今日は六月の真ん中、金曜の夜。

 
 俺が夕メシ食ってソファでダラ~っとしてたら、スマホがブルって震えやがった──グルチャ通知。
 ピョンピョンオシャレ同好会のやつだ。

 会長の高橋(たかはし)先輩がメッセージぶち込んできて、

『明日の持ち物、私服2ルック→5ルックに変更! 撮影会は校内SNS公式ページに掲載予定!』

 ……は? 五回着替えとかムリだろ。バイクにそんな服、乗らねぇって。

「なぁ、任太朗~」

 
 キッチンから皿洗う音がカチャッと響いて、

 任太朗が、ちょっと大きめに「はい」って返事してくる。
俺も負けじに大きめで返す。

「明日バイト何時? 定食屋だろ?」

「十一時からです。どうしたんですか?」

 ──おいおい、その『どうしたんですか』のトーン。普通に会話してくんじゃん。

「じゃあ余裕じゃん。俺のイケてる服、大学まで運べる?」

「服、ですか?」

「同好会の撮影会。会長が五ルック持ってこいってよ」

「いつもの、オシャレ同好会の……? 土曜日も活動あるんですね」

「……あ、うん」

 こいつ、俺の同好会活動、土曜はないって把握してんの、やっぱストーカー気質。
 ……いや、地味に嬉しいけど。

 俺、ソファからひょいって立ち上がって、キッチンまで移動。

 そう、最近、俺らまた変化してきてんだよな。会話の空気。
最初はほぼ無言だったのに、
 今じゃ俺が言えばちゃんと返してくるんの。

 しかも、ちょっとテンポも合ってきててさ。めっちゃ話しやすくなってんの、マジで。


 俺はキッチンで皿洗ってる猫背に向かって、

「一応言っとくけどさ、活動日って不定。だいたい平日なんだけど、明日は撮影会だから、朝から晩までガッツリやるっぽい」

「そんなに、本格的なんですね」

 
任太朗が、皿をすすぎながら、ちょっとだけ視線、俺に流してきた。

「会員は選抜制でさ。顔面と服装チェックされんの。俺は会長にスカウトされたけど」

「知ってます」

「……知ってんのかよ。さすがストーカー気質。どこで聞いてんだよ」

「はい。ストーカー、飛充限定です」

 任太朗は、俺の茶碗を洗いながら、今度は顔も上げずに、言ってきた。

「お前、堂々とすんなって……、まあ、知ってんし」

 俺、反論しきれねぇから、同好会の話に戻す。

「映画制作同好会のやつらから背景とか借りて、部室の中庭で服着替えて、モデルごっこみたいなことしてんの。写真バシャバシャ撮ってさ。ちゃんと盛り上げてんのよ。で、写真、SNSにバンバン上げるってわけ。」

「見たことあります。すごいですね」
 
 任太朗は、またちょっとこっち見て、うっすらうなずいた。

「ジュース飲みながらさ、服のブランド語ったり、化粧してる男子は眉毛の描き方まで熱く語ってんの。
でも俺はしてねぇからな? 顔面、最初から仕上がってるし」

「知ってます」

「てかさ、肌褒められすぎて、逆に申し訳なくなるなんだけど」

「自覚あるんですね」

「あんし! マジであんし! 俺イケてるからさ」

 言いながら、俺は当然のように前髪ぐしゃっとかき上げた。


 てか、今日の任太朗、やけに会話するじゃん。

 なんかテンポ合ってんじゃん。
……やっば。……ふつーに、楽しい。

「メンバー、一年生から三年生、二十二人。全員『自分大好き系』」

「想像つきます。飛充もですか?」

「もちろん、大好き。俺、俺のこと、マジ好き!」

「私もです」

「……は?」

 任太朗は手を止めずに、またこっち見ずに、さらっと続けてきやがる。

「飛充のこと、大好き。マジ好き! そういう意味です」

 ……は、え、ちょっ──

「おま……、なにさらっと……っ、もう、知ってんからっ!」

 思わず声デカくなった。
 
 ……
どんな顔して言ってんだよ。こいつ。横、チラッと覗いてみたら──

 任太朗は、洗った俺の茶碗を、いつも通りの手つきで拭きながら──

 
 その口元だけ、ほんの、ちょっとだけ、ゆるっと緩んでて。そーゆーの、俺だけは見逃さねぇから。

 は? ……こいつ、マジで笑ってる。確実。
俺の前で、俺の話して、俺のこと言って、俺の顔見ずに、でもちゃんと──嬉しそう。
 ……うん、なんか俺も……嬉しい、これ。マジで。


 そんなとき、スマウォがブルッと震えた。
 スマホ、ソファに置いたまんまだったから、腕パッと上げて確認。

 画面見たら、グルチャじゃねぇ。──個メッセ。本文が、

『明日、撮影終わったら、ちょっとだけ二人で話そっか⭐︎』

「高橋先輩が、俺と話? なんかキモくね?」

 思わず、口から声がスルッと出た。

 すると、すぐ。任太朗が、

「高橋先輩、ですか?」

 って拭いてた皿の手がピタッと止まった。

「うん、今言ってた会長。三年な。前からちょいちょい絡んでくるし、やっぱ俺、狙われてんじゃね?
……ま、俺モテるし。しょうがねぇけど。でも、なんつーか、会長としてはアリだけど、
プライベートで絡みたいタイプじゃねぇんだよな。……なんか、勘で」

 俺、スマウォの画面チラ見せしながら、肩をちょいってすくめる。

 そしたら──

「高橋、というのは。まさか。下の名前、何ですか?」

 任太朗、顔はあんま動かさねぇくせに、
目線だけスッと、俺のスマウォにすべり込んできた。

 聞き方も、目線も、なんか……ちょいトゲあんだけど?

「えっ。知らねぇよ、そんなの。みんな高橋って呼んでるし。メッセの名前表示も『タカ☆ハシ』だし。……なに、知り合い?」

「知っているかもしれません。なので。写真など、ありますか?」

「え、いや……もうねーかも。この前スマホ整理してたら、なんか消えたっぽい」

「わかりました。もう大丈夫です」

 任太朗がそれだけ言って、また皿拭きに戻る。

 ──でも、
その指先、ちょっとだけ力、入ってね?
 俺の観察、なめんなよ。

「え、ちょ、任太朗。今の“まさか”って、なに? 気になるって!」

 思わず一歩、横からスッと距離詰める。

 で、任太朗は、タオルの手止めたまんま、ちょっとだけ間置いて──

「その高橋先輩、明日、私にも会わせてもらっていいですか?」

「んー? なにその言い方。……ま、別にいーけど? てかさ、任太朗と高橋先輩って、タイプ真逆じゃね? どこで知り合ったん? 気になるっつーの!」

 って返しながら、俺はそのまんまジーッと、任太朗の横顔、ガン見突入。

 ……なんか、いつもより表情、カタくね?

 任太朗は、俺の質問に答えずに、無表情のまんま、ふっと目を伏せた。
 その目の奥、なんか、張りつめてた気がした。
 ……気のせい、か? いや。 俺の観察、ハズレねぇ。
 ま、明日──ちゃんと見といてやる。
 

 風呂から上がってリビング戻ったら、
任太朗がキッチンに、膝立てて、登山リュックの中身、ごそごそ整理してる。
 黒Tと黒チノの上に、例の古着っぽいシャツ羽織ってて、
黒エプロンは、もう外してる。
──ってことは、そろそろ帰る準備か。

 バスタオルで、バッサァって髪ふきながら、ちょっと前から気になってたこと、言ってみる。

「てかさ、任太朗の服って、いつも黒Tと黒チノじゃん?」

「洗ってます」

 即答かよ。

「いや、そっちの意味じゃなくてさ! 洗って、乾いたやつを回してんのか?
 それとも、同じの何着か持ってんのかって話」

 任太朗は、リュックの中からスニーカー包んでたビニール袋を取り出しながら、

「Tシャツは四枚。ズボンは三本。シャツは二枚、持ってます」
 
 真顔で、しかも正確に答えてきやがった。

「てかさ、そのシャツって古着じゃね? よく二枚もあんな、同じやつ」

 任太朗は、無言で袖口をちょい直してから、

「違います。これは新品でした。もともとは黒だったんですけど。
洗ってるうちに、この色に落ち着きました」

「えっ! ……マジかよ。服ってそんな育ち方すんの? てか、え、もしかして──服、それしかねぇの?」

「はい」

即答、かよ。

「……はい、ってさぁ」

 俺、呆れ気味に、バスタオルをソファにポイって投げて、
カウンターの端っこに肘ついて、任太朗のほうをチラ見。

 そしたら任太朗、リュックのファスナーをゆっくり引きながら、
ふいに、俺のこと見てきた。ちょい長めに。

「黒、好きなんだから。飛充は」

「──ん?」

 って俺がちょい眉動かした瞬間──

「飛充の色に、染めたいです」

 ……は? 

「……っ、な、なにそれ……急にっ、なに言ってんの、おまっ……!」

 俺、一瞬視線そらして、カウンターの角、無意識に指でトントンって叩く。

「そこじゃねぇって! 正直ダサいし。……任太朗ってもっといろんな服とか着こなしたら、ふつーにイケてるんだよ? ……そもそも背、高ぇしさ」

 言ってから、なんか変な感じして、
鼻んとこ、ぐいってかく。

 そしたら任太朗、無言でリュックしょって、
玄関の方に、ゆっくり歩きながら、ふいに言ってきやがって──

「そしたら、飛充は私に惚れてくれますか?」

「……っ」

 ……え、なに言えば正解?
 
 俺はカウンターに手ついたまんま。
 
 玄関のほう、もうそこにいるはずの任太朗の姿は見えねぇけど、

「では。明日、朝九時にまた来ます。おやすみなさい」

 って、いつものトーンで。……やけに静かに届いた。

「……う、うん。おやすみ」

 なんとなくで返したけど、


 ……え、今の……「おやすみ」って、俺ら、言った? 
 今、お互いに言ったよな?
 初めてじゃん。
 
 ──パタン。……カチャ。
 玄関が閉まって、鍵がかかった音、ちゃんと、聞こえた。

 俺、なんか……顔、熱ッ。たぶんさっきからずっとだ。
 耳の後ろまで熱気、ガンガンしてきた。
 風呂あがりのポカポカ……じゃねぇ、たぶん。

 ……ドキドキの質が、マジで、いつものと──ぜんっぜん違うんだけど。