「先輩、苦しいです」
俺の背中を優しく叩いた冬城は「大丈夫ですから」と言ったが俺は離してやらなかった。
首を横に振って、絶対に離さないと意思表示をする。すると、冬城もあきらめたのか、俺の背中を撫でていた手を止め、俺の頭を撫でた。
「……先輩も、一緒なんだなって。出会ったあの日、直感的に思ったんです」
「似たもの同士……って言葉、お前と俺じゃ違うかもだけど」
「一緒ですよ。家に居場所がなくて、人との付き合い方が不器用で。でも、先輩に会えた」
少女漫画にでも出てきそうなセリフだったが、現実味があった。そこに、冬城の思いが籠っている。
もっと早く言って欲しかった。お前のことをわかってあげたかった。でも、今だからこそ言えたのだろう。今の関係になれたから。
「それは、幸せですし、俺、今幸せですよ」
「ほんとに?」
「ほんとに、ほんとです。直感的が、確信に変わったのは先輩の家に行ったときですね」
冬城はそう言って俺の頭を撫でていた手を止める。
以前、冬城が家に来たとき何か言った気がしたが「一緒だ」と言ったのだろう。
俺はこの街にずっと住んでいるが、小さいころから孤独を感じてきた。幼いころに父親を亡くし、父の存在を感じられないまま小学校へ上がる。母は仕事人間で、俺に無関心だった。家族との思い出もなければ、祖父母との関係も良好とはいいがたかった。俺はずっと放置され続けてきた。
学校では先生に片親の子どもという目で見られ心配され、何も知らないクラスメイトとはそれなりにうまくやってきた。でも、授業参観の日に母が来なかったのは今でも寂しい思い出だ。家族との思い出の作文なんか嫌いだった。
冬城はそんなんじゃないけど、お父さんの仕事の忙しさや転勤によって満足に友だちとの交友関係をつくれなかった。そのうえ、お父さんにかまってもらえない寂しがり屋のお母さんの不倫。安全であるはずの実家が途端に汚らわしくなって。
冬城も寂しさを感じていただろう。路頭に迷うというか、居場所がなくて。
冬城が見つけたい場所というのがあの古いゲームセンターだった。過干渉じゃない季無さんという店長も、彼にとっては心地よかったのだろう。けれども、同年代との友だちとの距離はつめられないままだったと。
不倫したお母さんの謝罪のようなお小遣いを溶かす日々。俺も、生活費と毎日置かれるお金の使い方を考える日々。
半額シールに目がいくようになったのは、子どもながらに毎日お金をもらっているという罪悪感からだろう。
俺たちは環境は違えど、同じ寂しさを抱えて生きてきたんだ。
ガサツな俺と、律儀な冬城。環境は違う、感情の共有はできる。でも、性格は違う。
それでも――
(俺……初めてかも)
この孤独を、寂しいって気持ちを分かってもらえた人に出会えたのは。冬城に会えたことは奇跡に等しい。
冬城は、近くにあった小さな箱を手繰り寄せると「先輩」と俺のことを呼ぶ。
「今日、家に呼んだのは、その……その話はしなきゃとは思ったんですけど、これ見せたくて」
「何、それ? 球体?」
「……父が誕生日にって送ってくれたものです。家庭用のプラネタリウム」
「プラネタリウム?」
「星を見るやつです。祭りみたいな派手さはないですけど、俺はこういうの好きで。でも、一人で見てもつまらないじゃないですか」
そういうと冬城は、俺の腕の中から出ていき、シャッとカーテンを閉め、その機械から延びるコードを差し込んだ。
「電気消していいですか?」
「あ、うん。いーよ……」
冬城の問いかけにこたえると、パチンと部屋の電気が消される。外が雨ということもあって、部屋は一気に闇に包まれた。
いきなり暗くなったので、冬城の姿を見失ってしまう。スマホのライトをつけようと尻ポケットを探りながら、「冬城どこ?」と俺が言うと「ここにいます」と俺の手を握ってくれた。冬城の手はとても熱い。その体温にあてられて俺の手も熱くなっていく。
冬城は俺を安心させるために手を握りながら、もう片手でプラネタリウムのボタンを押していた。手際がいいところを見ると、何回かは試したのだろう。しかし、一人で見るのは寂しいと彼は言うのだ。
そうしているうちに、ロフト付きの部屋の天井に白いぽつぽつとした明かりがつき始める。それと同時に、機会のノイズが混じっているもののすずむしの音も聞こえ始める。その涼し気な音が、部屋の中の温度を下げたような気がした。
「へーそれ、音もでんの?」
「雰囲気作りですよ。人工的な光なんで、きれいじゃないかもしれないですけど」
「いや、きれいだよ……俺、空見ねえもん」
「先輩らしいです」
先ほどの人をダメにする枕を引っ張ってきて、俺たちはそこに二人で頭を乗せた。横に並んで寝転ぶと、冬城の足の長さがよくわかる。
雨に濡れて二人とも靴下を脱いでいるため素足だ。そんな俺の足先にちょんと冬城が指を当ててくる。俺よりも三センチぐらい大きな足。骨ばった親指が俺の小指に触れる。足の裏は少し冷たくて、べたべたしたものの気持ち悪いとは思わなかった。
そんな、冬城の足は俺に絡むようにちょっかいをかけ続け、それがだんだんとエスカレートしていき、くすぐったくて身を捩ってしまう。
「冬城、くすぐったい」
「先輩、星に注目してくださいよ」
「お前のせいじゃん」
ほら、と言われるが、こんな至近距離にいたら星よりも冬城に意識がいってしまう。俺を意識しろと言わんばかりのアピールに、俺は嫌でも冬城を意識してしまう。
だが、冬城に言われた通り天井を見上げると、理科の教科書で見たような星空がそこには広がっていた。あっ、と息を飲むような光景。俺たちだけの星空がそこに広がっている。
夏の大三角形か、冬の冬の大三角形か。明るい星を線で結んでいくが、よくわからない形ができて首をかしげる。でも、きれいだった。それは人工的な星とは思えないくらい美しくて、手が届く位置にある気がした。
「きれいでしょ」
「うん、きれい………………って、お前は俺見てんじゃん」
「ああ、バレましたか」
「俺と一緒じゃん、それ……」
星に一瞬気をとられたものの、横から刺さる視線に耐えきれなくなり見ると、冬城がふにゃりとした笑顔で俺を見つめていた。
「お前、今すっごく幸せそうな顔してる」
「そうですかね。そうかもしれませんね」
「認めるんだ……お前、この間まで、自分のことよくわかってなかったくせに」
嫉妬して、拗ねて、怒って。
冬城は「今はよくわかります」と言って俺に手を伸ばした。すぐ近く、手が届く距離ということもあって彼の手はいつもより早く俺の頬に到達する。そして、冬城は俺の頬を優しく撫でた。まるで羽が触れるような手の動きに、俺はじれったくなる。
(ああ、言うために来たのに。また、こいつに……)
「ふ、冬城」
「何ですか、先輩」
「……と、す、すすすす、す、ふゆしろ、のこと、す、す」
「好きです。先輩」
待って何でお前が先に言うんだよ。
俺が勇気を振り絞る前に、目の前の好きな人はあっさりと好きと言った。酷い、と俺が睨みつければ冬城はフハッと噴き出したように笑う。
「先輩が遅いからですよ。でも、結構前から一緒の気持ちだったでしょ?」
「かも、しれねーけど……お前、策士だな」
「初めて人を好きになったんですもん。手に入れるために、意識してもらわなくちゃ。先輩、チョロかったですけど、苦労したんですよ」
「なんかゲームみたいに思ってねえ? 俺の心、そんな安くねえのに」
分かってる。
こいつの言動にいちいち振り回されて、好きって気持ちに気づかざるを得なくなって。好きって俺が、先輩だから先に言おうと決めていたのに結局それも抜かされて。
俺かっこ悪い。
冬城は、俺の髪を撫で「好きです」ともう一度言う。ゆっくりと、心を込めたその言葉に、俺の胸は飛び出しそうになる。
今までも甘かったが、今日は一段と甘い。冬城は俺と両思いだからって調子に乗っている……いや、俺でも乗っちゃうだろう。
「先輩は?」
「……俺も同じ」
「同じじゃなくて、言葉で言ってください」
「それ、言わせてるみたいになんね?」
「ならないです」
早く、と急かされる。それが、言わせてるみたいなんだけど、と俺は思いつつも、冬城を見る。
暗くても冬城の顔だけははっきりわかった。そりゃそうだ。教室からグラウンドを走っている冬城が見つけられるんだ、こんな至近距離にいれば、冬城の顔くらいわかる。
ほの暗い部屋の中、俺はむせそうになりながら深呼吸をし、俺の頬に手を当てている冬城の手に手を重ねた。
「……き、すき。俺も、冬城のこと、すき……」
「はい」
「は、いって……だから、その、付き合って、欲しい……って、恋人、として、お付き合い」
「もちろん、そのつもりですよ」
「あーもう、お前嬉しそうだな! こっちは、恥かしいのに、お前、恥かしい気持ちねえのかよ!」
俺だけが恥ずかしがっている気がして癪だ。
冬城は俺の写真をスマホのロック画面にするほど俺のことが好きで、それが俺にバレても平然としていた。そんな男だ、この男が恥ずかしがるわけがない。
俺は、冬城の手に爪を立てるように握り込むと「痛いです」と言われてしまった。けど、これくらいしなきゃフェアじゃない。
「俺も恥ずかしいですよ。から回ってるんじゃないかって思ったときもあります。しーふどって言われて」
「あ、あんときは……だって、しーふーどだったし……てか、お前あれで照れてたわけ?」
「俺だって照れますよ。失敗したかなって、唐突すぎたかもって……でも、先輩見てたらキスしたくなるじゃないですか」
「しらねえよ……」
冬城は文句を並べまた口を尖らせた。
そういうところは素直にかわいいって思うのに、こいつの口は素直じゃなかった。
「じゃあ、上書きしろよ。ファーストキス……しーふどのままにしていーのかよ」
「……っ、それって、キスしていいってことですか」
「ダメッていたらやめんの?」
「やめませんよ。そういう雰囲気にさせてキスします。絶対にキスします」
そうむきになって冬城は「キス、キス」と連呼した。それもまた恥ずかしい話だ。
人工的な星空が俺たちを見下ろしている。録音されたすずむしの音は、いつしか川のせせらぎに変わっていた。
エアコンの効いた涼しい部屋。さっき涼しくなったと思ったのに、俺たちの間にただよう熱は四十度は越えてしまったようだ。
冬城は俺の唇を撫でる。寝転がったままキスすんのかなーって見ていると「キスしますよ」なんて冬城は事前に申告してくれた。
そのおかげでほんの少しだけ心の準備ができた気がしたのだ。
近づいてくる冬城の顔。でも、恥かしくて寸前で目を閉じてしまう。だが、冬城は止まることなく、俺の唇に自身の唇を押し当てた。あの日は一瞬だった柔らかさが、今は永遠のように感じる。
薄い唇だけど、血が通っていて熱くて、俺よりも大きくて。食べられてしまいそうだ。
優しいキスはしばらくの間続いた。触れるだけのものが、ちょっとずつ角度を変えて啄むようなものへと変わる。一回だと思っていたから、意外でちゅ、ちゅ、と冬城が俺の唇を何度も何度もタッチしてやっぱりちょっとくすぐったい。
冬城が俺に夢中になっている。俺のこと大好きだとキスしてくれて、俺の胸も冬城でいっぱいになっていく。
(あ、ミントの味……)
羞恥心の中でもはっきりと、冬城の味は分かった。
カルピスを持ってくる前にあの白いタブレット上のミントを食べたんだろう。
スース―するキス。でもこれは、シーフード味のファーストキスよりも断然いい。嫌いだけど、嫌いじゃない。冬城の味だから。
「先輩」
「何、冬城」
「……好きです。先輩のことが」
「うん、俺も好き」
もう一回だけ唇を重ねる。
人工的な星空は、また顔をかえ天井をゆっくりと回っていく。雨の音はもう聴こえなかった。
俺の背中を優しく叩いた冬城は「大丈夫ですから」と言ったが俺は離してやらなかった。
首を横に振って、絶対に離さないと意思表示をする。すると、冬城もあきらめたのか、俺の背中を撫でていた手を止め、俺の頭を撫でた。
「……先輩も、一緒なんだなって。出会ったあの日、直感的に思ったんです」
「似たもの同士……って言葉、お前と俺じゃ違うかもだけど」
「一緒ですよ。家に居場所がなくて、人との付き合い方が不器用で。でも、先輩に会えた」
少女漫画にでも出てきそうなセリフだったが、現実味があった。そこに、冬城の思いが籠っている。
もっと早く言って欲しかった。お前のことをわかってあげたかった。でも、今だからこそ言えたのだろう。今の関係になれたから。
「それは、幸せですし、俺、今幸せですよ」
「ほんとに?」
「ほんとに、ほんとです。直感的が、確信に変わったのは先輩の家に行ったときですね」
冬城はそう言って俺の頭を撫でていた手を止める。
以前、冬城が家に来たとき何か言った気がしたが「一緒だ」と言ったのだろう。
俺はこの街にずっと住んでいるが、小さいころから孤独を感じてきた。幼いころに父親を亡くし、父の存在を感じられないまま小学校へ上がる。母は仕事人間で、俺に無関心だった。家族との思い出もなければ、祖父母との関係も良好とはいいがたかった。俺はずっと放置され続けてきた。
学校では先生に片親の子どもという目で見られ心配され、何も知らないクラスメイトとはそれなりにうまくやってきた。でも、授業参観の日に母が来なかったのは今でも寂しい思い出だ。家族との思い出の作文なんか嫌いだった。
冬城はそんなんじゃないけど、お父さんの仕事の忙しさや転勤によって満足に友だちとの交友関係をつくれなかった。そのうえ、お父さんにかまってもらえない寂しがり屋のお母さんの不倫。安全であるはずの実家が途端に汚らわしくなって。
冬城も寂しさを感じていただろう。路頭に迷うというか、居場所がなくて。
冬城が見つけたい場所というのがあの古いゲームセンターだった。過干渉じゃない季無さんという店長も、彼にとっては心地よかったのだろう。けれども、同年代との友だちとの距離はつめられないままだったと。
不倫したお母さんの謝罪のようなお小遣いを溶かす日々。俺も、生活費と毎日置かれるお金の使い方を考える日々。
半額シールに目がいくようになったのは、子どもながらに毎日お金をもらっているという罪悪感からだろう。
俺たちは環境は違えど、同じ寂しさを抱えて生きてきたんだ。
ガサツな俺と、律儀な冬城。環境は違う、感情の共有はできる。でも、性格は違う。
それでも――
(俺……初めてかも)
この孤独を、寂しいって気持ちを分かってもらえた人に出会えたのは。冬城に会えたことは奇跡に等しい。
冬城は、近くにあった小さな箱を手繰り寄せると「先輩」と俺のことを呼ぶ。
「今日、家に呼んだのは、その……その話はしなきゃとは思ったんですけど、これ見せたくて」
「何、それ? 球体?」
「……父が誕生日にって送ってくれたものです。家庭用のプラネタリウム」
「プラネタリウム?」
「星を見るやつです。祭りみたいな派手さはないですけど、俺はこういうの好きで。でも、一人で見てもつまらないじゃないですか」
そういうと冬城は、俺の腕の中から出ていき、シャッとカーテンを閉め、その機械から延びるコードを差し込んだ。
「電気消していいですか?」
「あ、うん。いーよ……」
冬城の問いかけにこたえると、パチンと部屋の電気が消される。外が雨ということもあって、部屋は一気に闇に包まれた。
いきなり暗くなったので、冬城の姿を見失ってしまう。スマホのライトをつけようと尻ポケットを探りながら、「冬城どこ?」と俺が言うと「ここにいます」と俺の手を握ってくれた。冬城の手はとても熱い。その体温にあてられて俺の手も熱くなっていく。
冬城は俺を安心させるために手を握りながら、もう片手でプラネタリウムのボタンを押していた。手際がいいところを見ると、何回かは試したのだろう。しかし、一人で見るのは寂しいと彼は言うのだ。
そうしているうちに、ロフト付きの部屋の天井に白いぽつぽつとした明かりがつき始める。それと同時に、機会のノイズが混じっているもののすずむしの音も聞こえ始める。その涼し気な音が、部屋の中の温度を下げたような気がした。
「へーそれ、音もでんの?」
「雰囲気作りですよ。人工的な光なんで、きれいじゃないかもしれないですけど」
「いや、きれいだよ……俺、空見ねえもん」
「先輩らしいです」
先ほどの人をダメにする枕を引っ張ってきて、俺たちはそこに二人で頭を乗せた。横に並んで寝転ぶと、冬城の足の長さがよくわかる。
雨に濡れて二人とも靴下を脱いでいるため素足だ。そんな俺の足先にちょんと冬城が指を当ててくる。俺よりも三センチぐらい大きな足。骨ばった親指が俺の小指に触れる。足の裏は少し冷たくて、べたべたしたものの気持ち悪いとは思わなかった。
そんな、冬城の足は俺に絡むようにちょっかいをかけ続け、それがだんだんとエスカレートしていき、くすぐったくて身を捩ってしまう。
「冬城、くすぐったい」
「先輩、星に注目してくださいよ」
「お前のせいじゃん」
ほら、と言われるが、こんな至近距離にいたら星よりも冬城に意識がいってしまう。俺を意識しろと言わんばかりのアピールに、俺は嫌でも冬城を意識してしまう。
だが、冬城に言われた通り天井を見上げると、理科の教科書で見たような星空がそこには広がっていた。あっ、と息を飲むような光景。俺たちだけの星空がそこに広がっている。
夏の大三角形か、冬の冬の大三角形か。明るい星を線で結んでいくが、よくわからない形ができて首をかしげる。でも、きれいだった。それは人工的な星とは思えないくらい美しくて、手が届く位置にある気がした。
「きれいでしょ」
「うん、きれい………………って、お前は俺見てんじゃん」
「ああ、バレましたか」
「俺と一緒じゃん、それ……」
星に一瞬気をとられたものの、横から刺さる視線に耐えきれなくなり見ると、冬城がふにゃりとした笑顔で俺を見つめていた。
「お前、今すっごく幸せそうな顔してる」
「そうですかね。そうかもしれませんね」
「認めるんだ……お前、この間まで、自分のことよくわかってなかったくせに」
嫉妬して、拗ねて、怒って。
冬城は「今はよくわかります」と言って俺に手を伸ばした。すぐ近く、手が届く距離ということもあって彼の手はいつもより早く俺の頬に到達する。そして、冬城は俺の頬を優しく撫でた。まるで羽が触れるような手の動きに、俺はじれったくなる。
(ああ、言うために来たのに。また、こいつに……)
「ふ、冬城」
「何ですか、先輩」
「……と、す、すすすす、す、ふゆしろ、のこと、す、す」
「好きです。先輩」
待って何でお前が先に言うんだよ。
俺が勇気を振り絞る前に、目の前の好きな人はあっさりと好きと言った。酷い、と俺が睨みつければ冬城はフハッと噴き出したように笑う。
「先輩が遅いからですよ。でも、結構前から一緒の気持ちだったでしょ?」
「かも、しれねーけど……お前、策士だな」
「初めて人を好きになったんですもん。手に入れるために、意識してもらわなくちゃ。先輩、チョロかったですけど、苦労したんですよ」
「なんかゲームみたいに思ってねえ? 俺の心、そんな安くねえのに」
分かってる。
こいつの言動にいちいち振り回されて、好きって気持ちに気づかざるを得なくなって。好きって俺が、先輩だから先に言おうと決めていたのに結局それも抜かされて。
俺かっこ悪い。
冬城は、俺の髪を撫で「好きです」ともう一度言う。ゆっくりと、心を込めたその言葉に、俺の胸は飛び出しそうになる。
今までも甘かったが、今日は一段と甘い。冬城は俺と両思いだからって調子に乗っている……いや、俺でも乗っちゃうだろう。
「先輩は?」
「……俺も同じ」
「同じじゃなくて、言葉で言ってください」
「それ、言わせてるみたいになんね?」
「ならないです」
早く、と急かされる。それが、言わせてるみたいなんだけど、と俺は思いつつも、冬城を見る。
暗くても冬城の顔だけははっきりわかった。そりゃそうだ。教室からグラウンドを走っている冬城が見つけられるんだ、こんな至近距離にいれば、冬城の顔くらいわかる。
ほの暗い部屋の中、俺はむせそうになりながら深呼吸をし、俺の頬に手を当てている冬城の手に手を重ねた。
「……き、すき。俺も、冬城のこと、すき……」
「はい」
「は、いって……だから、その、付き合って、欲しい……って、恋人、として、お付き合い」
「もちろん、そのつもりですよ」
「あーもう、お前嬉しそうだな! こっちは、恥かしいのに、お前、恥かしい気持ちねえのかよ!」
俺だけが恥ずかしがっている気がして癪だ。
冬城は俺の写真をスマホのロック画面にするほど俺のことが好きで、それが俺にバレても平然としていた。そんな男だ、この男が恥ずかしがるわけがない。
俺は、冬城の手に爪を立てるように握り込むと「痛いです」と言われてしまった。けど、これくらいしなきゃフェアじゃない。
「俺も恥ずかしいですよ。から回ってるんじゃないかって思ったときもあります。しーふどって言われて」
「あ、あんときは……だって、しーふーどだったし……てか、お前あれで照れてたわけ?」
「俺だって照れますよ。失敗したかなって、唐突すぎたかもって……でも、先輩見てたらキスしたくなるじゃないですか」
「しらねえよ……」
冬城は文句を並べまた口を尖らせた。
そういうところは素直にかわいいって思うのに、こいつの口は素直じゃなかった。
「じゃあ、上書きしろよ。ファーストキス……しーふどのままにしていーのかよ」
「……っ、それって、キスしていいってことですか」
「ダメッていたらやめんの?」
「やめませんよ。そういう雰囲気にさせてキスします。絶対にキスします」
そうむきになって冬城は「キス、キス」と連呼した。それもまた恥ずかしい話だ。
人工的な星空が俺たちを見下ろしている。録音されたすずむしの音は、いつしか川のせせらぎに変わっていた。
エアコンの効いた涼しい部屋。さっき涼しくなったと思ったのに、俺たちの間にただよう熱は四十度は越えてしまったようだ。
冬城は俺の唇を撫でる。寝転がったままキスすんのかなーって見ていると「キスしますよ」なんて冬城は事前に申告してくれた。
そのおかげでほんの少しだけ心の準備ができた気がしたのだ。
近づいてくる冬城の顔。でも、恥かしくて寸前で目を閉じてしまう。だが、冬城は止まることなく、俺の唇に自身の唇を押し当てた。あの日は一瞬だった柔らかさが、今は永遠のように感じる。
薄い唇だけど、血が通っていて熱くて、俺よりも大きくて。食べられてしまいそうだ。
優しいキスはしばらくの間続いた。触れるだけのものが、ちょっとずつ角度を変えて啄むようなものへと変わる。一回だと思っていたから、意外でちゅ、ちゅ、と冬城が俺の唇を何度も何度もタッチしてやっぱりちょっとくすぐったい。
冬城が俺に夢中になっている。俺のこと大好きだとキスしてくれて、俺の胸も冬城でいっぱいになっていく。
(あ、ミントの味……)
羞恥心の中でもはっきりと、冬城の味は分かった。
カルピスを持ってくる前にあの白いタブレット上のミントを食べたんだろう。
スース―するキス。でもこれは、シーフード味のファーストキスよりも断然いい。嫌いだけど、嫌いじゃない。冬城の味だから。
「先輩」
「何、冬城」
「……好きです。先輩のことが」
「うん、俺も好き」
もう一回だけ唇を重ねる。
人工的な星空は、また顔をかえ天井をゆっくりと回っていく。雨の音はもう聴こえなかった。



