サカバンバスピスの逆三角形の口が冬城の唇を奪う。かなり強めに押し付けてやったから、サカバンバスピスの顔が潰れてしまった。でも、確かに、冬城の唇にあててやったという感触はあったのだ。
(どうだ、見て見ろ! 俺だってできるんだからな!!)
負けっぱなしではいられない。ずっとゲームで負けていたとしても、俺だって不意打ちくらいかませるところを見せてやりたかった。
サカバンバスピスの口を放し、冬城を見ると、彼の切れ長の目がまんまるく見開かれており、ぽかんと口を開いていた。サカバンバスピスよりもアホ面……間抜け面で笑ってしまう。
それから、彼はゆっくりと自身の唇に指を当て、その長い人差し指と中指で自分の唇をなぞった。あまりにもゆっくりとなぞり、また往復するので俺はまた何かまずいことでもしてしまったかという気になった。
冬城の嫌味や、からかいが飛び出す口が半開きになっているのに、冬城本人からの反応が何も帰って来ないのだ。
ゲームセンターの音はやかましく、ギュィーンキュンキュンキュン! みたいな、機械音が常になり続けている。俺たちの間には静寂が流れているというのに、おかしな話だ。
「――先輩」
「な、なんだよ。冗談じゃん。てか、お前でもそんな顔するんだな」
冗談、という言葉に唇に当てていた冬城の指が動く。冬城の顔ははっきりと見えるのに、感情の読み取れない顔をしている。無表情と言っても過言ではない。しかし、何かを考えているようにも見え、俺と視線が合っていなかった。
ここは、何か言ってごまかしたほうがいいのかもしれない。
俺は、サカバンバスピスに顔を埋めながら冬城のほうをチラチラとみる。タイミングを見計らい、未だと思って声を絞り出す。
「悪かったって。えーいや、俺もなんかびっくり……」
冗談っていったのが悪かったのか、それとも間接キスが嫌だったのか。
まあ、俺のパパ活を軽視しているようなやつだから、軽はずみな行動にいらけがさしたのかもしれない。
冬城って人殴るかな、怒ることとかあんのかなーと思って、俺は心臓をバクバクと鳴らしていた。俺は時々デリカシーがないと言われる。多分、冬城からしたらモラルもない人間だって思われていると思う。
でも、俺、人とのかかわり方がよくわからないから。甘え方とか、距離感とか。
普通に仲良くするくらいはできるのに、冬城のことよく知らないから。失敗してしまったかもしれない。
気まずい空気が流れていると、冬城はようやく自分の唇から手を放し、小さくため息をついた。俺はそのため息にすらビクリと身体を震わせてしまう。
彼の口から何が飛び出すのだろうか、そう思っていると冬城が、半開きの口を結んでから、またゆっくりと口を開いた。
「………………先輩、虫歯ないですよね? 俺、一回も歯医者で引っかかったことないんで、虫歯菌移したら怒りますよ」
「……っ、ひでえ! 俺が病原菌みたいに!」
「キスから移るっていうじゃないですか。まあ、ないならいいですけど。今日、駅のコンビニで歯ブラシ買うのでついてきてください」
「それくらいなら……てか! 嫌なら嫌っていえよ! 遠回しにチクチク、チクチク!」
「別に、嫌っていってないじゃないですか。虫歯ができたら歯医者に行かないといけないなーって思って」
「だから、それが傷つけてんの! 俺、傷つくから!」
よかった、普通に会話ができている。
あの間はなんだったんだと思うくらい、冬城の態度はおかしかった。でも、今はいつも通りの冬城だ。俺のことをからかって、バカにして。いつも通りだ。
俺は、ホッと胸をなでおろしながら、サカバンバスピスのぬいぐるみで冬城のみぞおちあたりを攻撃した。しかし、所詮は綿の塊。冬城の固い腹筋に跳ね返されて、サカバンバスピスの顔がむぎゅっと潰れるばかりだ。
冬城も痛くもかゆくもないと鼻で笑っている。
(はあ、よかった……ビビった……)
元はと言えば、俺の軽はずみな行動のせいなのだが。ここで怒らせてしまえば、冬城に写真を消してもらえなくなるし、何よりこの関係も今日で終わってしまう。
今は脅される形で、ゲームセンターに一緒に行っているわけだが、家に一人帰るよりかは楽しいと思っている。別に、俺が遅く帰っても誰も何も言わないのだから。
「ビッチ先輩」
「何だよ、冬城」
「他の人にはやってないですよね。さっきの」
「はあ? やってねえし……てか、ごめん。お前、さ。嫌だったら嫌だっていえよ。俺、お前のことよくわかんないから……距離感」
「嫌じゃないですよ。まあ、びっくりしましたけど。あと、あまりにも幼稚すぎて」
ぷっと、噴き出した冬城は、サカバンバスピスの口に一本の指を当てて笑った。
その笑顔が、いつもよりも柔らかくて、胸がドキンとしたのはきっと気のせいだろう。
(どうだ、見て見ろ! 俺だってできるんだからな!!)
負けっぱなしではいられない。ずっとゲームで負けていたとしても、俺だって不意打ちくらいかませるところを見せてやりたかった。
サカバンバスピスの口を放し、冬城を見ると、彼の切れ長の目がまんまるく見開かれており、ぽかんと口を開いていた。サカバンバスピスよりもアホ面……間抜け面で笑ってしまう。
それから、彼はゆっくりと自身の唇に指を当て、その長い人差し指と中指で自分の唇をなぞった。あまりにもゆっくりとなぞり、また往復するので俺はまた何かまずいことでもしてしまったかという気になった。
冬城の嫌味や、からかいが飛び出す口が半開きになっているのに、冬城本人からの反応が何も帰って来ないのだ。
ゲームセンターの音はやかましく、ギュィーンキュンキュンキュン! みたいな、機械音が常になり続けている。俺たちの間には静寂が流れているというのに、おかしな話だ。
「――先輩」
「な、なんだよ。冗談じゃん。てか、お前でもそんな顔するんだな」
冗談、という言葉に唇に当てていた冬城の指が動く。冬城の顔ははっきりと見えるのに、感情の読み取れない顔をしている。無表情と言っても過言ではない。しかし、何かを考えているようにも見え、俺と視線が合っていなかった。
ここは、何か言ってごまかしたほうがいいのかもしれない。
俺は、サカバンバスピスに顔を埋めながら冬城のほうをチラチラとみる。タイミングを見計らい、未だと思って声を絞り出す。
「悪かったって。えーいや、俺もなんかびっくり……」
冗談っていったのが悪かったのか、それとも間接キスが嫌だったのか。
まあ、俺のパパ活を軽視しているようなやつだから、軽はずみな行動にいらけがさしたのかもしれない。
冬城って人殴るかな、怒ることとかあんのかなーと思って、俺は心臓をバクバクと鳴らしていた。俺は時々デリカシーがないと言われる。多分、冬城からしたらモラルもない人間だって思われていると思う。
でも、俺、人とのかかわり方がよくわからないから。甘え方とか、距離感とか。
普通に仲良くするくらいはできるのに、冬城のことよく知らないから。失敗してしまったかもしれない。
気まずい空気が流れていると、冬城はようやく自分の唇から手を放し、小さくため息をついた。俺はそのため息にすらビクリと身体を震わせてしまう。
彼の口から何が飛び出すのだろうか、そう思っていると冬城が、半開きの口を結んでから、またゆっくりと口を開いた。
「………………先輩、虫歯ないですよね? 俺、一回も歯医者で引っかかったことないんで、虫歯菌移したら怒りますよ」
「……っ、ひでえ! 俺が病原菌みたいに!」
「キスから移るっていうじゃないですか。まあ、ないならいいですけど。今日、駅のコンビニで歯ブラシ買うのでついてきてください」
「それくらいなら……てか! 嫌なら嫌っていえよ! 遠回しにチクチク、チクチク!」
「別に、嫌っていってないじゃないですか。虫歯ができたら歯医者に行かないといけないなーって思って」
「だから、それが傷つけてんの! 俺、傷つくから!」
よかった、普通に会話ができている。
あの間はなんだったんだと思うくらい、冬城の態度はおかしかった。でも、今はいつも通りの冬城だ。俺のことをからかって、バカにして。いつも通りだ。
俺は、ホッと胸をなでおろしながら、サカバンバスピスのぬいぐるみで冬城のみぞおちあたりを攻撃した。しかし、所詮は綿の塊。冬城の固い腹筋に跳ね返されて、サカバンバスピスの顔がむぎゅっと潰れるばかりだ。
冬城も痛くもかゆくもないと鼻で笑っている。
(はあ、よかった……ビビった……)
元はと言えば、俺の軽はずみな行動のせいなのだが。ここで怒らせてしまえば、冬城に写真を消してもらえなくなるし、何よりこの関係も今日で終わってしまう。
今は脅される形で、ゲームセンターに一緒に行っているわけだが、家に一人帰るよりかは楽しいと思っている。別に、俺が遅く帰っても誰も何も言わないのだから。
「ビッチ先輩」
「何だよ、冬城」
「他の人にはやってないですよね。さっきの」
「はあ? やってねえし……てか、ごめん。お前、さ。嫌だったら嫌だっていえよ。俺、お前のことよくわかんないから……距離感」
「嫌じゃないですよ。まあ、びっくりしましたけど。あと、あまりにも幼稚すぎて」
ぷっと、噴き出した冬城は、サカバンバスピスの口に一本の指を当てて笑った。
その笑顔が、いつもよりも柔らかくて、胸がドキンとしたのはきっと気のせいだろう。



