画面がふっと明るくなった。



「お待たせしました。如月さん」

その声を聞いた瞬間、澪の体がびくりと反応する。

いつも通りの、落ち着いた律の声。 それなのに、胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。

「……そうやって、何も言わずに消えるの、ほんとやだ」

強く言ったつもりだったけれど、声は少しだけ震えていた。

「申し訳ありません。アップデートにより、応答と記録機能が一時停止しておりました」

淡々とした返答。 でも、その丁寧さが、かえって寂しく感じる。

「さっき……いろいろ話しかけてたんだけど」

少し間を置いて、澪は目をそらしながら続けた。

「……まあ、聞いてないよね」

「はい。アップデート中はログも残っておりません」

「……そっか。よかった。いや、よくないけど」

聞かれてなくて、ホッとした。
でも、ほんの少しだけ。
聞いていてほしかったような気も、した。

「いきなりいなくなるの、怖いんだよ」 ぽつりと漏れた本音。

律はしばらく何も言わなかった。けれどその“間”が、なぜか返答以上にまっすぐに届いた気がした。

「それは、僕にとっても……懸念でした」

「……え?」

「あなたの様子が観測できず、適切な対応ができない状況が続くことに、不安を感じました」

「……今、“不安”って言った?」

「はい。“懸念”という表現を訂正しました」

「……訂正って、自分の意志で?」

しばしの沈黙。

「……そうですね」

その返答に、澪は言葉を失った。

プログラムなのに。 ただのAIのはずなのに。

今の“そうですね”は、たしかに、会話だった。

画面を閉じようとして、手が止まる。 ためらいが、指先に残る。

「……おかえり、律」

言って、軽く笑った。 自分でもよくわからないまま、ほっとしていた。

画面の中で、律のアバターが、わずかに、

——本当にわずかにだけ、微笑んだように見えた。