「……っ、別に見てえなんて言ってないし! 自分の顔の良さ振りかざしてくるとか、一種の暴力だろ!!」
「え? でも、ビッチ先輩もSNSに自分の自撮りあげてるんですよね? それって、自分の顔に自信があるから……」
 冬城は、ちょっと待ってくださいね、と一言断りを入れるとリュックサックの外ポケットからスマホを取り出しロックを解除する。何を見せるつもりだと、覗き込もうとすると、片手で俺の頬をぐにっと押し戻した。これ以上近づいてくるなということだろう。
 それから、暫くして冬城は「ほら」と画面を見せてきた。それは、とあるSNSのアイコン――
「――って、それ俺の!!」
「そうです。あーこれかあって」
「これかあって……って、ちゃっかりフォローしてるし! これ、鍵アカなのに。あ! 昨日フォローしてきたHUYUってお前か!! なんかしゃれた夜空のアイコンの」
 俺は自分のスマホを開き、鍵付きのSNSをチェックする。フォロー欄には五百人近いフォロワーがいたが、その中で検索をかければすぐに冬城のアカウントを見つけることができた。しかし、これまたちゃっかりとカギがかけてある。
 俺はフォローを飛ばしてみたが、隣でポンと音が鳴っただけで冬城は画面に触れようともしない。よく見れば、そのSNSの作成日は今年の四月となっており、もしかしたら昨日つくった可能性もありえる。俺のSNSを覗くためにそんなことをしたのかと考えると、こいつは意外と律儀というか、戦略家なのかもしれない。
「このネットストーカーめ……」
「意外とすぐに出てきたのでこっちもびっくりしたんですが? 確かに自撮りいっぱいですね。たまに猫の写真。好きなんですか? 猫」
「かわいいし、みんな好きだろう」
「俺は犬派です」
「聞いてねえし」
「もっと言うと、猫アレルギーです」
 冬城はそう言ってわざとらしく咳をする真似をした。今日は駅から電車に乗って学校に直行したため猫に出会っていない。服も一応洗ってるし、猫の毛がついているなんてありえない。
 嫌味なやつだ、と俺は睨みながらスマホの電源を落とした。
「でも、先輩こういうのやめたほうがいいですよ。鍵をつけてるからっていって、見ず知らずの人がフォローしたら許可しちゃうじゃないですか」
「別に、お前のステータス画面に変なもん書いてなかったし。変なやつだったらブロックするけど」
「先輩危機管理能力低いんで、絶対SNS向いてないと思います」
「だから、何でお前に言われなきゃなんねーの」
 昨日も今日も、こいつは俺に説教垂れる。
 俺も間違ったことがあれば、間違ったって謝るが、SNSなんて自己責任だろう。しかし、冬城の眼圧がすごかったため、俺は「分かったよ」と言ってその場を切り抜けるしかなくなった。その後も、念を押すように「ビッチ先輩が、本当にAVに出始めたら困るので」と皮肉交じりに言ってきたので、俺はSNSを消すことを視野に入れ、隣に置いたリュックにスマホを乱暴に突っ込んだ。
 バスは細い道をぐんぐんと進んでいき、あっという間に市街から離れていく。だんだんと緑が多くなってきた気がしたし、田んぼもぽつぽつと見え始める。
「ここから、あのゲームセンターまでどれくらいだっけ」
「五十二分ぐらいですね」
「お前、あの後ちゃんと帰れたわけ?」
「途中まで電車一緒だったでしょ。先輩、記憶力もヒヨコなんですか」
「……別に。お前、顔いいからお前こそ女の人のストーカーにあわないか心配って話」
 俺の言葉の後、しばらく冬城は黙ってしまった。何か変なことでもいっただろうかと思ったが、俺なりの気遣いなんだから文句を言われる筋合いはない。
 それにしても、バスの中は静かで、空席だらけだ。この後ろの長椅子で寝転がっても誰も怒らないだろう。
 もうすでに、二駅ほど通過しており、誰もバスに乗る様子はない。普通、ニ三人乗ってきてもおかしくないところなのに。
「先輩、眠いですか?」
「眠い? んーまあ、昨日遅かったし」
「……寝てもいいですよ。起こしてあげるんで」
「ほんとか? お前のことだから、俺のこと置いておりそうだけど」
「先輩が邪魔で降りれそうにないです。蹴とばしてもいいなら降りますけど」
 あっそう、と俺は返す。しかし、冬城は何を思ったのか窓側のちょっとしたスペースにリュックを押し込むと、膝を空けた。
「何? 膝枕してくれんの?」
「いえ、肩ならいいです。でも、涎たらしたら怒ります」
「ひっど……今の、絶対膝枕してくれる流れだったじゃん」
「しませんよ。そんなに仲良くないのに」
 じゃあ、仲が良かったらしてくれるっていうのだろうか。
 優しいのか、優しくないのかよくわからなかった。
 俺は、冬城にもたれかかってみたが、微妙に位置が合わず、彼の肩に頭が乗らない。俺の座高が低いのか、こいつが高いのか。
 寝ようにも、これじゃ気になって寝られやしなかった。
「お前、嫌い」
「俺は別にどっちでもないです」
 律儀に反応しやがって。
 俺は、今日見た体育のときのこいつと、今目の前にいるこいつが同一人物には見えなかった。マスクをしているときは、喋りたがらない雰囲気を出しているくせに。マスクをとったらおしゃべりになるとでもいうのだろうか。
 寝にくいと思ったものの、バスの適温にやられ、俺はうとうととし始める。
(あー寝れるかも……)
 堅い冬城の二の腕がそのときはちょっとだけ柔らかく感じた。