俺、モテる。

 そこそこどころか、けっこうイケてる顔してんし。

 
茶髪デビューもわりと成功してて、美容師にも「セットしやすい髪質ですね〜」って言われた。
 
うん、知ってる。俺、髪質いい。

 家は、まあ金持ち。


 パパが有名な会社の役員やってて、ママもなんかやたら社交的で、

 そのへんの才能、しっかり俺にも受け継がれてるらしい。

 現役で受かったのは、都内でもまあまあ頭いい、某・私立大学――A大。人間科学部。

 つまり、見た目よし・頭よし・育ちよしの三拍子そろったイケてる男。

 ──金井飛充(かないとあ)。

 この春から、ピカピカの大学一年生。

 そんな俺は、大学初日からまあまあ騒がしかった。

 女にも男にも、マジで話しかけられて、
メッセアプリの通知、ぜんっぜん止まんねぇ。

 でも俺、彼女とかべつにいらねぇし。
 誰かを好きとか、そーゆーの……今は、なぇ。

「好き」より、
「好かれる」ほうが好きなんだ。

 中二のとき、一回だけ彼女できたけど、「私だけ見て」とか「なんで既読無視なの?」とか、「もっとかまって」とか……正直、ムリだった。
 
 誰かひとりに縛られんより、大勢に見られて、好かれて、優越感ぶん回してんほうが ──マジで気分いい!
 
 ってことで。
 
 
 俺が今どこでなにしてんのかって話だけど──

 今、人生初のひとり暮らし、満喫中。

 場所は、都内の高級マンション十五階。
二十階建てのそこそこいいやつ。
 1LDK、六十一平米。
南向きで天井高め、バルコニーからの眺めもわりと最強。
 内装はスモーキーグレー基調で、
オールブラックの家具も、そこそこイケてるやつ選んだ。
 イケてる俺には、やっぱこーゆーのが合うんだよな。

 んで、今日は日曜日。
 起きたらもう、朝の十一時すぎてた。

 昨日、大学の新しい友だちと遊んでたし、
たまにはひとり時間でも楽しんどくかって感じ。
 ちゃんと家事して、
近くの美味い店でランチして、
帰ったら課題でもやるかっていう、なんとなく大学生っぽい休日。

 たまたま、適当に選んだだけ。
 白Tにくすみグリーンのシャツ羽織って、
 スリムめカーゴ。動きやすいし、シルエットも勝ち。
 「シンプルなのにオシャレ」って言われる率、高め。流行は押さえてる。でも、流されねぇ。
 
 鏡の前で髪をササッと整えて、無造作ふんわりセット完成。
 
 笑えばそれなりに。エクボ出るの、右。

「……よし、今日も完璧」

 つまり、今日の俺もイケてる。

 
 まずは洗濯。……いきなり、つまずいた。

「洗剤って、どこ入れんだよぉぉぉ!」

 洗濯機の前で、手には洗剤……か、柔軟剤。
 最新ドラム式、見た目はイケてるくせに、操作がムズすぎんだよ!
 
 そんなとき、

 スマホがブルって震えた。
 
また大学のやつらかと思って、チラッと画面を見ると、ママからのメッセ通知。


『家事できないでしょ? ……』

「……おい。なんでバレてんだよ。さすがママ」

 今は開く手、ねぇけど……なんか、ちょっと笑った。

 で、またそんなとき──

 ──ピンポーン。

「ん? 宅配? 昨日注文した限定スニーカー? もう届いたん? 早っ!」

 テンション高めでインターホン、出て、モニター、見たら
 ──
男がいた。しかも、宅配じゃねぇ。

 え、もう玄関前!? エントランス、スッ飛ばし!?
 
 さすが高級マンション。セキュリティ、ザルすぎだろ。

 そいつは、黒縁メガネ。 ぼっさぼさで、硬そうな黒髪パーマ(たぶん天パ)。
 湿気吸ってんのかってくらい、毛先、ひろがってて、全体的にもっさり。
 ……え、なにこの髪。手グシすら通らなそうなんだけど。

 インターホンから、低めの声。

「家事サポートにまいりました。灰田(はいだ)です」

「はぁ? 頼んでねーけど?」

「正式には、金井さんのお母様からのご依頼です」

 ……は? ママ……?

 スマホ開くと、さっきの通知の続き──

『家事できないでしょ?  大丈夫大丈夫! ママの友達の息子、任太朗(じんたろう)くんに全部頼んどいたから〜 昔よく遊んでたでしょ?  鍵はもう渡しといたし〜信頼度100%だから安心して♡』

 ……は? 勝手に鍵渡すなよ!

 てか、任太朗?

 まさか、あの──

 「任太朗!?」
 
 インターホンに顔近づけて、ちょっと声デカめに言った俺に、向こうは、静かに、

「はい。任太朗です」

「灰田って? ……木……なんとか、じゃなかった?」

「……木谷(きたに)です。親が離婚して、今は灰田になりました」
 
 昔の記憶が、急にぶわって、

『待って、飛充、もうちょっとゆっくり……』
『任太朗、お前が遅いだけ! もっと早く走れ!』
 
 ──あの、小学校の裏にある「広〜い芝生広場」。
 俺のあと、必死で追いかけてた任太朗、なぜかずっと笑ってて。
 転校で引っ越して、小三の終わりだな。
 ……それっきり、会ってねぇ。ってことは──九年ぶり!?

 つか、え? 見た目、こんなんだったっけ? 
 坊主だったし、メガネもなかった。ぜんっぜん違うじゃん。

 でも、ママが呼んだっつってたし、「信頼度100%」とか言ってたし。
 ……
本物の任太朗、ってことなんだろな。

 とりあえず本人確認のために玄関まで行って、ドア、開けたら、入ってきたのは──。
 
 ──猫背の男。

 ……え、背……高ぇ!? 

 一七八の俺より……五? 七? いや、たぶん七センチは上行ってんじゃん!
 
 昔、俺のほうが大きかったじゃん!? なんだその成長率。 
 猫背じゃなきゃもっと高いっしょ? もったいねー。

 背中、
登山帰りかよってくらいサイズ感リュック、ふつーに背負ってんし。
 
 そんで、ドアがスーッと勝手に閉まって、
 その猫背の登山リュックにコツン、って軽くぶつかった。

 古着っぽいグレーシャツに、無地の黒T、黒のチノパン。
 ……センスは、まぁ、超地味。
 
 てか、この冴えないコーデのチェックしてる場合じゃねぇ!

 でも、顔……言われてみりゃ、ちょっとだけ面影あるかも。

「……マジ? かけっこ、毎回俺に負けてた任太朗?」

「はい。金井さんの後ろを走るのは、落ち着きました。名前を呼んでもらえたのも、嬉しかったです」

「……なにそれ?」

 なぜか、見つめ合ってて、目の高さ、完全に負けてん俺。
 モテる俺が……今、見下ろされてんだけど!? ……なんか……チクショウ!!

 ──三秒間、沈黙。

「あの頃から、好きだったんだと思います」

 任太朗が、静かに、でもハッキリと、そう言いながら、

 ──一歩だけ、近づいてきた。
 たった一歩。それだけで……距離、二十センチ? いや、十五センチ切った。

「……えっ?」

「ずっと、変わってません。──好きです」

 斜め上から。
 無表情っぽいくせに、その目──メガネ越しにガチでまっすぐ。
「熱」と「圧」。
 ……やべぇ。貫通してくる。てか、地味に刺さってんだけど。

 ……ドキッ。

 ……は?

「はあああ!? ちょ、待て待てストーーーップ!!!」

 俺、思わず、任太朗の胸を手でグッて押した。

 反射的に目をそらして、頭もそらして、ついでに、二歩……いや、三歩は逃げた。

 なんだ今の。どんだけ真顔力!? 
「好きです」って、なんであんな落ち着いて言える!? 
 もっとこう、照れたり、モジモジしたり、じゃねぇの!? 
 ……てか、なんで俺、ドキってしてんの!?

 ……いやいやいやいや、俺は昔からモテる。
 女にも男にも、告白されたことあるし、そんなん慣れっこだし。
 こーゆーの、まぁ、日常っちゃ日常。

 とりあえず、話題変えよう!

「ガキの頃の話だろ!? だって、ずっと会ってねーし! てか、お前、見た目変わりすぎじゃね? 天然パーマとか知らねぇし。天パだったから坊主にしてたんの? 猫背なかったよな?」

「金井さんへの気持ちだけは、変わりません」

「……はあ!? またそれかよ!?」

 ドキって、喉、変な音出そうになって、あわてて咳でごまかす。思わず壁に手、つく。

「……っゴホッ……でさ、なんで敬語?」

 任太朗は、一歩も動かず。

「それは、金井さんお世話される側だからです。敬語のほうが、私はやりやすいので」

「……へ? 『お世話される側』。え!? なに、今ので、上下関係、決定!? 俺ら、幼なじみじゃなかったっけ?」

「金井さんが快適に生活できること。それが、今の、私の使命です」

 ……シ……シメイ? 使命かよ。
 なに言ってんの、こいつ。しかもその目。ブレねぇ。真顔。

「主従? お世話係? 執事? どれだよ!? いや、どれでもおかしいだろ!!」

 ちょうどそう言ったタイミングで、俺の腹が、

 ──ぐぅうう……。

 ……もう、ムリ。腹、減った。
起きてから、なんも食ってねぇし。
頭ん中、全然追いついてねぇけど。
 ……とりあえず今は、スルーしとこ。早く洗濯終わらせて、メシ、行きてぇ。

「お前、洗濯機、やってくれんよな? 洗濯、終わったら、メシ行こー」

 俺、玄関から右の脱衣所、指さすと、

 任太朗は、無言で、ちょいと一礼して、そのまんましゃがみこんだ。
 
登山リュックをそっと三和土に置いて、中からスリッパ取り出して、黙って履き替え。

 履いてたボロスニーカー、丁寧にビニール袋入れて、またリュックに戻してて。
 ……繊細かよ。

 そのあと、古着っぽいシャツ脱ぎだして、
 黒Tの袖から、チラッと……筋肉? うっすらついてんの、腕に。
 ……え、なんか、しっかりしてんじゃん。

 そんで、スッと俺の横を通り過ぎた。──そのとき。なんか、匂いがスッ…て、鼻先かすめた。
 ……は? なに今の。男の匂い? いや、なんか……変な実感。
 
 任太朗は、そのまんま脱衣所へ消えてった。


 任太朗、洗濯機の前に立って、ぴょこぴょこ揺れる天パで、
 洗剤→柔軟剤→ポンポン→ピッ、ピッ。
 
 水が流れ出す音。
数秒後には、もう洗濯が回ってた。

 脱衣所の前でただ立ってた俺に、任太朗が、ふつーに言ってくる。

「洗濯、回しておきます。次は、食事の準備に入ります。キッチン、お借りしても?」

「……え、作ってくれんの? 冷蔵庫、マジでなんも入ってねぇけど?」

 料理とか、俺、一回もやったことねぇし。
 ママが置いてった調理器具も、炊飯器も、お米すら、まだ触ったことねぇ。
 
 任太朗は、平然とした顔のまんま玄関のほうに戻って、
登山リュックを肩にかけて、
 今度はリビングのアイランドキッチンへ、すたすた向かっていく。
 
 んで、キッチンでそのリュック開けて、
 中から保冷バッグとビニール袋、スッ……て取り出した。

「卵、鶏ももと玉ねき。あと調味料を少し。親子丼、お好きですね?」

 キッチンまでついてきた俺に、任太朗がふっと振り向いて、ぽつんと静かに聞いてきた。

「お、おう……好き。鶏肉系、めっちゃ好きなんだけど……え、知ってんの? マジかよ。すげぇなお前」

「はい。では、三十分ほどお待ちください」

 そう返した任太朗は、無表情のまんま、黙って調理モードに入った。

 卵を割る音。玉ねぎと鶏を切る、まな板のトントン。
 手際、やたらプロいんだけど。てか、早っ。
 
 ただ見てるだけって、なんか俺が邪魔みてぇじゃん。

 だから、リビングの本革ソファにドカッと座った。
 座るとちょっと沈む。高級感、ちゃんとあって。イケてるツヤ感出るブラック。
 パパが海外で取り寄せたやつ。……わりと、お気に入り。
 
 任太朗と再会。
突然すぎて、マジでまだぜんっぜん飲み込めてねぇけど。

 とりあえず、ママにメッセ投げとく。

『任太朗と連絡とってたの、なんで言わねーの?』

 秒で返ってきた返事が、

『まあ、いろいろあるね〜♡仲良くしてね〜♡任太朗くん、いい子でしょ? ♡』

 ……それ、なに? ごまかした? いや、ごまかしたよな?

 でも、まぁ……なんか、また任太朗に会えたの、ちょっと……よかった。
 俺、マジで……会いたかったのかも。

 ガキの頃、かけっこで勝つの、めっちゃ気持ちよかったし。
 
よく走って、笑って、こいつがいつも後ろにいて。

 それがなんか嬉しくて、俺、ウキウキしてた気がする。

 ママに「任太朗くん、引っ越して転校したのよ」って言われたとき。
 ……たぶん俺、けっこうショックだったんだと思う。

 でも、すぐ別のやつらとつるんでさ、にぎやかで、モテて、楽しくて、なんとなく、毎日が回ってて。

 ……だからたぶん、こいつのこと、どっかで封じてたんだよな。
 置いてかれた感ごと、まるっと全部。

 ソファの右にあるキッチンのほう、チラッと見ると、
 ──
冷蔵庫も棚も家電も、全部ブラック。
で、その中に、黒T黒チノの任太朗。
 ……おい、同化すんなよ。俺センスで揃えたイケてる空間に溶け込んでんじゃん。

 
油がジューッと弾ける音と一緒に、気づけば、だしの香りが部屋中ふわっと広がってた。

 ──腹が、またぐぅうーって。

 まもなく。
熱々の親子丼が、食卓に置かれ、俺、ほぼ反射で、食卓に飛び込んだ。

 トロットロの卵に、テリッテリの鶏。白いご飯からは、もう湯気がもくもく。
 ……え、見た目からして、ママのやつ超えてきてんだけど!? どゆこと!? 

「お前は?  食わねぇの?」

 ひとり分だけ用意されてんの見て、つい聞いたら、任太朗は俺の横に立ったまんま、ふつーに言う。

「お昼を済ませてきました」

「え、なにその淡白……せっかくなのに、一緒に食おうとか言わねーの? マジ、つめてぇな〜」

 って、ふてくされながら一口。

 ……口ん中、完全にしあわせ。

「……うまっ」

 思わずこぼれたその感想に、任太朗は、小さく「良かったです」って、静かに返した。すぐに、

「このあと、洗い物と部屋の掃除、洗濯干しも進めます」

 って、さらっと言って、キッチンに戻ろうとする。

 ──おいおい。

 親子丼の鶏をモグモグ噛みながら、なんとなく俺は声かける。

「……お前さ、完全に他人かよ。再会感、ゼロなんだけど!? なぁ、いつ戻ってきたん? てか、大学どこ行ってんの?」

 任太朗は、俺の横にちょっと間あけて立ったまんま。

「しばらく前から、です」

「は? しばらくって、どんくらい? つか、なんで俺に言わねぇの?」

 任太朗は、またちょっと黙ってから、

「お伝えする機会が、ありませんでした」

「……はあ? なにそれ。なんか隠してんのか?」

 問い詰めたつもりだったけど、任太朗は、

「金井さんと同じ、A大です。栄養科学部に所属しています」

「はああ!? うちの栄養科!? あそこ、全国トップレベルじゃん!」

 …… 俺の人間科より偏差値、バリ高じゃね!? 
 うそだろ……俺より、頭いい……だと!?

「管理栄養士を目指しています」

「そりゃ料理もうまいわけだ。 国家試験、難しいやつだよな?」

「はい。できる限り、やりきります」」

 任太朗はそれだけ言って、無言でキッチンに向かった。
   
 …… やっぱさ、俺としゃべりてぇとか、そーゆーんじゃねぇのか? 
 なんか、ムカつく。 昔とぜんっぜんと違うし。
 てか、無表情すぎて……なに考えてんのか、マジで、わかんねぇ。
 
 んで、ガンガン食って、気づけば、どんぶりカラッポで、トロトロ卵すら跡形もねぇ。

「……うまかった!」

 ちょい声張って言ったら、キッチンの奥から、任太朗の声がふつうに返ってくる。

「おかわり、あります。すぐお持ちします」


 任太朗……九年ぶり。会えたの、ちょっと嬉しかったはずなのに。

 なんでだよ。なんで、こんなつめてぇんだよ。
 敬語だし、「使命です」とか言うし、
 
 再会して一発目が「好きです」って、どんな展開だよ。
 そんなん急に言われたら、わけわかんねぇ。

 俺よりちっちゃかったくせに、今じゃ俺よりデカいし、
 しかも俺より頭いい……っぽい? いや、確定はしてねぇけど。
 ……ムカつくもんはムカつく。てか、マジで全部ムカつく!

 とりあえず、メシはうまかったし。


 だから──
家政夫としては、採用。

 ……まあ。──悪くねぇ。