「季無さんって、六十代に見えないくらい若かったけど、実際のところ何歳?」
「先輩、まだパパ活営業するの諦めてなかったんですか」
「お前、今度それに繋げたら怒るからな……普通に気になっただけ。お前とはもう喋らない」
「でも、俺にゲームで勝たないと先輩の写真は未来永劫残り続けるんですよねえ」
 三脚を返しに行った冬城が帰ってきた。相変わらず生意気な口をきいて、人を小ばかにするような目で俺を見下ろしている。
 俺は、あの後冬城が歩いていった方向を除き、季無さんと呼ばれている店長の顔を見た。六十代と言っていたが、四十後半と言っても騙せるくらいには背筋が伸びていて、顔にしわも少なく、ダンディーな印象の店長だった。そんな店長の季無さんは、ゲームセンターの汚さとは違ってきれいな深緑のエプロンをかけていたが、靴はトイレのスリッパのようなゴム製のサンダルを履いていた。
 また驚くことに冬城は、俺と接するときとは違いもう少し丁寧な敬語で三脚を手渡ししていた。
 俺は、本当に自分との態度の差にイラっとしたが、帰ってきた冬城に文句を言ったりしなかった。これ以上バカにされたらたまったもんじゃない。
 それから、二人でゲームセンターを出ることになり、反応の悪い自動ドアを潜り抜け外に出ると、すでに外は真っ赤だった。遠くに見える山の間に夕日が沈んでいく姿が見える。
「冬城はここまでどうやってきたんだよ」
「さっき喋らないって言ってたじゃないですか」
「……………………俺は、あのおじさんにタクシーでここまで連れてきてもらった。ここ、学校から遠い場所だし、周りなんもねえし」
「ああ、帰る手段がないんですね。俺は、バスですよ。一時間に一本から三本通ってます。俺はそれで最寄りまで行きますけど、先輩はどうするんです? さすがに、タクシー使って帰るなんて贅沢しませんよね。これから、俺に金を搾り取られる予定なのに」
「次でぶっ倒してやるから覚悟しとけ……いーよ、俺もバスで帰る」
 冬城は毎日ここにきていると言っていたが、バスの本数を考えると少しぞっとする。一本乗り過ごしたら、次は何分ごろだろうか。
 俺たちの高校がある地域も決して都会ではないし、どちらかといえば田舎。
 バス通学も電車通学もいるが、遠くても乗り換えして一時間かけてくるくらいだ。ここからもよりの駅までというと一時間程度はかかる。冬城がその最寄りから何分のところにすんでいるかは知らないが、帰ったら余裕で八時を越える。俺も人のことを言えないけど。
「てかさ、明日もここに来るとして何時集合? それ決めなきゃ、ここに来てもお前いないかもじゃん」
 俺は鞄からスマホを取り出して冬城に見せた。しかし、冬城は首をかしげるばかりで応答してくれない。
「何ですか、先輩。スマホ出して」
「いや、連絡先。知っといたほうがいいだろ」
「何で」
「だから、集合時間とか! そういうの確認するために! メッセージでやり取りしたら楽じゃん。お前のこと、名前しか知らないし、何組かも知らないし……」
 ああ、と気の抜けるような声で冬城は言うとスマホをポケットから出した。だが、その黒いスマホの真っ黒な画面を見つめた後、冬城はあろうことかそれをポケットに戻したのだ。
「はあ!? 何で、何でっ」
「いや、別にいいかなって」
「よくねえし。ここに来るまでかなり時間かかんのに! しかも、帰るのにも、一時間に数本しか通ってないなら、無駄足踏むことになるかもじゃん」
「まあ、それも込みで頑張って俺に勝ってくださいね」
 冬城は、俺のスマホに手を当てたかと思うとひょいと奪い、俺の鞄の中に入れた。まるで手品のような手さばきに俺はあっけにとられる。
 今時、これから毎日顔を会わせるかもしれないっていうのに連絡先を交換しないやつがいるだろうか。こいつのSNSを知っているならともかく、連絡のとれない状態で俺はここに来たくない。こいつが約束を破る可能性だってありえる。
 俺が冬城を睨んでいると、冬城は俺の視線に気づいたうえで、素知らぬ顔をして歩き出した。
「おい、冬城!」
 見つめているだけでは距離ができてしまい、あっという間に引きはがされる。俺はこのままでは見知らぬ土地に置いてけぼりにされるかもしれないと、冬城の後を追いかけた。
 走ってようやく、冬城の隣に並べたが、それでもこいつの歩幅が大きいためかちょっと早歩きしないとまたすぐに距離ができてしまう。
「無視すんなよ!」
「なんか、ビッチ先輩ってヒヨコみたいですよね。俺の後とてとてついてきて。そのうえピチピチ鳴いて」
「バカにしすぎだろ、それ!」
「バス停まで歩いてるんですよ。ほら、ちょうどあそこ。バスの標識版立ってるでしょ?」
 冬城の指さした先には、確かに頭の丸い標識版が立っていた。しかし、標識版が立っているだけで誰も並んでいないし、バスがくる気配もない。俺は標識まで全力で走って時刻表を確認する。
 次のバスは、六時四十分と書かれており、現在六時二分。次のバスまでは四十分。ちなみに、一本前は五時五十七分。ちょうど俺たちがゲームセンターを出たくらいだ。
 俺は、その場で膝をついた。
 まだ季節は春で、日の沈みも早い。四十分後なんてさらに真っ暗だろう。
「どうしました?」
「お前、いっつもこんな遅くに帰ってんの?」
「まあ」
「まあって……変なやつ」
「俺からしたらビッチ先輩のほうが変なやつですけどね」
 そういうと冬城は、スマホが入っていない反対側の尻ポケットからミントタブレットを取り出した。丸い錠剤は冬城の男らしい掌の上に二つ落ち、それから冬城の口に吸い込まれていった。
「先輩もいります?」
「……やだ、俺ミント嫌い」
 差し出されたそれを断り、俺は目の前に生えていた雑草を片手で引き抜いた。芋ずる式に根っこに絡まった土まで持ち上がり、俺はそれを車道へ向かって投げつけた。
 バスはまだくる気配がなかった。