次の日。土曜の朝。
 梅雨なのに、ってか昨日まであんな雨だったのに、今日、快晴。

で、俺は、寝グセ? 完全クリア。。
着替え? 余裕の完了。

 白Tの上に黒チェックのシャツをさらっと羽織って──現地着いたら腰巻き予定な。
 スキニー寄りのデニムで、脚長見せは当然狙ってく。
 
足元は、真っ白なハイカットスニーカーで仕上げだな。
 全体黒×白、抜け感盛り盛りスタイル、完成──!

 寝室の鏡の前で、ちょい斜めアングルからチェックして、

「……やべーな、今日の俺、超イケすぎじゃね?」

 デカめ(任太朗の登山リュックと互角できるくらい)のボストンバッグをガバッと持ち上げようとした瞬間、


「っっっだッ、重ッ‼」

 ……って、ちょ、詰めすぎた。
 中にイケてる服を、なんとなく念のためって気分で「七回着替えんのかよ」ってくらいブチ込んで、しかも調子乗ってブーツ、二足も入れてたから──
 
 それ、肩で担ぐのあきらめて、
ズルズル引きずりながら玄関へ向かってた、
 そのとき。玄関の鍵が「カチャ」って音立てて、開いた──

「おはようございます」

「──お、来た。おはよー」

 ……ん? 「おはよう」って。今のって、もしかして初めてじゃね? 
 昨日は「おやすみ」だったしな。
 朝は、これが初。
なんか、ちょっとだけ……嬉しい……?

 ……いや、違ぇな。
前にこいつ、ソファで寝落ちしてた朝、あったじゃん。そのときも、「おはようございます」って──言われた気がすんだよな。
俺、聞いたし。

 じゃあ、初めてじゃねぇ……じゃん?……でも返事してねぇ。俺は。
 
 じゃあ今の、ちゃんと「お互いに」言ったのって──初めてじゃねぇ……じゃねぇ……じゃん?

 ……なにそれ。なに一人で「初おはよう」とか盛り上がってんだよ、俺……バカか。

「これですか。お預かりします」

 任太朗がそう言ってから、


「え、あ、うん、それ……って、おも──」

 俺が言い終わる前に、
任太朗が、俺のイケてるボストンバッグをスッと持ち上げた。
 片手で。軽っそ。余裕の顔で。

「嘘でしょ? これマジで重いんだって」

「そうなんですか?」

「もっと『うわ、重ッ!』とか言っとけよ」

 
……てか、やっぱ地味に力あるなこいつ。
猫背のくせに、妙にバランス取れてるっつーか。
 なんか……なんか、
ちょっと、カッコよかったじゃんかよ、今の。



 マンションの室外駐輪場。

 
任太朗のボロチャリの前カゴ見た瞬間──

「なあ、任太朗、お前のチャリさ、俺のバッグ……乗っけられそう?」

「大丈夫です。角度は、ちゃんと調整しますので」

 って、任太朗、なんの迷いもなく──
俺のイケてるボストンバッグを、丁寧に、縦のまんまカゴにそっと立てようとしてて。
 ……いやいや、丁寧なんだけど、方向がまずい!

「ちょ、ちょ待て待て待て! そのまんまマジやめろ! 潰れる潰れる!
せめて横! 横にしてくれ。俺の服、ツシワになったら……ガチで凹むからな? マジで」

 俺が慌てて言ったら、

 任太朗が動き止めて、
首だけこっち向けて、ぽつり。

「凹んでる飛充も、見てみたいですけど」

「はっ!? おい、なんでだよ」

「でも──笑ってる顔のほうが、やっぱり好きです」

「……ッなっ……」

 ちょ、待って。
今の声、なんか、いつもよりトーン低くね?
 

 てか、口角、上がってたろ!? 
 え、なに今の、〇・〇二秒くらい……笑ったよな、絶対。

「シワになったら、アイロンかけます」

「そういうことじゃねぇんだよ!!」

 そう言っても、任太朗はふわっと動いて、
俺のバッグを、ちゃんと優しく持ち直して、
 カゴの中には入れずに、
フレームの上にバランス取るみたいに、そっと、置いた。

「はい。飛充の、大事な服ですから」

 目、合った。
軽く。けど、ちゃんと。

「お先に失礼します」

 任太朗がそう言って、登山リュック、背負ったまんま、
ボロチャリにまたがった。

「オッケー、中庭でな」

 俺がひらっと手振って、任太朗は「はい」って、ふつーに返してきて、スーッと走り出していく。
 小さくなってく、その後ろ姿。
なんとなく、目で追ってた。

 で、俺は俺でバイク。風ビュンビュン当てながら、頭ん中──

 ……さっきの、あの顔。任太朗が、ちょい笑ったやつ。……なんか、いい。
 つーか、一緒にいると、やっぱ──楽しいんだよな。



 キャンパス真ん中の中庭。

 太陽、最強。空、爆青。風、ちょいサラ、地面ちょいぬかるみ。昨日の雨か。
マジで撮影日和。

 ピョンピョンオシャレ同好会、メンバーたち、
 カシャカシャとシャッター音、わいわい笑い声。絶好調。

「え〜それどこで買った〜?」「え〜韓国通販〜」
「そのバケットハット可愛すぎ!」「昨日届いた〜!」
「見て見て、このセットで五千円だけだった〜!」
「今日の陽ざし、肌に優しい〜」

 いつものやり取りが、あっちこっちで飛び交ってる中、俺だけ、やたら目立ってねぇ? イケてるからだけどさ。

「飛充〜! 今日のコーデ、普通にカッコよすぎじゃん!」

「その腰巻きシャツ、色めちゃいいな、合わせ方うまっ」

「スニーカー新しい? それ、俺も狙ってたやつ〜! 白マジで売り切れてたんだけど!」

 そのへんまではいつものノリ。で、

「飛充おはよ〜。お、今日もイケ散らかしてんな〜
てかさ、猫背メガネの彼氏くんも一緒に入会させようぜ? この前見かけたけど、身長勝ってんじゃん。顔も悪くねーし〜」

 そう言ってきたのは、二年のストリート先輩。

 ダボTにワイドパンツ、スニーカーは限定カラーで足元ばっちり。
 
 ……いや、任太朗、別に彼氏じゃねぇし? 最初から言ってねぇから、今更にいうわけのね。
 ……たしかに、あの地味メガネの下、……顔、いいかも。

「え? ……は? え? いや、あいつは……服持ってないんです」

 そんなとき、

「飛充、おはよう」

 後ろ見たら、蓮がいた。

 相変わらず、モノトーンでまとめたロックコーデ。無駄なくて、完成度高すぎ。

「え、蓮? 来ねぇって言ってなかったっけ?」

「うん。そのあと、彼氏と……まあ、デート。すぐ帰るけど」

 蓮は目ぇ細めて、陽ざしから逃げるみたいに、中庭のテラス席へ歩いていく。
木の椅子が並ぶ、木陰のとこ。
 俺もなんとなくついてく。
 
 座った瞬間。
蓮が口開いた。

「……俺、同好会やめるかも。やっぱり合わないわ」

「うん、それな。なんか蓮って、空気感ちがぇし」

 椅子の背もたれにダルッともたれながら言ったら、蓮は小さく笑って、それっきり少し黙ったあと、

「……飛充は、楽しそうでいいな。さっきも見てて思った。灰田と噂されても、普通にしてるし。動じてない感じで」

「ん? あー、あれな」

 俺、首コキッて鳴らしてから、手で前髪ちょっといじった。

「つーか、みんなが勝手に盛り上がってんだよ。俺なんも言ってねーのに、どんどん彼氏認定されててさ。……まあ、モテるから仕方ねーってやつ?」

「でも、周りに彼氏って言われるの、悪くないでしょ?」

「……まあ、べつに、嫌じゃねぇ」

 俺がそう言ったら、蓮は目線を外して、空見ながら淡々と続けた。

「男でも、自然に周りに受け入れられるのって、ちょっと羨ましいよ。
俺のとこ、最初は全然ちがった。引かれたし、説教もされた」

「……マジで? ……やっぱ、男と男って、そういう目で見られんのか」

 俺は背もたれにふんぞり返ってたはずなのに、
いつの間にか、ちょっと前のめりになってた。

 蓮は空の方見たまんま、淡々と、

「うん。でも、好きになったら止まらないよ。
 引かれても、否定されても、それでも、好きは消えなかった。……そういうのは恋」

 俺はスニーカーのつま先で、地面をコツコツ蹴ってた。なんか、じっとしてらんねぇ。

 蓮がぽつりと続けた。

「……灰田、みたいだよね。
 飛充に好きって、ちゃんと伝えてきてる。あれ、恋愛でしょ。
 ……そうやって、伝わる人。いいよね。だから飛充もね」

「……え? 俺もって?」

 蓮はちょい真剣な顔して、

「……ちゃんと受け取ってる顔してるよ」

「……なんだよそれ」

「さぁ。
……俺、ちょっと写真撮ってから帰る」

 そう言って、蓮は立ち上がって、メンバーたちのほうへ歩いていった。

 俺はその場で、座ったまんま。

「『さぁ』ってなに? 置き逃げかよ」

 ……受け取ってる顔って、どんな顔だよ。
俺、そんな顔してた? 今も? いつから? え、マジで?
 
 ……そういや、任太朗と噂されるようになってから、
……なんか、他から告白とか来なくなったな。

 ……あれ? それ、大勢に好かれて、優越感ぶん回してた、あの気分よさって、いつの間に、なくなってたんだ?

 てか、俺、任太朗の「好き」だけで、
わりと、満たされてんの……?

 ……てか、任太朗、まだ来てねぇ。
遅っ。

 とか考えてたら──

 突然、
デカっ。デカすぎんだろ声量──

「うぃーっす! 今日も光、漏れてんな〜!」

 中庭に、あのノリ声が響いた。
空気がピタッと変わる。

 メンバー全員の目が吸い寄せられるのは──高橋先輩。

「遅せぇよ、高橋」

 近くにいた他の三年が、つぶやくみたいに返してた。

 俺もつられて、メンバーたちのほうに戻る。