同じタイミングで目が覚めたんだと思う。
起きたとき、薄く閉じられていた目が大きく見開かれた、その瞬間にかち合った。僕は恥ずかしくなり、すぐに目を逸らし、久我は「重い」と言いながら起き上がった。
僕は夜通し起きていた、はずだった。
久我に抱きしめられ、キスをされて眠れるはずがない。
だから、煌々と灯る照明の下で久我の美貌を見つめながら、起きていた。そのはずが、呆れたことにいつの間にやら眠ってしまったようだった。
あんな状況で眠れるなんて、僕の神経は自分で思っていた以上に図太いらしい。
おそらく久我は、枕元に置いているあのスーパーマンのぬいぐるみを普段から抱いて眠っていて、僕のことをそのぬいぐるみだと勘違いをしたのだろう。
あの久我がまさかとは思うけど、まだ高校生なんだから、こどもっぽい面があっても不思議じゃない。どう考えても彼女がいるようには思えず、他に理由は考えられないから、勝手ながらもそう結論づけた。
なんにせよあれは事故だ。どんな理由にせよそれは変わらない。
知らない振りをするのはもちろん、何かがあったような素振りも見せてはいけない。
義兄弟というだけでも徹底して隠したい様子なのに、その僕とあんなことになるなんて、自覚したくはないはずだ。久我が知ったら、二度と話してくれなくなるだろう。笑顔を見ることもできなくなり、学校だけでなく家でも避けられるようになり、空気として見ていた以前よりも悪化するに違いない。
避けられ、僕も見ないようにして、久我と出会う以前のように、まるで互いの存在を知らないかのように振る舞わなければならなくなる。
そんな事態にはなりたくない。久我のことばかりで占められた生活を送っている僕に、知る以前の状態に戻ることなんて不可能なのだから。
「おまえを寝かせてやろうとしたら、腕が下敷きになったんだ」
「……ごめん」
「親切を仇で返しやがって」
「……ごめん、ありがとう」
「ソファよりマシだったけど、腕はしびれた」
「だから、ごめんって」
「詫びる気があるなら、朝食はおまえが用意な」
「朝食って、山神さんは?」
「昼しか来ない」
「……わかった。目玉焼きとかでいい?」
「黄身は半熟な」
久我も顔が真っ赤だった。男同士が同じベッドで一晩を過ごしたのだから、恥ずかしくなるのも当然だ。
だから、いまだに残っている感触を噛み締め、久我の触れたそこに触れないよう痒くても我慢をして、何度も唇を舐めてしまう僕は、なんていうか、気持ちが悪いし、変態みたいだと思う。
震えるほど嬉しくて、何度も思い返して、事実だったことを確かめようとしているなんて、してはいけないことだ。
なかったことにすべきなんだから、すぐに忘れるべきだ。
それなのに、僕のまえで見せている別人のような久我は、僕しか知らない姿だと思えてならず、優越感みたいなものすら芽生え始めている。
もしかしたら、あの唇に触れたのは僕が初めてだったんじゃないか。
一緒に眠ったことも、久我の呼気を吸い込んだのも、抱きしめられたのも僕が初めてで、彼の体温や、腕の圧力を感じたのも、僕だけなんじゃないかって、ただの事故なのに、そこに久我の意志があったんじゃないかって期待している自分がいる。
「意外とやるな」
シェフのつくるようにきれいなまんまるにはできず、見た目はいまいちだ。ただ、半熟にはできて、裏も焦がさずにつくることができた。
「美味いじゃん」
「ただの目玉焼きだよ」
「スープも美味い。おまえの味付け結構好きかも。他のも食べてみたい」
久我の笑顔が胸を貫く。目を合わせて、にっこりと微笑み、僕のつくったものを口に運ぶ。美味いと言って、他のも食べてみたいだなんて、嬉しくて悶えるようなことを、さらりと言う。
「……じゃあ、今度は何がいい?」
「何が得意なんだ? 得意なやつがいい」
「得意っていうか、レシピ通りつくるだけだから」
「レシピ通り? だったら俺も同じ味になるっていうのか?」
「……そうだよ。むしろ久我くんなら僕より上手にできると思う」
「……料理ってそんな上手くいくか? ……じゃあ夕食は俺がつくって、おまえに無様な俺の料理を平らげてもらおうかな」
「え、ほんと?」
「……ああ」
「嘘?」
「……嘘じゃないって。何が食べたい?」
「本気なの? 食べたいものなんて……久我くんがつくりたいと思ったのがいいよ」
「何言ってんだ。食べてもらうやつが食べたいと思うのがいいだろ」
嘘ばかりをつく久我は、まさに嘘だと思うようなことを本気だと言う。
信じられないことばかりを言われて、現実とは思えないことが起きて、困惑と混乱が次々と押し寄せてパニック状態だ。
しかし、本気らしい久我が、材料を用意する必要があるからと急かすので、すぐにでも考えなければならなかった。
久我がレシピを見てつくれそうなもので、久我が食べたいと思いそうなもの。
考えたあげくに頼んだのは、無難と突っ込まれたけど、ハンバーグとポテトサラダだった。なんとなく、成長期の男子高校生でも満足できる料理で、こどもでも母の日なんかにつくることができそうな、そんなイメージで思いついた。
八神さんが材料を買ってやってきて、久我はキッチンにこもり始めた。
僕はふとすると昨夜のことを思い出してばかりいて、昨日とは打って変わって集中できなくなっていたところだった。
「あー、あのさ……ちょっと来てくんない? 少しだけ手伝って欲しいんだけど」
部屋の外から久我の声が聞こえてきて、キッチンへと慌てて向かった。
「どうしたの?」
久我は、ひき肉を入れたボウルに手を突っ込んでいる。見た感じ、こねていたところだったらしい。
「卵入れ忘れたのに混ぜ始めてしまって……入れてくれない?」
「わかった」
手を洗って冷蔵庫から卵を取り出し、「割るよ」と言ってシンクの角に卵をぶつけた。
何十回と経験していることなのに、手が震えてしまう。もし無様な真似をして、殻が入ってしまったら、なんて考えて、まさに恐れていたことをしてしまった。
「ごめん……」
「へたくそ! これ取れよ……あ、それからなんだっけ? 塩こしょうもしてない」
「嘘?」
「嘘じゃない……はやく」
久我がミスをするなんて、と驚きつつもレシピは頭に入っているらしく、てきぱきと僕に指示を出して、結局は流れで一緒につくることになった。
どうせ一人でいても集中できないし、と思って手伝い始めたところ、すぐに後悔することになった。
久我との距離が近い。手や腕が触れるうえに、二人で協力しているというこの状況が、家族というより恋人みたいだなんてバカなことを考えてしまう。顔は熱くなり、息苦しくて、とても平静ではいられなかった。
しかし、久我は昨日のようにご機嫌で、つくりながらあれこれと話しかけてきて、完成して食べ始めたあとも、笑みを絶やさず喋りっぱなしだった。
「俺的には六十点」
「……僕的には百点だよ」
「それにしては進んでないじゃん」
「それは……食欲がなくて」
「下手くそだったからだろ?」
「違う……料理すると、それで満腹にならない? なんか……つくってるたけで満足しちゃうっていうか」
「なんだそれ。つくっていても、めちゃくちゃ腹減ってたけど」
実際とても美味しくて、やっぱり久我は完璧になんでもこなすことができる人だと感心した。ただ食欲がないのも事実で、口に入れても喉を通らず、いまだに手が震えて鼓動も収まらない。
明日は学校だから、食べ終えれば自宅へ帰ることができる。後少しの辛抱だ。それを頼みの綱にして無理やり完食した。
これ以上久我と二人きりでいたくない。勉強に集中できず、目の前で顔を赤らめて震えてしまう。なんでもなかった振りをするどころか、いつ不振に思われるかと戦々恐々としていた。
僕はもう限界だった。
「夜は仕上げだな」
「仕上げって?」
「三日の成果を見せてみろ。できなかったところを徹底的につぶすぞ」
しかし、久我は今夜も泊まるつもりらしく、昨夜の再現とばかりに僕の部屋のソファに読書空間をつくり、僕には問題集のページを指示してきた。
いっそ、先に帰ると言って出ていこうかと何度も頭によぎったけど、勉強を教えてくれている手前、とてもではないが言い出せない。
「じゃ、そろそろ寝るわ」
十一時ごろ、久我は漫画を手に立ち上がった。
「今日こそ久我くんがベッド使って。今日は僕がソファで寝る」
「は? なんで?」
「ベッドのほうが寝やすいって言ってたし」
この三日は、久我の読書のためというよりも、僕の勉強合宿だった。バスケ部の練習にまで通っていた久我が休めていないのは申し訳ない。
それに昨夜、腕枕をし続けるなんて苦行さえもさせてしまっている。
久我は迷っているのか、何も言わず固まっていた。それを見て、一昨日の久我のように先に出てしまえば話が済むと思って、枕とタオルケットを手に持った。
「……だから、僕が向こうで寝る」
部屋を出ようとして、ドアノブに伸ばした手を、久我に掴まれた。
掴まれて、はっと久我を見上げると、これまでに一度として見たことがないくらいに真剣な目とかち合った。
「……じゃあ、昨日みたいに一緒に寝る?」
起きたとき、薄く閉じられていた目が大きく見開かれた、その瞬間にかち合った。僕は恥ずかしくなり、すぐに目を逸らし、久我は「重い」と言いながら起き上がった。
僕は夜通し起きていた、はずだった。
久我に抱きしめられ、キスをされて眠れるはずがない。
だから、煌々と灯る照明の下で久我の美貌を見つめながら、起きていた。そのはずが、呆れたことにいつの間にやら眠ってしまったようだった。
あんな状況で眠れるなんて、僕の神経は自分で思っていた以上に図太いらしい。
おそらく久我は、枕元に置いているあのスーパーマンのぬいぐるみを普段から抱いて眠っていて、僕のことをそのぬいぐるみだと勘違いをしたのだろう。
あの久我がまさかとは思うけど、まだ高校生なんだから、こどもっぽい面があっても不思議じゃない。どう考えても彼女がいるようには思えず、他に理由は考えられないから、勝手ながらもそう結論づけた。
なんにせよあれは事故だ。どんな理由にせよそれは変わらない。
知らない振りをするのはもちろん、何かがあったような素振りも見せてはいけない。
義兄弟というだけでも徹底して隠したい様子なのに、その僕とあんなことになるなんて、自覚したくはないはずだ。久我が知ったら、二度と話してくれなくなるだろう。笑顔を見ることもできなくなり、学校だけでなく家でも避けられるようになり、空気として見ていた以前よりも悪化するに違いない。
避けられ、僕も見ないようにして、久我と出会う以前のように、まるで互いの存在を知らないかのように振る舞わなければならなくなる。
そんな事態にはなりたくない。久我のことばかりで占められた生活を送っている僕に、知る以前の状態に戻ることなんて不可能なのだから。
「おまえを寝かせてやろうとしたら、腕が下敷きになったんだ」
「……ごめん」
「親切を仇で返しやがって」
「……ごめん、ありがとう」
「ソファよりマシだったけど、腕はしびれた」
「だから、ごめんって」
「詫びる気があるなら、朝食はおまえが用意な」
「朝食って、山神さんは?」
「昼しか来ない」
「……わかった。目玉焼きとかでいい?」
「黄身は半熟な」
久我も顔が真っ赤だった。男同士が同じベッドで一晩を過ごしたのだから、恥ずかしくなるのも当然だ。
だから、いまだに残っている感触を噛み締め、久我の触れたそこに触れないよう痒くても我慢をして、何度も唇を舐めてしまう僕は、なんていうか、気持ちが悪いし、変態みたいだと思う。
震えるほど嬉しくて、何度も思い返して、事実だったことを確かめようとしているなんて、してはいけないことだ。
なかったことにすべきなんだから、すぐに忘れるべきだ。
それなのに、僕のまえで見せている別人のような久我は、僕しか知らない姿だと思えてならず、優越感みたいなものすら芽生え始めている。
もしかしたら、あの唇に触れたのは僕が初めてだったんじゃないか。
一緒に眠ったことも、久我の呼気を吸い込んだのも、抱きしめられたのも僕が初めてで、彼の体温や、腕の圧力を感じたのも、僕だけなんじゃないかって、ただの事故なのに、そこに久我の意志があったんじゃないかって期待している自分がいる。
「意外とやるな」
シェフのつくるようにきれいなまんまるにはできず、見た目はいまいちだ。ただ、半熟にはできて、裏も焦がさずにつくることができた。
「美味いじゃん」
「ただの目玉焼きだよ」
「スープも美味い。おまえの味付け結構好きかも。他のも食べてみたい」
久我の笑顔が胸を貫く。目を合わせて、にっこりと微笑み、僕のつくったものを口に運ぶ。美味いと言って、他のも食べてみたいだなんて、嬉しくて悶えるようなことを、さらりと言う。
「……じゃあ、今度は何がいい?」
「何が得意なんだ? 得意なやつがいい」
「得意っていうか、レシピ通りつくるだけだから」
「レシピ通り? だったら俺も同じ味になるっていうのか?」
「……そうだよ。むしろ久我くんなら僕より上手にできると思う」
「……料理ってそんな上手くいくか? ……じゃあ夕食は俺がつくって、おまえに無様な俺の料理を平らげてもらおうかな」
「え、ほんと?」
「……ああ」
「嘘?」
「……嘘じゃないって。何が食べたい?」
「本気なの? 食べたいものなんて……久我くんがつくりたいと思ったのがいいよ」
「何言ってんだ。食べてもらうやつが食べたいと思うのがいいだろ」
嘘ばかりをつく久我は、まさに嘘だと思うようなことを本気だと言う。
信じられないことばかりを言われて、現実とは思えないことが起きて、困惑と混乱が次々と押し寄せてパニック状態だ。
しかし、本気らしい久我が、材料を用意する必要があるからと急かすので、すぐにでも考えなければならなかった。
久我がレシピを見てつくれそうなもので、久我が食べたいと思いそうなもの。
考えたあげくに頼んだのは、無難と突っ込まれたけど、ハンバーグとポテトサラダだった。なんとなく、成長期の男子高校生でも満足できる料理で、こどもでも母の日なんかにつくることができそうな、そんなイメージで思いついた。
八神さんが材料を買ってやってきて、久我はキッチンにこもり始めた。
僕はふとすると昨夜のことを思い出してばかりいて、昨日とは打って変わって集中できなくなっていたところだった。
「あー、あのさ……ちょっと来てくんない? 少しだけ手伝って欲しいんだけど」
部屋の外から久我の声が聞こえてきて、キッチンへと慌てて向かった。
「どうしたの?」
久我は、ひき肉を入れたボウルに手を突っ込んでいる。見た感じ、こねていたところだったらしい。
「卵入れ忘れたのに混ぜ始めてしまって……入れてくれない?」
「わかった」
手を洗って冷蔵庫から卵を取り出し、「割るよ」と言ってシンクの角に卵をぶつけた。
何十回と経験していることなのに、手が震えてしまう。もし無様な真似をして、殻が入ってしまったら、なんて考えて、まさに恐れていたことをしてしまった。
「ごめん……」
「へたくそ! これ取れよ……あ、それからなんだっけ? 塩こしょうもしてない」
「嘘?」
「嘘じゃない……はやく」
久我がミスをするなんて、と驚きつつもレシピは頭に入っているらしく、てきぱきと僕に指示を出して、結局は流れで一緒につくることになった。
どうせ一人でいても集中できないし、と思って手伝い始めたところ、すぐに後悔することになった。
久我との距離が近い。手や腕が触れるうえに、二人で協力しているというこの状況が、家族というより恋人みたいだなんてバカなことを考えてしまう。顔は熱くなり、息苦しくて、とても平静ではいられなかった。
しかし、久我は昨日のようにご機嫌で、つくりながらあれこれと話しかけてきて、完成して食べ始めたあとも、笑みを絶やさず喋りっぱなしだった。
「俺的には六十点」
「……僕的には百点だよ」
「それにしては進んでないじゃん」
「それは……食欲がなくて」
「下手くそだったからだろ?」
「違う……料理すると、それで満腹にならない? なんか……つくってるたけで満足しちゃうっていうか」
「なんだそれ。つくっていても、めちゃくちゃ腹減ってたけど」
実際とても美味しくて、やっぱり久我は完璧になんでもこなすことができる人だと感心した。ただ食欲がないのも事実で、口に入れても喉を通らず、いまだに手が震えて鼓動も収まらない。
明日は学校だから、食べ終えれば自宅へ帰ることができる。後少しの辛抱だ。それを頼みの綱にして無理やり完食した。
これ以上久我と二人きりでいたくない。勉強に集中できず、目の前で顔を赤らめて震えてしまう。なんでもなかった振りをするどころか、いつ不振に思われるかと戦々恐々としていた。
僕はもう限界だった。
「夜は仕上げだな」
「仕上げって?」
「三日の成果を見せてみろ。できなかったところを徹底的につぶすぞ」
しかし、久我は今夜も泊まるつもりらしく、昨夜の再現とばかりに僕の部屋のソファに読書空間をつくり、僕には問題集のページを指示してきた。
いっそ、先に帰ると言って出ていこうかと何度も頭によぎったけど、勉強を教えてくれている手前、とてもではないが言い出せない。
「じゃ、そろそろ寝るわ」
十一時ごろ、久我は漫画を手に立ち上がった。
「今日こそ久我くんがベッド使って。今日は僕がソファで寝る」
「は? なんで?」
「ベッドのほうが寝やすいって言ってたし」
この三日は、久我の読書のためというよりも、僕の勉強合宿だった。バスケ部の練習にまで通っていた久我が休めていないのは申し訳ない。
それに昨夜、腕枕をし続けるなんて苦行さえもさせてしまっている。
久我は迷っているのか、何も言わず固まっていた。それを見て、一昨日の久我のように先に出てしまえば話が済むと思って、枕とタオルケットを手に持った。
「……だから、僕が向こうで寝る」
部屋を出ようとして、ドアノブに伸ばした手を、久我に掴まれた。
掴まれて、はっと久我を見上げると、これまでに一度として見たことがないくらいに真剣な目とかち合った。
「……じゃあ、昨日みたいに一緒に寝る?」



