◇◇◇
こういう日に限って仲のいいクラスメイトからカラオケに誘われる。
「あー今日、先約があって」
「小春って引く手あまただもんなー」
「ほら、前に女子と男子……一軍に呼ばれて焼き肉行ってたんだろ? あれどうだった?」
「お肉が美味しかった!! あそこ、ソフトクリームの食べ放題もついてるからお得! じゃ、ちょっと急ぎだから」
「おう、またなー」
クラスメイト達は俺を見送るとすぐに方向を変えて「カラオケ楽しみだなー」なんて言いながら歩いていく。三人横に広がって歩く姿はとても仲がいい昔からの友だちという感じがしていいなと思う。
俺はそんなクラスメイト達とは反対方向に歩き、校門を抜け、あのゲームセンター近くのバス停いきのバスを探した。
昨日スマホで入念に調べてきたものの、分かりにくい位置にあったことだけは覚えている。校門すぐそばにあるバス停にはすでに列ができており、最寄りの駅までの道にも点々と同じ制服の学生が歩いているのが見えた。
俺はそれとは反対方向に走り、白線の内側に人が歩けないほどの一方通行の道を歩きようやくバス停を見つけることができた。これまた、昨日の標識版と同っじ薄っぺらい停留所だった。案の定誰も並んでいない。いや――
バスがきて、そこに一人だけぽつんといた黒マスクの高校生が乗り込む。するとすぐにバスのドアが閉まり、そそくさと発車しようとしていた。俺は全速力で走ってバスの後ろについている呼び出しボタンを連打して、後方の扉を開けてもらい、何とかバスに乗り込んだ。バスの中には杖を抱えたおばあちゃんや、おじいちゃんしかいなくて、先ほどの高校生はどこにもいない。
そうこうしているうちに、バスが急発進し、俺の身体は右に傾いた。
「ビッチ先輩、何やってるんですか。ポールダンス?」
「あ! ほら、やっぱりいた」
俺は両手で手すりを握りしめながら、後方からした声にバッと顔を向ける。
一番後ろの長い座席の端にその男はいたのだ。
黒マスクを半分ずらして、昨日のようにニヒルな笑みを浮かべて俺を見ている。俺は、乱暴な運転で揺れる車内を歩き、やっとの思いで黒マスクの高校生、後輩の冬城の隣に腰を下ろすことができた。
「窓からビッチ先輩が走ってるの見えたんですけど、よくあんな短い脚で間に合いましたね」
「開口一番悪口いうのやめろよ。俺は、四捨五入したら百七十センチあるの!」
「それ、何センチから四捨五入してます?」
「ひゃ、百六十五センチ? でも、五から四捨五入できんじゃん」
「まあ、そうですけど。盛りすぎです」
冬城はずらしていたマスクを元の位置に戻す。
相変わらず、憎たらしい口を利く後輩だ。
でも、冬城は俺が隣に座ることを察すると、自分の横に置いていたリュックを膝の上に置いた。席なんて座り放題で、周りを気にする必要もないのに。俺のために開けてくれたと思うと嬉しかった。ちょっと、気の利くやつだなあと一瞬思ったのに、生意気な口で台無しだ。
俺は、走ったためまだ呼吸が落ち着いていなかった。前髪の生え際から汗がにじんでいる気がする。
「てかさ、何でお前コロナ渦終わったのにマスクしてんの? あと、体育のときも」
「……ビッチ先輩、見てたんです?」
「あっ、やべ」
「やべって」
冬城は怪訝そうな顔で俺を見てきた。
「別に、目に入っただけ。てか、黒マスクしてるやつ少ないし。お前目立つし」
「ほんと、先輩って盗み見るの好きですよね。俺が告白されるのも見てたみたいですし」
「それは、たまたま通りかかって……趣味じゃねえし」
「ああ、趣味はパパ活でしたか」
クスクスと笑う冬城はどこか楽しそうだった。
体育のときは、ぽつんとボッチだったくせに、別人と思うくらいにはよくしゃべる。しかし、マスク越しでは少し聞き取りづらい部分があった。
「なあ、何でマスクしてんの? おしゃれ?」
「何だっていいじゃないですか。人それぞれで」
「せっかく、かっこいい顔してんのに……」
顔はすごくかっこいいと思う。
多分、そこら辺のアイドルとか、インフルエンサーよりも。俺は冬城の顔はいいと思っている。マスクで隠すなんてもったいないし、マスクで隠していてもイケメンだが、外してもちゃんとイケメンなのが憎たらしい。
俺がそういうと、冬城はパチパチと目を瞬かせた後、バスの窓に映る自分の顔を確認し、俺のほうを見た。
「先輩ってやっぱり面食いですよね」
「はあ!? 褒めてやってんのに、お前何様だよ!! って、外すのかよ……」
冬城は左利きなのか、左手でマスクのゴムを外し、リュックサックの中に入れる。ジィイ……とジッパーが上がる音がし、最後には聞こえなくなった。
(あーやっぱ、イケメンだよな)
切れ長の瞳に、きれいな鼻筋、今は少し口角が上がっている形のいい口に、きりっと上がった眉。入学式の日に告白されるのが理解できる美丈夫がそこにはいた。
「やっぱり、見とれてるじゃないですか。存分に見ていいですよ。ビッチ先輩」
そういった後輩はやっぱり生意気で、自分の顔の良さをアピールするように窓の縁に肘をついて首を三十度くらい傾けて微笑んだ。
こういう日に限って仲のいいクラスメイトからカラオケに誘われる。
「あー今日、先約があって」
「小春って引く手あまただもんなー」
「ほら、前に女子と男子……一軍に呼ばれて焼き肉行ってたんだろ? あれどうだった?」
「お肉が美味しかった!! あそこ、ソフトクリームの食べ放題もついてるからお得! じゃ、ちょっと急ぎだから」
「おう、またなー」
クラスメイト達は俺を見送るとすぐに方向を変えて「カラオケ楽しみだなー」なんて言いながら歩いていく。三人横に広がって歩く姿はとても仲がいい昔からの友だちという感じがしていいなと思う。
俺はそんなクラスメイト達とは反対方向に歩き、校門を抜け、あのゲームセンター近くのバス停いきのバスを探した。
昨日スマホで入念に調べてきたものの、分かりにくい位置にあったことだけは覚えている。校門すぐそばにあるバス停にはすでに列ができており、最寄りの駅までの道にも点々と同じ制服の学生が歩いているのが見えた。
俺はそれとは反対方向に走り、白線の内側に人が歩けないほどの一方通行の道を歩きようやくバス停を見つけることができた。これまた、昨日の標識版と同っじ薄っぺらい停留所だった。案の定誰も並んでいない。いや――
バスがきて、そこに一人だけぽつんといた黒マスクの高校生が乗り込む。するとすぐにバスのドアが閉まり、そそくさと発車しようとしていた。俺は全速力で走ってバスの後ろについている呼び出しボタンを連打して、後方の扉を開けてもらい、何とかバスに乗り込んだ。バスの中には杖を抱えたおばあちゃんや、おじいちゃんしかいなくて、先ほどの高校生はどこにもいない。
そうこうしているうちに、バスが急発進し、俺の身体は右に傾いた。
「ビッチ先輩、何やってるんですか。ポールダンス?」
「あ! ほら、やっぱりいた」
俺は両手で手すりを握りしめながら、後方からした声にバッと顔を向ける。
一番後ろの長い座席の端にその男はいたのだ。
黒マスクを半分ずらして、昨日のようにニヒルな笑みを浮かべて俺を見ている。俺は、乱暴な運転で揺れる車内を歩き、やっとの思いで黒マスクの高校生、後輩の冬城の隣に腰を下ろすことができた。
「窓からビッチ先輩が走ってるの見えたんですけど、よくあんな短い脚で間に合いましたね」
「開口一番悪口いうのやめろよ。俺は、四捨五入したら百七十センチあるの!」
「それ、何センチから四捨五入してます?」
「ひゃ、百六十五センチ? でも、五から四捨五入できんじゃん」
「まあ、そうですけど。盛りすぎです」
冬城はずらしていたマスクを元の位置に戻す。
相変わらず、憎たらしい口を利く後輩だ。
でも、冬城は俺が隣に座ることを察すると、自分の横に置いていたリュックを膝の上に置いた。席なんて座り放題で、周りを気にする必要もないのに。俺のために開けてくれたと思うと嬉しかった。ちょっと、気の利くやつだなあと一瞬思ったのに、生意気な口で台無しだ。
俺は、走ったためまだ呼吸が落ち着いていなかった。前髪の生え際から汗がにじんでいる気がする。
「てかさ、何でお前コロナ渦終わったのにマスクしてんの? あと、体育のときも」
「……ビッチ先輩、見てたんです?」
「あっ、やべ」
「やべって」
冬城は怪訝そうな顔で俺を見てきた。
「別に、目に入っただけ。てか、黒マスクしてるやつ少ないし。お前目立つし」
「ほんと、先輩って盗み見るの好きですよね。俺が告白されるのも見てたみたいですし」
「それは、たまたま通りかかって……趣味じゃねえし」
「ああ、趣味はパパ活でしたか」
クスクスと笑う冬城はどこか楽しそうだった。
体育のときは、ぽつんとボッチだったくせに、別人と思うくらいにはよくしゃべる。しかし、マスク越しでは少し聞き取りづらい部分があった。
「なあ、何でマスクしてんの? おしゃれ?」
「何だっていいじゃないですか。人それぞれで」
「せっかく、かっこいい顔してんのに……」
顔はすごくかっこいいと思う。
多分、そこら辺のアイドルとか、インフルエンサーよりも。俺は冬城の顔はいいと思っている。マスクで隠すなんてもったいないし、マスクで隠していてもイケメンだが、外してもちゃんとイケメンなのが憎たらしい。
俺がそういうと、冬城はパチパチと目を瞬かせた後、バスの窓に映る自分の顔を確認し、俺のほうを見た。
「先輩ってやっぱり面食いですよね」
「はあ!? 褒めてやってんのに、お前何様だよ!! って、外すのかよ……」
冬城は左利きなのか、左手でマスクのゴムを外し、リュックサックの中に入れる。ジィイ……とジッパーが上がる音がし、最後には聞こえなくなった。
(あーやっぱ、イケメンだよな)
切れ長の瞳に、きれいな鼻筋、今は少し口角が上がっている形のいい口に、きりっと上がった眉。入学式の日に告白されるのが理解できる美丈夫がそこにはいた。
「やっぱり、見とれてるじゃないですか。存分に見ていいですよ。ビッチ先輩」
そういった後輩はやっぱり生意気で、自分の顔の良さをアピールするように窓の縁に肘をついて首を三十度くらい傾けて微笑んだ。



