俺、モテる。
そこそこどころか、けっこうイケてる顔してんし。
茶髪デビューもわりと成功してて、美容師にも「セットしやすい髪質ですね〜」って言われた。
うん、知ってる。俺、髪質いい。
家は、まあ金持ち。
パパが有名な会社の役員やってて、ママもなんかやたら社交的で、
そのへんの才能、しっかり俺にも受け継がれてるらしい。
現役で受かったのは、都内でもまあまあ頭いい、某・私立大学――A大。人間科学部。
つまり、見た目よし・頭よし・育ちよしの三拍子そろったイケてる男。
──金井飛充。
この春から、ピカピカの大学一年生。
そんな俺は、大学初日からまあまあ騒がしかった。
女にも男にも、マジで話しかけられて、 メッセアプリの通知、ぜんっぜん止まんねぇ。
でも俺、彼女とかべつにいらねぇし。
誰かを好きとか、そーゆーの……今は、なぇ。
「好き」より、
「好かれる」ほうが好きなんだ。
中二のとき、一回だけ彼女できたけど、「私だけ見て」とか「なんで既読無視なの?」とか、「もっとかまって」とか……正直、ムリだった。
誰かひとりに縛られんより、大勢に見られて、好かれて、優越感ぶん回してんほうが ──マジで気分いい!
ってことで。
俺が今どこでなにしてんのかって話だけど──
今、人生初のひとり暮らし、満喫中。
場所は、都内の高級マンション十五階。 二十階建てのそこそこいいやつ。
1LDK、六十一平米。 南向きで天井高め、バルコニーからの眺めもわりと最強。
内装はスモーキーグレー基調で、 オールブラックの家具も、そこそこイケてるやつ選んだ。
イケてる俺には、やっぱこーゆーのが合うんだよな。
んで、今日は日曜日。
起きたらもう、朝の十一時すぎてた。
昨日、大学の新しい友だちと遊んでたし、 たまにはひとり時間でも楽しんどくかって感じ。
ちゃんと家事して、 近くの美味い店でランチして、 帰ったら課題でもやるかっていう、なんとなく大学生っぽい休日。
たまたま、適当に選んだだけ。
白Tにくすみグリーンのシャツ羽織って、
スリムめカーゴ。動きやすいし、シルエットも勝ち。
「シンプルなのにオシャレ」って言われる率、高め。流行は押さえてる。でも、流されねぇ。
鏡の前で髪をササッと整えて、無造作ふんわりセット完成。
笑えばそれなりに。エクボ出るの、右。
「……よし、今日も完璧」
つまり、今日の俺もイケてる。
まずは洗濯。……いきなり、つまずいた。
「洗剤って、どこ入れんだよぉぉぉ!」
洗濯機の前で、手には洗剤……か、柔軟剤。
最新ドラム式、見た目はイケてるくせに、操作がムズすぎんだよ!
そんなとき、
スマホがブルって震えた。
また大学のやつらかと思って、チラッと画面を見ると、ママからのメッセ通知。
『家事できないでしょ? ……』
「……おい。なんでバレてんだよ。さすがママ」
今は開く手、ねぇけど……なんか、ちょっと笑った。
で、またそんなとき──
──ピンポーン。
「ん? 宅配? 昨日注文した限定スニーカー? もう届いたん? 早っ!」
テンション高めでインターホン、出て、モニター、見たら
── 男がいた。しかも、宅配じゃねぇ。
え、もう玄関前!? エントランス、スッ飛ばし!?
さすが高級マンション。セキュリティ、ザルすぎだろ。
そいつは、黒縁メガネ。 ぼっさぼさで、硬そうな黒髪パーマ(たぶん天パ)。
湿気吸ってんのかってくらい、毛先、ひろがってて、全体的にもっさり。
……え、なにこの髪。手グシすら通らなそうなんだけど。
インターホンから、低めの声。
「家事サポートにまいりました。灰田です」
「はぁ? 頼んでねーけど?」
「正式には、金井さんのお母様からのご依頼です」
……は? ママ……?
スマホ開くと、さっきの通知の続き──
『家事できないでしょ? 大丈夫大丈夫! ママの友達の息子、任太朗くんに全部頼んどいたから〜 昔よく遊んでたでしょ? 鍵はもう渡しといたし〜信頼度100%だから安心して♡』
……は? 勝手に鍵渡すなよ!
てか、任太朗?
まさか、あの──
「任太朗!?」
インターホンに顔近づけて、ちょっと声デカめに言った俺に、向こうは、静かに、
「はい。任太朗です」
「灰田って? ……木……なんとか、じゃなかった?」
「……木谷です。親が離婚して、今は灰田になりました」
昔の記憶が、急にぶわって、
『待って、飛充、もうちょっとゆっくり……』
『任太朗、お前が遅いだけ! もっと早く走れ!』
──あの、小学校の裏にある「広〜い芝生広場」。
俺のあと、必死で追いかけてた任太朗、なぜかずっと笑ってて。
転校で引っ越して、小三の終わりだな。
……それっきり、会ってねぇ。ってことは──九年ぶり!?
つか、え? 見た目、こんなんだったっけ?
坊主だったし、メガネもなかった。ぜんっぜん違うじゃん。
でも、ママが呼んだっつってたし、「信頼度100%」とか言ってたし。
…… 本物の任太朗、ってことなんだろな。
とりあえず本人確認のために玄関まで行って、ドア、開けたら、入ってきたのは──。
──猫背の男。
……え、背……高ぇ!?
一七八の俺より……五? 七? いや、たぶん七センチは上行ってんじゃん!
昔、俺のほうが大きかったじゃん!? なんだその成長率。
猫背じゃなきゃもっと高いっしょ? もったいねー。
背中、 登山帰りかよってくらいサイズ感リュック、ふつーに背負ってんし。
そんで、ドアがスーッと勝手に閉まって、
その猫背の登山リュックにコツン、って軽くぶつかった。
古着っぽいグレーシャツに、無地の黒T、黒のチノパン。
……センスは、まぁ、超地味。
てか、この冴えないコーデのチェックしてる場合じゃねぇ!
でも、顔……言われてみりゃ、ちょっとだけ面影あるかも。
「……マジ? かけっこ、毎回俺に負けてた任太朗?」
「はい。金井さんの後ろを走るのは、落ち着きました。名前を呼んでもらえたのも、嬉しかったです」
「……なにそれ?」
なぜか、見つめ合ってて、目の高さ、完全に負けてん俺。
モテる俺が……今、見下ろされてんだけど!? ……なんか……チクショウ!!
──三秒間、沈黙。
「あの頃から、好きだったんだと思います」
任太朗が、静かに、でもハッキリと、そう言いながら、
──一歩だけ、近づいてきた。
たった一歩。それだけで……距離、二十センチ? いや、十五センチ切った。
「……えっ?」
「ずっと、変わってません。──好きです」
斜め上から。
無表情っぽいくせに、その目──メガネ越しにガチでまっすぐ。
「熱」と「圧」。
……やべぇ。貫通してくる。てか、地味に刺さってんだけど。
……ドキッ。
……は?
「はあああ!? ちょ、待て待てストーーーップ!!!」
俺、思わず、任太朗の胸を手でグッて押した。
反射的に目をそらして、頭もそらして、ついでに、二歩……いや、三歩は逃げた。
なんだ今の。どんだけ真顔力!?
「好きです」って、なんであんな落ち着いて言える!?
もっとこう、照れたり、モジモジしたり、じゃねぇの!?
……てか、なんで俺、ドキってしてんの!?
……いやいやいやいや、俺は昔からモテる。
女にも男にも、告白されたことあるし、そんなん慣れっこだし。
こーゆーの、まぁ、日常っちゃ日常。
とりあえず、話題変えよう!
「ガキの頃の話だろ!? だって、ずっと会ってねーし! てか、お前、見た目変わりすぎじゃね? 天然パーマとか知らねぇし。天パだったから坊主にしてたんの? 猫背なかったよな?」
「金井さんへの気持ちだけは、変わりません」
「……はあ!? またそれかよ!?」
ドキって、喉、変な音出そうになって、あわてて咳でごまかす。思わず壁に手、つく。
「……っゴホッ……でさ、なんで敬語?」
任太朗は、一歩も動かず。
「それは、金井さんお世話される側だからです。敬語のほうが、私はやりやすいので」
「……へ? 『お世話される側』。え!? なに、今ので、上下関係、決定!? 俺ら、幼なじみじゃなかったっけ?」
「金井さんが快適に生活できること。それが、今の、私の使命です」
……シ……シメイ? 使命かよ。
なに言ってんの、こいつ。しかもその目。ブレねぇ。真顔。
「主従? お世話係? 執事? どれだよ!? いや、どれでもおかしいだろ!!」
ちょうどそう言ったタイミングで、俺の腹が、
──ぐぅうう……。
……もう、ムリ。腹、減った。 起きてから、なんも食ってねぇし。 頭ん中、全然追いついてねぇけど。
……とりあえず今は、スルーしとこ。早く洗濯終わらせて、メシ、行きてぇ。
「お前、洗濯機、やってくれんよな? 洗濯、終わったら、メシ行こー」
俺、玄関から右の脱衣所、指さすと、
任太朗は、無言で、ちょいと一礼して、そのまんましゃがみこんだ。
登山リュックをそっと三和土に置いて、中からスリッパ取り出して、黙って履き替え。
履いてたボロスニーカー、丁寧にビニール袋入れて、またリュックに戻してて。
……繊細かよ。
そのあと、古着っぽいシャツ脱ぎだして、
黒Tの袖から、チラッと……筋肉? うっすらついてんの、腕に。
……え、なんか、しっかりしてんじゃん。
そんで、スッと俺の横を通り過ぎた。──そのとき。なんか、匂いがスッ…て、鼻先かすめた。
……は? なに今の。男の匂い? いや、なんか……変な実感。
任太朗は、そのまんま脱衣所へ消えてった。
任太朗、洗濯機の前に立って、ぴょこぴょこ揺れる天パで、
洗剤→柔軟剤→ポンポン→ピッ、ピッ。
水が流れ出す音。 数秒後には、もう洗濯が回ってた。
脱衣所の前でただ立ってた俺に、任太朗が、ふつーに言ってくる。
「洗濯、回しておきます。次は、食事の準備に入ります。キッチン、お借りしても?」
「……え、作ってくれんの? 冷蔵庫、マジでなんも入ってねぇけど?」
料理とか、俺、一回もやったことねぇし。
ママが置いてった調理器具も、炊飯器も、お米すら、まだ触ったことねぇ。
任太朗は、平然とした顔のまんま玄関のほうに戻って、 登山リュックを肩にかけて、
今度はリビングのアイランドキッチンへ、すたすた向かっていく。
んで、キッチンでそのリュック開けて、
中から保冷バッグとビニール袋、スッ……て取り出した。
「卵、鶏ももと玉ねき。あと調味料を少し。親子丼、お好きですね?」
キッチンまでついてきた俺に、任太朗がふっと振り向いて、ぽつんと静かに聞いてきた。
「お、おう……好き。鶏肉系、めっちゃ好きなんだけど……え、知ってんの? マジかよ。すげぇなお前」
「はい。では、三十分ほどお待ちください」
そう返した任太朗は、無表情のまんま、黙って調理モードに入った。
卵を割る音。玉ねぎと鶏を切る、まな板のトントン。
手際、やたらプロいんだけど。てか、早っ。
ただ見てるだけって、なんか俺が邪魔みてぇじゃん。
だから、リビングの本革ソファにドカッと座った。
座るとちょっと沈む。高級感、ちゃんとあって。イケてるツヤ感出るブラック。
パパが海外で取り寄せたやつ。……わりと、お気に入り。
任太朗と再会。 突然すぎて、マジでまだぜんっぜん飲み込めてねぇけど。
とりあえず、ママにメッセ投げとく。
『任太朗と連絡とってたの、なんで言わねーの?』
秒で返ってきた返事が、
『まあ、いろいろあるね〜♡仲良くしてね〜♡任太朗くん、いい子でしょ? ♡』
……それ、なに? ごまかした? いや、ごまかしたよな?
でも、まぁ……なんか、また任太朗に会えたの、ちょっと……よかった。
俺、マジで……会いたかったのかも。
ガキの頃、かけっこで勝つの、めっちゃ気持ちよかったし。
よく走って、笑って、こいつがいつも後ろにいて。
それがなんか嬉しくて、俺、ウキウキしてた気がする。
ママに「任太朗くん、引っ越して転校したのよ」って言われたとき。
……たぶん俺、けっこうショックだったんだと思う。
でも、すぐ別のやつらとつるんでさ、にぎやかで、モテて、楽しくて、なんとなく、毎日が回ってて。
……だからたぶん、こいつのこと、どっかで封じてたんだよな。
置いてかれた感ごと、まるっと全部。
ソファの右にあるキッチンのほう、チラッと見ると、
── 冷蔵庫も棚も家電も、全部ブラック。 で、その中に、黒T黒チノの任太朗。
……おい、同化すんなよ。俺センスで揃えたイケてる空間に溶け込んでんじゃん。
油がジューッと弾ける音と一緒に、気づけば、だしの香りが部屋中ふわっと広がってた。
──腹が、またぐぅうーって。
まもなく。 熱々の親子丼が、食卓に置かれ、俺、ほぼ反射で、食卓に飛び込んだ。
トロットロの卵に、テリッテリの鶏。白いご飯からは、もう湯気がもくもく。
……え、見た目からして、ママのやつ超えてきてんだけど!? どゆこと!?
「お前は? 食わねぇの?」
ひとり分だけ用意されてんの見て、つい聞いたら、任太朗は俺の横に立ったまんま、ふつーに言う。
「お昼を済ませてきました」
「え、なにその淡白……せっかくなのに、一緒に食おうとか言わねーの? マジ、つめてぇな〜」
って、ふてくされながら一口。
……口ん中、完全にしあわせ。
「……うまっ」
思わずこぼれたその感想に、任太朗は、小さく「良かったです」って、静かに返した。すぐに、
「このあと、洗い物と部屋の掃除、洗濯干しも進めます」
って、さらっと言って、キッチンに戻ろうとする。
──おいおい。
親子丼の鶏をモグモグ噛みながら、なんとなく俺は声かける。
「……お前さ、完全に他人かよ。再会感、ゼロなんだけど!? なぁ、いつ戻ってきたん? てか、大学どこ行ってんの?」
任太朗は、俺の横にちょっと間あけて立ったまんま。
「しばらく前から、です」
「は? しばらくって、どんくらい? つか、なんで俺に言わねぇの?」
任太朗は、またちょっと黙ってから、
「お伝えする機会が、ありませんでした」
「……はあ? なにそれ。なんか隠してんのか?」
問い詰めたつもりだったけど、任太朗は、
「金井さんと同じ、A大です。栄養科学部に所属しています」
「はああ!? うちの栄養科!? あそこ、全国トップレベルじゃん!」
…… 俺の人間科より偏差値、バリ高じゃね!?
うそだろ……俺より、頭いい……だと!?
「管理栄養士を目指しています」
「そりゃ料理もうまいわけだ。 国家試験、難しいやつだよな?」
「はい。できる限り、やりきります」」
任太朗はそれだけ言って、無言でキッチンに向かった。
…… やっぱさ、俺としゃべりてぇとか、そーゆーんじゃねぇのか?
なんか、ムカつく。 昔とぜんっぜんと違うし。
てか、無表情すぎて……なに考えてんのか、マジで、わかんねぇ。
んで、ガンガン食って、気づけば、どんぶりカラッポで、トロトロ卵すら跡形もねぇ。
「……うまかった!」
ちょい声張って言ったら、キッチンの奥から、任太朗の声がふつうに返ってくる。
「おかわり、あります。すぐお持ちします」
任太朗……九年ぶり。会えたの、ちょっと嬉しかったはずなのに。
なんでだよ。なんで、こんなつめてぇんだよ。
敬語だし、「使命です」とか言うし、
再会して一発目が「好きです」って、どんな展開だよ。
そんなん急に言われたら、わけわかんねぇ。
俺よりちっちゃかったくせに、今じゃ俺よりデカいし、
しかも俺より頭いい……っぽい? いや、確定はしてねぇけど。
……ムカつくもんはムカつく。てか、マジで全部ムカつく!
とりあえず、メシはうまかったし。
だから── 家政夫としては、採用。
……まあ。──悪くねぇ。
そこそこどころか、けっこうイケてる顔してんし。
茶髪デビューもわりと成功してて、美容師にも「セットしやすい髪質ですね〜」って言われた。
うん、知ってる。俺、髪質いい。
家は、まあ金持ち。
パパが有名な会社の役員やってて、ママもなんかやたら社交的で、
そのへんの才能、しっかり俺にも受け継がれてるらしい。
現役で受かったのは、都内でもまあまあ頭いい、某・私立大学――A大。人間科学部。
つまり、見た目よし・頭よし・育ちよしの三拍子そろったイケてる男。
──金井飛充。
この春から、ピカピカの大学一年生。
そんな俺は、大学初日からまあまあ騒がしかった。
女にも男にも、マジで話しかけられて、 メッセアプリの通知、ぜんっぜん止まんねぇ。
でも俺、彼女とかべつにいらねぇし。
誰かを好きとか、そーゆーの……今は、なぇ。
「好き」より、
「好かれる」ほうが好きなんだ。
中二のとき、一回だけ彼女できたけど、「私だけ見て」とか「なんで既読無視なの?」とか、「もっとかまって」とか……正直、ムリだった。
誰かひとりに縛られんより、大勢に見られて、好かれて、優越感ぶん回してんほうが ──マジで気分いい!
ってことで。
俺が今どこでなにしてんのかって話だけど──
今、人生初のひとり暮らし、満喫中。
場所は、都内の高級マンション十五階。 二十階建てのそこそこいいやつ。
1LDK、六十一平米。 南向きで天井高め、バルコニーからの眺めもわりと最強。
内装はスモーキーグレー基調で、 オールブラックの家具も、そこそこイケてるやつ選んだ。
イケてる俺には、やっぱこーゆーのが合うんだよな。
んで、今日は日曜日。
起きたらもう、朝の十一時すぎてた。
昨日、大学の新しい友だちと遊んでたし、 たまにはひとり時間でも楽しんどくかって感じ。
ちゃんと家事して、 近くの美味い店でランチして、 帰ったら課題でもやるかっていう、なんとなく大学生っぽい休日。
たまたま、適当に選んだだけ。
白Tにくすみグリーンのシャツ羽織って、
スリムめカーゴ。動きやすいし、シルエットも勝ち。
「シンプルなのにオシャレ」って言われる率、高め。流行は押さえてる。でも、流されねぇ。
鏡の前で髪をササッと整えて、無造作ふんわりセット完成。
笑えばそれなりに。エクボ出るの、右。
「……よし、今日も完璧」
つまり、今日の俺もイケてる。
まずは洗濯。……いきなり、つまずいた。
「洗剤って、どこ入れんだよぉぉぉ!」
洗濯機の前で、手には洗剤……か、柔軟剤。
最新ドラム式、見た目はイケてるくせに、操作がムズすぎんだよ!
そんなとき、
スマホがブルって震えた。
また大学のやつらかと思って、チラッと画面を見ると、ママからのメッセ通知。
『家事できないでしょ? ……』
「……おい。なんでバレてんだよ。さすがママ」
今は開く手、ねぇけど……なんか、ちょっと笑った。
で、またそんなとき──
──ピンポーン。
「ん? 宅配? 昨日注文した限定スニーカー? もう届いたん? 早っ!」
テンション高めでインターホン、出て、モニター、見たら
── 男がいた。しかも、宅配じゃねぇ。
え、もう玄関前!? エントランス、スッ飛ばし!?
さすが高級マンション。セキュリティ、ザルすぎだろ。
そいつは、黒縁メガネ。 ぼっさぼさで、硬そうな黒髪パーマ(たぶん天パ)。
湿気吸ってんのかってくらい、毛先、ひろがってて、全体的にもっさり。
……え、なにこの髪。手グシすら通らなそうなんだけど。
インターホンから、低めの声。
「家事サポートにまいりました。灰田です」
「はぁ? 頼んでねーけど?」
「正式には、金井さんのお母様からのご依頼です」
……は? ママ……?
スマホ開くと、さっきの通知の続き──
『家事できないでしょ? 大丈夫大丈夫! ママの友達の息子、任太朗くんに全部頼んどいたから〜 昔よく遊んでたでしょ? 鍵はもう渡しといたし〜信頼度100%だから安心して♡』
……は? 勝手に鍵渡すなよ!
てか、任太朗?
まさか、あの──
「任太朗!?」
インターホンに顔近づけて、ちょっと声デカめに言った俺に、向こうは、静かに、
「はい。任太朗です」
「灰田って? ……木……なんとか、じゃなかった?」
「……木谷です。親が離婚して、今は灰田になりました」
昔の記憶が、急にぶわって、
『待って、飛充、もうちょっとゆっくり……』
『任太朗、お前が遅いだけ! もっと早く走れ!』
──あの、小学校の裏にある「広〜い芝生広場」。
俺のあと、必死で追いかけてた任太朗、なぜかずっと笑ってて。
転校で引っ越して、小三の終わりだな。
……それっきり、会ってねぇ。ってことは──九年ぶり!?
つか、え? 見た目、こんなんだったっけ?
坊主だったし、メガネもなかった。ぜんっぜん違うじゃん。
でも、ママが呼んだっつってたし、「信頼度100%」とか言ってたし。
…… 本物の任太朗、ってことなんだろな。
とりあえず本人確認のために玄関まで行って、ドア、開けたら、入ってきたのは──。
──猫背の男。
……え、背……高ぇ!?
一七八の俺より……五? 七? いや、たぶん七センチは上行ってんじゃん!
昔、俺のほうが大きかったじゃん!? なんだその成長率。
猫背じゃなきゃもっと高いっしょ? もったいねー。
背中、 登山帰りかよってくらいサイズ感リュック、ふつーに背負ってんし。
そんで、ドアがスーッと勝手に閉まって、
その猫背の登山リュックにコツン、って軽くぶつかった。
古着っぽいグレーシャツに、無地の黒T、黒のチノパン。
……センスは、まぁ、超地味。
てか、この冴えないコーデのチェックしてる場合じゃねぇ!
でも、顔……言われてみりゃ、ちょっとだけ面影あるかも。
「……マジ? かけっこ、毎回俺に負けてた任太朗?」
「はい。金井さんの後ろを走るのは、落ち着きました。名前を呼んでもらえたのも、嬉しかったです」
「……なにそれ?」
なぜか、見つめ合ってて、目の高さ、完全に負けてん俺。
モテる俺が……今、見下ろされてんだけど!? ……なんか……チクショウ!!
──三秒間、沈黙。
「あの頃から、好きだったんだと思います」
任太朗が、静かに、でもハッキリと、そう言いながら、
──一歩だけ、近づいてきた。
たった一歩。それだけで……距離、二十センチ? いや、十五センチ切った。
「……えっ?」
「ずっと、変わってません。──好きです」
斜め上から。
無表情っぽいくせに、その目──メガネ越しにガチでまっすぐ。
「熱」と「圧」。
……やべぇ。貫通してくる。てか、地味に刺さってんだけど。
……ドキッ。
……は?
「はあああ!? ちょ、待て待てストーーーップ!!!」
俺、思わず、任太朗の胸を手でグッて押した。
反射的に目をそらして、頭もそらして、ついでに、二歩……いや、三歩は逃げた。
なんだ今の。どんだけ真顔力!?
「好きです」って、なんであんな落ち着いて言える!?
もっとこう、照れたり、モジモジしたり、じゃねぇの!?
……てか、なんで俺、ドキってしてんの!?
……いやいやいやいや、俺は昔からモテる。
女にも男にも、告白されたことあるし、そんなん慣れっこだし。
こーゆーの、まぁ、日常っちゃ日常。
とりあえず、話題変えよう!
「ガキの頃の話だろ!? だって、ずっと会ってねーし! てか、お前、見た目変わりすぎじゃね? 天然パーマとか知らねぇし。天パだったから坊主にしてたんの? 猫背なかったよな?」
「金井さんへの気持ちだけは、変わりません」
「……はあ!? またそれかよ!?」
ドキって、喉、変な音出そうになって、あわてて咳でごまかす。思わず壁に手、つく。
「……っゴホッ……でさ、なんで敬語?」
任太朗は、一歩も動かず。
「それは、金井さんお世話される側だからです。敬語のほうが、私はやりやすいので」
「……へ? 『お世話される側』。え!? なに、今ので、上下関係、決定!? 俺ら、幼なじみじゃなかったっけ?」
「金井さんが快適に生活できること。それが、今の、私の使命です」
……シ……シメイ? 使命かよ。
なに言ってんの、こいつ。しかもその目。ブレねぇ。真顔。
「主従? お世話係? 執事? どれだよ!? いや、どれでもおかしいだろ!!」
ちょうどそう言ったタイミングで、俺の腹が、
──ぐぅうう……。
……もう、ムリ。腹、減った。 起きてから、なんも食ってねぇし。 頭ん中、全然追いついてねぇけど。
……とりあえず今は、スルーしとこ。早く洗濯終わらせて、メシ、行きてぇ。
「お前、洗濯機、やってくれんよな? 洗濯、終わったら、メシ行こー」
俺、玄関から右の脱衣所、指さすと、
任太朗は、無言で、ちょいと一礼して、そのまんましゃがみこんだ。
登山リュックをそっと三和土に置いて、中からスリッパ取り出して、黙って履き替え。
履いてたボロスニーカー、丁寧にビニール袋入れて、またリュックに戻してて。
……繊細かよ。
そのあと、古着っぽいシャツ脱ぎだして、
黒Tの袖から、チラッと……筋肉? うっすらついてんの、腕に。
……え、なんか、しっかりしてんじゃん。
そんで、スッと俺の横を通り過ぎた。──そのとき。なんか、匂いがスッ…て、鼻先かすめた。
……は? なに今の。男の匂い? いや、なんか……変な実感。
任太朗は、そのまんま脱衣所へ消えてった。
任太朗、洗濯機の前に立って、ぴょこぴょこ揺れる天パで、
洗剤→柔軟剤→ポンポン→ピッ、ピッ。
水が流れ出す音。 数秒後には、もう洗濯が回ってた。
脱衣所の前でただ立ってた俺に、任太朗が、ふつーに言ってくる。
「洗濯、回しておきます。次は、食事の準備に入ります。キッチン、お借りしても?」
「……え、作ってくれんの? 冷蔵庫、マジでなんも入ってねぇけど?」
料理とか、俺、一回もやったことねぇし。
ママが置いてった調理器具も、炊飯器も、お米すら、まだ触ったことねぇ。
任太朗は、平然とした顔のまんま玄関のほうに戻って、 登山リュックを肩にかけて、
今度はリビングのアイランドキッチンへ、すたすた向かっていく。
んで、キッチンでそのリュック開けて、
中から保冷バッグとビニール袋、スッ……て取り出した。
「卵、鶏ももと玉ねき。あと調味料を少し。親子丼、お好きですね?」
キッチンまでついてきた俺に、任太朗がふっと振り向いて、ぽつんと静かに聞いてきた。
「お、おう……好き。鶏肉系、めっちゃ好きなんだけど……え、知ってんの? マジかよ。すげぇなお前」
「はい。では、三十分ほどお待ちください」
そう返した任太朗は、無表情のまんま、黙って調理モードに入った。
卵を割る音。玉ねぎと鶏を切る、まな板のトントン。
手際、やたらプロいんだけど。てか、早っ。
ただ見てるだけって、なんか俺が邪魔みてぇじゃん。
だから、リビングの本革ソファにドカッと座った。
座るとちょっと沈む。高級感、ちゃんとあって。イケてるツヤ感出るブラック。
パパが海外で取り寄せたやつ。……わりと、お気に入り。
任太朗と再会。 突然すぎて、マジでまだぜんっぜん飲み込めてねぇけど。
とりあえず、ママにメッセ投げとく。
『任太朗と連絡とってたの、なんで言わねーの?』
秒で返ってきた返事が、
『まあ、いろいろあるね〜♡仲良くしてね〜♡任太朗くん、いい子でしょ? ♡』
……それ、なに? ごまかした? いや、ごまかしたよな?
でも、まぁ……なんか、また任太朗に会えたの、ちょっと……よかった。
俺、マジで……会いたかったのかも。
ガキの頃、かけっこで勝つの、めっちゃ気持ちよかったし。
よく走って、笑って、こいつがいつも後ろにいて。
それがなんか嬉しくて、俺、ウキウキしてた気がする。
ママに「任太朗くん、引っ越して転校したのよ」って言われたとき。
……たぶん俺、けっこうショックだったんだと思う。
でも、すぐ別のやつらとつるんでさ、にぎやかで、モテて、楽しくて、なんとなく、毎日が回ってて。
……だからたぶん、こいつのこと、どっかで封じてたんだよな。
置いてかれた感ごと、まるっと全部。
ソファの右にあるキッチンのほう、チラッと見ると、
── 冷蔵庫も棚も家電も、全部ブラック。 で、その中に、黒T黒チノの任太朗。
……おい、同化すんなよ。俺センスで揃えたイケてる空間に溶け込んでんじゃん。
油がジューッと弾ける音と一緒に、気づけば、だしの香りが部屋中ふわっと広がってた。
──腹が、またぐぅうーって。
まもなく。 熱々の親子丼が、食卓に置かれ、俺、ほぼ反射で、食卓に飛び込んだ。
トロットロの卵に、テリッテリの鶏。白いご飯からは、もう湯気がもくもく。
……え、見た目からして、ママのやつ超えてきてんだけど!? どゆこと!?
「お前は? 食わねぇの?」
ひとり分だけ用意されてんの見て、つい聞いたら、任太朗は俺の横に立ったまんま、ふつーに言う。
「お昼を済ませてきました」
「え、なにその淡白……せっかくなのに、一緒に食おうとか言わねーの? マジ、つめてぇな〜」
って、ふてくされながら一口。
……口ん中、完全にしあわせ。
「……うまっ」
思わずこぼれたその感想に、任太朗は、小さく「良かったです」って、静かに返した。すぐに、
「このあと、洗い物と部屋の掃除、洗濯干しも進めます」
って、さらっと言って、キッチンに戻ろうとする。
──おいおい。
親子丼の鶏をモグモグ噛みながら、なんとなく俺は声かける。
「……お前さ、完全に他人かよ。再会感、ゼロなんだけど!? なぁ、いつ戻ってきたん? てか、大学どこ行ってんの?」
任太朗は、俺の横にちょっと間あけて立ったまんま。
「しばらく前から、です」
「は? しばらくって、どんくらい? つか、なんで俺に言わねぇの?」
任太朗は、またちょっと黙ってから、
「お伝えする機会が、ありませんでした」
「……はあ? なにそれ。なんか隠してんのか?」
問い詰めたつもりだったけど、任太朗は、
「金井さんと同じ、A大です。栄養科学部に所属しています」
「はああ!? うちの栄養科!? あそこ、全国トップレベルじゃん!」
…… 俺の人間科より偏差値、バリ高じゃね!?
うそだろ……俺より、頭いい……だと!?
「管理栄養士を目指しています」
「そりゃ料理もうまいわけだ。 国家試験、難しいやつだよな?」
「はい。できる限り、やりきります」」
任太朗はそれだけ言って、無言でキッチンに向かった。
…… やっぱさ、俺としゃべりてぇとか、そーゆーんじゃねぇのか?
なんか、ムカつく。 昔とぜんっぜんと違うし。
てか、無表情すぎて……なに考えてんのか、マジで、わかんねぇ。
んで、ガンガン食って、気づけば、どんぶりカラッポで、トロトロ卵すら跡形もねぇ。
「……うまかった!」
ちょい声張って言ったら、キッチンの奥から、任太朗の声がふつうに返ってくる。
「おかわり、あります。すぐお持ちします」
任太朗……九年ぶり。会えたの、ちょっと嬉しかったはずなのに。
なんでだよ。なんで、こんなつめてぇんだよ。
敬語だし、「使命です」とか言うし、
再会して一発目が「好きです」って、どんな展開だよ。
そんなん急に言われたら、わけわかんねぇ。
俺よりちっちゃかったくせに、今じゃ俺よりデカいし、
しかも俺より頭いい……っぽい? いや、確定はしてねぇけど。
……ムカつくもんはムカつく。てか、マジで全部ムカつく!
とりあえず、メシはうまかったし。
だから── 家政夫としては、採用。
……まあ。──悪くねぇ。
