見上げて、
任太朗の目は、こっち見てねぇ。
ずっと……高橋先輩ロックオン状態。解除してねぇ。
つか、俺の肩、今、しっかり包まれてるけど……!
つか、任太朗の右手、ふつーに俺のイケてるボストンバッグも持ってて。(背中、登山リュック)
俺ごと、俺の荷物ごと、任太朗に持たれてる! なに。
……余裕の包容力ってやつ?
で、任太朗はそのまんま、 髙橋先輩に向かって──追い打ちかのように、さらっと言いやがって──
「この同好会、飛充は今日で持ちまして、退会です」
……はあああ!?
「ちょ、待って待って! なに言ってんの!? 勝手に決めんな。 俺、なにも言ってねぇからね!?」
……俺の拒否権どこいった!?
任太朗の「圧」ってか、 俺、今……なんか、こいつのものてか、なにこれ。
……独占欲ってやつ?
高橋先輩が、両手ちょい上げて、小声ぎみで、
「……はい……わかった、わかったから……もう……」
さっきより白目率、増えてたじゃん。
腰引けてるどころか、今にも逃げそうな勢いだし!?
てか、このふたり…… 意味深過去枠の悪因縁とか、なんなん!?
で、なんで俺がそこに巻き込まれてんの!?
いや、巻き込まれてるっていうか──明らかに俺、関係あるやつじゃん!?
……でもさ。 モテてるのなんて、任太朗は今までだって知ってんはずで。
俺の周り、今までも女子とか男子とか、いっぱい寄ってきてたんだけど。
けど── なんで高橋先輩だけ、こうなるんだよ?
それって、つまり……三角関係ってやつ?
俺の頭ん中、 質問攻めカンカンカンカンカンカンカンカンカンッッッ!!!
「今の状況、まとめて説明しろーーーー!!!」
──もう限界。 ついに、俺、叫んだ。
けど。
任太朗が俺の質問に答えはしねぇ。
最後に、高橋先輩をチラッと一瞥だけして、
俺の肩、抱いたまんま、 中庭のざわつくメンバーたちを背にして──歩き出した。
「っ……えっ!? ちょ、じ……任太朗!?」
任太朗が、ふっと俺を見て──
「飛充、帰りましょう」
……え、なにそれ、 急にやさしっ!?
「帰るって!? どこに? なんで!? 俺、今、マジ状況わかんないんだけど!?」
任太朗、また俺の疑問はスルーで、 そのまんま歩き出すだけ。
「……いやいやいやいやいや! マジで説明しろ!!」
なのに。
任太朗が、ふっともう一回、俺の顔を見た。
その目が……さっきまで、高橋先輩にバッキバキに刺してた目じゃん。
今、俺に向いた瞬間。マジ、やわらかくて、あったかくて。
あれ、なに。 なにその切り替え、ズルくねぇ。
俺……拒否とか、否定とか、怒りとか、 出てこなかった。
いや、出そうとしても──出したくなくなった。
中庭のメンバーたちがざわざわしてて、
「うっそ! 連れてった!」
「リアルカレシ連行!」
「飛充〜〜〜!いい男にさらわれてる〜〜‼︎」
誰かがヒュ〜〜〜って口笛鳴らしてた気がする。
でも、俺、振り返らねぇ。
だってさ、 なんか任太朗に持ってかれてんじゃん。
この腕の温度って、俺のこと「ちゃんと欲しい」って言ってるみてぇじゃん。
……え、俺──ガチで欲しがられてんだ……。ちょっと優越感?
てか……気分いい! てか……正直……嬉しい。
……任太朗、だから……だな。たぶん、じゃなくて……いや、絶対。
また勝手にバクッてすんなよ。
…… ドキドキの質、また更新してんだけど。なんか──悪くねぇ。
